第7話 ギルドに行こう
朝の支度を終えて、朝食に向かう。
まあ、朝の支度と言ってもパンツの証拠隠滅作業が最重要事項だったりするのだが。
それはさておき。
「おはよう」
既に俺より先に起きて、朝食の準備をしているシュミルとエリンに声を掛ける。
「おっはよ~」
「あ……あう……」
二者二様の返事が返ってくる。
ダルトさん達はそれほど早起きではないし、早くから活動するってえわけじゃないから、こっちも早朝から行動する必要はない。
けれど、ダンジョンに行くのは俺もエリンも初めてである。
いろいろ手続きをしなければならないらしいから、先に行ってギルドで待ち合わせということにしてあるのだった。
ゆっくりと準備をする。
「じゃあ、行ってくる」
エリンと二人で準備を終えた。装備を整えて、家を出る。
「気を付けてね~」
呑気にシュミルが見送ってくれる。
気を付けてもなにも、わざわざ危険なところに行けと言ったのはお前じゃねえか! と突っ込みたくもなるが、悪気のなさそうな明るい笑顔で毒気が抜かれた。
ナムバールのダンジョンは街の外れにある。
ちょうどその途中に冒険者ギルドがあるので、ついでに寄れるからちょうどいい。
ギルドは二階建ての結構大きな建物で、目立っている。
元の世界でいうところの市役所みたいなもので、利用しない人間だって場所ぐらいは知っている。
エリンとともに中に入ってきょろきょろと見渡した。
受付は一種類しかないようだ。カウンターが5つほど並んでいるが、受付の人が居るのは3か所だけ。
それぞれに2~3人ずつ並んでいる。人はそれほど多くない。
奥には依頼を張り出す掲示板があるが、そこも人影はまばらである。
この街に住んでいるだけでも数百人は冒険者が居るという話だが、みんな遅起きなのか。
それに、ダンジョン組は朝は直接行けばいい話なので、ギルドに寄る冒険者は少数なんだろう。
ダンジョンに行かずにギルドで依頼を受ける人はあんまり居ないようだ。メリットは幾つかあるというが。
ひとつは、安定した収入が得られること。だけど、ダンジョンでもよほど運が悪くない限りは丸坊主ということはない。
ふたつめは、たまに掘り出し物の高収入の依頼があるということ。
それも滅多に出るものじゃないから、朝一でなくなってしまうことが多い。
そういう意味では早朝のほうが人は多いのかもしれない。
みっつめは、
結局ギルドに来る冒険者のほとんどは、パーティ集めか、付き合いや顔見せで来ることが多いというのを昨日ダルトさんから聞いていた。その通りのようだ。
じっとしていてもしょうがないので、適当な受付カウンターに並んで待つことにした。
「エリンも初めてだよな?」
コクリ。
「怖くない?」
それにもコクリ。
肝が据わっているというかなんというか。
エリンの素性は知らないから、過去にどんなことをしていたのか? とか、どういう経緯で奴隷になったのかなんてのはわからない。
だけど、自分から言い出した手前もあって平常を装っているのかなとも思ったがそれとも違う。
表情も普通だし、そわそわしている感じもない。
やがて順番が回ってきた。
「ご用件は?」
結構若いお姉さんだ。丸ぶち眼鏡をかけたセミロング。服はセーターのようなものを着ている。特に決まった制服はないようで、他の人も服装はバラバラだった。
胸もそれほど大きくない。いや、これは女性を見たら胸のサイズを確認するという俺の習性なのであって、劣情を催したりはしていないから。
とにかく、手続きだ。
「えっと、冒険者の登録に来ました。俺とこっちのこの二人です」
「はいはい、新規登録ね。少々お待ちください」
別に俺やエリンのような年少の冒険者志望が来ることはなんでもないようだった。
一人前の客として接してくれた。
お姉さんはカウンターの下から二枚のカードを取り出した。
「ご兄弟か何か?」
「いえ、そういうんじゃないです」
「普通は登録料は一人2000シドル。ただし、推薦状があれば基本的に無料になるけど……」
お姉さんは言いながら、そんなものは持ってないわよねえという顔を見せてくる。
「ええ、ありません」
「あと、奴隷の場合は、割引が効くから1500シドルになるわ。
ただし、主人と一緒に来ないと適用できないけど」
奴隷は安いのか。多少だけど。
戦闘用の奴隷を使い捨てにする感覚からの値段設定のような気もして少し気分が重くなる。
エリンは奴隷だし、主人は今のところ俺だから条件は満たしてるな。
かといって、エリンを奴隷だと明らかにするのもなんとなく嫌な気がしないでもない。
この歳で奴隷を従えている奴なんてほとんどいないだろうし。
と、逡巡しているとエリンが腕をまくって奴隷紋を見せた。
お姉さんはあら? と驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに普通の口調に戻る。
「じゃあ、二人分で、3500シドルになるわね。先払いでお願いします」
詮索されなかったのはよいことだ。まあ相手も事務仕事だからいちいち突っ込んだことは聞かないのだろうけど。
それはそうと、登録料は前もって聞いておかなかったらびっくりする金額だ。
まあ、言いだしっぺというかダンジョンに来ることになったきっかけを作ったシュミルから、登録料は貰って来ている。
だから実質的な俺の負担はない。エリンの割引が効いた分は後で返さないとな。
ひとり2000シドル。俺の小遣いの何か月分かに相当するその金額のほとんどは冒険者カードの料金だということだ。
偽造できないように魔術的な処置を施したカードは貴重なものらしい。
「じゃあ、これで」
俺は、預かっていた紙幣を渡す。
「はい、確かに。ではそのカードに手を載せて。右でも左でもいいから」
言われたとおりにする。エリンも同様。
カードが仄かに光り、すうっと体が軽くなる感じがした。
これで登録できたのか? 気になったので鑑定してみる。
結果は単に俺の名前と紐付いているだけで、何の記載も含まれていなかった。
「はい、これでいいわ」
冒険者カードを確認してお姉さんが渡してくる。
「これが、あなたたちのカード。依頼を受ける時と、ダンジョンに入るときに必要だから失くさないようにしてください。
失くした場合は新規発行することになるのでまた費用がかかるから」
勿体ないでしょ? と子供に言うようにお姉さんは注意する。
まあ、俺達実際に子どもなんだけどな。
「それと、まだあんまり関係ないでしょうけど、一応ダンジョンの踏破回数とか倒した魔物とかが記録されるようになっているわ。
あなたたちは依頼? それともダンジョン?」
「ダンジョンに入ろうかと……」
「そう……」
そこでお姉さんは心配そうな表情を浮かべた。
「いや、あのちょっと見学に行こうと思って。冒険者をやってる人に連れて行って貰うんです」
言いながら、俺ももう冒険者なんだよなと思ったが、お姉さんはそこには触れてこなかった。
「ああ、見学ね。じゃあ大丈夫かしら。
たまに居るのよね。あなたたちみたいな年齢の子で軽い気持ちでダンジョンに入って怪我しちゃう子が。
まあ、こっちとしては止める権利もないんだけど」
結構シビアな性格のようである。それも当然か。それほど頻繁ではないがやっぱりダンジョンで命を落とす人も居る。
そういう人の相手をしてれば感覚も鈍くなってくるのだろう。それでも、年少者や初心者はやっぱり心配。そんなところだろう。かといって商売だから引き留めるわけにもいかないだろうし。
「ダンジョンってやっぱり危険なんですか?」
と聞いてみた。正直興味が無かったからあんまり知識を得られていないのだ。この世界の一般人レヴェルよりも知っていることは少ないかもしれない。
お姉さんは、後ろの列の人数を確認して、少しくらいは余裕があると判断したのだろう。簡単な説明をしてくれた。
「ダンジョンっていうのは成長していくのよね。
入り口が出来て人が入れるようになるわけだけど、それは地下に広がっているわけじゃない。実際に掘った人が居るからそれは確かだわ。掘ってみてもダンジョンの空間にはたどり着けなかったって。
どこか別の世界に繋がっているのね。
それで、まずは一階層のダンジョンが出来る。時間と共にダンジョンは広がっていく。
50階層ぐらいまでが拡大期。それ以降はダンジョンは収縮していくわ。
その時に50階から無くなっていくのではなく、低い階層から無くなっていく。
だから、収縮期のダンジョンだと、入っていきなり40階層の手ごわい魔物とかが出ることもあるけど、ナムバールのダンジョンはまだ20数階層だし拡大期だから……。
まあ、低階層あたりだとそんなに危険でもないかな。
ちなみに、1階層目まで収縮が進んだダンジョンを放置してしまうと今度は地上から上に向って成長していくのよ。いわゆる魔塔ってやつね。
魔塔は魔物を排出するし、放置しておいていいことはないから、そこまで収縮したダンジョンは魔塔にならないようにボスを討伐する必要があるの。
まあ、あなたたちには関係の無い話でしょうけど」
「そうですか。ありがとうございます」
知っていることもあったけど、良い話が聞けた。エリンもどうやら熱心に聞いていたようである。
「じゃあ、ダンジョンの入り口でカードを見せたら入れるようになるから。
気を付けていってらっしゃいね」
最後は年長の気遣いを見せて俺達を送り出してくれた。
さてと、受付は終わったし、あとはダルトさんを待つだけだな。
たまに俺に……というよりはエリンに視線を投げかけてくる冒険者も居るが、特に話しかけられることもなかった。
絡まれて返り討ちみたいな目立つ展開にはならなさそうで一安心だ。
ギルド登録も魔力測定とかスキルの確認とかはなかったからごくごく普通に終わってしまった。
ダルトさん達はまだ来ていないようだ。
掲示板を見ながら、暇をつぶす。
「おう、待たせたな!」
しばらくしてダルトさんがやってきて声を掛けてきた。
「今日はよろしくお願いします」
「ああ、安心してついてきな。俺が一切面倒見てやるから」
「あの、カーズさんも、よろしくお願いします」
「うん。ダルトの暴走は俺が止めるから心配しないでくれ」
ダルトさんが俺とエリンを交互に見比べた。
「なかなか立派な装備じゃねえか。特にその剣がいい」
これは、ダルトさんが質に入れているやつだ。
「ああ、どうも……」
どういっていいかわからないので適当に濁す。
「いやな、悪りいが、やっぱり俺は大剣に目覚めたようだ。昨日も言ったよな。
で、今更片手剣には戻れねえ。
くれてやるから大事につかいなよ」
なんて調子のいいことを言ってくるが、そもそもこの剣は元々はダルトさんの持ち物だったが、今はうちで預かっているものである。
ダルトさんのことだから、わざわざ手数料を払ってまで買い戻してそれから新たに俺に譲るなんてことはしなさそうだし。
「ありがとうございます」
適当に相槌をうちつつ、俺達はダンジョンへ向かう。
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