第5話

 チー、という音を立てて、窓ガラスは切断された。彼女の持つガラスカッターによるものだ。吸盤を使ってガラスを取り除く。窓ガラスには円形の穴ができていた。彼女はそこから手を入れ、鍵を外す。

 彼女は無言で僕の目を見てうなずく。突入の合図だ。僕達は慎重に屋内に足を踏み入れる。あらかじめ靴は脱いで鞄にしまってある。余計な足跡を残さないためだ。古い木造の家屋の中には、目算通り誰もいなかった。

 僕達がやっている事はいわゆる空き巣だった。数日かけて侵入する家屋にあたりをつける。どの程度の現金を自宅に保管しているかを家屋の造りや車などから予測し、リスクとリターンが見合うかどうかを考える。また、表札などから家族構成を把握し、行動パターンを観察から読み取る。そうやって数日かけて狙いをつけた家だった。

 僕達がやっていることは言い訳もできない犯罪だ。空き巣に入られた家は途方に暮れ、僕ら犯人を恨むだろう。しかし、そうでもしないと僕達は生活できない。『魔物』の大まかな気配を、彼女は読み取ることができる。それに従って僕らは旅をしている。そういうスタイルな以上、定住し、職を持つことは難しかった。かといって僕らをサポートしてくれるスポンサーが居るわけでもない。よくこういう物語だと何らかの組織がバックアップしてくれるお約束があるけれど、現実は厳しい。そんな組織は存在しない。『魔物』を認識できるのは彼女と僕だけなのだ。そんな組織が起こりようもない。

 とすると生計を立てる事が出来る選択肢は多くない。こういう犯罪に走るのも無理からぬことであった。もちろん、罪悪感はあった。いつ捕まるかわからないという焦燥感もあった。それら都合の悪い感情は、『正義』という大義名分のもとに抑えつけた。僕達が旅をし、『魔物』を誅滅しなければ、人々は喰らいつくされ、いつか世界は滅んでしまうのだ。そう考えればこういった犯罪行為も必要な事と思えた。助けてあげて居るんだ。これくらいの事は許してほしい。

 とはいえ、最初に空き巣をした後の夜は全く眠れなかった。次の日、目を覚ましたら警官に取り囲まれているのではないか。そんな妄想が僕を責めた。しかし、そういった感情も犯罪行為を繰り返すうちに薄れていった。人間なんてそんなものだ。それでも罪悪感だけは完全には無くならなかったけど。

 彼女の名を伏せた理由の一つがこのためだ。君たち読者の幾人かは彼女の正しさを理解してくれるのではないかと思っているが、彼女をただの犯罪者と見る人も、残念ながら、居るだろう。そういう心ない人による告発を防ぐための措置でもある。この話が君たちに読まれている頃には、きっとそんなことは関係ない状況になっているだろうが。話を戻そう。

 めぼしい棚を探り、現金を手にする。現金以外のものに手を出すのは極力避けたかった。それを換金できる手段は多くない。下手に売ったりすれば足がつく。そういう意味で僕達が狙うのは極力、現金だった。今回目をつけたような古い木造の家には大抵ある程度の現金がある。彼女はそれを経験と勘で見つけ出していた。

 手袋をした手で現金を掴んだ彼女は僕を見て、二回無言で頷いた。撤退の合図だ。余計な会話をしないに越したことはない。僕達は侵入した窓ガラスから外へ出た。




「今回はまあまあの金額ね」

 この街での仮の本拠地にしていた空地まで撤退し、盗み出した現金を数えた。二人でもきちんと節約すれば二カ月くらいは持つ程度の金額だ。首尾は上々と言えた。

 今回盗み出したのは現金だけではなかった。包丁と果物ナイフ。これらは『魔物』と戦う武器にするためのものだ。彼女がこないだまで使用していた大太刀は前回の戦闘で折れてしまった。新たな武器が必要だった。

 彼女は普段どうやって戦っているのか。本人曰く『魔力』を使用しているらしい。彼女の人間離れした膂力やスピードも『魔力』による身体強化によるものだ。『魔力』を自身の身体に流し、強化する。『魔力』は言うなればガソリンみたいなものだ。それを流し込んで爆発的なエネルギーを生み出す。

 また彼女はその『魔力』の一部を体外に放出することができた。なんらかの武器に『魔力』を通すことで、それは『魔物』を倒せる『退魔武器』に変わる。しかし、『魔物』を討てる力がある以外は普通の武器と変わりはない。何度か使用すれば折れてしまう。だから、新たな武器の調達が必要だったのだ。

 僕も暇を見ては『魔力』の精製を行おうとしているのだけれど上手くいった試しがない。彼女曰く「全身を巡る血を力に変えるイメージ」との事だが、成功したことはなかった。これができなければおそらく『魔物』を倒す事は難しいだろう。

「今回は残念ながら刀はなかったわね」

 前回の空き巣の成果の中に最近使っていた大太刀があった。古い蔵の中にそれは保管してあった。許可を取っていなかったとしたら確実に銃刀法違反になる代物だ。こういった太刀はなかなか手に入るものではない。こういう有用な武器を発見したときは多少のリスクを負ってでも手に入れるようにしていた。

――とりあえずは包丁で戦うしかないかな。刃物を店で買うのも何かと面倒だし。

「そうね。あの刀はなかなかの気にいりだったのだけどね……。反りも理想的だったし、波紋もよく出ていたもの。無銘にしてはなかなかだったわ」

 僕は何気なく尋ねる。

――前から気になってたけどさ、君、刀オタク? すごい詳しいよね。

「そんなことはないわ! 失礼ね」

 彼女は声を荒げる。

――日本刀ってさ、なんか五本すごい良い刀があるんだよね?

「天下五剣、すなわち、童子切、鬼丸、三日月宗近、大典太、数珠丸の事ね。確かにこれらの刀は素晴らしいわ。全てを見たことがあるわけじゃないけど、波紋も反りも素晴らしかったわ。特に童子切は良かったわね。東京国立博物館で見たことがあるけれど圧倒されたわ。光を反射する刀身を見ていたら、気が付いたら閉館時間になっていた程よ。童子切は昔、源頼光が鬼である酒呑童子の首を切り落としたことからついたと言われているわ。なんでも江戸時代に罪人の死体に試し切りしたときは一撃で六人の身体を切り落としただけでなく、土台まで切り込んだという逸話まであるのよ。ああ、是非あの刀で試し切りをしてみたいわ……」

――やっぱオタクじゃん……。

「な、何を言うの? この程度日本人には一般常識よ」

――ふーん……

「教養よ、教養」

 そういう彼女の頬にはわずかに朱がさしていた。恥ずかしがっているのだろうか。珍しい一面が見れた。普段の彼女はどこか超然としていて、やはり選ばれた『戦士』なのだと僕に感じさせていた。

 しかし、彼女も女の子なんだ。普通に恥ずかしがったり、楽しんだり、笑ったりするんだ。改めてそんなことを思った。

「ほら、行くわよ。ぐずぐずしないで頂戴」

――今行くよ。

 彼女にはずっと笑っていて欲しいと思った。

 そのため、僕に何ができるだろうか。

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