第4話 夜の事情
俺が風呂を沸かし、シュミルとエリンの二人で入浴中だ。
「あら~、ずいぶんと痩せてるわねえ~。
ご飯ちゃんと食べさせて貰ってる~?」
「あ……は・い……」
「可愛い耳ねえ~。尻尾もふさふさ~」
「あ……あ……」
「まあいいわ。預かっている間は期待してよね。
美味しいご飯たっぷりと食べていいんだから~」
「あ……あ・り・が・と……」
って、序盤、というか服を脱ぐ辺りまではまだ良かったのだが。
「ほら、大丈夫だから~。
洗ってあげるから~」
「きゃ……うん……」
「体の隅々までね~」
「あ……あう……あふん……」
「腕をあげて~。そう、ばんざーい」
「きゃう……、ん、ふぅう……」
「じゃあ、ここも綺麗にしないとね~」
「あん……あ……」
家が狭いから、浴室の声が全部聞こえてくる。
女子二人の入浴。それも、エリンがちゃんとまともにしゃべれないから、なんかあっち系の声に聞こえてしまう。シュミルはどこからどこまで洗ってるんだよ!
うーん、沈まれ煩悩。おさまれ欲情。
二人の入浴姿が目に浮かびそうになってはかき消す。そう、かき消すのだ!
俺は、マットー。妄想なんて膨らませない。
「そう、もう上がるの~。あたしはもう少し入ってるから~。
タオル出してあるから~。着替えも使ってね~。
一人で拭けるわよね~」
「…………」
うん、なんとか乗り切った。入浴シーンはお終いだ。
沈まれ、煩悩。欲情絶対だめ! だめ! 絶対!! 煩悩かっこ悪い!
そう念じて乗り越えようとしていたのだが、気が付くと俺は脱衣所の目の前にいた。
扉一枚隔てた脱衣所である。
この……扉の向こうに…………。
エリンの肢体が待っている…………。
シュミルは家族でもあるし、なにより親父という相手もいる。そもそも小さい頃は特に気にせずに一緒に風呂に入っていたのだし、さすがに俺も欲情対象としては興味が薄い。そう、薄いのだ。多少ある時点でヤバいのだが、それは血のつながりが無いという一点突破で許容してください。
が、エリンはそもそもにして関係性が違う。年は俺とそんなに変わらないし。多少幼い感じだが、それもまた一興。
ばれると後が面倒だが、少し覗くくらいなら……。
それに今は俺の奴隷である。主人には逆らえないはずだ。おれが口止めしたら告げ口はできないはずだ。
うん、計画はばっちりだ。なんのデメリットもない。
正当化完了。
扉に手をかけて隙間から覗き込もうとしたその時……。
頭の中で警報が鳴り響いた。例のあれである。
げっ! 未遂でも駄目なのか? まだ何にもしてないのに!
実を言うと多少のスキルレベルダウンは覚悟の上の行動だった。
まだ、いっぱしの冒険者としてやっていけるだけのスキルレベルは十二分に残っているのだ。
いやそうではない。俺は煩悩には負けないのだ。
そう、これは修行だ。己を鍛えるための修練である。
未来への懸け橋だ。第一歩だったはずだ。
シュミルはある程度克服した。なんといっても親だし、劣情を催さないように俺は良く訓練された息子なのである。
店によく来る女冒険者のミライアさんは色気がありすぎて練習相手としてはハードルが高い。
同年代、それも年少のエリンなら、裸を見ても煩悩ペナルティを受けずに堪えることができるのではないか?
いや、必ず出来る。俺なら出来る。
この先も、些細なことで欲情してスキルダウンを繰り返すなんて馬鹿馬鹿しい。
昔の人は言ったではないか。虎穴に入らずんば虎子を得ずと。
よって、この行為は俺の中で修行であり、実験だった。エリンの裸体を拝みつつ、つつがなく――つまりは欲情せずに乗り切る。スキルのダウンなんて発生させない。
そのためのやむなしの行為であり、俺の行為は軽犯罪ではなくれっきとした、大人への階段を昇るステップなのだ。
己を高めるためのやむなしの試練なのだ。
と正当化しつつも興味が勝り、あともう少しでその行為に及ぶ寸前だった。というか、ストップがかからなければ間違いなく行っていたはずだ。
その一歩手前でペナルティが発生してしまうとは……。とほほ。
俺もまだまだってことか……。
このまま突っ走れば、二度目三度目のペナルティを連続で受けるという酷いことになりかねない。
諦めて俺はそっと脱衣所から遠ざかる。
とにかく、降格させるスキルを選ばねばならない。
武器系はもはや大剣のLv8しか残っていない。これはなにかあった時のための保険である。
大剣レベルが高いと普通の片手剣でもそこそこの力(半分程度のレベルに相当する)を発揮できるし、Lv8ともなればそこいらの悪党どもに後れを取ることはない。
これを下げていくのは勿体ない。そもそもLv8に落としたのだって他に選択肢がなくってのやむなしの判断からだ。
あとは魔法。火魔法はLv4でこれ以上下がると風呂を沸かせなくなるから論外。
お風呂は重要だ。俺も好きだし、シュミルだって朝晩欠かさず入るくらいの風呂フリークなのである。
他の魔法は既にほとんどLvが1になっており、レベルを下げるということはスキルを失うということを意味する。それもまた論外だ。
となると、高レベルで残してある風魔法のLv9、残りは光魔法のLv3か聖魔法のLv3か……。
消去法でいくとそうなってしまう。
風魔法は俺のとっておきとして大剣と同じくできるだけ下げたくない。
光魔法は、使い手が希少でなんだかかっこいいから残していた。Lv3はようやく魔物と戦う攻撃魔法が使えるレベル。
あと、これも保険的な意味で残している聖魔法。聖魔法というのは治癒系の魔法だ。
Lv3はなんとか初歩の回復魔法であるヒールが使えるギリギリのレベル。
これを下げると怪我した時とかに自分で治せない。
仕方ない。ここは風魔法をLv8に下げることを選択する。
そもそも、レベルが9とかで発動可能な魔法は、使いどころがない。それほど威力も高く、使い手も存在しないらしいのだ。
普通に暮らすなら、LV5もあれば十分なのだ。そう自分に言い聞かせた。
ほんとにこの
風呂上りでさっぱりしたエリンを見て、ちょっとドキっとしてしまった。これにはさすがのペナルティーも反応しない。そう、エロさよりも愛おしさが上回っているからな。プロトニックな恋心なんかに反応されたらたまったもんじゃない。いや、本当のところはわからんけど。
服はシュミルの部屋着を着ているから色気もへったくれもあったもんじゃないが、湯気が立ち上るその姿はある意味で神々しい。
で、ちゃんと耳が生えているな。犬系のようである。俺の鑑定では細かい種族まではわからないし、まあ気にすることもないだろう。
尻尾が見えていないのは、着ている服がシュミルのものだからだろうか。
髪は蒼みがかったセミロングといったところか。フードをかぶっている時にはもっとぼさぼさしていたように思えたが、ちゃんと洗って綺麗になったようでつやつやである。
食事を温めなおしている間に俺も風呂に入ることにした。
洗濯籠には、二人分の服がすでに投げ入れられているが、もちろんそれを手に取って匂い嗅いだりしませんよ。
っていうか、エリンの服は酷いにおいを放っている可能性もあるし。あとでシュミルが洗うんだろう。
風呂から上がると、エリンが配膳を手伝っていた。
「これ運んでね~」
シュミルに言われてエリンがダイニングとキッチンを行ったり来たりしている。
今日は突然のことで二人分の料理を三人でわけることになったようだ。
と思ったら、いつもより品数が多い気がする。わざわざ作り足したのだろうか。
シュミルの優しさと気遣いを見た気がする。
それにいつも大皿に盛ることが多い料理をちゃんと一人分ずつに分けて出している。
席に着いたエリンが、食事を指さしてあうあうと言っている。「あうあう」だ。
「ああ、それがエリンちゃんの分だから~。お口に合うかわからないけど、遠慮しないで食べてね~」
言われたエリンは、目に涙を浮かべているようだった。やっぱり恵まれない境遇にいたのかな?
気にしててもしょうがない。
気にせずに食べることにする。
エリンもちゃんとフォークとかは使えるようだった。味わうように、ゆっくりと食事をしている。
食べ終わったら後片付けだ。普段はシュミルがひとりで行うが、今日はエリンも手伝うようである。
シュミルからしてみれば、娘が出来た気分なんだろうか。奴隷というより家族のような接し方だ。
わずか3日間だけとはいえ、エリンにはいい思い出になるだろう。あの客が迎えに来た後のことを考えると、気の毒だけど。
そうは言っても、本来の値段では引き取ろうにも無理だし、奴隷を養うだけの余裕まではさすがにないからな。
夜は、シュミルとエリンが一緒に寝ることになった。まあ、同性だし当然と言えば当然だろう。
本来なら家にいるはずの親父の分のベッドも余っていることだし。
俺も自分の部屋のベッドに入って夕方からのことを思い出す。なんか家が華やいでいるのは確かだ。親父とシュミルと三人の生活も悪くはないし、親父が居ない間のシュミルと二人の生活もそれはそれで幸せだから文句のつけようもないが。
やっぱり家に同世代の女の子がいるっていうのは、心地よいな。
あと二日しか一緒に要れないのが悲しくもある。うーん、店を軌道にのせて、嫁を貰うまでの我慢なのだろうか。切ない。
特に疲れたわけではないが、布団に入ると瞼が重くなってくる。ペナルティをくらってスキルレベルを落とした時によくある症状だ。
さっさと寝てしまおう。
しばらくたっただろうか。
覚醒と眠りの境界。つまりは
ドアが開く音のようだ。シュミルが様子を見に来たんだろうか?
寝たふりをしながら、そっと様子を見る。
うっすらと浮かび上がるシルエットはシュミルではなくエリンのようだ。
エリンはそっと俺の布団に入ってくる。
えっ? なに? どういうこと?
寝たふり継続。相手の出方を知らないことには反応できない。
エリンは俺の正面で横になったようだ。
寝るに寝られない、起きるに起きられない状況がしばらく続いた。
もそもそと衣擦れの音がする。
エリンが俺の手をとって……。
俺の手が柔らかい感触に包まれる。
これは……、エリンの胸に手を押し付けられている。
大きくはないが、こぶりで柔らかい感触が掌に伝わってくる。揉みしだきたくなる衝動を必死でこらえる。
って……、どういう展開? エリンが俺に惚れて夜這いをかけにきた?
もしくは、元の主人の元に帰るのが嫌で色仕掛けで俺を落そうとしているのだろうか?
どっちにしても、俺には悲しい特性がある。煩悩に屈してはダメだ。
スキル大事。不純異性交遊はもっと将来の進路がクリアになってからなのだ。
俺の手に添えられていたエリンの手が離れていく。
俺の手はエリンの胸に当たったままだが。いきなり手を離すのも不自然だし、しばらくはそのままにしておく。
エリン自分の体を寄せてきた。はあはあという吐息が聞こえる。
俺の背中をさすり出した。さするというか、抱きしめられているようだ。
やっぱり色仕掛け?
今ほど煩悩に課せられたペナルティを恨みたいときはない。
それでも俺は鋼の精神で、こちらからアクションを起こすことと、妄想を膨らませることをなんとか抑制する。
いや、抑制する必要あるか? いや、抑制せねば。天使と悪魔が口論している。
やがてエリンの動きが止まる。
かといってすぐに離れていくこともない。この状況で寝てしまうなんてことがあるのか?
とりあえず危機はさった。いや、チャンスが無くなった? どちらとも言い難い。
危なかったかもしれない。もうちょっと積極的に来られていたらふっきれて手を出してしまっていたかも……。
いや、今だって十分に危ない状況だ。ピンチ継続中。
俺がその気になれば……。いろいろと堪能できてしまうのだ。
エリンが寝ぼけてやってきたという可能性もあるが、俺も寝ぼけていたという言い訳をすれば多少のことは許されるだろうおっと、そういう邪な考え方ががいけないそれで何度もペナルティをくらったのだから。
精神集中だ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏天にまします我らの父よナウマクサンマンダボダラアビラウンケンソワカ……。
煩悩退散……煩悩退散……。
精神集中の甲斐があって、俺はそのまま眠りに落ちてしまったようだった。というか、昨日のあれは現実だったのか、夢だったのか。
正直わからない。
起きた時にはエリンの姿は無かったし、恥ずかしくてわざわざ確認も取れない。
ひとつ言えることは、朝起きて俺が一番にしないといけなかったこと。それは、パンツの交換であったということだ。夢の精さんが……。うん、溜まっていると仕方がないのだ。それに、夢の中での出来事にまでペナルティが生じるほど鬼畜仕様ではないのだ。
それだけが唯一の救いだったりする。
こっそりと自分のパンツを洗うのだって手馴れてしまったものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます