私が好きになった彼女は、今

 深観・水美は走っていた。郊外の市街地である。


「はっ、はっ、はっ……」


 その姿は戦闘服のステルス機能で隠されている。一般の住人には見えない。そもそも、住人はいない区域だ。

 活動家のセンサーには捉えられる可能性はあるが、今の所は補足されていない。

 電子汚染を受けていない自動戦闘機は温存している。決定的なチャンスを狙うために、水美は逃げ続けているのだ。


(とはいえ……手詰まりかもしれない)


 最善手は外から救援を呼ぶことだ。どれほど強大な電子戦の達人であろうと、外の世界の戦力を完全に掌握できるはずもない。ほんのわずかでも異常を検知してくれれば、最大レベルの戦力支援が行われるだろう。

 しかし、現状では救援を呼ぶこともできない。おそらくは壁が汚染されているのも痛い。壁越しに戦闘機を飛ばしても、撃墜される。

 今の所は自分を自在に感知はできないようなので、外に一人で逃げ出すという手もあるのだが、それを試すのはまだ速い。TOKYOコロニーを見捨てて逃げ出すつもりにはなれなかった。


(できれば、反撃をしたいけれど)


 とはいえ、恒星間戦闘用兵装スターバスターを使う相手に、自分がいま動かせるレベルの戦力で反撃をするのは難しいという問題に行き着く。

 だから、今はひとまず動き続けて敵を待つ。

 壁を崩すこともなかった程度には無差別な破壊はしない相手のようだ。だから、いきなり辺り一帯を薙ぎ払われることも、まだないだろう。

 もしも敵が動き始めたら、その隙に次の手を……。


「さて、鬼ごっこは終わりだ」

「!?」


 思考を断ち切る声は、水美の真上から聞こえた。

 同時に幾条もの閃光が降り注ぐ。

 水美は腕で身体を隠すようにしてそれを受ける。ごくごく低出力の攻撃だが、人間の身体を蒸発させる程度はたやすい威力だ。地面が瞬時に沸騰する。

 シールドが即座に自動起動し防御するが、その代償にステルスが停止し、水美の姿がさらけ出された。

 そこで攻撃が止む。

 おそるおそる顔を上げれば、そこにいた。

 戦闘服が身体の正面をこちらに向けて浮いている。腕を組んだまま見下ろされていた。


「どうして……」

「市街地に逃げ込んだ時点で、お前を捕捉するのは容易い」


 まさか、市街地に設置されているセンサーを? しかしそれらでステルス機能を動作させた自分を捕捉するのは不可能なはず。

 いや。


(まさか私じゃなくて、私の動作による変化を感知して……?)


 空気の流れすら操作できるステルス機能でも、地上を走る限りは地面にわずかな痕跡を残す。しかし、ほんのわずかに風が吹くのとそう変わらない変化だ。街中で発生する現象をどのように判別したというのか。


(……このコロニーを抑えることができるほどの電子戦能力を持つ相手。なら、その膨大な計算リソースで地面の変化、ひとつひとつを検証することもできる? でも、それほどの能力を持っている存在なんて……!)


 水美の思考は、またそこで断ち切られた。

 活動家が動いた。

 水美の強化された視力は、その右手が手刀の形で振り下ろされるのを見る。

 反射的に水美は後ろへ跳躍し、距離を取る。活動家は沸き立った地面に着地し、水たまりのように飛沫をあげさせる。

 水美はさらに離れようと跳躍しようとして……そこで脚がもつれた。


「わ!?」


 後ろに転ぶ水美。かろうじて両腕をついて、頭から落ちるのを防ぎ……気づいた。

 自分が着ている軍服の前側が両断され、はだけている。さらに、その下に着ていた下着までも。


「なっ、なんで」

「いい格好だな」

「く……」


 活動家の挑発的な言葉に慌てて身体を起こし、服をかきいだいて身体を隠す。そこで気づいた。服が直らない。自動修復機能が、いや、そもそも全ての機能が働いていない。

 水美が身につけているものは、官帽もジャケットもシャツも下着も、全て管理官が使用するための戦闘用装備だ。

 防御と隠蔽だけでなく、水美の状態を最適に保ち、その能力を何倍にも増幅させるパワードスーツ。

 繊維の一本一本が高度な機械であり、自己再生によって繊維一本からでも修復できる。

 それが、破壊されている。完全に。

 活動家が戦闘服のセンサーを動作させ、笑った。


「身体を改造はしていないようだな。正真正銘、今のお前は丸裸だ」

「……どうやって……」


 自分の戦闘機たちを破壊した光線なら、当然水美の戦闘服を破壊できる。

 しかし、それなら水美も蒸発して消えているはずだ。

 ただ、手刀を振り下ろしただけで、水美に傷一つつけずに服だけを断ち切り、破壊するのは……。


(まさか)


 水美が知る恒星間戦闘用兵装の中に、それを可能とするものがひとつ。


「……HYDRAヒドラ?」

「……!」


 水美の呟きに、活動家がわずかに反応する。

 では、本当に?

 使い手とともに失われたはずなのに。

 いや。

 だとすれば。


「あなたは、まさか、ヴァイスラーと直接戦闘を……生きていたの……!?」

「……データベースに残っていたか。いや、今はアクセスはできない、な」


 データベースにアクセスできないのなら、水美自身の記憶というわけだ。数百年前に喪失した兵器の知識を持ち、それを今の状況に結びつけた。

 活動家の声に、苦笑のような響きが混ざる。


「ずいぶんと勉強熱心なことだ」

「それじゃあ本当に、あなたは、恒星間戦闘用兵装スターバスター搭載型の……」

「……私の正体は、後だ」


 す、と活動家は右腕を上げ、水美に向かって指を伸ばす。その指は、まっすぐに水美の額……脳を狙っていた。


「お前には一度脳死してもらう」


 なんの躊躇いもなく、活動家は言う。水美は、絶句する他ない。


「その後、必要な部分だけ繋げる」


 脳にダメージを与え、修復過程で改造し、言いなりにする。

 この時代においては、もはや枯れた技術と言ってもいいほどに古典的な洗脳方法だ。

 当然、対抗策も確立されている、が、今の水美にはない。既にその役目を果たす戦闘服を破壊されていた。


「く……!」

「心配するな。後で元に戻す。主観的には少しだけ眠って起きて、それで終わりだ」


 活動家の指先に光が灯った。す、とその指が離れても、そこには光が留まっている。

 やがて、光の点は幾条にも枝分かれした光線となり、ゆっくりと水美に迫る。

 これだ。

 この光のラインが水美の戦闘服を破壊したのだ。

 おそらくは手刀から一瞬だけ光線を発生させ、全身を包む服の繊維を焼き払い、服を完全に破壊することなく機能だけを奪った。なんという精密な破壊。

 そして今、この光線は自分の脳を損傷少なく効率的に焼くために枝分かれして……。

 思考の間にも、光は迫っている。これまでか、と水美が諦めかけた……その瞬間。

 光が、ふっ、と消えた。

 なにが、と目を見張る水美。気がつけば活動家がこちらを見ていない。


「……来るか」


 街の中心側に顔を向けていた。

 来る? 何が? まさか。

 水美が視線を向けた瞬間、それは起こった。

 街の一部が、建築物も道路も植物も無視して持ち上がった。

 正方形の中心を、さらに二分割するように一本のラインが走り、その線に沿って両開きの扉のように開いたのだ。

 急角度がついた街に、しかし影響はない。見た目通りの現象ではなく、空間をねじまげた状態が視覚的にこのように見えている、というだけなのだ。

 開いた空間から、巨大なものが空に向かって飛び出した。

 すさまじい速度で上昇するその姿は、鋼の巨人。


「特人!?」

「あれが、スーパーロボットか」


 間違いなくストーム∨だ。予備パーツから再現したもので、文化財として保存していたはずの……。

 敵の操作でないのだから間違いなくナキの支援のはずだが、どうしてアレを。なぜ他の兵器ではなく、特人を選んで?

 そこまで考えて気づいた。


「ッ……!」


 水美は、観夜、という名前を口に出すことをかろうじてこらえる。

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