第2話 常連客はご贔屓に

「またですか?」


 口ではそういいながらも、俺はミライアさんに笑顔を浮かべる。

 客商売であるので、礼儀と愛想は忘れない。元手がかからないからな。どっちも。


「うん。またダンジョンに潜ろうと思うんだけど、回復アイテム買うお金が無くなっちゃってね」


「飲んでばっかりなんでしょ~。飲み過ぎはダメですよ」


 彼女の普段の素行を知る俺は挨拶代りに、軽く探りを入れる。まあ探るほどの裏ないくらい単純な人なんだろうけど。


 お客さんの安全はある意味ではうちの商売にとって有難迷惑でもあったりする。だけど人の良いミライアさんは俺のお気に入りの一人なので、厄介なことに巻き込まれていたら悲しいし。


「そうはいってもね。ついつい飲み過ぎちゃって」


 どうやら面倒事に巻き込まれて金がないのではなく、いつものことのようだから安心する。


 俺の意見で始めた新商売はいわゆる質屋である。


 質草として、品物を預かってそれを担保にして金を貸す。それで、一定期間内に金を払って買戻しに来た客には担保として預かっていた品を返してついでにわずかばかりの手数料を徴収する。

 期間内に金を返せなかった客の品は、質流れ品としてうちの商品棚に並べて他の客に売ってしまうか、そうでなければ別の店に売りに行く。


 かなりリスクのある商売にも思えるが、これが上手くいっているのはからくりがある。

 俺の持つ特殊なスキル、鑑定というのが重要なのだ。


 この世界に鑑定スキル持ちは少ないらしく、そこらの冒険者のアイテムなんかを鑑定するまで手が回らないのが実情だ。それに鑑定費用も掛かるために、いちいち鑑定に回すなんて馬鹿馬鹿しくてやってられないのが正直なところらしい。


 だから、通常はアイテムなんていうのは一般的に妥当だと思われる価格でやりとりされる。

 だが、俺の鑑定スキルを使用すると中には掘り出し物が見つかることがあるのだ。


 本人は価値があると気づいていないが、実はかなりの値打ちものというのがちょくちょく存在する。

 俺はそれを知らぬふりで安値で買いたたき、うまく手に入れられたら、それなりの店――鑑定スキルはなくても、経験などで物の価値がわかる人間の居る店に売りに行く。


 初めて数か月で俺の店の売り上げは数倍に膨れ上がった。

 おかげで、ずっと店番を任されることになり、親父は趣味でもある古道具集めの旅に出かけることが多くなったが、別にかまいやしない。


 この店は俺が後をついで一生護っていくつもりなのだから。どうも、冒険者になってダンジョンに潜ったり、旅をしたりというのは俺には合わないのだ。

 鑑定スキルで悠々自適、あとは可愛い嫁さんがいれば文句の出ようもない。


 俺はミライアさんに笑顔を浮かべたままで事務的に話を進める。


「で、今日の質草はなんですか?」


「じゃーん、お姉さんのおっぱいエキスがたっぷり浸み込んだ胸当てでーす!!」


 それは今までに何度も質に入れられては買い戻されたという経緯がある。ある意味でも無い意味でも見飽きた商品だ。

 またか……と思いながら俺は一応念のために鑑定してみる。


 鉄の胸当て(巨乳用)

 状態:中古―良好

 価格:300~500シドル


 1シドルはおおむね日本円にして10円ぐらいだから、3000円相当となる。中古であれば妥当な値段ではある。500というのは、愛好家でもいればそれくらいで売れるのでは? という風に理解しているが定かではない。


 経験上、若くてきれいな女性の身に着けていたもののほうが価格帯の幅が広いということは言える。

 ちなみにシュミルのパンツを鑑定してみたら数万円の価値がつくこともあったが、この世界でのブルセラ的なショップの場所を知らないのでもちろん売りには行っていない。

 まあ、母親のパンツがたびたび無くなってそれで疑われるのもいやですしねえ。 


 もちろんそういうものの買い取りはしない方向でいることを固く決めている。そもそも下着を売るという発想は無いようでさすがのミライアさんもそれを持ちこむことはないんだけれど。


「うーん、200シドルってとこですねえ」


 俺は、鑑定結果を元に査定額を告げる。


 これはもちろん利益を上乗せしたはじき出した価格だ。

 一週間後に改めて取り返しに来たときには二割上乗せして240シドルを支払ってもらうので40シドルの儲けになる。

 そのまま質流れになってしまった時は、上手くいけば300シドルで売れるので100シドルの儲けになる。


 一週間かけて、400円とか1000円とかやっていることがせこいように思えるが、ちまちま稼いでいくというより、常連を増やしてお得様に掘り出し物をもってこさせるのが今の商売で大きく儲けるコツなので、普段はあまり細かい稼ぎには執着していないのが実際のところである。


「えー、500くらいにはなると思ってんだけど」


「前にも言いましたけど、そう思うんなら武器屋とか見てみたらいいでしょう。あそこも買い取りやってますよ」


 そうは言うが、これは建前。それで相手が武器屋に流れるという心配は実はしていない。


 武器屋とかだと中古品は買いたたかれるのがオチだ。とはいえ、その価格が俺の鑑定で示される300シドル前後であり、それなら武器屋で売ったほうが言いようにも思えるがそうはいかない。

 武器屋に売ってしまった場合、買い戻すのに倍の600シドル程かかってしまうのだ。

 実際に流れた武器や防具を売りに行ったり、その後で店に並んでいる時の値段を見ているからよくわかっている。

 それならば、うちに預けて40シドルの手数料、つまりは400円程度の手数料で買い戻すほうがよっぽどお得だ。

 もう手放しても構わないものなら、みんなそもそも武器屋に売りに行くのだし。


「しょうがない……」


「じゃあ、200でいいですね。期間は一週間で」


「ねえ、ただでとはいわないから500にならない? もちろん手数料はきっちりと払うから」


 来た。このエロ姉さんのおかげでどれだけのスキルが失われたことか。

 お姉さんの言うただ以外というのはあっち系のサービスである。チラ見せだったり、ちょいとつつかせてもらったりと。

 自業自得と言えばそれまでだけど。すべては厄介な呪いのせいだけれど。


「そういうの興味ありませんから」


 冷たく言い放つが説得力はまったくといっていいほどない。過去には何度も素敵な光景を拝ませてもらったり、その感触を堪能した。で、結局買い戻しに来なくなって、店に損失が出て帳簿を改ざんして誤魔化すという羽目にも何度かあっている。


 ミライアさんは、たまにレアドロップなどに遭遇して羽振りがいい時もあるが、基本的には最底辺に近いダンジョンの低階層狙いの冒険者だ。

 日当はそれでも1000シドル程度はあるようだが、貯金もしないし、得た金は宿代、酒代に消える。


 お金がある時に装備を整えて、深い階層で一獲千金を狙うも、実力が伴わず、大抵は失敗に終わる。

 そうなると徐々に装備を売り買いしながらもギリギリのラインでの生活になる。

 もうこれ以上売るものが無いとなった時にようやく真面目にコツコツと稼ぎ始めるという、人間的にも決して見ならうべきではない生活を送っているのだ。


 お金に困っているのはわかるが、うちも商売である。


 さらに言えば、カネはともかくとして、これ以上スキルレベルを下げるわけにはいかないから、誘惑に乗ることはできないのは事実でもある。少しくらいならいいだろう、これが最後の一回、たまにはいいだろう……の結果の今があるのだ。


「ずっとおあずけだった生乳なまちちだったらどう?」


 憧れの単語に一瞬意識をもっていかれそうになる。

 数か月前の俺だったら妄想が膨らみ、そしてアラームが鳴り響き、無碍も無くスキルレベルダウンという憂き目にあっていただろう。

 が、人間何事も精進。これでも格段に妄想に耐える精神力は身についているつもりだ。悟りには程遠いが、その程度の誘惑は跳ね除ける。


「たとえもっと過激なことでも一緒ですよ。

 こっちも商売ですから。

 でもそうですねえ、お得意さまですし、250までなら」


「400は?」


 店の机に巨乳をどすんと乗っけてミライアさんは俺を上目使いで見てくる。

 ちらつく谷間に煩悩は膨らみそうになるがそれを必死でこらえる。


「それだと儲けがでませんから、250で限界です」


 250シドルだと、買い戻しが間に合って手数料収入になれば50シドルの儲け。上手く交渉して武器屋に下取りに出しても50シドルの儲け。どちらにしてもとんとんだ。

 店に並べるという選択肢もありそれだと安くても500シドル程度では売れる。さっきの500というミライアさんの提案はそれを見越してのものだろう。


 だが、うちの店に来る客はほとんど何も買わないからずっと在庫として残っていく心配もあるしスペースの問題もある。

 とにかく、250が商店主代理としてのぎりぎりの判断だ。


「しょーがないわね。それじゃあポーションがひとつしか買えないわ」


 ミライアさんが愚痴をこぼす。


 もちろん俺も回復薬の相場くらいは知っている。

 ごく普通の安いポーションでも、200シドルする。

 これは擦り傷や切り傷ぐらいにしか効果がないが、冒険者はそれを期待して買っているのではない。

 もっと大怪我を負った時に、ポーション無しではそのまま死んでしまうような場合でも、ポーションを飲めば致命傷がぎりぎり致命傷にならずに済むという不思議な効果があり、いわば保険として持っているのである。


 保険がひとつでもあれば、少し無茶な力不相応な階層で手ごわいモンスターと戦う時に心強い。当然その方が実入りもいい。ふたつあれば更なる万が一の備えにもなるために、通常は複数所持してダンジョンに挑むのがセオリーである。


 それにしてもミライアさんはいつもギリギリの生活してるな。

 ポーション一個じゃ心もとなくて第一階層かせいぜい第二階層どまりだから、丸一日うまく稼いでも大した稼ぎにならないはずだ。宿代と翌日分のポーションで儚く消えるだけの稼ぎである。


 まあ、相手の生活態度を心配するのは営業範囲外の行為だ。あまり深く考えないようにする。


「で、どうします? 値段はさっき言った通りで?」


「お願いするわ。期限はいつもどおり一週間で」


「毎度あり~。じゃあ250シドル、お確かめください」


「じゃあ、大切に預かっててね、変なことしないでよ。あたしのおっぱいエキスが浸み込んでるからって!」


 そこまでしねーよ! と思いつつ、その理由はスキルレベルが下がってしまうからで、数か月前の俺ならいろいろ変な妄想を広げてたなあなんて思いながらミライアさんを見送った。


 その後数人客が来ただけで午前中の営業は暇だった。

 そもそもうちに来る客なんてたかが知れている。元々はたまに来るお金持ちの収集家の来客で稼いできたし、今だって掘り出しものが無ければやっていけないほど、寂れた店なのである。


 昼間は冒険者は街の外に狩りに出かけるかダンジョンに潜るためになおのこと客足は途絶える。


 また、少しばかり忙しくなるのは、夕方になって、思うように稼げなかった冒険者が宿代や飲み代を得るために訪れだす時間からである。

 その中にミライアさんが入っていないことを祈りつつ。

 俺はぼーっと店に座って時の経つのを待っているのであった。

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