第9話 チュートリアル

 とりあえず、戦闘も終わったので、魔珠を回収する。


「ま、まあ多分だが、元々ダメージを負っていたんだろう。

 1匹だってのが珍しいし、他の冒険者がとどめを刺し損ねたのがうろついていたって感じだろうな」


 ぎこちない笑顔を受けべながら、ダルトさんが無理やり自分を納得させるかのように。


「まあ、その可能性が高いな」


 カーズさんも同意する。エリンは黙ってそれを聞いていた。


 とりあえず。

 俺がグリーンスライムを一撃で仕留めたというのは、たまたまだろうということで落ち着いた。

 そうであるのか、そうでないのかは俺にすら判断がつかないのも事実だったりする。


 引き続きダンジョンを探索することになった。

 次に現れたのは、グリーンスライム3匹。


「どうする? ハル? もう一回戦ってみるか?」


「そのほうがこちらとしても余裕が出来てありがたい。

 無理に攻撃はしなくていいから一匹を引き受けてくれるだけでいい」


 それならば……、と俺は素直に応じる。


 エリンは相変わらず蚊帳の外だから、3対3での戦闘が始まった。


 それぞれ自分の決めた相手に向う。ダルトさんが中央のスライムを。カーズさんは右側のやつで、俺には左側のスライムがあてがわれた。


 そこでまた、例のアラームが鳴る。アラームというよりもお知らせ通知音という感じに思えてきた。よくよく聞いてみると煩悩ペナルティの時の音とは異なっている。


 ウィンドウには、


『◆スキルアーツを使用して魔物を倒しましょう!


 スキル技はスキル技名を念じることで使用できます』


 とのメッセージが表示されていた。


 ゲーム序盤でよくあるチュートリアルみたいなものだろうと俺は推測する。

 つまりは、ひとつずつこなしていかないと、延々表示され続けるわけなのかもしれない。それはうざい。

 それに、これを消化すれば次の段階に進めるということなのかもしれない。


 今のところわかっているスキルはひとつだけ。

『バッシュ』と頭の中で念じながら、攻撃対象のスライムに目を向ける。


 すると、体が自然に動いた。いや、より正確に言えば、どう動くべきかが理解できたという感じか。


 自分でも信じられないくらいの軽やかな剣さばきで、スムースに。

 銅の剣がスライムに振り下ろされた。


 パシュっという、なんの感慨もない衝撃音とともにスライムが霧散する。


「もうやったのか!?」

「まぐれじゃなかった!?」


 ダルトさんと、カーズさんが俺の様子を見て大層驚いている。


「ハル! こいつも頼む! 試してみてくれ」


 とダルトさんが、自分が相手していたスライムから距離を取り、俺に攻撃するように促した。


 うーん。どうしたものか。とりあえず断わる理由はない。

 かといってあまりあっさり倒すのも。

 とりあえず、スキル技は使わずに普通に攻撃してみるか。


 最初のスライムの時のように、ただ力任せに、若干の手心を加えつつ剣を振り下ろしてみる。

『バッシュ』を使用した時とは全く手ごたえや動きが異なる。ごく普通の一般人が見よう見まねで攻撃しているだけの、あまり恰好よくない姿だろう。


 が、それでもスライムは一撃で葬ることができた。

 ついでに、カーズさんの分のスライムにも攻撃を加える。これも一撃だ。


「すげえ! 本物だ!」

「まさか、こうもあっさりと……」


 なんかむさくるしい男二人が興奮している。エリンに褒められるのなら嬉しいかも知れないが、おっさんと言ってもいいような二人からだと微妙だ。


「ひょっとして……、いや、ひょっとしなくてもお前はスキル持ちなんじゃねえか?」


「どこかで修行した経験は?」


「スキルですか? よくわかりません。

 修行とかもしたことないですし」


 と、とぼけておく。


「こいつぁ、一階層なんかでうろちょろしている場合じゃねえかもな。

 どうだ? 次の階層へ行ってみないか?」


 とダルトさんが興奮気味に提案してくる。


「いや、でもエリンも居ますし……」


 とちらりとエリンをみやる。


「エリンちゃんは、俺達が護ってやる。

 おめえなら、二階層の魔物でも一撃だろう。問題はねえはずだ」


 ぐいぐい押し寄せてくるダルトさんへの返答に困って、カーズさんに助けを求めるべく視線を投げた。


「そうだなあ。2階層といっても、魔物の種類が一種類増えるだけだ。

 リーフスネークと言って、葉っぱが連なってできた蛇みたいな奴だ。

 攻撃は単調だし、これといって特徴もない。

 ハルなら、確かに苦も無く倒すだろうなあ。

 とはいえ、この階層でもう少し様子を見てからのほうがいいだろう」


 さすが常識人。慎重論を唱えてくれる。


「そうかあ? 俺はもったいねえと思うがなあ」


「いや、あくまで見学主体なんで」


 と軽く固持してみるが、


「まあ、2階層に向うまでにも魔物と出会うだろうよ。そんときの結果で決めちまおう。あっさり勝てたら進む。そうでなかったら留まる。

 どうだい?」


 と勝手にダルトさんが決定する。しぶしぶというか、従うことにする。


 来た道を引き返して、おそらくは2階層への階段へ続いているであろう道へと戻った。


「げっ! スチールバットだ。四匹はいやがる」


 ダルトさんが次の獲物を発見する。

 天井に逆さまにぶら下がっていた蝙蝠こうもりが、こちらに気付いたのか、一斉に飛びかかってくるのが見えた。


「エリンちゃんはそこで待ってな! ハルも来い!」


 言いながら、ダルトさんが走りだす。カーズさんも同様だ。

 俺と合わせて前衛を3人で務めて、4匹ともひきつけるという戦略だろう。

 討ち漏らすか逃げられたら一匹はエリンの方へ行ってしまう。

 それはできるだけ避けたいので、俺も二人に続いて前へでる。


 乱戦になった。

 ダルトさんは俺とカーズさんに当たらないように距離を取りつつ大剣を振るうがなかなかヒットしない。

 カーズさんは、コツコツと打撃を加えていくが、威力が弱く一発二発では相手は沈まない。


 かくいう俺は、素早く飛び回る蝙蝠に翻弄されてしまっていた。

 なんせ、動きが早いから剣を振っても当たらないのだ。


 ラチが明かない。

 試しにバッシュを使用してみる。


 吸い込まれるように、剣が狙っていた蝙蝠に当たって倒すことが出来た。


 が、攻撃に集中していた分、守りがおろそかになってしまったようだ。

 ダルトさんの攻撃を躱した蝙蝠が俺に向って飛んでくる。


 とっさに身を捻って躱そうとしたために、大したダメージは受けなかったが、左腕を牙で切られてしまった。

 ピリリとした痛みが走る。


 そこでまたアラームが鳴る。アラームというよりもチャイムというべきか。


『◆スキル技で戦闘を有利に進めよう!


 敵の攻撃から身を護るためにもスキル技は有効です』


 そんなメッセージとともに、新たなスキル技の情報が流れ込んできた。


『ブレードガードLv1』

 剣の刃で攻撃をブロックする技のようだ。


 試しに使ってみる。ちょうど蝙蝠がまた俺に向って飛びかかってくるところだった。


『ブレードガード』と念じると、やはりどう動くべきかが理解できる。とともに体がほぼ自然に動く。


 牙を剥いて飛びかかる蝙蝠が俺の銅の剣の刃の部分に遮らぎられる。

 

 文字通りの返す刀で、その敵を切りつけようとするが、それは上手くいかない。

 避けられてしまった。


 これはやはり『スキル技』を使用しないと攻撃は当りそうにないと思って、『バッシュ』と念じる。


 が、発動しない。イメージが沸きあがってこないのだ。どういうことだろう。

 おそらくは無様な動きであろうが、仕方がないので自分の力で攻撃を繰り出し、飛びかかってくる蝙蝠を何とか避ける。『ブレードガード』も、発動させられない。


 が、ふいに今ならいけるという予感が生じた。

 試しに『バッシュ』を放つと、綺麗に攻撃が決まる。

 二匹目の蝙蝠を仕留めることができた。


 ダルトさんの近くに行くのは怖いから、カーズさんの方へと移動する。

 だが、『バッシュ』はまだ使用できないようだ。蝙蝠はカーズさんを標的に絞っているようで俺の方には向かってこない。


 想像にすぎないが、スキルの連続使用には制限があるのかもしれない。

 しばらく様子を見つつ、蝙蝠の相手をカーズさんとダルトさんに任せつつ待機する。やはりまた次のスキルが使用できるようになったことを感覚的に理解する。


 そこで『バッシュ』を放って蝙蝠を葬った。


 残り一匹。あとはカーズさんにでも任せればいいだろうと気を抜いた瞬間だった。


「しまった!」


 とダルトさんの叫び声。


 ほんの気まぐれなのか、それとも機会をうかがっていたのか。

 蝙蝠がダルトさんの元を離れてエリンの方へと飛んでいく。明らかにエリンを狙っているようだ。逃走するのなら、何も人の居る方でなくてもよいはずだ。


「待ちやがれ!」「待て!」


 ダルトさんも、カーズさんも、ほぼ同時に蝙蝠を追いかけるが、移動速度では蝙蝠が随分とまさっている。


 エリンもスキル持ちのはずだから、ひょっとすれば自分で対処できるかもしれない。

 現にロッド代わりのモップの柄を構えて掲げている。


 が、それに期待してしまうのも心苦しい。かといって走ってもいまさら間に合わない。


「ファイヤーボール!」


 実戦で使うのは初めてだったが、一か八かで俺は魔法を使用した。


 俺の手から生じた火球が飛んでいく。

 蝙蝠の身を焼き、危機を脱する。

 上手く当たってくれたようだ。蝙蝠が一直線に飛んでいたのも影響したのかもしらない。


 目の前で蝙蝠がぽとりと落ちていくのを見て、エリンは構えていたロッドをすうっと降ろした。


「魔法が使えるのか?」


 ダルトさんが聞いてくる。


「ええ、まあ……一応は……」


 と俺は適当に誤魔化した。


「にしても、実戦で使用できて魔物を一撃で倒せるレヴェルとは……」


 カーズさんも驚いている。


 俺は、普段から風呂に入るのが好きで、そのために使用していたから使い慣れていることなどを説明する。

 よくよく考えれば相手は飛行魔物であるために、風属性のほうが有効だったかもしれない。が、風属性は練習していないので使う気になれなかったのでもある。


 とりあえず、俺はエリンの元へと歩み寄る。


「大丈夫? 怖くなかった?」


 エリンはコクリと頷く。どうやら問題はないようだ。表情には恐怖のようなものは浮かんでいない。平然としている。


「すげえぜ! ハル!

 どうだ! 今日だけと言わずにこれから一緒にパーティ組まねえか?」


 ダルトさんにガシっと肩を組まれた。


「いや、お店もありますし……」


「そうだぞ、ダルト。無理を言うわけにはいかない。

 それに、ハルはまだ小さいし戦闘経験もないんだろう。

 これからのことはゆっくり決めさせてやれ」


 カーズさんのフォローが入る。


「まあ、そうだな。後のことは……、またおいおいってことでな。

 とりあえず、2階層を目指そうや」


 とダルトさんは上機嫌で進んでいく。


 平静を装ってついていく俺だったが、実のところはそうではなかった。


 初歩のチュートリアルを終えた効果だろうか。

 スキル技の情報が頭の中で洪水を巻き起こす。


 大剣技には『バッシュ』以外にも、上位の『ハードバッシュ』や、『BGブレードガードカウンター』、『ターンバッシュ』、『コンビネーションラッシュ』等々のスキル技が計7種類ほどあるらしい。

 そんな情報が流れ込んできたのだ。


 それぞれの特徴や効果などが一気に呼び覚まされる。

 新たに得た知識というよりも忘れていたものを思い出すという状況に近かっただろう。

 元々にして俺の大剣レベルは8である。今の段階で大剣で使用可能なスキルが判明したといってもいい。

 だが、今装備しているのは、片手剣であり、それで使えるスキルは限られていた。

『バッシュ』『ブレイドガード』『ハードバッシュ』の3つだ。


 それでも、基本技の『バッシュ』にあれだけ威力があったのだから、それも片手剣装備の状態で。

 大剣を持った時の戦闘力はすごいものになっていそうだ。

 まじで、冒険者でやっていくほうが儲かるかもしれない。


 それから、2回ほど魔物と出くわし、あっさり撃退して2階層目に降りることになった。


 それはそうと。スキル技の種類が判明したのはいいが、スキルレベルが上がる気配はないな。

 戦闘を繰り返していると上がったりするんだろうか……。

 目的のひとつはそこだったはずなのだけれど。


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