人類文化保存コロニーの話をしよう
TOKYOコロニー。
全高800メートルの『壁』に囲まれた、東京とその四方を取り囲む神奈川・埼玉・山梨・千葉の一部。
……と、このコロニーを、かつてこの島にあった日本という国家の元号である、『令和』風に説明すれば、こうなる。
そして、このコロニーの中で再現されているのは平成後期~令和初期の日本だ。
もちろん本来の『令和』との違いはある。
そこに住む人々は
医療や食料生産をはじめとした、人体への安全配慮が不可欠の技術は28世紀の技術が使用されている。教育も、科学や歴史に関してはおおむね外と同じ、最新の知識が伝えられていた。
政治システムは基本的には存在せず、外部同様の超個人主義が再現された世界に応じた形で採用されている。
しかし、そういった部分を含めても、このコロニーの再現度は高い水準にあると言っていいだろう。
町にはガソリン自動車が走っているし、補助システムの存在しない自転車に乗っている人もいる。鉄道も電気で動いている。
建築物はコンクリートと鉄骨を模した素材が使われていて、少なくとも高度な分析を行わない限りにおいては差異はない。
人々は米を炊飯器で調理し、火を使ったかまどでパンを焼いている。そして、包丁で食材を加工し、コンロの上で熱を通す。
そして、自宅から職場へ、あるいは学校へと、二本の足で歩いて向かうのだった。
そんな生活が、ここ156年ほど続いている。
/※/
暁ふらむもまた、歩いて学校へと向かう一人だ。
彼女は妙にキョロキョロしながら通学路を歩いている。深観水美を探しているのだった。
今日はやたらに早く家を出ている。早く会いたいからだが、当然ながら早く家を出れば早く会えるわけではない。勇み足である。
ところで実際に会ったとして、告白の返事を路上でもらうつもりなのか、ということは全然考えていなかった。
むしろ何も考えていない。ただ会いたい一心だけだ。
これを純粋と見るか愚かと見るかは読者諸兄の判断にゆだねよう。
しかし、そんなふらむの必死の想いは残念ながら裏切られる。今日は、水美は学校を欠席しているのだ。
なぜ彼女は欠席したのか?
その理由はもちろん、ふらむの恥ずかしい告白と、翌日に返事が欲しいという無茶振りのせい……では、ない。
昨晩、とある事件が起きていた。ふらむが部屋でもんもんと過ごしていた時間に起こっていたものだ。
その始まりは、コロニーの外側から一人の人影がやってきたことだった。
/※/
『壁』の外側。その周囲5キロメートルは、無人の草原だ。
その草原を、TOKYOコロニーに向かって一人の活動家が走っていた。
全身を黒い戦闘用装甲服で包み、頭部をヘルメットで覆った姿は、令和風に言えば変身ヒーローのように見える。あるいは、悪の怪人か。
ほぼ音速に近い速度での走行だったが、優秀な反探知システムのサポートによって物理的な影響は消し去られ、物音ひとつ、砂埃ひとつとて立てることはない。空間を貫くような、静かな疾走。
しかし『壁』は気づいた。
『壁』までの距離は直線距離でおよそ2キロメートル。装甲服のセンサーが『壁』の挙動を活動家に伝えてくる。その心に焦りはなく、予定通りの位置まで探知を免れたことにまずは満足していた。
活動家の目的はTOKYOコロニーへの侵入。そして、当然ながら活動家らしく活動を行う。
すべてはコロニーを作り出した開発者のかつての想いを遂げるため。そして、人類の未来を守るため。
胸元から、装甲服の一部を外す。手のひらの上で、外した装甲が50個に分割されて散らばり、そのすべてが隠し持っていた質量を開放して変形、肥大化。活動家と全く同じ姿になる。非操作式無人戦闘機。わかりやすく言えば囮用の人形だ。
1から51に増えた人影がバラバラに走り出す。『壁』は全員の正確な位置を割り出そうとするが、活動家と人形たちの反探知システムは互いに計算しつくされた干渉を行い、その試みを失敗させた。光学探知、熱源探知、音響探知は当然役立たない。
『壁』は、敵の存在を膨大な計算リソースを注ぎ込んだ推論探知によって大まかな位置を捉えていた。
『壁』はあえて次の行動に判断に0.3秒をかける。つまり、じっくりと考え込んだ。この加速された戦闘の中では、0.3秒はひどく貴重だ。
現に、その0.3秒で活動家たちはさらに加速し、300メートルを進んだ。残りは約1.7キロメートル。
『壁』は備え付けられている迎撃用の砲台を作動させることにした。空間凝縮弾頭で活動家の存在するであろう位置の半径500メートルを消滅させてしまえば一瞬で片付くが、それは人命尊重の観点から放棄される。
活動家はコピーAIによって操作される人形ではなく、装甲服をまとった人間だったからだ。0.3秒はその検討と確定に費やされた時間だった。
そこで高速爆裂弾によって、活動家と人形をまとめて吹き飛ばすことにした。肉体の一部が0.1グラムでも残っていれば、そこから再生できるのが28世紀の最先端医療の力だ。
砲撃。
爆発。
59の砲門から発射された高速爆裂弾によって、草原が一瞬で地表を吹き飛ばされて荒野へと変わる。巻き上がった膨大な炎と煙の中から、反探知システムを無効にして飛び出すいくつもの影。さらに連続で砲撃が行われた。
この間、0.8秒。残り900メートルの地点で生き残った影は11体。
11体は避けたのではなく、他の人形たちを盾にしていた。弾頭の爆発の威力は半分以下に抑えられた、と『壁』は判断。砲台たちに狙撃を開始させる。
1体1体を中心として、直径10メートルの空間を埋め尽くす貫徹対甲弾が発射。11体全ての人影が砲弾の豪雨の前に消滅した。
目標の殲滅が確認された。が、『壁』は未だに戦闘が継続中であると判断。根拠はただの勘だ。ここまでで更に0.3秒。
推論探知を再開する。【仮に、敵が存在するとすればどこにいるか】、それを、ただデータを基に、思考し予測することだけで敵の位置を割り出す、超大容量高速AIにのみ可能な絶対のセンサーだ。
敵がすでに存在しない可能性は99.89%。残り0.11%で提示されたのは13箇所。地表・地中が7つ、空中が4つ、異次元が2つ。その全てに向かって『壁』は攻撃を開始する。
地下1000メートルに埋設された超重力地雷が作動。
空間をなぎ払う超電子砲の光条。
空間の位相をずらしながら敵を追う次元追尾爆雷を散布。
全ての兵器が同時に発動し、見えない敵を襲う。
そして、超電子砲の光が宙の一点でねじまがる。
活動家は反探知システムを全開にして、最初の高速爆裂弾の着弾にまぎれて宙へと飛んでいたのだ。そして、探知されないギリギリの速度を保ちながら壁に近づきつつあった。
『壁』は一手間に合った。残り0.05秒で活動家が壁を超える前に、攻撃を集中させる。全兵器が活動家を追跡し、次々に着弾。これによって確実に活動家は停止する……はずだった。
なんと、活動家は全ての攻撃を正面から受け止めてみせた。『壁』は完全に予測を外された結果に困惑する。敵の装甲能力もまた推論によって割り出されている。必要十分な攻撃のはずだった。しかし事実としてその装甲能力は、『壁』の予測を遥かに上回っている。
ついに活動家が壁を跳び超える。いや。あえて人影は、壁の上に着地していた。
「……到着だ」
黒い装甲服から、はじめて言葉が発せられた。何事も無いかのように落ち着いた女性の声。
防衛システムに姿を確認されてから、およそ2秒。
あらゆる記録から作り直された過去の世界が、その未来を生きる活動家の目の前に、無防備に広がっていた。
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