第3話 奴隷を預かる

 今日は客足が鈍い。夕刻になっても、質屋に訪れる客はちらほらと。

 ミライアさんも、今日は稼ぎが悪かったのか、稼いだ金で飲みに行ったのか、質草を取り戻しにやってこない。まあ、期限まではかなりあるから、焦ることはないだろう。


 そろそろ店じまいかな……とぼんやり座って待っていると、黒ずくめの客が入ってきた。

 黒いロングヘアだ。真っ黒いマントを羽織っている。冒険者かな?

 見慣れない姿だ。それに、うちによく来るダメダメ冒険者とは多少雰囲気を異にする。

 遅れて茶色くてボロボロのフードを纏った少女が入ってくる。黒ずくめの連れなのか。


「いらっしゃいませ」


 雰囲気がおかしい、なんか怪しさがにじみ出ている――そんな人物でも一応客は客だ。逆にこういうお客さんの方が掘り出し物を質に入れるという可能性が高いのは経験則で知っているために、できるだけ平静を保って接客する。


 いぶかしんでいるのが態度に出て、心象を悪くしたら勿体ないからな。

 まあ、質屋じゃなくって古道具を物色に来たお客さんかもしれないが、そちらも一応うちの商売でもあるし。どちらかというと元々の本業はそっちだし。


「ここは、質草を金に変えてくれると聞いたんだが?」


 しわがれた声で客が言う。見た感じ若そうだが、声を聞く限りでは、年配の感じも否めない。

 また、長い黒髪は艶やかではあるものの、セットが無頓着で顔のほとんどを覆っていて表情が見えない。やはり、普通じゃないその客の雰囲気に多少の警戒を抱きつつも、


「ええ、まあ。武器でも防具でもアイテムでも大抵のものは扱ってます。

 最大で1週間までお預かりして、返却時には引き取り価格の二割の手数料を戴いてます」


 と無難な受け答えをする。新規客も多いから、何度も何度も繰り返してきた説明だ。俺もこの商売に慣れた物である。


「こいつを預かって欲しい。値段はそっちの言い値でいい」


 客が指し示したのは、一緒に連れているぼろ布を纏った少女だった。顔はくすんでおり、幸薄そうだ。

 っていうか、人間を質草に入れたことはないぞ。食費もかかるだろうし、部屋は余っているけど……。厄介事には巻き込まれたくない。

 これは断固として断わったほうがよさそうだと、返答を考えていると、


「ああ、期限は3日。もちろんその間に掛かる食費なんかは代金から引いておいてくれ。

 元々が奴隷だから、預かっている間はあんたを主人に変更する。店番でも家事でも好きに使ってくれ」


 と客が、条件をつきつけてきた。奴隷かあ。いや、奴隷の売買は認められているから合法だし、特に資格も要らないらしいけど。うちの商売の範疇を超えているのは確かだ。


「奴隷はちょっと……、取り扱ったこともないですし……」


 それにシュミルがなんて言うだろう? なんてことも考慮に入れてやんわりと断りを入れる。


 が、少し気になって奴隷の少女を鑑定してみることにした。

 普段は人間相手には鑑定を使用しないようにしているが、まあ仕方ないだろう。


 名前はエリンというらしい。姓が無いのは、まあいろいろな事情があってきちんとした親に育てられてないんだろうな。そもそも奴隷だし。みなしごとかそんな出自なんだろう。

 見たところ、ガリガリにやせ細っていて栄養状態は悪そうだ。年齢は13~4歳ってところだろう。俺とひとつ、ふたつしか変わらない。


 煤けた汚れを落とせばそれなりの容姿をしているのかわからないが、ぱっと見たところあか抜けないし、愛玩用としての価値は低そうである。


 引き続き、能力を鑑定して調べてびっくりする。

 えっ? スキルレベルがやばい。

 水魔法がLv4で、火魔法がLv3。さらにレベルは1だが、風と土の適性も持っている。

 複数属性もちっていうだけで、重宝されるこの世界で、主要四元素の属性持ちってなかなかお目に掛かれないぞ。大魔術師クラスの才能だぞ?

 さらには、超希少とも言える闇魔法もLv1のスキルを持っている。全部で5属性。自慢じゃないが、俺と同じ程度だ。最高レベルはもちろん俺より低いけど。


 ちなみに、魔法はLv3からが実戦レベルである。

 水魔法のLv4というのは戦闘用の初歩の魔法である、『ウォーターニードル』を自在に使いこなせるだけの能力である。

 それだけの力があれば単独でダンジョンの10階層を踏破できるクラスだ。ギルドに所属すれば、ランクCだって狙えるだろう。


 だが、どういうわけか、魔法スキルはすべてグレーで表示されている。

 こんなステータスは見たことが無い。まあ、知らないことなんだから考えても無駄だ。

 続けて武器のスキルをチェックする。


 ロッドのスキルが、Lv3だ。ロッドは打撃武器の一種だ。打撃が効きにくい、つまりはロッドとは相性の悪い敵も多く、使い勝手がいいとは言えないが、Lv3もあればこれもまた、ギルドランクでいえばCクラス。

 そこいらの敵には負けることはないほどのレベルである。

 こっちはグレーにはなっておらず、通常の表示だ。


 まったく見た目からは想像できないが、戦闘奴隷なのかな?


 とにかく、すごいのはわかったけど、価格はどうなんだろう? と価格を調べてみる。

 げっ、20万シドルもする。

 日本円にして200万円だ。買い取り価格でこれなのだから、売りに出せば、30~40シドルで買い手が付くだろう。きちんとスキルレベルを鑑定して、価値を認めさせればの話だが。

 とはいえ、これだけのスキルを持った高額な奴隷だったら、きちんと鑑定に出して鑑定士に手数料を払っても十分元手は取れるはずだ。

 わざわざうちに来たってことは、ほんとに売りたいんじゃなくって預けたいだけなんだろう。


 うーん、悩む。たしかに、大きな儲け話であることは確かだ。

 20万シドルは言い過ぎだから、まあ15万シドルか10万シドルくらいで引き取って三日間預かるだけで、手数料は二割の3万~2万シドル。2~30万円ほどの儲けになる。

 引き取りにこなかったら奴隷商に売り飛ばすことになるから、より高額の儲けがでるな。

 人身売買っていうと聞こえが悪いけど奴隷の売買はごく普通に行われているから罪悪感とかはあまり感じないし。


 美味い商売になることは間違いない。が、致命的なことに気付く。

 ほそぼそと商売をやっているうちの店にはそれほど多くの現金がないのだった。

 15万はもちろん、今の店には5万シドル程度しか残っていない。それに明日のことも考えると、もちろんそれを全部使うわけにはいかない。


 これは断わる理由になりそうだ。


「すみません。査定価格は10万シドル程度になったんですけど、うちにはそれだけの現金がありませんから。やっぱり引き取れないですね」


「そうか……」


 客は小さく呟いた。諦めて帰ってくれるかな?


 見ると奴隷の少女――エリンは俯いて悲しそうな表情を浮かべている。

 あまり、いい待遇を受けているようには見えないから、ひょっとしたらこの客の元で奴隷をやるより、うちに引き取られることを望んでいるのかも知れない。


 ちょっと良心が痛むけど……。

 確かにうちで引き取ってあげたら、3日間は、それなりの生活を送らせてあげられるけど……。

 シュミルだって、そうむきになって反対はしないだろう。慈善事業だと考えれば、人助けの一環でもある。

 でも、3日で引き取りに来てくれたらいいけど、そうじゃなかったら結局奴隷商なりに売りに行くしかなくなるから結局意味がない。

 それを言ったら引き取りに来ても元の主人のところへ帰るわけだから、結局三日の間しか保護できないんだけど。

 うちでずっと面倒を見てあげられたら一番いいのだけれど、それだと大赤字になっちゃうからな。

 店番なんかを任せてコツコツと借金を返してもらうって手もないではないけれど。


 店番は俺で事足りているし、そもそも鑑定スキルがないことにはこの店でちゃんと番はできないしな。


 俺が思案に暮れている間、客はうろうろと店内を見渡している。

 古道具にも興味があるのか、それとも別の意図があるのだろうか?


「これを貰おうか」


 客が持って来たのは、うちの店じゃあかなりの高額商品に当たる魔道具の古いランプだ。

 壊れていて使用できないものだが、製造した工房がそれなりに名の通ったところで、当時の職人はもう既に亡くなってしまって再生産が出来ないからアンティークとして価値があるものだ。

 売値は3万シドル。親父が仕入れたものだから、原価は知らないが、結構な値段をつけているのでいつまでたっても買い手がつかず、それでも安く売るには惜しいとずっと売れ残っている商品だった。


「えっと、3万シドルになりますけど?」


「うん」


 と客は札束を取り出して数えはじめた。1000シドル紙幣が、百枚はありそうだ。

 ってことは、10万シドル?

 貴重な奴隷を売りに来たってことは金に困っているのかと思ったがどうやらそうではないらしい。

 10万シドルもあれば、3か月は余裕で暮らせるのだから。

 怪しさがさらに増す。


 まあ、いいさ。儲けが出るのはうちとしてはありがたい。


「ありがとうございます。おつつみしましょうか?」


「いや、そのままでいい」


 そっけなく客は答える。


「で、相談なんだがな」


 うーん。品物を買ったらすんなり帰ってくれると期待していたがどうやらそうではないらしいぞ。


「なんでしょうか?」


 と俺は警戒しながらも平静を装って受け答えする。


「2万でいい」


「はっ?」


 意味がわからずに俺は聞き返した。


「たった今売り上げた3万シドルがあるだろう?」


「はい、ありますね」


 確かにしまった引き出しにしまったばかりの3万シドル。今受け取ったばかりだから消えて無くなるわけはない。


「そこから奴隷の預かり金を出してくれ。

 2万シドルで良いと言っている。他に経費が必要ならそれを引いてくれてもいい」


 破格の申し出だ。っていうかなに? 店の金がないって言ったからそれを解消するためにわざわざ高額な商品を買ったっていうことなのか。

 明らかに怪しい行為だ。

 どんな理由があるのかわからないけど、そこまでしてうちに奴隷を預からせようとしているのだろうか。

 面倒事に巻き込まれるのも嫌なので、やっぱり断わろうと俺は決意を固めつつあった。

「すみません。お金の問題じゃなくって……」


 その時店と繋がっている家の方から、


「ハル~。そろそろご飯なんだけど~」


 シュミルからの声がかかる。

 そういやそんな時間か。そりゃそうだな。そろそろ店を閉めようと思ってきたところに来た客だし、いろいろと交渉しているうちに時間が経ってしまっていたようだ。

 それも言い訳に使えそうだ。


「というわけで、すみませんけどそろそろ閉店ですし……」


 と改めて断わりを入れていると、奥からシュミルが顔を出してきた。


「ご飯冷めちゃうわよ。あっ、接客中だったの? ごめんね~」


 客に軽く頭を下げてシュミルは引っ込もうとする。

 シュミルは俺みたいに鑑定スキル持ちではないし、親父みたいに目利きもできない。

 たまに店番には立つが、売り子専門で買い取りや質屋の客は断わっているのだ。

 親父が居ない時の営業はほぼ俺にまかせっきりなのである。


 そこへ間髪入れずに客が声を掛けた。


「そちらが主人か?」


「いえ、主人は仕入れの旅に出てまして~。一応その間は店は息子に任せてありますから~」


「なんでもいい。こっちの少年ではらちがあかない」


 と客はシュミルに向って、改めて奴隷の引き取りについての説明を繰り返した。


 シュミルはうんうんと聞き入っている。やがて話が終わる。

 そりゃあ、シュミルだってこんな厄介な話は断わってくれるだろう。

 それで、この客との交渉は終わりだ。と期待していると、


「わかりました」


 とシュミルは即決する。


「ちょっと、母さん?」


「だって、可哀そうじゃない? うちで預かってあげないと行くところもないし、奴隷商に売られちゃうかもしれないじゃない~?」


 まあ、そうなんだけど……。


「なら所有権を一度そちらに引き渡すぞ」


 と、客はエリンの腕をまくり奴隷紋に向って呪文を唱え始めた。奴隷紋を扱えるのか。 それはそれで食っていくには困らないスキルである。身に付けられるのは限られた人間だけらしいから、やはり得体の知れない客である。


「所有権はどちらに?」


 エリンの所有権を俺かシュミルに引き渡すつもりだろう。


「ハルが面倒見てあげてよね~」


 とシュミルは俺に責任を押し付けた。仕方なく、ナイフで指先に傷をつけて血をエリンの奴隷紋に一滴ほど垂らす。紋様がほのかに光り、手続きは完了した。


「あ……あ……の……、よ・ろ・し・く・お・ね・が・い……し・ま・す……」


 たどたどしくエリンが俺に頭を下げる。

 言葉に不自由しているのか。そう思って改めてエリンの本来の価格を思い出す。

 そういえば全魔術の適性があってスキルレベルも4とかあるのなら、もっと高額でもよいはずである。

 あの価格だとロッドのスキルレベル3を持っているだけでもありえそうな値段だった。

 ひょっとしたら魔法の適性はあるものの、詠唱には問題があって使えないのかもしれない。それだと、魔法系のスキルがグレーで表示されていたことにも納得がいく。


「では三日後に」


 言い残すと客は、去って行った。

 ちゃんと引き取りに来てくれよ。一旦主人になってしまった奴隷を奴隷商に売り渡すなんて後味の悪いことはしたくないからな。と俺は客に念を送る。


「あなた、お名前は?」


「エ・リ・ン……」


 エリンはやはり、たどたどしく名前だけを言う。


「そう、エリンちゃん、でいいのかしら~?」


 シュミルの問いにエリンは、小さくこくりと頷いた。


「ご飯にしたいところだけど……。

 その格好じゃあんまりだわよね。

 ハル、お風呂沸かしてあげて。

 一緒に入ろう。エリンちゃん?」


 シュミルは主人ではないものの、エリンは特に拒絶もしめさずに、やはり小さく頷くのだった。

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