異世界チート質屋のスキルテイクライフ

東利音(たまにエタらない ☆彡

第1話 欲情しません、はい決して!

 商業国家サーリーバスの首都である商業都市ナムバール。

 そこに俺の家はある。


「ハル~、ちょっと、来てくれる?」


 俺の現在の母親であるシュミルが呼んでいる。

 シュミルとは別の、俺の本当の母親が付けてくれた正式な名はハルトリッツというのだが。

 長ったらしいからいつも愛称のハルで呼ばれている。


 シュミルの声の位置からして浴室から呼んでるんだろう。

 浮かんでくる期待を打ち消して、いやーな予感を胸に抱えながら。

 俺はシュミルの呼ぶ浴室へと向かう。

 気持ちを落ち着かせるために多少ゆっくりめのスピードでだ。


「何? 母さん?」


 案の定バスタオルを巻いただけの悩殺的な姿のシュミルがいる。


「早くしてよね~」


「ちょっと、だから言ってるじゃん。服脱いでから呼ぶなって!」


「いいじゃないの、親子なんだし~」


 圧倒的質量を持った胸と腰のあたりに釘付けになりそうな視線を鍛え抜いた精神で横に逸らす。


 勘違いされても困るが、俺とシュミルは血は繋がっていない。実の母親の裸にいやらしい感情を抱いているわけじゃないってことを理解して欲しい。

 俺を生んでくれた母親はどうやら俺を生んですぐ、物心つく前に亡くなったらしく、シュミルは親父の所謂いわゆるところの後妻に当たる。


 物心つく前というのは実を言えば建前で、実際には俺は――この世界でのという但し書きは付くが――本当の母親の記憶もしっかり残っている。

 というのも、俺は生まれた時から意識があり、今に至るまで記憶が継続しているからだ。


 それに、前世と呼ぶべきかどうかはわからないがこの世界で生まれる前の記憶も明確に残っている。


 宇宙というだだっぴろい空間の太陽系という恒星系の地球という惑星の日本という国の辺鄙へんぴな地方都市で御神みかみたけるという大層な名前を付けられて16年ほど生きていた。


 その時の最後の記憶は……。思い出したくもないな。


 通学途中に駅のホームで電車を待っていたら誰かに線路に突き落とされて……。うん、その後の光景は忘れてしまった。電車が間近に迫って来て……というところまではなんとなく覚えているが、思い出しても何のメリットもないからある意味で封印している。俺としては覚えていないことと同義だ。うん、覚えていない。

 

 要は生まれ変わりってことだろう。生まれ変わった先が、まあそのごくありきたりな、ゲームのようなシステムを備えたファンタジー世界であったというのは、俺の希望に沿った形だったんだろうとは思わないが。


 神様には出会わなかったから偶然だか必然だかわからないが、生まれながらにすごい才能を持って生まれてきたようでもある。


 あらゆる武器を使いこなし、ありとあらゆる魔術を駆使する。

 この世界ではそういった戦闘技術や魔法の習熟度のことはスキルというお馴染みの言葉で呼ばれている。スキルを身に着けてスキルレベルを上げることで使用できる技なんかが強くなっていくのだ。


 おっと、そうそう、シュミルの要件を済ませないと。


「どうせ、お湯を沸かせってことだろ?」


「話が早いじゃない。いつもどおりよろしく~」


「その格好で呼んだら誰でもわかるって……。

 それに毎度のことだし」


「だって、どうせすぐに終わるんだから、脱ぐ時間勿体ないでしょ。

 お願いねー」


 ひらひらと呑気に手を振るシュミルの前で俺は意識を集中させる。


 風呂桶には既に水が溜まっている。

 雨水を屋根に溜めておいて利用する簡易水道のようなものを使用しているのだ。


 あとはこれを沸かせばよいだけなのだが、文明レベル的には中世どまりのこの世界では湯沸かし器なんてものは存在しない。ガスも電気もないから当然だ。


 それに代わる機能を持った魔道具はあるにはあるが高価であり、一般家庭には普及していない。

 魔法があることが理由なのかどうかはわからないが、薪で風呂を沸かすような仕組みはまだ生まれていないか少なくとも俺の知る範囲では広まっていない。


 じゃあどうやってお湯を沸かすかって?

 文明の代わりにこの世界には便利な魔法というものが存在している。


「ファイヤーボール」


 俺は手慣れた口調で唱えると、両手の間から火球が飛び出しジュウと音を立てて湯船に消えた。


「湯加減どう?」


 尋ねる俺に、シュミルは浴槽に手を入れて確認する。


「うん、ばっちり~!」


 シュミルはピースサインで俺を称える。


 簡単そうに見える行為だが、実は加減が難しい。お湯の量と火球の大きさの調整のバランスがだ。


 それに、そもそも魔法が使えるというのはごくわずかな人間に限られている。

 ほとんどは、使えて一属性限定。それも死ぬまでレベルは1どまり。


 火魔法のレベル1だと火球を作るなんてのは無理で精々松明どまりだ。それもかなり不安定で使いづらく照明代わりに使うのも困難なくらいな。


 レベルが2であれば、その松明をかなり使いこなせるようになる。

 そうなるとそれを仕事に使ったりできるので、優遇された職種に就くことができる。それなりに優雅な暮らしを送れるのだ。

 レベルが3以上であれば魔術師として活躍が期待される。そんな世界だ。


 俺は幸運にも闇属性を除くすべての属性を生まれながらに高レベルで操れるというすごい才能を持って生まれてきていた。

 今使った火属性であれば、おそらく知られうる限りは最高位のファイアストームぐらいは自在に使いこなせていただろうと思う。


 推測系なのは使った事が無いからだ。

 俺は冒険者でもなんでもなく、しがない町民にすぎないのである。攻撃魔法を使う機会に恵まれていない。

 街中でそんな魔法をぶっぱなすのは迷惑以外の何者でもないし、目立って仕方がないからな。


「ありがとね~」


 気を抜いていたせいで、シュミルの行動を先読みして浴室から離脱するのを忘れていた。

 するするとバスタオルを脱いだシュミルは俺の目の前で全裸になりその形のいいお尻が露わになる。背を向けていたから大事なところは目に入らなかったのが唯一の救いか。


「ちょ、だから俺の居る前でそんな恰好するなって!」


 俺は目を伏せて、慌てて逃げるように浴室を出た。

 すぐさまステータスウィンドウを開き、異常がないか確かめる。

 大丈夫だ。警告メッセージは出ていない。


「いいじゃないの~。親子なんだから~」


 浴室からはそんな呑気な声がちゃぷちゃぷという水音とともに聞こえてくる。


 こっちにとっちゃ親子であろうと一大事。かなりの危機なのである。向こうが気に留めていないのは勘に触るが、こっちも手の内を晒しているわけではないので、半ば仕方のないことである。




 俺が常人離れしたすごい能力を持って生まれてきたということを薄々気づいた小さかった頃。あれは3歳くらいだったかな。


 見せると喜ぶので、ファイヤートーチという初歩の魔法を使ってよく遊んでいた。

 まあ、それくらいならわりと使える人間はいるらしいし、早ければ3歳でも使えるものだから問題は無かった。

 で、迷うのが実はそれ以上の能力があるというのを親に知らせるか、それとも秘密にして知らせないかという二択だ。


 俺は後者を取った。

 変に大事にしたくない。魔術だけならばまだしも、それ以外の超常的な能力を知られれば大騒ぎだ。

 

 世の中には――俺もそうだが――、鑑定スキル持ちというのがいるらしい。

 複数属性持ちだの、幼児で高レベルの魔術が仕えるとなればそういった人間に引き合わせられかねない。

 そいつに掛かれば俺の才能がばれてしまう。

 

 ほとんどすべての武器を使いこなし、闇以外の全属性の魔法を使いこなす。しかもスキルレベルはMAX。


 そんなことがばれてしまえば、美人の魔法の家庭教師がやってきたり――いやそれはそれでありがたい展開だが……。

 剣術の稽古をさせられたり――それはそれで俺は軽く師匠を超えて神童として広く名を知られることになっただろう……。

 なんだかんだで、騒ぎになって望みもしない冒険なんてものに狩りだされたり危険な目に会わされたりとそんな将来が目に浮かんだ。


 冒険者ギルドの裏口からの入場権、騎士団に入隊、貴族や王族との食事会、etc、etc。


 俺は一流の冒険者にも英雄にもなりたくなかった。特殊能力を持って転生した人間にしては珍しい考えだと思うかもしれないが、ごく普通を望んだっていいじゃないか。


 将来の夢は優しくてかわいい奥さんを手に入れて、こじんまりとした家庭で暮らすことなのだ。

 元々、日本で生きてきた時から抱いていた夢だった。だが、俺の容姿はどちらかというと不細工で学力も大したことが無く、スポーツも平均をやや下回る程度。

 恥ずかしながらに言ってしまえば女にもてた記憶もない。

 要は成人を迎える前になんとなく夢が破れてしまっていた状態だ。

 あのままだったら、年を重ねて、違う意味で魔法使いになっていただろう。


 だからこそ。そう、だからこそ。俺はこの世界で得た平均をやや上回る程度の容姿と、これから築くであろう財産を武器にしてなんとしても可愛い嫁を手に入れる。


 俺の年齢は15歳。この世界ではそろそろ一人前と認められる年頃だ。まだ具体的には動いていないが、近々本格的に嫁さがしをしようと思っていたりもする。


 ハーレム? いや、ハーレムを抱く野望も持たないではなかった。奴隷も普通に売り買いされているし、大金を手に入れる算段だってあるんだから。

 危険とは無縁でいたいから、ダンジョン探索なんてのとは距離を置きたい気分ではあるが。


 そこで話は元に戻る。本来の俺だったら、親子とはいえ血がつながっていない相手。プロポーションも抜群で、可愛らしさの中に色気も滲み出ている親父の若い後妻であるシュミルに欲情するだろう。ボディタッチは厳禁でも目の保養くらいは仕方の無いことだ。


 ゆるゆるの警戒心しか持ち合わせていないシュミルの性格をいいことに。

 そうそう、親子だからいいよね~と、一緒に風呂に入ったりするだろう。それはやりすぎか?


 体の洗いっこなんかをしたりしながら、なんだったら見るだけでもなく感触を楽しんだりすることを望むだろう。前言と矛盾しているが。

 そういうとこ親父は無頓着だからな。それによく仕入れの旅に出て家を空けているからその隙も狙える。

 まあ、親父に悪いし、そこまでの愚行には及ばないだろうけど。


 が、程度に関わらずそれが出来ない事情があるのだった。


 それが、さっき確かめたステータスウィンドウ。

 それには名前とスキルレベルが羅列している。この世界の鑑定スキル持ちが同じ見え方をするのかは不明だが、俺にとってはステータスウィンドウというのはゲームでのあれと同じようなものだ。


 まあ始めてみた時はその能力の高さに驚いたが、しばらくはそれを秘密にすること以外に問題はなかった。


 幼い頃は、体がまだ成長しきっていなかったからか、色欲に目覚めることはなかった。欲情することはなかった。煩悩が生じることは無かった。

 だから何の問題も起きなかった。


 が、つい数年前に異変が起こった。

 年頃になって性に目覚めた俺は、シュミルの体――今でも十分若いがあのころはもっと若かった――に欲情したり、両親の夫婦の営みをこっそりのぞいたりと、それなりに背徳的な暮らしを人知れずにこっそりと送っていた。


 そんなことをしていると突然、頭の中でピコーンピコーンと警告音のようなものが鳴る。もしや? と思い、ステータスウィンドウを確認すると、


『ペナルティが発生しました。一時間以内にスキルレベルをダウンするスキルを選んでください。それまでの間、一切のスキルは使用不能になります』


 という無慈悲な謎のメッセージが表示されていた。仕組みはわからないが確かに魔法を使おうとしても使用できないのだから書いてあることは真実なのだろう。


 仕方なく俺は適当なスキルを選んでレベルを下げる。すると警告メッセージは消え、確かにスキルのレベルが下がっていることを確認できた。


 そういうことが何度も続き、さすがに俺はそのペナルティがどういう時に発生するのかの傾向がつかめてきた。


 結局のところ、それは俺が欲情したとき、つまりは煩悩を膨らませた時に発生するようなのだ。

 それは、一度で発生することもあったし、何度か繰り返して煩悩を膨らませた時に発生することもあった。


 煩悩の量や大きさなんて測れないから、煩悩を大きく膨らませたら一発で警告で、小さな煩悩が積み重なっても警告が発生するんではなかろうかというのは推測でしかないがどうやらそういうことらしい。


 それでも、思春期の若者に煩悩を抑えろと言っても無茶な話。

 度重なる警告に俺のスキルレベルは日に日に落ちていく。


 今では武器のスキルはほとんど失われ、わずかに大剣スキルのみが高レベルで残っているだけになってしまった。


 魔術も風属性を残して軒並みレベル1にまで落ちてしまっている。

 魔術は生まれついての才能がかなり重要で、いったんスキルを失うと後から身に着けるのが困難というのを聞いていたからなんとかレベル1で留めているが、その代償として武器を使うスキルは大剣以外はもう欠片も残っていない。


 ちなみに、火属性はレベル4、さっきの風呂を沸かしたファイヤーボールを自在に操れるレベルでなんとか堪えている。


 というのもやっぱり、元々が日本人である俺である。暖かい風呂にゆっくり浸かるという快楽は捨てがたいからだ。

 魔法の使えない一般市民は僅かに沸かした湯で濡らしたタオルで体を拭くか、水浴びするのが精々だからだ。

 それに我が家の風呂は俺が魔法で沸かせるからとわざわざローンを組んでまで拵えたものだったりする。

 シュミルも風呂好きで今日みたいに朝から入ることが多いし、それは期待に応えたい。

 というわけで、煩悩を生じさせるとスキルレベルが下がるという特異体質のおかげで生まれ持った天賦の才は、かなりガタガタになっている。


 そうなるとさすがに俺も、滅多なことで煩悩を膨らませないようにするという固い意思を身につけざるをえない。

 それでも無防備に俺を誘惑してくるシュミルのような人間が周りに居るから困ったもんだ。


 今でも、何か月かに一回ぐらいは意に反してスキルレベルを泣く泣く下げるという事態が発生してしまっているからな。


 今回はなんとか防げたようだが、裏で地味に煩悩ポイントが蓄積されていないとも限らないし。


 また、家でだらだらしてたら、シュミルが風呂から上がって無防備な姿を目の当たりにしないとも限らない。

 こういうときはさっさと退避するに限る。

 それにそろそろ店を開ける時間だ。


「母さん、店に行ってくるから」


 俺は、できるだけ浴室から離れた場所からシュミルに声を掛けた。


「ああ、行ってらしゃーい。よろしくね~」


 と鼻歌交じりの返事を聞きながら俺は家と併設されている店に向った。


 我が家は代々続く古道具屋だったらしい。

 古道具といっても魔道具が専門で、それも壊れて使えなくなった年代物の人によってはガラクタを集める変わった趣味の金持ちを相手に細々と商売していたようだった。


 それが、増築して作った浴室のローンを早々に繰り上げて返済できるだけの裕福な家庭になったのは俺のおかげでもある。

 少し前に俺の意見で新商売を始めることになってそれが今のところ大当たりしているのだ。大は言い過ぎか。ほどほどに儲けが出ている。


『シーボック古具店』


 看板はそのままだが、訪れる客はここ最近、俺が新商売を始めてからではがらりと変わった。


 お世辞にも活躍しているとは言い難い低レベルの冒険者が客の大半を占めるようになったのだ。


「こんちゃー、ちょっとお願いしたいんだけど~」


 ほら、早速客が来た。常連のミライアさんだ。俺より数才年上の女冒険者。二十歳前のうら若き乙女だ。といっても日銭を稼ぐ、駆け出しの冒険者で、彼女のような客がいわばうちにとってのお得意様でもある。


 薄い青髪はポニーテールにまとめられて、良く似合っており、大きな目とぶ厚いめの唇が特徴的だ。愛嬌もある。いや、かなりタイプだったりする。


 好感度の高い来客に、今日も出だし好調かといえばそうでもないのが困ったことでもあるが……。

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