私の好きな彼女に
宇宙最悪の告白をしてしまった。
「死のうかな」
ふらむはネットで自殺の方法を検索した。首吊り紐の結び方を見つけ、手元にあったリボンで練習してみる。一発で完璧に出来た。これでいくか。
死に方が汚いという話も見つけたのでやめた。
危険な量の睡眠薬を買う方法も見つけたが、今はもう夜で、病院が閉まっているのでやめた。
服毒、飛び降り、飛び込み、入水、ガス、練炭、リストカット、ハラキリ、チョンマゲ、スキヤキ。
自殺について調べてわかったのは、基本的に死ぬのは迷惑がかかるし、そもそも死ぬのはよくないということだ。再確認したとも言う。
……たとえば、告白された翌日に、告白してきた相手が自殺死体で見つかったらどう思うだろうか。絶対、嫌な気持ちになる。
自殺はよくない。自殺はヤメだ。
パソコンの電源を落としてベッドの上に転がる。
「はー」
自殺について調べた上で諦めたことで、やっと気持ちが落ち着いてきた。
……今日の行動をまとめると。
あの子を押し倒して、勢いあまって告白をしてしまった。
そのままとぼければよかったのに、返事は明日ほしいと念押しする。
さらに窓を割って教室から飛び出してしまった。
「バカすぎか……」
ふらむはうつぶせになって頭を枕でおさえて足をバタバタした。
(もうちょっとスマートにできなかったの……いや、そもそも何もかも急すぎだった……!)
バタバタする足を止めて、しばし冷静に考える。
そうだ。いきなり自分は向こうから呼び出されたのだ。深観水美に命じられた、黒藤観夜が私の教室にやってきた。
向こうは自分のことを知っていて、さらに用事があったらしい。いったいどんな用が自分にあったのだろう? 彼女との接点は、たまたま落としたハンカチを拾ってもらったことだけだ。その件についての話……では、なさそう。
(伝えたいことがあるなら、自分で来ればいい。どうして呼び出したんだろう)
ふと、自分の教室に前触れなく青い女の子がやってくるところを想像したら、もう一度足がバタバタした。そんなことになったら驚きすぎて、心臓が止まって死んでいたかもしれない。もしかすると、反射的に窓を割って逃げ出したかも。
ひとしきりバタバタしてからもう一度思考をもどす。
なぜ、高等部の先輩である自分を、中等部の教室まで連れて来たのか。
しかも自分で来るのではなく他人を使って。
黒藤観夜。
いま思い返すと、あの子もかわいかった。
最初は態度が大きかったのに、すぐに怯えておろおろしだしていた。
教室に着いた直後の、水美に必死で助けを請う姿には、小動物的な可愛らしさと嗜虐心をそそられる哀れさがあったと思う。
そうだ! こういうのはどうだろう!
美人の先輩のハンカチを拾ったことをきっかけに、その先輩に目をつけた彼女。
教室に罠をしかけ、何でも言うことを聞く手下を使いにやって準備完了。
呼び出した先輩が、教室にノコノコとやってきたところを捕獲する。
そして手下と二人がかりで……。
ふらむはきゃーきゃー言いながらベッドの上で転がった。この妄想はかなりいい。美少女二人に襲われるのを想像すると無限にドキドキできる!
勢いよく転がりすぎて、思わずベッドから落ちた。
ちょっと痛かったけど、全然気にならない。むしろ床に寝転がっているこのシチュエーションこそ……。
「なあ」
「ひゅわぇっ!!」
ノックなしにドアが開いて、ふらむは変な声を出した。
あわてて目を向けると、半開きのドアからメガネの男性が顔を出していた。ふらむによく似た顔立ちの彼は、次兄の暁
「な、なに? なにか用?」
「いや……大丈夫かと思ってな」
伴が、これまでになく心配そうな顔でこちらを見ていたのに、ふらむは背筋が凍った。声が大きすぎた!?
「大丈夫って、何が?」
できるだけ平然とした声で、さも心外そうに言ってみせる。
家族とはいえ、さすがに片想いの相手とその友人にいやらしいことをされる妄想をしていたとは言えない。
ただ、伴が心配していたのはそのことではなかった。
「夕飯の時は、死にそうな顔をしてたからな」
「……そう? そう見える?」
「今は見えない」
「じゃあ、死なないんじゃない」
「そうだな」
「……お父さんとお母さんも、何か言ってた?」
「……ああ、まあな」
できるかぎり平静を装ってはいるふらむだったが、内心ではだいぶ申し訳ない気持ちになっている。家族に心配をかけている間、ダメ妄想に浸っていた自分が恥ずかしい。
伴がどれだけそんな内心に気づいていたのかはわからないが、とりあえずは今のふらむに納得してくれたようだった。
「何か困ったことがあったら、死ぬ前に相談してくれ。俺にじゃなくてもいいからな」
「うん。ありがとう」
飾り気のないやりとりだったけれど、ふらむは兄に深く感謝していた。
そんな妹の気持ちも伴には伝わっていたのだろうか。うなずいて、ドアを閉めようとする。
「あ、やっぱり待って!」
ふらむは思わず立ち上がり、伴を引きとめていた。
怪訝な顔で伴はドアを改めて開く。
「なんだ?」
「えーと、その……」
実のところふらむは何も考えていなかった。現状の何らかの打開的なソレを兄に相談してもいいんじゃないか、という考えが脳裏によぎった上の行動だったのだが、何をどう相談すればいいのかがわからない。
そのまま言うと……勢いで告白したら恥ずかしくなって、窓を割って校舎の3階から飛び降りちゃったんだけど、どうしよう。
(これはない)
とても言える内容ではなかった。
伴は何も言わず、静かにふらむの言葉を待っている。
ふらむは変なあせりにつつかれた。
これまでの行動を見ればわかるように、普段はクールなふりをしているふらむは、あせるとダメになるのだ。
「あ、愛ってなんなのかな……」
「……」
「なんでもない。忘れて」
「……愛?」
「忘れて忘れて。はいはいありがとう出てって出てって」
赤面しながらドアを無理やり閉じようとする妹の姿に、伴が何を思ったのかはわからないが、とりあえず何も言わずドアを閉めて去っていってはくれた。
「……はあ……」
恋する乙女の切ないため息……とはだいぶ違うタイプの息をついて、ふらむは再びベッドにねそべった。
今日で一生ぶんの恥をかいた気がする。
別のことを考えよう。そう、思考を元に戻す。
どうして私は呼び出されたのだろう。
さっきの妄想だとエッチなことをするためだけど、たぶんそれはない。罠なんかなかったし、ちらほらと中等部の生徒も残っていた。生徒が残っていたということは、秘密の話をするつもりはなかった? いや、もしかすると教室からさらに移動するつもりだったのかもしれない。って、それなら観夜にそこまで連れてこさせればいいわけで……。
「あ……!」
そうだ、観夜。彼女が妙なことを言っていたじゃないか。いや、いま思えばすべてが納得できる発言かも。となると、私を呼んだ目的は……そういうことかもしれない。
ふらむは深観水美の正体を、ほぼ確信する。
(って、だからって今日の告白はどうにもならないんだけどーーーー!)
ふらむは三度、頭に枕を被って足をバタバタさせた。
もうこうなったら仕方がない! 明日は勢いで行くしかない!
本気にされていなかったらどうする? そうなったら自分の誠意を何が何でも伝える。わかってもらえるまで説得する。
フラレたらどうする? 当然決まっている、土下座をしてでもなんとか関係を保つのだ。そしていつか自分のことを好きになってもらう。そのためなら何でもする。
そもそも、水美に恋人がいたらどうする? 殺す。いや、殺すというのは大げさだ。それは最終手段だ。なんとかして排除すればいいだけの話。
じゃあ、了承をもらったらどうする? えーと…………………………………………………………………………………………………………………………………………何も思いつかない。
「あああああああああああ」
控えめに奇声を上げながらベッドの上を転がるふらむ。
彼女の奇行は、疲れ果てて眠ってしまうまで続くのだった。
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