第6話 そうだ! ダンジョンへ行こう?
エリンはずっと俺を見て動きを止めていた。
何か言いたそうなので俺から話を振る。
「ああ、さっきの話聞いてた?」
俺はさりげないふうを装ってエリンに話しかけた。
エリンは小さく頷く。
「えっと、エコーの滴だっけ? それを取りに行ったとか?
話聞いてる?」
エリンが今度は首を横に振る。
「違うの?」
と聞くとそれも首は横。
「わからないってこと?」
それにはエリンは頷いた。
あの黒ずくめの客はエリンにはなんの情報も与えてないんだろうな。
だとしても、エリンとしばらくは一緒に過ごしていた相手だろう。
心配するのもわかる気がする。
それに、ちゃんと帰って来てくれないとエリンの今後が危ぶまれるし。
かといって俺にできることはそう多くない。
ダルトさん達からの情報を待つこと。せいぜい無事を祈ること。それくらいだろう。
薄情な気もするが、だってしょうがないじゃない。
いやまあ、自力でダンジョンに挑戦するって選択肢も無いわけじゃあないが。
自慢じゃないが俺は一切争いごとと関わってこなかった。
魔法やら武器やらのスキル持ちなのはわかっては、いるがそれを試したこともない。
魔物と戦ったことはおろか、魔物を見たことすらない。
できれば将来的にも無縁でいられたらと思っているのだ。
なんせ、俺のスキルレベルの下降はまだ始まったばかりだ。
数か月でスキルの大半を失ったのだ。
今後も同じようなペースで失い続けたらそのうちなんの変哲もないただの質屋店主に成り下がってしまう。
それに嫁さんが出来た後のことも考えると、高いレベルでスキルを維持し続けるなんてのは望めることとは思えない。
それなら、いっそのことスキルの恩恵を受けた上での戦闘の経験なんてものを積まないほうが良いと考えていた。
過去の栄光にすがって昔は強かったんだぜ~。などとほざいても誰も信じないしむなしいだけだからな。
そんなことを考えているとエリンが俺の服の裾をつまんで微かに引っ張った。
「なに?」
「……ダ・ン・ジョ・ン……」
「ダンジョン?」
「つ・れ・てて……」
うん、たどたどしいが意味は理解できた。つまりこういうことだろう。
ダンジョンに連れて行けと。
いやまあ、そうしてやりたいのはやまやまなんだけど……。
「つ・れ・て・て……」
上目使いで懇願するように見つめてくる。
とはいえ、期待には応えてあげられそうにない。
なので、なんとか断わりを入れようと言い訳を模索する。
「あのね、簡単に言うけど。
ダンジョンって危ないところなんだよ。
魔物も出るし、慣れた冒険者でもしょっちゅう怪我とかしてるし。
俺は入ったこともないし。連れてってといわれてもなあ」
すごい年下のこに言うような口調になってしまった。
エリンはというと、悲しそうな表情を浮かべただけで、まだじっと俺の目を見つめたままだ。
「エコーの滴が欲しい? だからダンジョンに行きたい?」
エリンは首を振る。
「じゃあ、何のために?」
「し・ん・ぱ・い……」
「心配? ああ、あのエリンと一緒に居た人?」
エリンはそれを聞いて、頷きながら、
「ア・ル・ト……」
と口にする。
「アルト? あの人の名前かな?」
コクリ。
「心配って言ってもなあ……。あの人弱いの?」
エリンの首は横に振られる。
「じゃあ心配はいらないんじゃない? 強いんだったら、20階は無理でもそこそこの階層に行くだろうし、どっちにしても俺達じゃあ追いつけないだろう」
俺は思ったことをそのまま伝える。
至ってまともな考えである。
仮にエリンを連れてきた客が、どうしようもないくらいに弱くてダンジョンの一階、つまりは初心者の俺達でも入れるようなところをうろうろするのなら、様子を見に行く意味はある。
だけど、ほんとうに20階なんてべらぼうなエリアを目指しているんなら、行ったって意味がない。出会えないどころか、俺達の方が途中で力尽きて息絶えることになるだろう。
だがエリンはそれでもじっと黙って見つめ返してくるだけだ。
一方通行の無理問答のようだ。エリンからの情報は少ないし、俺は俺で気持ちを変えるまでにはいかない。
客も来ないので二人でしばらく無言が続く。
「あら? お邪魔だったかしら~?」
空気を変えたのはふらりと入ってきたシュミルだった。
いや、邪魔じゃないけどね。
まあ、深刻な話をしてたのはしてたけど、変な話じゃないから。
「どうしたの~?」
と野次馬根性丸出しで聞いてくるので、簡潔に答えた。
「あら~、そう~。
連れて行ってあげたらいいじゃない~。
明日休みでしょ~」
などと簡単に言う。
「いや、母さん。そんな軽いノリで……」
「だって、男の子なのにダンジョンに行ったことないってねえ、エリンちゃん?
かっこよくないわよねえ~」
エリンは俺に気を使ってか頷きも否定もしない。
「でも、ダンジョンには魔物が一杯だし」
と抵抗を試みるも、
「そろそろいいかな~、なんてお父さんとも話してたのよ~。
どうせ店を継ぐなら、仕入れとかで旅にも行かないといけないしね~」
もっともらしいことを言う。
確かにそうだ。
階層によって出現する魔物がある程度決まっているダンジョンと違って、街の外では出くわす魔物が想定できないためにより危険が多い。
親父がスキル持ちなのかどうなのかは、鑑定してないから知らないが、護衛もつけずに旅をしまくっているということはそれなりの強さなんだろう。
まあ、護衛をいちいち付けてたら、かかる費用がとんでもなくなるし、そうそう手ごわい魔物とは遭遇しないとも聞いているが。
そもそも、俺が質屋を始めたのは、仕入れの旅に行くのが嫌だからだったりする。
古物商をやっている限り、ずっと店に居座って仕入れをおろそかにしていたらそのうち店は潰れてしまうだろう。
だから始めた商売なのである。
「それに、エリンと一緒だったら何かあったらまずいだろ?」
方向を変えて店主代理としての意見を述べる。
エリンは人間(獣人だけど)とはいえ、奴隷でありうちの質草である。
いわば客から預かっている品物だ。好きにしてくれとは言っていたが、傷物にするのはよろしくない。
「ハル」
と、シュミルは少し真面目な表情になって向き直る。
「はい?」
俺もつられて居住いを正してしまった。
「あなた、男の子よね。
男の子が女の子一人護れなくってどうするの?」
いやまあ、それは恥ずかしいけど、俺って戦闘経験も何もない素人なんですけど?
「ってそこまでは要求しないわよ~。
ただね~、いい機会だと思うのよ~。
全然興味なさそうだったでしょ~。武器も欲しがらないし、ダンジョンにも行きたがらないし~。
冒険者カードのひとつも持ってないってのって男の子としてどうなのかな~って~」
うーん、確かに。
俺くらいの年齢になれば、魔物を倒して小遣い稼ぎとか、そこまでじゃなくっても冒険者に一緒に連れて行って貰ってダンジョンに入る奴は多いとは聞く。
結構な割合でスキル持ちであるかどうかを確認しに行く力試し、ある意味では運試しだとも言われているが。
冒険者として大成することはいわば一攫千金のドリームロードでもある。
スキルを持っているだけでくいっぱぐれることはないだろうし、コツコツ金を溜めて魔術の修行を続ける奴もいる。
まあ、スキルも魔術も無くてもダンジョンに挑む冒険者は後を絶たないくらいだし、成功者はほんの一握りだろうからかなり率の悪い宝くじみたいなもんなんだろうけど。
当たったところで遊んで暮らせるわけじゃなく、他より多少強いってことがわかるだけだし。
「見学くらいならいいんじゃない~?
様子見てみて帰ってくるくらいなら~。
ほら、最近はお客さんにも多いでしょ~。
誰かに頼んでみなさいよ~」
シュミルの言いようからするとほんとうに見学ツアーのような印象を受ける。
いや、その程度にしか考えていないんだろうな。
確かに、普段からダンジョンに入っている人と低階層だけを回るとなると危険なんてほとんどないだろうし、ちょっとした怖いもの見たさや好奇心を満たすためっていう理由もわからないではない。
だから俺くらいの年代になると、強がりだったり、箔を付けるためにダンジョンに入りたがるんだろう。
それが普通な世の中なのだから、俺の方がイレギュラーで逆に心配だというシュミルの気持ちはわからないでもない。
「えっと、エリンはそれでいい?
多分、そんな深くは潜らない。っていうか潜れない。
だからちょっと行ってみて帰ってくるだけだろうけど……」
そのように条件を明示して聞いたのはどちらかというと、行くと決めたからではなく行きたくないからだ。
アルトとかいうあの客が、心配なんだったら、シュミルの言うような体験ツアーだと意味を為さない。
だから断わってくれると思ったのだが……。
コクリとエリンは首を縦に振った。
「じゃあ、決まりね~。
なんだったら知り合いの冒険者に引率頼むけど~」
勝手に話が進んだが、どうやらダンジョンへ行くことに決定したようである。
変な話に流れてしまったなという思いが6割と、ついに来るべき時が来たというのが4割と。
あとは、ちょっと期待を抱かずにはいられない。
ダンジョンで安全に、しかも効率良くスキルレベルが上がるのであれば。
煩悩フル稼働とはならずとも、いままでよりかは
結果オーライのような気もしないでもない。
まあ、スキルレベルが思うように上がるのかどうかはさておき。
昼間の客の少ない時間を見計らって店にある武器を漁ってみた。
武器も防具もある意味では消耗品であるためにレンタルなんて概念は存在しない。
買うとなったら中古でもそれなりの値段がするし、さすがに丸腰でダンジョンに行くのは心細い。
幸いうちには、質流れで残っている武器、防具が幾つかは置いてある。
ちなみに、普通は親のお下がりとかもらいものとかで間に合わせることが多いようだ。俺のような初心者でほんの好奇心からダンジョンに向うものとしては。
「えっと、ロッド、ロッド……。
さすがにないなあ」
とロッドを探しているとエリンが不思議そうな目で見ていた。
ああ、そうか。俺がエリンの得意武器がロッドだと知っているってことを当然知らない。
「ほら、まあエリンは後ろで見てるだけでいいから。
でも、念のために武器ぐらいは持っていたほうがいいだろうなあって」
言い訳してみたが、意味があったかどうか。
結局ロッドは無かったために、モップの柄で代用する。これだって鑑定してみれば種別はロッドらしいから役には立つだろう。攻撃力には期待できないが。
鎧は運よく俺の分は見つかった。エリンの分はシュミルのおさがりの革のドレスを借りることができた。革とはいってもすべてが革ではなく一部に革が使用されただけのもの。
ドレスとはいってもただのワンピースのようなシンプルなデザインだけど。
そういえばシュミルも昔はダンジョンに入ったり旅に出たりしてたんだろうか。
聞いたことが無い。聞くと俺の話になりそうで避けていた話題なのだが。
で、問題は俺の武器である。大剣はもちろん、片手剣も見つからない。
そもそも、ほとんど店にある物は把握してたから初めからわかっていたことではあるのだけれど。
うーん、あるとしたらナイフぐらいか。ナイフだと大剣スキルが転用できないからそれこそ俺はただの一般人になってしまう。
まあ、それはそれで見学なんだし仕方ないか。ナイフを使うことでスキルが得られるかもしれないし。いや、それ以前に、そんな状態で魔物と戦うことになってしまうのだろうか?
なんてことを悩んでいたら夕方にはあっさり解決した。
わざわざ、小耳にはさんだ話を伝えに来てくれたダルトさんが、質草として預かっている片手剣を貸してくれるというのだ。
もちろん、明日の護衛というか引率も引き受けてくれた。
「乗りかかった船だからな」
と言っていたが、どうやら大剣スキルの調子がいいようだ。
普段なら、精々2階層どまりのダルトさんだが、今日は3階層でも余裕で戦えたようだった。稼ぎもそれなりだったらしい。
で、調子に乗ると痛い目を見ると諌めたカーズさんに言いくるめられる形で明日のダンジョン探索は低階層で様子を見ることに留めることになっていたらしい。
今後うちの店を利用する際に多少のサービスをするという至って安価な対価で応じてくれた。
明日の朝、冒険者ギルドで待ち合わせである。
ああ、今夜はエリンは来なかったけど、夢の精さんは訪れました……。
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