私が好きになった彼女のためになら、私は

 対怪獣災害特殊人型消防車両スーパーロボット。略して特人スパロボは、23世紀の初頭に生まれただ。

 22世紀後半。

 地球人類は宇宙からの敵、銀河帝国ヴァイスラーの侵略を受けた。

 激しい戦いの末、最終的に地球人はヴァイスラーの持つ広大な領地、つまり恒星系をひとつひとつ恒星間戦闘用兵装スターバスターで木っ端微塵にして勝利した(虐殺した、と表現する者もいる)。

 自らの所属する文明と母なる大地、そして数十兆もの同胞を殲滅しつくした地球人に対して、ヴァイスラーの生き残りは復讐を行う。

 突貫した戦艦を地球衛星軌道上で撃破させ、地球に落ちる破片に生物兵器の卵を紛れこませたのだ。

 数年の時を経て。

 地球全土に投下された卵の中、圧縮された空間で成長した生物兵器……宇宙怪獣たちは、その巨大な姿を突如として地上に現し、思うがままに地球上を蹂躙した。

 宇宙怪獣の外観は巨大な生物だ。その星の環境に適した形質を獲得するため、どこか地球の生物に近い姿を持っている。

 しかし、その肉体は宇宙戦艦なみのバリアフィールドで守られているのだ。当時、地上で使用されていた兵器は一切通じなかったと言ってよい。

 もちろん恒星間戦闘用兵装による攻撃は効果を発揮したが、地球上で恒星を消し去ることができる超兵器を使用するリスクは大きすぎた。

 最低出力では宇宙怪獣にダメージを与えられず、高出力で攻撃すれば多大な周辺被害が発生する。このジレンマに人類は悩まされた。

 人類が手をこまねいている間にも、宇宙怪獣たちは侵攻を続けた。侵攻の数ヶ月後には、地球のおよそ7割の陸地から人類は撤退していた。


 そんな状況を打破するために生まれたのが、特人スパロボである。兵器ではなく、怪獣という災害に対応するための消防車だ(戦闘兵器として評価すれば、特人の価値は低い)。

 この消防車は巨大な宇宙怪獣と格闘戦をするために、巨大な人型をしていた。

 平均的な特人の最高出力は、平均的な恒星間戦闘用兵装の20%ほど。ひどく単純化して言えば、恒星の五分の一を破壊できる出力を発揮することができる。これがただのミサイルやビーム兵器なら、地球は溶けてなくなるだろう。

 それゆえに、特人は強力な格闘武器(拳を飛ばしてぶつけるブースターパンチが代表的だ)によって、宇宙怪獣のフィールドを貫通しつつ、その威力が作用する箇所を限定的に抑えた。

 周辺の被害を最低限に留めながら、怪獣を撃破することができるのだ。

 その有効性は、世界初の特人である『最初の四機』が実戦に投入された際に証明される。

 当時の北米大陸に上陸した宇宙怪獣23体の群れを、『最初の四機』は無傷で殲滅したのだ。実質的な戦闘時間は3分ほど。圧倒的な力だった。


 その後、数十年に渡る戦いの中で特人は大量に生産される。

 地上の宇宙怪獣は全て駆逐され、戦いの舞台は宇宙へと移った。ヴァイスラーの生き残りは地球以外の惑星、衛星にも卵を撒いていたのだ。

 その果てに、宇宙怪獣の王キングギガントとの火星超決戦を経た後、人類は太陽系内における宇宙怪獣の完全な根絶に成功した。

 残された特人たちは全て保存され、現在も世界中の特人博物館でその姿を見ることができる。人々にとって特人はただの怪獣対策車両ではなく、宇宙怪獣と戦い抜いて人類を守護した英雄だったのだ。

 特人の技術と運用ノウハウは、現在の自動戦闘機に応用されており……今に至る。


 その特人のうちの一機がいま、暁・ふらむと、黒藤・観夜の前にあった。

 赤と青のカラーを中心として、意匠化された装甲を身につけた巨人。人間よりも太い手足で、全体的なシルエットはやや人を縦に潰したようなデフォルメがなされている。

 その頭部と胸部の両方に、鎧武者の兜飾りめいた、黄色の大きなV字が飾られている。

 観夜の目が輝きだした。


「ほ、本物!? これストームⅤだ! 最初の四機のひとつだったトルネーダー04の後継機! トルネーダー04を破壊した熱線怪獣MM-B-01ヒートギガントを、第2次香港奪還作戦で倒して仇を取り、その後も終戦まで戦い抜いて火星超決戦でも活躍した、あの!!」

「詳しいのね」


 早口で語る観夜に、ふらむは感心したように言った。

 その言葉に興奮が冷めた観夜は、バツが悪そうにちぢこまる。


「……父方の祖父がスーパーロボットの歴史の研究者だったんです。一緒に住んでて、だから私も詳しくなって……」

「なるほど」

「べ、別にスパロボオタクとかじゃないので」

「そう」

「…………」

「私は観夜さんがスパロボ大好きっ子でも気にしないわ」

「だから違うって言ってるでしょ!」


 別にバカにしたつもりはなく、ただ本心からの信頼を示したつもりなのだが、なぜか観夜は怒っている。

 仕方ないのでふらむは本題に入った。


「観夜さん。あなたはこのロボット、ストームⅤに乗って、コロニーを襲ってきた敵と戦うのよ」

「……は?」


 急にロボットアニメの第一話みたいなことを言い出したふらむに、マジで言ってんのかこいつ、という目を観夜は向ける。

 ふらむは大真面目な顔で、観夜に向かって頷いてみせる。

 そして顔を小犬に向けた。


「あなたもそのつもりなんでしょう?」

「急に犬と話さないでもらえます怖い!」

「まあ、それは……そうッスけど……」


 犬が答えて、立ち上がった。


「わああああ犬が喋った!!」


 立ち上がった犬は、人間になっていた。

 犬が立ち上がりながら、折りたたまれていた中身を縦に伸ばしながら展開したように、人間の女性の形に変形したのだ。ちゃんと服まで着ている。

 何が起こったのか観夜にはわからない。


「ば、化け犬!!」

「観夜さん、落ち着いて。人間化動物よ」

「そゆことッス」

「え? え? あ、ああ、……そっか、そういうこと……びっくりしたあ」


 人間の知性と姿を持つ形に改造された動物が、人間化動物だ。宇宙怪獣の遺伝子技術を応用しているため、外見のサイズを無視した変身を可能とする。

 外ではごく一般的な存在だが、TOKYOコロニー内では非常に珍しく、その数は5人しかいない。

 その一人が彼女だった。


「驚かせてしまい、申し訳ないス」


 ぺこりと頭を下げる元犬の少女。観夜から見ると、高校生か大学生くらいに見える。背もふらむほどではないが、高い。

 髪は長く、犬だった時と同じ茶色と白の毛が混ざっている。伝法な口調に似合わず、切れ長の目のクールな美人である。

 その頭には犬の耳が、お尻には尻尾が残っている。このあたりは消そうと思えば消せるのだが、ファッションやアイデンティティとして残す人間化動物は多い。

 頭を下げられて、観夜は恐縮した。


「あ、いえいえ、私のほうこそ驚いちゃって……」

「まー、ワタシらはTOKYOコロニーにはあんまいないッスからねえ。気にしないでくださいな。あ、ワタシの名前は九島くしま・ナキッス。改めてお願いしますね、ふらむサン、観夜サン」


 あ、こちらこそ、と頭を下げる観夜と、無言でうなずくふらむ。

 では、と、ナキは姿勢を正し、観夜に向き直る。


「お二人もわかってるポイッスけど、このコロニーはいま敵に襲われてるッス。この特人を動かせるのはいまのところ、ここにいる三人くらいッスよ」

「え、ええ……!? 警察の人とか、自衛隊の人とかに頼めば……」


 当時の文化を再現したこのコロニーには、当然ながらそういった治安維持のために働く人々も存在する。

 技術の発達と人類改良によって、実際に犯罪や戦争や災害が起きることはほとんどないが、それでもこういった事態に備えて訓練を積んでいるはずだ。

 しかし、ナキは首を横に振った。


「ダメなんスよ。……内側にいる警察や自衛隊どころか、外からも助けを呼べない。理由、わかります?」

「え、え? 呼べない?」

「ハッキングね」


 ふらむの言葉に、ナキは頷く。


「見た目はぜーんぶ正常。でも、電子的にほぼほぼヤラれてんスよ、このコロニーは」


 ぽかん、と観夜は口を開けた。

 ふらむはただ、目をわずかに細めただけだった。彼女にとっては、自分の予想が的中していたことを確認できたに過ぎない。


「やはりね。もしこのコロニーが襲撃されていることが外に伝わったなら、即座に軍が動いてもおかしくないはずだもの」

「救援要請は梨のつぶて。物理連絡手段は起動したと同時に破壊されたッス。ここから内側にいる誰かに連絡するのすら危ないワケで」

「お、おかしいでしょ!? 外からはインターネットも繋がってるし、人工衛星でもこのコロニーの様子は見れるのに……」


 このコロニーは外の環境から閉鎖されているわけではなく、むしろ内から外に積極的に情報を配信しているし、出入りも簡単だ。宇宙から地上を見つめる人工衛星の映像も、内外問わず誰でも見ることができた。

 もしも、そういった繋がりが断ち切られているなら、もっと騒ぎになっていてもおかしくない。結果的に、内側の様子は外に知られるはずなのだが……。

 観夜の言葉に、ナキは深くうなずく。


「そう。外と連絡はできるんスよ。でも救援メッセージだけはフィルタリングされて、潰されてるってワケッス……」

「なるほど。すべてを完全に掌握しているというより、通信を監視されている状態ね。外へのメッセージだけを選択して妨害している、と」

「人工衛星の映像も細工されてる可能性、高いッス」

「そ、そんなことが、できるやつって……なに……?」


 観夜の言葉に、二人も沈黙する。人類文化保存コロニーほどの巨大施設を電子的に封じる相手は恐らく限られるが、それが何者かまではわからないし、完全に掌握されている以上、反撃も不可能だ。

 ナキは、ふう、と息を吐いて頭をかき、話題を変える。


「……現状の話をするッス。ここは、ヨソと電子的にも空間的にも完全に遮断された場所ッス。あらゆる記録にも存在しない、ワケで。ここにある兵器のことも知られてないッス」

「この場から奇襲をかけられる、ということね」

「その可能性は高いッスね」

「……はあ」

「敵の目的は、うちの水美じゃないかって。本人から連絡もらったッス」

「水美さんと話せるの?」

「いえ。置き手紙を回収しただけッス」


 水美は現在、コロニーの中を敵から逃げ回っているらしい。その途中で状況分析をした記憶媒体を残していたとのことだ。


「電子的にやられてんのも、水美の推測ッス。まあ99%間違いないスよ」

「なるほど。敵の戦力はどのくらい?」

「観た感じでは一人、だそうッス」

「た、たったのひとりに、管理官がやられてるの?」

「強化服かサイボーグ……そして、恒星間戦闘用兵装スターバスターを所持の可能性アリ、だそうッス」

「ふむ」

「はあ??????????????????????」


 いまなんと言った?????

 スターバスター?????

 観夜からすれば何言ってんだこいつ、である。人類文化保存コロニーを襲うのにスターバスターを持ってくるのは、子供の喧嘩に水爆を持ち出すようなものだ。

 そんな観夜を尻目に、ふらむは一人うなずいている。

 敵がスターバスターを持ち出してきたと聞いても、まったく動揺した様子がない。

 そろそろ観夜は、これが全て自分をハメるためのドッキリなんじゃないかと考え出している。


「状況はわかったわ。やはり、観夜さん。あなたに頼る他ないようね」

「無理でしょ」

「ナキさん。パイロット用のヘルメットはある?」


 観夜のツッコミが聞こえなかったかのように、ふらむはナキに話を振る。

 ナキがひどく渋い顔をした。


「あるッス、ケド」

「そう。使いましょう」

「…………」

「あの、私のこと無視するのやめてもらっていいですか? ドッキリならそろそろつまんないのでネタバラシしてほしいんですが」

「これは現実よ」

「うそだー!!! スパロボやサイボーグならともかくスターバスターはないわ!!!」

「悲しい現実なのよ。観夜さん」

「……あー、ヘルメット取ってくるッス」

「お願いね」

「話、進めないでよー!」


 ナキはひとり、どこかへと走っていく。

 その場に残されたのは観夜と、ふらむの二人だ。

 ふらむは真剣な顔で観夜に向き直った。その視線の強さに、騒いでいた観夜はたじろぐ。


「……水美さんは、いま大変危険な目にあっている。助けを封じられ、スターバスターを持った相手においかけられているのだから」

「……現実感、ないです」


 いくらなんでも相手が恒星を破壊できる兵器を持ってると言われて、わあ大変だとは頷けない。


「そうね。スターバスターはこの際、どうでもいいわ。確かなのは、管理官ですら手に負えないほどの敵がいるということ」

「……それは……」


 それは、その通りなのだろう。ドッキリでないのなら、こんな場所に自分を連れてくる必要もない。ドッキリであってほしいのは変わらないとしても。

 これまで余裕がなく、水美を気遣うことができていなかったが、一番危険な目にあっているのが彼女であることを再認識する。

 静かに語るふらむの言葉が、観夜の現実感と同時に、水美の危険に対する不安と焦燥をも取り戻させている。


「助けられるのは、貴女だけなの」

「……わ、私じゃなくっても……」

「安心して。もちろん、私も、ナキさんも戦う。あなたにはその手伝いをしてほしいの」

「…………」


 観夜は片腕をぎゅっと掴んで、唇を引き結ぶ。

 怖い。怖くてたまらない。

 水美を見捨てて逃げたい、とすら思ってしまう。

 そんなことを思ってしまう自分が恥ずかしい。友達なのに。それでも、怖くて……。

 うつむいたまま、ぽつりと観夜がつぶやく。


「先輩は、なんでそんなに落ち着いてるんですか」

「私?」

「そうですよ。おかしいでしょ。管理官が勝てない相手が、スターバスターを持ってるって? それが本当だったらもっと怖がっててもおかしくないよ……!」

「そうね。私も怖いわ」


 うそだ、そんな涼しい顔で……そう思い、観夜は顔を上げてふらむの顔を見た。息を呑む。

 笑っている。

 ひどく綺麗で、何のうしろめたさもない、透明な笑顔。


「でもね。私は水美さんを喪うほうが怖い」

「…………」


 なら、なんで、そんなになんのためらいもなさそうに、笑ってるの……?


「だから私は戦う。でも、一人じゃ勝てないと思う。だから……観夜さんにも戦ってほしい」

「……私は」


 観夜が何かを言いかけたところで、ふ、とふらむが視線をはずした。表情も冷静なものに戻っている。

 その視線を観夜も目で追った。

 ナキが、こちらへ走ってきている。手にはヘルメットを持っていた。


「おまたせしたッス」

「ありがとう」


 ふらむはヘルメットを受け取った。

 観夜はただ、それをじっと見つめているだけだ。決断も、逃避もできないまま。


「観夜さん。ごめんなさい。私にはこうすることしかできないから」

「え?」


 ふらむが観夜にヘルメットをかぶせる。反応することもできない早業だった。

 観夜のふさがれた視界の中に、投影された映像が飛び込んでくる。

 【対怪獣災害特殊人型消防車両 搭乗員育成開始】

 その文字を追ったと同時に、観夜の意識が吸い込まれていく。


(まって、まだ私は、なにも、決められてな――)




「…………」

「…………」


 ヘルメットをかぶせられた観夜が、その場に棒立ちになる。

 教育プログラムが動き出したのだ。


「これで、よし」


 28世紀の教育プログラムは優秀だ。

 いっさい戦闘経験が無かろうと、戦いに耐えられない臆病者であろうと、本人の意思がどうであろうと、優秀な適格者へと教育する。

 ヘルメットをかぶせれば、数分後に観夜は特人のパイロットとして完成するのだ。


「……こんなやり方、水美は絶対嫌がるッスよ」


 ナキの声には嫌悪がある。本来は同意を得て行うべき教育なのだ。そうでなければ洗脳と変わらない。

 ふらむは変わらない口調で答える。


「そうでしょうね。だから私がやるのよ」

「こんな……!」

「私の武器も用意して」


 有無を言わせない言葉に、ナキは鼻白む。


「…………」

「私たちの目的は、何?」

「……このコロニーを守ること」

「そう。この日本を守ること。この世界で、唯一残った日本を」

「…………」

「そして、深観水美を守ること」

「……ッス」


 ふらむは、巨大な特人……ストームVを、見上げる。その瞳には、何のためらいも無い。


「ナキさん。私に権限を与えてくれる? 臨時の戦闘官を勤める。貴女には、荷が重そうだもの」

「……暁ふらむに臨時戦闘官の権限を委譲。指揮下に入るッス」


 そうだ。何を犠牲にしてでも、彼女を守ってみせる。

 ふらむの目に、炎が宿る。

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