第10話 どんどん戦おう

 魔物を倒しながら1階層の最奥に到着した。確かに方向感覚さえ狂わなければ迷わずあっさりとたどり着く。階層が深くなるにつれて徐々に複雑化し、長くもなっていくらしいが、低階層では、地図がいらないというのも納得だ。


 狭い通路から階段が伸びているのが見える。


「2階層のはじめも、エントランスみたいな大部屋だからよ。気張る必要ねーぞ」


 言いながら、立ち止まることなくダルトさんはずいずい進む。

 階段を降りると、例の真っ黒い壁だ。直接つながっているのではなく、ワープのようなイメージなんだろう。

 ダルトさん達に続いて俺もその壁をくぐる。

 ダンジョンに入った時のような広い空間に出た。さっきの1階の空間とさして変わり映えがしない。


「まあ、こっからも、やることは一緒だ。どっかの入り口から入って魔物を狩る。

 さっきも言ったとおり、サーベルバット、グリーンスライムに加えてリーフスネークが新たに出現するくらいだ。

 特に問題ねえだろう」


 かなりざっくりとした説明だ。

 お気楽思考なダルトさんに促されて奥へと進んでいく。

 複数の入り口があるが、どうせどこから入っても差が無いのは一階層と同じだ。




「おう、スライムだな。運が悪い」


 2階層目で初めに出会ったのはスライム3匹だった。

 鑑定してみると、スライムLv2になっていた。1階層ではLv1しか出なかったから、階層ごとにレベルが違ってくるのかもしれない。といっても強さにさほど違いはない。


 相変わらず、スキル無しの攻撃で一発で沈む。

 なんか張り合いがない。


 2階層から出現するという、リーフスネークにも出会った。

 直径40センチくらいの、わりとずんぐりした蛇である。鱗の代わりに葉っぱが付いているというよりも、蛇に接着剤を塗り付けて葉っぱを敷き詰めた床に転がしたようなイメージだ。


 これもにょろにょろと動きが遅い。

 たまに飛びかかってくることもあるが、タイミングが計りやすいので防御スキルの『ブレードガード』を使うまでもないくらいだった。

 というか、普通に攻撃したら倒せてしまうために、わざわざ睨み合って攻撃を待たなければいけなかったほどだ。


 リーフスネークは、キュアリーフというポーションの原料となる薬草を落す。が、売値は10シドルで毎回落とすわけでもないので、稼ぎとしては知れていた。

 どちらかというと低階層にしては大きめの50シドル程度の魔珠を残すのが美味しいらしい。


 さらに、戦闘を繰り返す。

 累々と屍が積み重なっていく。実際には魔物は倒されると消滅するために、残るのは魔珠と素材で、それらはダルトさんたちが拾っていくから何も積み重ならないのだが。


 一息ついたところで、


「すごいペースだな……」


 カーズさんが呆れたように呟いた。


「ああ、まだダンジョンに入って2時間足らず。

 それで一日分の稼ぎだぜ」


 ダルトさんも歎息する。


 所詮魔物一匹で、数十―1~2階層では30~60シドルである。

 2階層に来てからペースを上げているが、倒した魔物は40匹ほど。ちゃんと数えていない――というか魔珠と素材はカーズさんが管理している――から、正確な数字はわからないが、1500~2000シドル程度になっているのではないだろうか。

 今回はガイド料として、エリンはもちろん俺の分の分け前は要らないと事前にいってある。

 二人で割るとその辺りが日当の標準なのだろう。


「ほんとうに全部こっちで受け取ってしまって問題ないのか?」


 カーズさんが気の毒そうに問いかけてくる。確かにたまにダルトさんやカーズさんも魔物を倒すがほとんどを俺がとどめをさしているのだ。

 ハイペースで稼げているのは俺のお蔭だとも言える。


「ええ、今日は連れてきてもらったんで」


 俺は、素直に固持した。お金が欲しくないわけじゃないが、今日はお勉強というか社会経験兼エリンへの義理立てが目的だから気にはならない。


「じゃあ、ハルの気が変わらないうちに、3階層を目指そうぜ。

 そこで、狩ったほうが実入りがいいんだ」


「おい、ダルト……」


 と、何かを言おうとしたカーズさんをダルトさんが引っ張って離れたところに連れていく。

 なにやら二人でごにょごにょ話しているが聞こえない。


「疲れてない?」


 エリンに聞くが、エリンはコクリと頷いただけだ。


 やがて、ダルトさんが戻ってきて、


「待たせたな。行くぞ」


 ということで、足早に2階層を後にして3階層に突入する。


 3階層で新たに出現したのはクォーセンティピー。

 大きなムカデの短い版と言えばいいだろうか。ただ胴体はそれほど平たくはない。

 体が5節くらいに別れていてそれぞれから足が生えている。

 左右合わせて足が10本しかないから、ムカデというよりもダンゴムシのような形である。

 といっても、顔の部分には鋭い牙のような顎があり、噛まれると結構なダメージになりそうだ。


「こいつが落とす魔珠はだいたい70シドルだな。あと素材として疑似甲殻を複数落とすことがある。

 まあ、早い話がてっとりばやく稼げる魔物だ」


「俺の拳術では相性が悪い。なんせ地べたを這う魔物だからな。

 ひきつけはするが、攻撃はダルトとハルで頼む。

 足元にだけ注意しておけばいいはずだ」


 3匹居る短ムカデにそれぞれで対処する。


 あっさり倒してしまうのもなんなので攻撃パターンを見極めるために様子を見る。

 ついでに横で戦っている二人もちらりと見やる。


 ダルトさんは、もうやけくそという感じでガンガンと魔物をぶっ叩いているが、固い甲殻にどれだけダメージが与えられているのか。

 相手はびくともしないどころか、なんども反撃を喰らいそうになっている。

 あれだけの手数で仕留められないということは、攻撃のほとんどはまったくダメージを与えられていないのかもしれない。


 カーズさんと云えば俺と同じく間合いを計り、自分からは攻撃に打ってでない。

 攻撃するのはほぼ諦めて防御に専念しているようだった。なかなか大胆で割り切ったスタイルだ。


 俺抜きだとかなり苦戦しそうな相手のようだ。時間もかかるだろう。

 なら、さっさと片付けるか。


 手始めにスキルを封印して、通常攻撃を繰り出した。

 ガンっという衝撃が剣に伝わってくる。一撃では倒せないようだった。

 が、ダメージは通っているようだ。

 ムカデが体をビクンと震わせる。

 続けてもう一撃。

 それで、とどめを刺すことができた。


 続けざまにカーズさんの元へ行き、一匹を『バッシュ』で葬る。スキルを使えば一撃だった。


「そっちも倒しましょうか?」


 とダルトさんに尋ねる。するとカーズさんから、


「いや、俺達に任せてみてくれ。助けが居るようなら合図する」


 と声がかかる。


 ならば見ているしかない。

 カーズさんも残った魔物の注意を逸らすべく参戦する。

 2対1だ。といっても攻撃しているのはダルトさんだけ。


 見ていると何回かに一回はダメージを与えられているようで、徐々に魔物が弱ってくるのが目に見えてわかる。


 数分かかってダルトさんは、なんとか魔物を倒す。相手の攻撃も多少食らってしまったようだが、大きなダメージにはなっていないようだった。

 

「やっとか! かてーったらありゃしねーぜ」


 肩で息をしながらダルトさんが歓声を上げた。


「まあ、この辺りが潮時だな」


 とカーズさんが漏らす。


「そいつはもったいねえんじゃねーか?」


 とダルトさんが不満そうにかぶせた。


「潮時って?」


 意味がわからずに俺は尋ねた。


「いや、まあそのなんだ……」


 ダルトさんは言い澱んでいる。変わってカーズさんが、


「騙したようで悪いが、俺達はそもそも3階層になんて滅多に来ない。

 来ては苦戦して逃げ出したり……まあその諦めるて引き返すのの繰り返しなんだ。同じようなことをしている冒険者も多い。2階層までは無難に闘えるがさっきのクォーセンティピーは固くて滅法効率が悪いんだ。

 だが、今回はハルの力があっただろう?

 万一の事態は避けられそうだから、ダルトの力試しも兼ねて挑戦してみたわけだ。

 結果としてわかったのは、ハルは一人でも十分戦えそうだということ。

 逆に俺とダルトでは3階層では戦えない。なんとかなったとしても、稼げるか? という意味では答えはNOになる。

 そう言う意味で、今日の探索はこの階まで。正直言うとこの階でも厳しいってことだよ。

 俺達にとっては」


「ああ……」


 なんて返していいのかわからなくなる。なるほどな話ではある。

 特に二人という少人数で潜っているダルトさんたちには厳しいか。うん。さっきの戦闘を見てたら理解できる。

 今回は俺がさっさと2匹を倒したから二人で一匹に専念できたが、複数現れたら辛いだろう。そもそも金を稼ぐのが目的だから、連戦しないと意味がない。ある程度の時間は掛けられても、それが一定以上を超えると効率が悪くなる。

 さらにはダメージも蓄積していくという問題もある。

 そんなリスクと努力を支払うくらいなら、2階層で余力を残しつつ戦ったほうが実際の稼ぎも大きくなりそうだ。


「いやな、別にお前の力を当て込んでいるわけじゃねえんだぜ?

 だけど、ちいとばかしもったいねえと思ってな。それだけの能力があって2階や3階でちまちまやるのは」


 ダルトさんの口調からは、行けるとこまで行ってやれという思惑が透けて見えそうだ。


 とはいえ、魔物の数が増えたり攻撃パターンも変わってくると俺一人で対処するのも難しいかもしれない。エリンの力が未知数だから余計にリスクは背負いたくない。


「俺としては、単に見学目的なんで危険の少ないほうが有りがたいですね」


 と、思ったことを口にした。


「なっ、ダルト。ハルもこういっている。自分たちの身の丈にあった階層で地道に稼ぐほうがいいだろう」


「ちッ、しゃーねーな」


 ダルトさんは不満そうだが、腹の底からという感じではない。

 あわよくば俺の力でちょっと余分に稼げたら御の字、だが俺の意思に反して無茶の要求はしないというスタンスのようだ。


 もし、このまま下の階層、4階層を試すんなら分け前の相談をしてもいいかも知れないな。


 そんなことを考えているとエリンが俺の服の裾を引っ張った。

 前方に指を指している。


「魔物か?」


 気づいたカーズさんも振り返る。


「あれ? あんたたち……」


 現れたのは魔物ではなく冒険者。女子3人のパーティだった。

 一人は顔なじみのミライアさん。

 他の2人は見たことがあるような無いような。革鎧に身を包んだ槍を持った女性と、ローブ姿の女の子。

 前者はミライアさんと同年代くらいに見え、後者はもう少し幼い。エリンと同じくらいに見える。


「ハルじゃない? 珍しいわね。こんなとこで」


 ミライアさんはダルトさんとカーズさんなんて目に入っていないというように俺に向ってつかつかと歩み寄る。


「ちょっと、試しに来てみようかなと思って連れてきて貰ったんです」


「それで選んだのがその二人?」


 嘲るようにミライアさんは言う。


「文句あるのかよ?」


 ダルトさんが語尾をとがらせた。


「だって、二人ともいつも2階層でヒーコラ言ってるぐらいじゃない?」


「てめーも似たようなもんだろうよ。

 俺は大剣のスキルを得たんだ。だから3階層でも……」


 言いかけてダルトさんは口をつぐんだ。自分の実力を思い出したようだ。


「悪いことは言わないわ。ハル。引き返したほうがいいわよ。

 こいつらあてにならないから。

 それとも送ってあげようか?」


「引き返すところなんですか?」


「そうなの、4階層で調子よく稼いでたんだけどね。

 ちょっぴりきつくて。運悪くポーションが尽きそうなの。

 ああ、紹介するわね。

 アラルと、フラン」


 槍使いの女性がペコリと頭を下げた。こっちがアラルだろう。フランと呼ばれたほうは目を合わせようともしないで明後日の方向を見ている。


「ふん、無計画に深い階層を攻めるからだ」


 とダルトさんが毒づいた。


「あら? その言葉そのままお返しするわ。結構なダメージ受けてるじゃない?」


 ミライアさんが好戦的に応じる。


「それは、そっちだって同じだろ!?」


「あら、あたし達は、無計画にダンジョンに挑んだりしないのよ。

 ちゃんと計画を立てて無理せずに地道に探索してるんだから」


「乳でしか物を考えられない脳筋女がよくいうぜ」


「おっぱいは、筋肉じゃない」


 と、フランが割って入る。


「「まあまあ」」


 と仲裁に入ったのはカーズさんとアラルの二人。ダルトさんとミライアさんは無益な争いだというのを自覚しているのか、それであっさりと引き下がった。


「でもまあ、そろそろ戻ろうかなって思ってたところです。

 ダルトさん達がもう少しダンジョンに居るんなら、ミライアさん達にお願いしようかな」


 沈黙を誤魔化すために俺が口を開いた。まだ時間は早いが経験としては十分だろう。

 戻るのにダルトさん達を突き合わすのも悪いと感じていたところだった。

 一緒に戻ってくれるならありがたい。

 1~2階層の魔物は即効で倒せるから脅威は少ないが、俺一人でも複数相手だと不安はある。

 ましてやエリンを護りながらなんて未経験の博打には出たくない。

 

 エリンも納得してくれる……と思ってエリンを見るとフルフルと首を振っている。


「あら? お気に召さないようね。

 その子は?」


 ミライアさんに尋ねられて、俺は簡潔に事情を説明した。

 エリンがうちで一時的に預かっている奴隷だということ。

 黒ずくめの冒険者がダンジョンに入っただろうから手掛かりを探しに来たこと。


「ああ、その冒険者なら話は聞いたわ。5階層くらいでひとりで潜っているのを見た人がいるって。といっても昨日の話だけど。それから出てきたって話は聞いてないわね」


「5階ですか……」


 いいながら、エリンの様子を見る。


「昨日の時点で5階なら、もっと深くに行ってるだろうな。

 今日のところはもう引き上げようか」


 エリンは再びフルフルと首を横に振った。


「いや、でも……元々そういう話……」


 と、説得を試みると突然エリンが走り出した。ダンジョンの奥に向っている。


「エ、エリン!? ちょ待てよ!」


 待てと言っても立ち止まらない。

 どうする? って放っておけない。追うしかないか。


「ちょっと!? どうしたの?」


「ハル?」


「すいません! 先に帰っててください!」

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