Cybernetic Lover
@MG-Limited_Express
第1話
今となっては私、身体が特殊な身体になってしまったことを後悔なんかしていない。
だって…交通事故で首から下が麻痺してしまったその上、一部の内臓まで破裂してしまっていた私の身体をもと通り動けるようにする方法は「サイボーグ化改造手術」…これしか方法がなかったというのだから。
ただ、そのために私、相原栄子の身体は「生身で残っている箇所は脳だけ、あとは全部人工的な機械の身体」になってしまったんだけどね。
特殊な機能や能力は一切ないその上、外見は人間のまま、と言うかどこからどう見ても普通の人間の女の子にしか見えないはずだからわからない人にはわからない…と思いたい。
ただし、その外見というのが…私のお父さんの妹、つまり叔母さんで医者っていうか、生体工学を研究している科学者の高阪瑞穂さんに身体を改造された二年前のあの時点…当時、私は十歳の小学校五年生だったわけだけど…のまま変化しなくなっちゃってるわけだけど。
「おーい栄子、学校行くぞ」
あ、これは私の彼氏、麻生孝臣君。
「はいはい」
私は鞄を持って彼のもとへ駈け出した。
中学校の入学式を終えて、クラスで一番最初に座ったのが彼、麻生君の隣だった。
…と言っても別段不思議でもなんでもないと思う。
何と言っても彼の名字は「麻生(あそう)」だし私の名字は「相原(あいはら)」。二人とも他に五十音順で自分の名字の前に来る名字が来ない限り男女それぞれの一番に来る名字だし、だから入学式で同じクラスになって一番最初に席が隣同志になったのは彼だった。
彼、私の「彼女補正」を抜いたとしてもかなりのイケメンだから…見た感じでいうのもなんだけど「競争率」はかなり高そうな感じだった。
だから私、その時決意した。「誰にも唾をつけられないうちにこの人を落とそう」と。そして…その日は偶然とはいえ、案外早くやってきた。
それが漫画なんかだとよくある展開で…自分でいうのも恥ずかしいんだけど、「廊下で彼とぶつかっちゃった」のよ。もちろん「喧嘩をしたことのたとえ」じゃなくて文字通りなんだけど。
「大丈夫か!」
麻生君、その時何か探し物をしていたらしいんだけど、いずれにしても自分の前方不注意で女の子にぶつかっちゃったものだから責任を感じてしまったらしくて…あ、私も決してわざとぶつかったわけじゃない。何しろ声をかけられて初めて麻生君がいることに気付いたくらいだから。
「あ…麻生君…」
でも、文字通り「転んでもただでは起きない」のよ、私…チャーンス(はぁと)前から気になっていた人なんだし、ちょっとからかってやろう…と言うわけでさっそく実行に移してみた。
「こら相原!俺の手を勝手にどこに触らせてる!」
私は「介抱しているふりをして…」というシチュエーションを作っちゃえ!とばかりに素早くカッターのボタンを一個はずして、彼の手を取って私の胸に突っ込ませた。彼はもちろん赤面して慌てて離させようとしたけど…彼はそこで私の身体の感触が微妙におかしいことに気づいたらしい。
「相原…お、お前…」
先ほども言った通り、私の身体は普通の人間のそれではないのだけど…そのことに彼が気付いてしまったのだ。ただ彼に言わせると「お前の身体の感触が普通の人間のそれと比べてちょっとおかしいことに気付いたのは俺が他の奴と比べて敏感なだけで、他の奴だったら冷え症か何かかと思って気づかないかも解らんね」とのことだけどね。
…やっぱり悪いことはできないなぁ…私は嫌われることを覚悟の上で私の身体のことや今のたくらみのことを話した。
しかし…意外にも彼はそんな私を受け入れてくれた。その上…
「お前のこと、名前で呼んでもいいかな?」
…名前で呼んでもいいかな?…彼のこの言葉の意味は私にはすぐに分かった。
それは…どんな告白の言葉よりもうれしかった。
そして…この時から私と彼とは付き合い始めたんだ。
クラスには彼の「小学校時代からの腐れ縁」という女の子・佐伯薫さんがいる。
彼とは仲が良いんだけど、ただし恋のライバルと言えるかどうかというと微妙なんだな、これが…麻生君が彼氏になってから佐伯さんに聞いた話なんだけど「孝臣は確かにどこからどう見てもこいつがモテなかったらおかしいというほどのイケメンだけど、どういうわけかモテなかった」そうなの。
だから当の麻生君も佐伯さんのことを単なる友達としてしか見てなかったかもしれないし…「佐伯にはよく鼻の穴に指を突っ込まれて鼻血を出させられた」と言ってたところからしてあまり仲が良かったわけでもかと言って仲が悪かったわけでもなかった…というところかな。
彼が「何故かモテなかった」と言う話を佐伯さんにされた途端に「佐伯!余計なことを栄子に吹き込むな!」と慌てていたところを見ると「モテなかった」というのは事実なのかもね。
そうそう、さっき私、「特殊な機能や特殊な能力は一切ない」と言ったけど、実は一つだけあるかも知れないの。
「麻生君!」
「こ、こら!急に抱き付くなって」
ただし…それは自分で使いたい時に使える能力じゃない。
ほら…興奮したり注意が過敏になりすぎたりして、要は心が落ち着かない状態になると心臓が「ドキドキバクバク」って感じになること、あるよね?
「何よ!人前で抱き付くくらい誰だってしてるわよ!」
「そりゃそうだろうけどさぁ…」
「孝臣は変なところで照れ屋さんだからなぁ…」
…と、これは佐伯さん。
私の身体の場合、心臓に該当するのは「ハートダイナモ」という発電機なわけだけど…要するに心が落ち着かなくなるとそのハートダイナモが高速回転を始めてしまい、普通は余った電気は非常用電源としてコンデンサーに蓄えられるわけだけど、その容量にも限界があるから…「一瞬」とはいえかなりの高圧電流が外部に流れてしまうの。
「おいおい、この展開ってすごくやばくないか?」
麻生君は背中越しにハートダイナモの高速回転を感じ取ったらしい。
「やばい…って何がだよ?」
佐伯さんがニヤニヤしている。
麻生君は私の身体のこと、知ってるからこそ余計に慌ててるんだけど…佐伯さんは知らないからな。
「ギャーッ!」
「キャー、麻生君大丈夫?」
通電時間自体は「ほんの一瞬」なんだけど…その「ほんの一瞬」のうちに流れる量は半端じゃないのよね。
「あ、孝臣が失神しやがった」
多分…佐伯さんはあの麻生君の「異常な悲鳴」を「電流によるもの」だとは思ってないかも…「麻生君は幸せのあまり失神した」とでも思ってるんだろうな。
身体を改造されてから間もなくのことなんだけど、この現象で困っちゃって…今でも二か月に一回あるメンテナンスの時に叔母さんに相談したことがある。
「栄ちゃん…それだけど、私も治そうと努力したわ。だけど…どうしても治らないのよ」
「ええっっ?どうしてよ!」
私は驚いた。
「治らない原因はほぼつかめているの」
…何なのよ!その治らない原因と言うのは…教えてよ。
「でも…治す方法はただ一つしかないの」
…ただ一つしかない…それ、どういうこと?
「あなたの生身の箇所が脳だけしかない、というのが密接に関係しているのよ」
叔母さんは言った。「…逆にいうとあなたの脳が生身のままで残っているから…解るよね。要は…身体は機械だけど心は人間だから…なのよ」
以下、叔母さんに言わせると…「治す方法」と言うのは…「脳から一切の記憶をコンピュータに移し替えてそのコンピュータを脳と差し替える」方法以外は考えられない、とのことだった。
「ただ…それをやってしまうと私はあなたを『サイボーグ』ではなくて『人間ベースのロボット』…アンドロイドと言った方が正確なわけだけど…にしてしまったことになるから…ね」
「じゃ…いっその事…ロボットにしてくれた方がよかったじゃないのよ!」
「栄ちゃん、涙をお拭き」
叔母さんにハンカチを差し出されて…私は半泣き状態だったことに気が付いた。
「いい?ロボットになってしまうと…悲しいとか嬉しいとかいった一切の心の感情がなくなってしまうのよ」
そんな私に叔母さんはこういった。「…解るよね?つまり…あなたの感情がなくなるということは、あなたがあなたじゃなくなるということなのよ」
その時は納得がいかなかったんだけど、中学校に入ってから麻生君のことを好きになってから…私、あの時の叔母さんの言葉が少しは理解できた気がする。
だって…ロボットになっていたら、つまり感情はない…感情がなかったら当然、麻生君に恋することはなかったわけだし…恐らく…毎日が「ただ時間が経過するだけ」のつまらないものになっていたと思うんだ。
そうそう…叔母さんと言えば…この間のメンテナンスの時についでだからと思って麻生君を連れていったら…「栄ちゃんにも彼氏が出来たのね」と自分のことのように喜んでくれていたなぁ。
…んーっと、麻生君は…と…あ、いたいた。
佐伯さんと何かお話しているようだけど、そんなことには構ってられない。後ろから近づいて、それでもって彼の眼を両手で…。
「だぁれだぁ?」
「え・い・こ」
…うふ…やっぱり『愛の力』ってやつでわかっちゃうのかなぁ?
「あーもー恥ずかしいからそれやめてくれ」
…これくらい誰でもしてると思うけど?
「いよっ、お二人さん、熱いね」
ま、こんな感じで…私は毎日過ごしてます。
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