深観・水美の話をしよう

 深観ふかみ水美みなみ。青い髪と水色の瞳。背は低めな14歳。

 暁ふらむのような、誰もが振り向くような美貌とはいわなくとも、大きな瞳と清楚な雰囲気、明るい笑顔は魅力的だ、とクラスメートには評判だ(学年単位ではさほどでもないけど)。

 峰真ほうま学園中等部二年生。成績は平均より少し上。つまりごくふつう。

 元気で明るい性格からか男女問わず友人も多い。困った人をほうっておけず、その対応も真摯。友人たちからは非常に信頼されており、抱え込んでしまった深刻で真剣な悩みの相談を受けることもある。

 反面、ドジなところもあり、手先も少し不器用。料理の腕もそこそこ。

 恋愛関係は全くノータッチ。友人にその手の話題を振られても「うーん、よくわかんないや」と笑って答える。少女マンガは好き。

 将来は進学を志望しており、東京の大学を受験する予定。

 

 そして、彼女はTOKYOコロニーの支配者だ。


/※/


「そこまでです」


 静かながら熱い怒りを秘めた、凛とした少女の声音。輝く街並みを見つめる活動家は、声が聞こえた方向を向く。

 右方の壁の上。何も無い空間から、何者かが現れる。

 白い官帽と白いコート。黒いジャケットとズボン、赤いネクタイ。右手に持った指揮棒の先端を、左手のひらの上でつかんでいる。

 軍服に身を包んだ小柄な少女。モノトーンの制服を、輝くような青の髪と瞳が彩っていた。


「来たな、このコロニーの王様が」


 活動家は挑発的な声で彼女を迎える。

 自分の出現に全く動じない態度に、軍服の少女はかすかに目を細めた。気づかれていたのか。単に予測されていただけだろうか。それとも……。

 膨らむ疑念を、小さな息と共に吐き出す。少女は務めて事務的な口調で話し出す。


「手続きを守りましょう。あなたは違法な手段でこのコロニーに接近し、侵入を試みた。管理官たる私はあなたを排除する義務がある。ただちに武装を解除し、降伏するのならば……」

「くだらん」

「でしょうね」


 予測できた答だった。

 少女は指揮棒をふりかぶり、なぎ払うように横に振る。

 その周囲300メートルの空間がねじれて波打ち、巨大な自動戦闘機が38体現れる。全長18メートルから30メートルの多種多様な機体。その火力を全て解放すれば、富士山を3つまとめて平地にできる。


「ふん。まだあるだろう」


 機械仕掛けの破壊神たちの威容を、活動家は鼻で笑ってみせる。少女は0.2ミリだけ眉をひそめ、保険をかけることにした。

 巨大機体に続き、6メートルから12メートルまでの中型、手のひらサイズから人間サイズの小型機体が、無数に現れた。正確に言えば中型機体が301体、小型機体は1万9003体だ。

 それらが、たった300メートルほどの範囲にとどまっている。あるものは壁の上に立ち、あるものは壁の側面にはりついている。そのほとんどは空中で停止していた。

 そして、自動戦闘機が搭載した兵器の砲口は、一つの例外もなく活動家を照準しているのだ。


「投降は受け付けています」


 少女はもう一度繰り返した。

 ここに集めた自動戦闘機たちは、このTOKYOコロニーに配備された戦力の20%だ。1000分の1の規模でも『令和』の全世界を制圧するのに事足りる力。

 戦闘装甲服を身に着けた活動家の一人や二人や百人千人、蒸発させるのはたやすい。

 普通の活動家が相手なら、そのはずだ。


「戦力の半数以上でかかってこないとは、なめられたものだ」

「…………」


 これほどの攻撃力を向けられても、活動家の余裕はほんのわずかも揺らがない。計算上は彼女は確実に敗北するはずなのに。少女は99.9999%以上で勝利できるという基準から算出される適正戦力、さらにその20倍を用意したのだ。

 なぜ?

 実際のところ、彼女は活動家の言うとおり戦力の出し惜しみはしていた。敵を甘く見たからではない。むしろ逆に、過剰な戦力を集中して他が手薄になることを警戒していた。

 彼女は囮ではないか――その疑いは、単独で彼女が侵入を図ったときからあった。

 もちろん単独で攻撃を仕掛けてくる活動家がいないわけではない、というよりもかなり多い。


 実のところ、このコロニーが再現する時代では当然彼女の行為は犯罪だが、

 TOKYOコロニー同様に外の世界でも、人は自分の意見を自由に述べることができる。ただ、TOKYOコロニーとは違い、暴力をもって己の主張を示すことも含まれている。

 当然ながら武装して誰かを攻撃すれば反撃もされるし、誰かを傷つければ罰が貸される。しかし武装によって己の主張を行う行為、それ自体は違法ではない。

 ゆえに破壊しても犯罪とは扱われない、公共施設を攻撃する活動家は多い。単独武装し、己の主張を満天下にしらしめるため攻撃を仕掛ける活動家は多いのだ。

 とはいえ、武装をした活動家が人々に広く受け入れられるわけもなく、むしろ軽蔑の対象だった。もちろんそれも織り込み済み。『令和』の時代で言えば、炎上狙いという概念が近い。あえて嫌われて注目を集め、自分の主張を民衆に届かせようとするのだ。


 が、しかし。


(人類文化保存コロニーを攻撃する活動家なんて、ほとんどいないのに……)


 少女は手にしていた指揮棒を強く握り締める。

 確かに『壁』や、少女が率いる自動機械は公共物扱いだ。政府が『表現の自由』としてを認めている以上、これらを破壊しても罪にはならない。

 が、わざわざコロニーを狙う理由が活動家には薄い。なぜかといえば、単純に割に合わないからだった。

 人類文化保存コロニーは、この時代において最も防備が厚い施設のひとつなのだ。どれくらい厚いかといえば、太陽系統合政府軍のほとんどの基地よりも厚い。全てのコロニーには、平均的な基地の1.5倍以上の戦力が常に配備されているという。

 そう、人類文化保存コロニーはこの世界……いや、この時代にとっては、最も重要な施設なのだから。

 それほどに防備が厚く、重要視される人類文化保存コロニーを攻撃して行われる主張など、おおよそ外の世界のほぼ全員が聞き入れはしない。自分の意見を民衆に届かせることを目的とする武装活動家にとっては、コロニー狙いは最低最悪の悪手と言っていい。


 はずなのだが。


 白い軍服の少女の前に立つ、黒い装甲服の女。

 彼女はまぎれもなくこの人類文化保存コロニーを狙った活動家なのだ。

 何が目的なのかが、まだわからない。少女は冷徹な視線で彼女を見据えたまま、悩み続けていた。


「どうした。終わらせるつもりはないのか」


 その言葉にまぎれもない嘲笑の響きがあったことに動揺する。敵に見透かされている自分が情けなくなる。

 結局のところ、決断することができていないだけだ。

 決断しない理由付けを探していただけなのだ、とわかっていた。

 少女は覚悟をした。

 殺す、ということだ。殺してしまうかもしれない、ということではない。

 ずらりと自分で並べてみせた戦力でまともに攻撃すれば、それが防がれない限り相手は死ぬ。欠片も残らないはずだ。欠片すら残らなければ、この女性は本当に死ぬ。

 そうするべきだ。少なくともそうしてみることで、相手は次の一手を繰り出すか、死んで終わるかは、する。

 少女は少しだけ息を吐いた。

 そして少女は……TOKYOコロニー管理官、深観・水美は指揮棒を振り下ろす。全力攻撃。素粒子一粒残さずに消し去ることを命じた。

 活動家に向いた全ての砲口が炎と光を放つ……その寸前に、活動家が右腕を高く掲げていた。その手が黄金に輝き、無数の光条が飛び出した。

 次の瞬間、巨大型38体、中型301体、小型1万9003体が黄金色の光線に貫かれる。


 貫通。爆発。いくつもの輝きが壁を照らし出す。

 巨大戦闘機の装甲が紙のように貫かれた。ただの武装した活動家が持つには、ありえない火力だった。

 この威力は、まるで、そうだ……!


 恒星間戦闘用兵装スターバスター……!!


「くっ!」


 水美は即座に撤退を決意、地を蹴って壁の内側へとダイブ。何一つ無駄な思考は行わず、ただ逃げることだけを考える。


「逃がさん」


 しかし黒い装甲服は、即座に水美へむけて右腕を振り下ろす。銃の形を作った指。水美の目は人差し指の先端に宿る黄金の輝きを見た。加速する時間の中で、腕を十字に交差させる。

 再度発射された黄金の光線が水美を直撃する。

 しかし、熱線は水美に届く寸前でその進路を斜めにずらされ、空へと消える。

 水美はクロスアームブロックの中心で熱線を受け、軍服のシールド効率を最大限に発揮。熱線をそらしたのだ。一発を防いだ。

 しかし窮地は続いている。たったの一発で服のシールドエネルギーの9割強が消費されていた。シールドが残っている限り、水美には傷一つつかない。が、もう一度撃たれればシールドは消える。そして彼女は蒸発するだろう。

 間をおかず、人差し指に輝きが宿る。二発目が来る……水美は黒い装甲服の仮面の奥で、女が笑った気がした。発射。まっすぐに光が水美へ向かって飛ぶ。

 だが、その熱線は水美の二メートルも前で、またしてもそらされた。はじかれた熱線は今度は下に曲がり、草の茂る地面を蒸発させた。壁の内側3km以内に住人は住んでいないので、人的被害はない。


「なに?」


 二射目が防がれたことに、はじめて活動家が動揺する。

 熱線が曲がった原因はすぐにわかった。この一撃でステルス機能を失った金属性の巨大な右腕が虚空から現れ、即座にパージ。その全体があらわになる。

 伏兵だ。

 水美への攻撃を防いだのは、身長4メートルほどの中型戦闘機だった。ずんぐりとした、人を縦に縮めたような形状。

 活動家は三発目の準備をすでに始めていたが、遅すぎた。

 中型の自動機械は即座にセンサーへの欺瞞を再開し、完全に消えてしまう。活動家のセンサーはすでに無効化されている。無理に観測を行おうとすれば、逆にセンサーを通してウイルスが撃ち込まれかねない。

 ……活動家の目の前で、深観・水美は消えうせたのだ。


「やられたな」


 感嘆と後悔をこめて、呟く。

 管理官が呼び寄せた自動機械たちを殲滅するところまでは、予定通りだった。しかしその先は完全に読み負けした。

 おそらくは、最初の一撃で戦闘機を殲滅した時点ですでに、こちらの目標を推測されていたのだろう。こちらが戦闘機が用意されていた。

 結果としては、敵の戦力をわずかに削りはできても、最大のチャンスを潰され、こちらの情報だけを取られて逃げられている。事実上の敗北と言っていい。


(所詮は戦闘経験のない、新人管理官……と、侮ったか)


 あの少女は豪胆さとは無縁だが、ひどく慎重で判断の早い相手だった。次に戦う時は、もっと手ごわい手を打ってくるはずだ。

 どうするべきか。ここで撤退するわけにはいかないが、どう動くかにも迷う状況だ。

 考えこむ活動家の目の前には、壁の内側の光景がある。壁に沿った部分は草原と森が広がっているが、高い壁の上からは離れた都市の灯りがよく見えた。

 美しい夜景。無数の輝きのひとつひとつに人間が暮らしているのだろう。何と豊かな光景か。

 そして、活動家の背後、壁の外側、『令和』よりはるか数百年の後の世界の夜に広がるのは……どこまでも広がる無明の闇だった。

 活動家は決意する。もう一度世界に光を灯さなければならない。そのために、自分はこのコロニーを手に入れるのだ。

 壁を蹴って跳ぶ。

 黒い影が壁の内側へと、消える。


 ちなみにこの時間、暁ふらむは妄想の果てにごろごろ転がり、ベッドから落ちていた。

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