第8話 初めての戦闘
ダンジョンの入り口に到着した。
ナムバールの街の近くにあるダンジョンだからナムバールのダンジョンというストレートな通称が付いている。
「そこで、冒険者カードを見せるんだ」
ダルトさんが先輩顔で説明する。
小さな小屋があって、受付に居るのは受付嬢っぽくはなく、結構なお歳のおばあさんだった。。
ダルトさん、カーズさん、俺、エリンの順番で問題なくカードの提示を行った。
ちなみに、本人が手をかざすとカードが光るので本人確認に使用されているということだ。
その先にあるのがダンジョンの入り口だ。
いろいろバリエーションはあるらしいが、ナムバールのダンジョンは丘のように少し盛り上がった小さな小山だ。
そこに、四角い入り口が開いている。
「どういう理屈か知らねえが、入り口をくぐれば第一層に着くんだ。
入ったところは、大部屋になっていてそこには魔物は出ないから、とりあえず入るぞ」
ダルトさんが、ずかずかと歩き出す。
「行こうか、エリン」
俺は振り返りエリンに最終確認をする。お金も払ったことだし、受付もすました。引き返すつもりもないと思うけど、念のためだ。
エリンは小さく頷くだけで、決意は変わらない様子。
入り口を入ると確かに、広い空間に出た。冒険者があちこちでたむろしている。
「ここが、通称エントランス。大部屋だ。奥を見るとわかると思うけど、複数の道に分かれているだろ?」
カーズさんに言われて部屋の奥を見る。
確かに、人が二人通れるかどうかぐらいの狭い入口が6つくらいあった。
「あれをくぐると、いよいよダンジョンの本体。魔物の出るゾーンってわけだ」
カーズさんに変わってダルトさんが、説明を始めた。
「理屈はわからねえが、ダンジョンの通路っていうのは毎回、入るたびに構造が変わるんだ。
だから、地図はあまり役に立たない。
まあ低階層はそれほど複雑な道順にはなってないしな。帰り道ぐらいは覚えておける。
途中で他の通路と合流してたりするから、他の冒険者とばったり会うこともあるが、基本的には一緒に入ったパーティだけで進んで戦っていく。
適当に進んでると下に降りる階段に行きつくのさ。
いつも俺は、カーズと二人で1~2階を回ってるんだ。
ハルとエリンちゃんはさしあたっては見学ってことだから、俺達の後をついてくりゃいい。
その気があるなら戦ってみることもできるだろう。一階層の魔物は大したことがないからな」
戦いかあ。まあ、俺もエリンもスキル持ちだから、低階層ぐらいならなんとでもなるんだろうけど。
「えっと、まずはお二人に着いていくことにします」
と控えめに返答する。
「まあ、それがいいだろうな」
とカーズさんが、魔物の説明を始めた。
「一階層には、2種類の魔物が出る。
サーベルバットとグリーンスライムだ。
サーベルバットは長い牙の生えた蝙蝠。
小さいが、動きが素早くてこちらの攻撃が当たりづらい。それほど好戦的ではないが、ちょこまかと飛び回りながら牙で攻撃してくる。威力は大したことがないのがまあ救いだな。
戦闘時間は長くなりがちだ。
もう一種類のグリーンスライムは動きも鈍く、比較的相手しやすい。
体当たりでの攻撃がメインだが、たまに溶解液をとばしてくる。
しかし、こっちはこっちで物理攻撃に耐性があり、倒すのに時間がかかる」
話を聞くだけだと一階層とはいえ、そう簡単に行かないように思える。
ダルトさんもカーズさんも、ダンジョンで稼いでいるくらいだから、やっぱり経験は積んで強くなってるんだろうな。
うんうんと頷いていると、
「まあ、俺達はほぼ分業体制だ。
サーベルバットへの攻撃は素早くて間合いの近いカーズの拳術で倒していく。
で、俺の大剣技なら、グリーンスライムだって、5~6撃で倒せるからな。
出くわすのは大抵どちらか一種類のみで、数は2~3匹だ。
ハルもエリンちゃんも、魔物に狙われないように距離をとって見ておけばいいさ」
というわけで簡易オリエンテーションも終わり、奥へと進むことになった。
「どれに入ったって変わりはねえよ。ハルが選びな」
「順番待ちとかないんですか?」
それぞれの入り口に別のパーティがぽつぽつと入って行くのを見ながら尋ねた。
先に入ったパーティと間をおかずに入ったら、全部先に倒されて魔物なんかとは出くわさないんじゃなかろうか? と疑問が沸いたからだ。
「ああ、あそこをくぐるとパーティごとにそれぞれ違う場所に辿り着く。少し間を置いては入ればすぐ前のパーティに出くわすってことはないんだ」
カーズさんが答えてくれた。
そういうもんか。確かにダンジョン内は異次元だ。
であれば、悩む必要もそんなにない。なんとなくで真ん中の入り口を選択した。
「それじゃあ行くぜ」
四人で入り口をくぐる。
数メートル幅の通路が続いている。岩をくりぬいて出来た洞窟のような通路だ。
「経験上、そのまま奥に進むと下の階層への階段に行きつくことが多い。
次の階層に行きたいなら、正直に真っ直ぐ進む。逆にこの階層で魔物を狩るのなら横道に逸れるのがいいだろう」
言いながらも、ダルトさんはずいずい進んでいく。
俺とエリンも遅れないようについていく。
しばらく行くと、緑色をした腰の高さぐらいの山型の塊が見えた。
「あれが、グリーンスライムだ。2体だな。行くぞ、カーズ」
「二人は後ろに気を付けながら、見ておいてくれ」
初めて見学する実戦だ。
事前に聞いていたとおり、グリーンスライムの動きは鈍い。
たまに、跳ねるように飛びかかったりもするが、慣れているのかカーズさんもダルトさんも器用に飛びのいて躱す。あるいは、ダルトさんは大剣でそれを受けとめる。
あとは……、たこ殴りだな。
ダルトさんは大剣でばしばしとスライムをしばいていく。
スキルを持っているとは思えないくらいの洗練されていない動きだ。
連続で攻撃することもなく、一発斬りつけては、距離を取りなおし、また大きく大剣を振りかぶって攻撃。あるいは敵の攻撃をいなす。
そんなことの繰り返し。だが、さすがはスキル持ちを自負するだけはある。
数分とかからずにスライムを仕留めた。
ダルトさんが対峙していたスライムは、煙のように消えてしまった。
一方のカーズさんは、ダルトさんに比べると動きが洗練されている。
スキルは無いはずなのに、この辺は経験の差や個人差があるのだろうか。
手甲を付けた拳で殴っては離れ、殴っては離れを繰り返す。ヒットアンドアウェイ。
そのペースはダルトさんよりも明らかに早い。
5秒に一回ペースぐらいで殴っている。
しかし、一向にダメージを与えられないのか、グリーンスライムは未だ健在だった。
そこへ、自分の分を仕留めたダルトさんが加勢に向う。
二人で、交互に攻撃をしかけ、ダルトさんが3回ぐらい斬りつけたところでスライムは消滅した。
「ハル、エリンちゃん」
ダルトさんが呼ぶので、二人の傍まで行ってみる。
スライムが消えた辺りのところに小さい丸い石が落ちていた。
それを二人がそれぞれ拾い上げた。
「ほら、見たことあるんじゃねーか。こいつが
そっとダルトさんが差し出した手の上に、黒っぽいような紫っぽいようなごつごつした丸っぽい塊が載っていた。
カーズさんが持っているのも似たようなものだ。
「個体によってサイズに多少の違いはあるが、大体グリーンスライムだとこんなサイズだ。ギルドへの売値で20シドルほど。
こいつをちまちま集めるのが俺らの商売だ」
魔珠。それ自体は見たことも聞いたこともある。
魔物の核だと言われており、魔力が込められているという物体だ。
ダンジョンの低階層で手に入るようなものはそれこそ数十シドルの価値しかなく、それ単体では使い道がない。
もっと深い階層に居る魔物から得られる魔珠は宝石のように透明で光っており、魔術抽出処理が施された魔道具のエネルギー源となる。
安物の魔珠は、そういった高価な魔珠と一緒に置いておくと、徐々に魔力が吸い取られて小さくなっていき、やがて消えてしまう。いわば魔力を充電するための補助バッテリーみたいなものらしい。
知ってはいたが、実際に魔物から得るところを見るのは初めてだったので素直に感心した。
「まあ、こんな感じで魔物と戦っていくわけだが、どうする? ハル?
せっかくだから、おめえも戦ってみるか?
2匹ぐらいを相手する時ならエリンちゃんは、俺かカーズが見ておいてやれる」
「ダルトとハルで魔物に当たるのがいいだろうな。
ダルトの攻撃力なら一匹を倒すのに時間はかからないから倒し次第サポートに回れる。
ポーションだって持ってきてるんだろう?」
確かに、念のためにとシュミルにポーションは持たされた。
そもそもスライムの攻撃を多少食らったぐらいじゃ致命傷には程遠い。
このまま見学してても得るものは少ないしな。
「じゃあ、スライムが出た時は……」
と、控えめに了承の意思を示した。
「おう、それでこそ男だ」
ダルトさんはなにか嬉しそうだ。
話はまとまりまた洞窟の奥へ向けて歩きだした。
途中で分岐で脇道に逸れたのは、この階層でしばらく戦うってことなんだろう。
初の戦闘を前に多少の緊張感が生じる。
だが、次に出会ったのはサーベルバットが2匹だった。
聞いていた通り、パタパタと飛び回る蝙蝠だ。牙は思っていたよりも長い。
ダルトさんはぶんぶんと大剣を振り回すがなかなか当たらない。
カーズさんのほうがまだ命中率は高いが、数発殴っても平気で飛び回っている。
それでもやはり経験者。
飛びかかってくるサーベルバットの攻撃を器用に防御してほとんどダメージを喰らっていない。
スライムよりはかなり時間はかかったが、カーズさんがまず一匹を仕留めて、残りの一匹をカーズさんが変わって引き受ける。
二人同時に相手できないのは、動きの素早い敵に対してダルトさんの大剣の大振りでは同士討ちの危険性が生じるからだろう。
スライムよりも多少大きめの魔珠が手に入る。これで30シドル程度らしい。
あと、一匹は素材を残した。サーベルバットの牙だという。売値は5シドルにしかならない。
二回戦って二人でまだたったの105シドル。
毎日毎日数十回も魔物と戦わなければいけないっていうのは大変そうだ。
もっとも、
「今日はハルのために1階層をうろついているが、普通はさっさと2階層に行ったほうが効率はいいんだよ」
とのことだ。ダルトさん談。
「階層が深いところで出る魔物は魔珠も大きくなるし、素材も高くなる傾向があるからな」
カーズさん談。
さらに進むと、また緑色の塊が見えてくる。
「おっ、珍しい。グリーンスライムが一匹だ。
ちょうどいいだろう。ハル、やってみな」
ダルトさんに言われ、剣を構える。
ついでにスライムを鑑定してみる。
『グリーンスライム Lv1』 それだけの情報しかないようだ。
「体当たりが来るときも、溶解液を吐くときも動きが止まるからな。
その時は、攻撃は控えて、相手の攻撃に備えるんだぜ」
レクチャーを受けながら、スライムに近づいていく。
近くで見ると小刻みにプルプルしている。これってどっちだ?
動きが止まっているとも言えるし、動いているともいえる。
様子を見ていると、スライムは徐々にこっちに向ってきた。
「今は大丈夫だ。斬りつけてやりな!」
と、言われるままに剣を振りかぶろうとしたその時。
例のアラームが頭に響く。
えっ? 煩悩なんて一切生じてませんけど?
俺の知らないペナルティーの条件がまだあったとか?
うそ?
びくびくしながら俺はウィンドウを開いて確認する。
そこには、例の
『戦闘チュートリアルを開始します <NEXT>』
『NEXT』を念じて選択してメッセージを進める。
『◆魔物を倒しましょう!
現在の装備武器は銅の剣です。
一部の大剣スキルが使用できます』
以降はメッセージではなく直接頭に入り込んでくる。
所持スキル:基本技、バッシュLv1。
力を込めて斬りつける、ただそれだけの技とも言えないスキル
Lv1にどれだけの威力があるのかは不明である。
うん、試してみたいが、今はやめとこう。
力を込めずにというのも加減が難しいが、多少の余力を残した状態でスライムに剣を叩きつけた。
ポシュッと音がして、スライムが一瞬で消滅した。
「な……、スライムを一撃で!?」
「まさか!」
後ろで、ダルトさんとカーズさんが驚いている。
っていうかスキルは発動したのか? それすらわからない。
床には魔珠が転がっている。
とりあえずそれを拾い、仲間の方へと振り返る。
「なんか、あっさり倒せちゃいました」
驚愕の表情を浮かべる男性陣と対照的に、いつも通りの表情で俺を見つめるエリンが目に入った。
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