第39話 強襲(2)

「敵襲ぅーーッ!!」



 爆発音が連続して響き、アゼレアの大声が耳に入ると同時に俺は飛び起きるようにして立ち上がる。

 俺より先に立ち上がっていた彼女は既に腰に佩いでいる軍刀を抜刀して周囲を警戒しつつ、離れた場所にいるセマ達冒険者らに矢継ぎ早に指示を飛ばす。



「敵襲!!

 各自、自衛戦闘で身を守りなさい!

 アルトリウスは防御魔法詠唱開始ッ!

 国軍警務隊と聖騎士団は本部へ応援要請の伝令を飛ばせ!!」


「アゼレア、女の子達が……!」


「分かってるわ。

 でも、もうどうにもならない……!」



 アゼレアの声が耳に入ってくる中、俺は一体何が起きたのかと周囲を見回し愕然となった。

 商会から助け出された奴隷だった娘達の乗った荷馬車が黒く焼け焦げて濛々と黒煙を上げつつ、横転していたのだ。

 


「いやぁぁァァーーーー!!」


「熱い! 熱いぃぃーー!?」


「アアアアァァァァーーーーーー!!!!」



 地獄絵図だった。

 文字通りの地獄絵図。


 焼け焦げて横転した馬車の荷台から放り出され、灼熱の炎に身を巻かれて地面の上を悲鳴を上げながら転がり回る奴隷だった女性達。


 髪が肌が衣服が激しく燃え上がり、全身を舐めるように覆う炎が彼女らを地獄へと引き摺り込もうとその身を容赦なく焼き尽くす。


 生命力が尽きたのか地面に座り込むようにして膝をつき、そのまま身を抱くようにして前のめりに倒れる女性。横転した荷馬車と地面の間に下半身を挟まれながら炎に焼かれて既に事切れている女性もいれば、美しい金髪を身体ごと焼かれて逃げ惑うエルフの女の子もいる。



「うぷ……!?」



 鼻腔に入ってきた髪の毛や肉が焼ける臭いに思わず口を押さえ、胃の中身がブチまけられるのを必死に我慢しながら目の前の惨状から目を逸らす。


 確かにアゼレアの言う通り、どうすることもできない。

 ここが地球であったとしても、あれだけの熱傷を負えば病院に搬送されている間に確実に死亡する。


 人間が丸々火達磨になるほどの火力だ。

 恐らく、表面の皮膚だけではなく気管支や肺も熱風で焼かれていることだろう。

 とてもではないが、医療の素人から見ても助からない。


 

「孝司! 二時の方向に敵兵! その銃で迎撃して!!」



 アゼレアの呼び掛けに対して半分冷静になった頭が反応し、己の身体に命令を下す。

 自動小銃のセレクターをフルオートの位置に設定して素早く銃を構える。


 アゼレアの指示があった方向に銃口を指向すると、均一化された金属鎧を着込んだ兵士ら数人が商会の裏手から敷地内に侵入しているところだった。


 先の戦闘で既に薬室には銃弾が装填状態だったフィンランド製自動小銃RK-62M3の引き金を引くと、マズルフラッシュと共に発射された銃弾の数だけ銃口が上下にブレる。


 同時にボルトキャリアーが目にも留まらぬ速さで前後して撃ち終わった軍用ライフル弾の空薬莢を虚空へと排出していく。アニメとは違い、全く別々の方向へと排出された薬莢は地面の上に落ち、射撃後、薬莢内に残留する発射ガスの持つ熱を纏っているお陰で地面に積っていた雪が僅かに溶けて薬莢が雪の中へと埋没する。



「がッ……!?」



 ダットサイト内に映り込んだ所属不明の兵士が胸に銃弾を受けてもんどりうって地面に倒れた。

 しかし、仲間の兵士達は倒れた彼を一瞥することなく弓兵の援護を受けつつ、次々にデリフェル商会の敷地内に浸入し、手近にあった木箱や荷馬車の陰に隠れる。


 ざっと見ただけで20人以上はいるだろうか?

 俺達冒険者グルーブがやって来たのと同じ経路で裏口から侵入して来た兵士たちは遮蔽物に隠れると、一斉に何かをこちらへ向かって赤く光る何かを投擲してきた。



「投擲魔導弾よ! 全員、遮蔽物の陰に!!」



 アゼレアが警告を放つや否や、地面に接触するかどうかのタイミングで真っ赤に光り輝く投擲魔導弾が破壊のエネルギーを一斉に開放し、炸裂する。



「うわあぁぁーー!!」


「キャアー!!」



 比較的近い位置で爆発した投擲魔導弾の熱い爆風が俺達冒険者グルーブを襲う。

 幸い、アゼレアの警告のお陰でアルトリウス君達が展開した魔法障壁によって、爆風やそれによって発生する破壊された物体の破片を浴びる者はいなかったようだ。

 しかし……



「ぐわあぁぁぁーーーー!!!!」


「ムシル!? セマ、ムシルが……!!」



 リリーの悲痛な叫び声を聞いてそちらの方向に目を向けると、そこにはムシルの右腕――――上腕部に深々と矢が刺さっていた。どうやら投擲魔導弾の爆発後、間髪入れずに敵の弓兵が周囲を確認するために身を起こしたムシルを目敏く見つけて矢を射ったようだ。



「リリー、ムシルの腕を縄で縛るんだ! 矢は絶対に抜くな!

 抜いたら一気に血が流れてムシルが失血死するぞ!!」


「分かった! ムシル、ごめん! ちょっときつく縛るわよ!」


「あががががッ!!」



 聞いているだけで痛々しいやり取りが聞こえてくるが、こちらにはセマ達に目を向ける余裕はなかった。商会の広い敷地内で敵味方共に障害物を盾にしているが、身形からして何処かの軍に所属している思われる兵士達の一部はこちらに牽制として矢を射続けている。


 周囲を見れば、アルトリウス君たち冒険者やシグマ大帝国の公爵令嬢であるアナスタシアも強力な防御魔法陣を展開し矢を防いでいるが、弓兵の腕が良いのか冒険者仲間や国軍警務隊、それに聖騎士団の面々を守るのに精一杯で中々その場から動けずにいた。


 実はかくいう俺もアゼレアの防護結界魔法によって身を守られている状態だ。

 一応は人間2~3人くらいなら隠れることが出来るデカい木箱の陰に隠れているのだが、時折、曲者で矢を射ってくる者がいるため、現在はアゼレアの庇護下にある。


 アゼレアの防護魔法障壁は非常に強力で弓兵が射る矢などではビクともしないが、彼女が敵を殲滅するために動けば俺が結界の効果範囲から出てしまうがために、お互いに動けない状態にあった。


 セマ達のクラン『流浪の風』の3人も大きな木箱と穀物がパンパンに詰まっている麻袋の山の陰に身を隠しているが、こちらと違って魔法障壁や結界魔法で身を守っているわけではない。


 なので近くに投擲魔導弾などの爆発物が落ちてきたら爆風に巻き込まれかねないので、非常に危険な状況だ。しかも、ムシルの出血が酷いので急いで神官のアルティ―ナに応急処置の治癒魔法を施してもらわないと本当に死んでしまうだろう。



「孝司、手榴弾を私に頂戴!

 弓兵の潜んでいる一画を吹き飛ばすから、直後に銃弾を叩き込んで!

 その間にセマ達をアルトリウス達のいる所に移すわよ!」


「分かった!

 ほら、アゼレア。 さっき商会の中で使ったのと同じ手榴弾!」


「ありがとう」



 礼を言うが早いかアゼレアはブルガリア製の『GHD-2破片手榴弾』4個を受け取ると、その内の2個の安全ピンを抜いて矢を立て続けに射ってくる弓兵へ向かって投擲した。



「投擲魔導弾だぁ!!」



 アゼレアが手榴弾を投げた方法から警告の声が聞こえた直後に爆発音が2回響き、俺はすかさず物陰から最低限の体を晒して自動小銃を射撃する。いや、射撃というより乱射と言った方が良いくらいの撃ち方だった。


 取り敢えず、人が隠れられそうな物陰に向かって銃弾が固め撃ちにないように満遍なく射撃する。



「行くぞぉ! アゼレア!」


「いいわよ!」



 俺の掛け声でアゼレアが俺のズボンの腰ベルトを軽く持ったまま、移動を開始した。

 アゼレアの動きに合わせて二人三脚のように彼女と並行して早歩きよりは少し早い速度で走るが、RK-62M3から次々に排出される空薬莢が、まるで移動した後の軌跡を辿るように地面へと落ちていく。


 射撃時の反動で銃口がブレるのを利用し、両腕で銃をガッチリ構えつつ腰を微妙に左右向けるように調整して撃つと砲台のように銃口が左右に振れる。すると、ほんの僅かに銃口が動くだけで着弾点では丁度良い間隔で銃弾がばらけて命中した。


 アゼレアの手榴弾が爆発したところの場所が良かったのか、それとも俺の牽制射撃が効いているのかは判らないが、敵は矢を射ることも投擲魔導弾とを投げ込んでくることは無く、無事にセマ達の下へと到着する。



「怪我は!?」


「俺とリリーは大丈夫だ! だが、ムシルが矢を……!」


「孝司、包帯を出してちょうだい!」


「わかった!」



 早速、ムシルの容体を確認したアゼレアは俺に指示を飛ばし、彼女の言う通りにストレージから救急箱を取り出し、包帯と止血帯を出して彼女に渡す。


 アゼレアがムシルの未だに血が流れ出ている上腕部に刺さったままの矢をそのままに素早く止血帯と包帯を腕に巻いていく。やはり軍人というべきか、救護の知識がほとんどない俺の目で見てもアゼレアの応急処置は一切の迷いなくテキパキと進み、ほんの僅かな時間の内にセマの出血は止まる。


 

「良いわ!

 貴方達は直ぐにこの場を離脱して孝司の馬車まで向かいなさい。

 あのエフリーって娘なら、この怪我を治せるでしょう?

 それまで矢は絶対に抜かないように!!」


「分かった。 ムシルをエフリーに任せたら直ぐに戻る!」


「あたしも!」


「戻らなくていいわ。

 あなた達はそのまま馬車を走らせてギルドの統括本部に行って保護を求めなさい」


「それは……どういうことだ?」



 てっきり了承の言葉が返ってくるとばかり思っていたセマはアゼレアの否定と新たな指示に驚愕の表情を浮かべ、彼の隣では同じようにリリーも驚いた表情をしていた。



「襲ってきた奴らの装備は見たでしょう?

 奴らは商会の人間じゃないわ。

 統率の取れた動きにほぼ統一された装備――――十中八九、奴らはこの国の兵士達よ。

 しかも、表に出てくることのない暗部の……ね」


「何だと!?」


「私も同じ軍人だから分かるのよ。

 そんな奴らを相手にあなた達が戻ってきても、無駄に殺されるだけで意味はないわ。

 奴らの目的は恐らく、この商会の隠滅よ。

 何処の誰が手を回したのかは知らないけれど、この商会が国軍警務隊と聖騎士団の強制執行を受けることを面白くないと思う一派がいるようね?」


「ならば、ここを放棄して逃げたほうが良いのではないか?

 俺達、冒険者にとって奴らと命懸けの殺し合いをする道理はない」



 状況が状況であるため、恐怖を抱いていたアゼレアに対して敬語ではなく何時もの口調で話しているセマは冒険者として至極真っ当な意見を口にしている。


 冒険者にとって優先されるのはクライアントからの依頼を完遂させることだが、あくまでもそれは命あってのものだ。だからこそ、依頼以外での戦闘行為は身を守る時以外は慎み、己と仲間の命を守る為にも直ぐに逃げるべきだと言外に言っているのが素人である俺でも分かった。



「あなた達にとってはそうでしょうけれど、私はここからは立ち去ることは出来ないわ。

 この商会の建物の中には奴隷売買の取引相手の顧客や奴隷にされた者達の名簿が保管されているし、この建物自体が奴隷売買の証拠品そのものなのよ。

 魔族の娘達が奴隷売買の商品として取引されていた以上、私は魔王領軍人としてこれは看過出来ない事件だわ。

 それに純粋な冒険者にとって軍隊というのは、もっとも戦いたくない相手の一つでしょう?」


「…………………………」



 アゼレアの指摘に押し黙るセマは図星だったのか、悔しそうに微かに下唇を噛む。

 人には得手不得手というものがあるが、それは冒険者にとっても同じことが言える。


 以前、ウィルティア公国第一公女シレイラを襲ったゴブリンを筆頭とした武装魔物との戦闘で、シレイラ公女の護衛部隊の兵達は慣れない魔物との戦闘でかなりの出血を強いられた。


 魔物との戦闘行為を任務の一つとしている山岳歩兵や専門の部隊や辺境の領軍と違い、賊や暗殺者、反乱部隊や敵国軍などとの対人戦闘や集団戦闘を念頭に置いて要人警護の任に就く護衛兵達が、指揮系統なんて概念をほぼ持たずに好き勝手に暴れる魔物の群との戦闘を苦手にしているように、冒険者の多くも軍隊との戦闘を苦手にしている者達は多い。

 

 これは冒険者達の装備や武器が個人の力量と好みで決まることと、冒険者一人一人が独自の判断に基づいてスタンドアローンで行動しているからだ。


 もちろん、冒険者の中にはスミス達のように元軍人という者もいるが――――殆どの場合、軍に嫌気がさしたか何か問題を起こして軍隊という組織を追われて冒険者に転向する場合が多く、スミスのように軍での任期が満了して円満除隊するというのは実は少数派だったりする。


 そのためクラン内のメンバー間なら兎も角、他のクランやソロで活動する冒険者達との連携は余程の顔見知りか信頼関係が構築されていない限り、あまり上手くいかないのが現実だ。


 そのため集団行動が当たり前で、組織的に動く軍隊とは最も相性が悪い。軍と冒険者達が合同で魔物を討伐する場合も大抵、元冒険者かギルド職員上がりの軍属又は冒険者の仕事に理解のある軍人が両者の間に入って調整を行なっているのである。


 しかし、これが戦闘になると勝利の天秤は一気に軍隊側へと傾く。

 以前の軍隊では歩兵は歩兵、弓兵は弓兵だけ、魔導兵は魔導兵達のみといった単独兵科での指揮運用を行なっていた。


 しかし、ここ最近のバレット大陸の主要な国の軍隊は誰が言い出したのかは知らないが、各兵科の兵達を適当に引き抜いて組み合わせて戦闘に投入する『諸兵種連合部隊』なるモノを作り出して、ゲリラ戦や低強度紛争などの大規模戦闘以外でも柔軟に対応出来る作戦運用を実現させている。

 

 これにより傭兵や冒険者、盗賊を用いたゲリラ戦や非対称戦闘を戦術の一環として取り入れ、敵軍の部隊を各個撃破することを得意としていた一部の国々は大幅な作戦の見直しを受ける羽目になった。


 そして、これはそのまま冒険者や傭兵達にも軍隊との正面切っての戦闘だけではなく、奇襲という面でも戦いにくくなる一因に直結し、余程の実力者でもない限りはよく訓練された軍隊と戦おうという荒事専門の冒険者や傭兵の数は目に見えて減少している。


 因みに戦場で武功を挙げてより多くの報酬を得ようとする荒事が得意な冒険者や傭兵が減った反面、補給や兵站維持、後方での軍の駐留地警備を生業にする冒険者や傭兵が増えたのだが、やはりそれだけでは大した報酬を得ることは出来ないので、捕虜や死亡した将兵から鹵獲した武器や装備を闇で転売する者、女性兵士の捕虜を奴隷商人に売る者などが増えたことにも繋がる一因にもなっていた。



「あなた達は向こうにいるアルトリウスと合流して、彼の仲間の猫族と神官の娘達と共にここを離れなさい。

 孝司の馬車に戻ってムシルの治癒が終わったら、脇目も振らずに一直線にギルドの統括本部を目指すのよ。

 向こうに着いたら、ギルド情報科長の『ルーク・バンナー』という男を呼び出してもらって保護してもらうことと、彼を通じて聖エルフィス教会の特別高等監察局の『ベアトリーチェ・ガルディアン』という特高官に連絡をつけてもらって、今まで起きたことを全部話して教会の聖騎士団と僧兵団に救援を要請するの」


「ちょっと待て、国軍警務隊ではなく聖エルフィス教会に救援を求めるのか?」



 順当に考えれば普通はこの国の治安機関に助けを求めるべきところを、アゼレアは宗教組織である聖エルフィス教会に助けを乞えと言っているのに対してセマは疑問の声を上げる。


 そう。

 普通ならば国軍警務隊に助けを求めるのが常識だ。

 戦っている相手が普通ならばだが……



「今、戦ってる連中がバルト国軍の何処かの部隊なら、国軍警務隊の応援は無いものと考えなさい。

 仮に応援を呼べたとしても、指揮系統の何処かの段階で妨害されるわ。

 それよりも、この国の中枢の人間の圧力が及びにくい教会のほうがまだマシよ。

 幸いにして孝司の機転で教皇や聖騎士団長、僧兵団長とも面識を持つことが出来たし、彼らに孝司の知り合いであるあなた達が助けを求めれば、向こうは無下には扱わない筈よ?」


「まさか、そんなこ「みんな伏せろぉ!!」



 何か言いかけたセマの言葉を遮るようにして俺は咄嗟に全員を地面へ伏せるようにと、大声で警告の言葉を発した。直後、アゼレアを除いた全員がその場に伏せると、先ほどの投擲魔導弾よりも大きな爆発音が辺り一帯に響き渡る。



「うおおぉぉ!?」


「きゃあ!」


「長々とお喋りはさせてくれないようね。

 いいから、あなた達はとっととここから逃げなさい。

 あと、これだけは言っておくわ。

 必ずエリアーナは守り抜きなさい!

 あの娘はこの商会から唯一生きて出られた生き証人よ!

 幾ら物的証拠が残っていたとしても、奴隷として囚われていたあの娘が見てきたものは今後の商会の捜査には絶対に必要なの!

 もし、彼女が死ぬようなことになったら……あなた達も一緒に棺桶に入れてあげるから、そのつもりでいるのよ?」



 これから始まるであろう戦闘で気が昂ぶっているのか、後半セマ達を脅すような感じになってしまったが、確かにアゼレアの言うことはもっともだ。


 商品として長い期間売れ残っていたエリアーナはあの牢がある部屋にずうっと監禁されていたと言うことは、つまりその期間奴隷を買い付けに来た客達の顔を見ていることになる。俺がアジルバと共に貴族の息子を装って商会に潜入した時、あの部屋で商品である奴隷達を品定めしてエリアーナを購入したのだ。


 なので恐らく、他の客達も同じように購入する奴隷を直接見て物色しており、尚且つその様子をエリアーナは目撃している可能性が高い。


 監視カメラなどが存在しないこの世界では目撃者というものは犯罪捜査の過程で非常に重要な存在である筈なのだ。しかもエリアーナは魔王領の貴族の娘であり、一緒に牢の中にいた他の娘達は残念ながら全員が襲われた最初の段階で投擲魔導弾による攻撃で焼き殺されてしまった。


 普通の庶民の娘とは違い、圧力や金銭による買収が難しい貴族の娘であるエリアーナの証言は非常に貴重なものとなるだろう。


 本当はあと2~3人くらい生きて入れば更に信憑性の高い証言が得られたのであろうが、今となっては彼女らの存在を消されたことが余計悔やまれる。まあ、その為にもあの兵士らはこちらではなく、敢えて奴隷だった女の子達を真っ先に狙った辺り、余程証人に生きていられるのが不味いと見える。



「いいこと?

 奴隷として唯一の生き残りであるエリアーナの存在がバレたら、連中はなりふり構わず私達ではなく、あなた達を襲って来るわよ。

 街中だからとか人混みの中にいるとか、そんなクソのような考えは捨てて必死に逃げなさい!

 分かったわね?」


「は、はい……!」



 睨み付けた勢いで殺気がダダ漏れになってるアゼレアに対して顔面を真っ青にして応じるセマ。

 一方、ムシルは矢が刺さった痛みのショックでいつの間にか気絶しており、傍にいるリリーはアゼレアの放つ殺気に当てられてガクガクと震えている。


 因みに、俺はというとアゼレアの怖い顔を見てちょっとチビりかけていた。






 ◇






 数分後、セマ達のクラン『流浪の風』はアゼレアの言う通りに神官のアルティーナとトレジャーハンターのエルネを伴い、デリフェル商会の敷地から離脱した。


 とはいえ、相手はアゼレアの言うところの軍の所属不明の部隊である。いったい何処に伏兵や監視の部隊が潜んでいるか判らないので、念の為にアルトリウス君がルーン魔法の力を用いてセマ達を透明にした上で気配を断ち、浮遊させた状態で彼らを送り出した。


 何で浮遊させたのかと言うと、昨晩からの雪が降る積もっている状態では透明になっても地面を踏み締めた際に雪にできた足跡で容易に発見されてしまうリスクがあるからだ。その為、彼らは地面から約10センチほど浮いた状態で移動して行くことになる。


 幸いにも太陽に照らされて影ができるということはなく、アゼレアが牽制で放った手榴弾の攻撃によって敵が気を取られている内に、セマ達は細心の注意を払って商会の敷地から無事離脱することが出来たのだった。



「さてと……ここに残った面々はこれだけね?」



 銃声がひっきりなしに響き渡る中、アゼレアが見つめる先には10人の男女の姿がある。

 ルーン魔法の使い手であるアルトリウス君に彼と同じクラン『早春の息吹』に所属する元辺境騎士のマイラベル、アルトリウス君に執拗に付き纏うシグマ大帝国の公爵令嬢であるアナスタシアとその彼女の専属執事兼護衛役の男装の麗人ブリジット、そして国軍警務隊と聖騎士団の面々。


 因みにアルトリウス君とアナスタシアがここに残っているのは彼らが魔法を得意としているのと、もう一つは言い方は悪いが、彼らをこの戦闘に巻き込むためである。2人ともシグマ大帝国とウィルティア公国のそれぞれの公爵家の生まれであるため、万が一の際は彼らの祖国をこの事件に介入させるのが目的なのだ。

 

 それに、ここには魔王領大公家の令嬢であるアゼレアもいるのだ。

 俺達と対峙しいているのがバルト王国軍の何処かの部隊の兵士であるのは確実だが、彼らが国の命令で動いているのか、それとも何処かの一勢力の思惑で動いているかは判らない。


 しかし黒幕が余程の馬鹿でもない限り、政治・外交的な圧力としては十分だろう。

 シグマ大帝国もウィルティア公国も魔王領のいずれもバルト永世中立王国よりも国土が大きく、国民の数も兵力もバルトに大きく差をつけている。


 如何にバルトが中立国という立場を貫いても、隣国や周辺国と不協和音になりたいとは思わないだろう。


 もし彼らの内1人でも死ぬようなことになれば、死因究明の為に本国から捜査官が派遣されて来るだろうし、真相が明るみに出れば報復として何らかの制裁措置を取られる可能性もあるのだ。その制裁措置とは軍事・外交の報復以外考えられず、どこかの国のように遺憾の意で終わることはない。



「奴らがどんな命令を受けているかは判らないけれど、この商会の隠滅だけは確実なはずよ?

 商会の中に立て籠もるという手段は最初から却下。

 もし、中に逃げ込んだら連中は嬉々として建物ごと私達を始末するだろうから、私達が取る手段は一つだけ……奴らを一人残らず殲滅することよ」


「しかしアゼレア様、我々が敵対しているのはこの国の軍から派遣されて来た部隊ではないのですか?

 もし彼らを殲滅してしてまっては後々不味いのでは?

 ここは少々手こずってでも捕縛すべきかと思いますが?」



 アゼレアの言ったことに対し、ブリジットが疑問に思ったことを口にする。

 確かに突如襲って来た相手はこの国の軍の何処かの部隊だ。


 幾ら正当防衛とはいえ、無条件で相手方を殲滅しては後々禍根を残す可能性が高く、下手をすれば兵士殺害の罪で指名手配を受けかねない。そういった可能性がある為、ブリジットは国軍警務隊の反応を気にしながらアゼレアに対して質問を重ねる。



「もし、彼らの任務が商会の殲滅だった場合、我々は彼らの任務を妨害したと受け取られる可能性もあります。

 ここは先ず、国軍警務隊のラージ少尉らが彼らに対して任務の内容や所属を問い合わせて貰った方が良策かと存じますが?」


「ブリジット殿、それはむしろ無理かと小官は思いますぞ?

 もし奴らの考えが我々警務隊と手段は違っても、目的が同じであれば我々に対してあの様な行動はとりますまい。

 こちらには我々だけではなく、聖騎士団から派遣されて来たマルフィーザ殿も居られます故、攻撃を加えれば聖騎士団そのものと敵対するは必定。

 その様な危険性を考慮してでも手を出して来たのはクローチェ少佐殿の仰る通り、我々ごと商会を隠滅する事こそが彼らに与えられた任務なのでしょう。

 そうでなくては奇襲とも取れる卑怯極まる攻撃の説明がつきませぬ!」



 目の目で無実の女性達が殺されたのがよほど悔しかったのか、最初は冷静にブリジットに話していたラージの声は次第に荒くなっていった。彼の目には彼女らの仇を絶対に取るという一つの決心が現れており、放って置いたら今直ぐにでも突撃を敢行しそうな雰囲気を醸し出している。


 しかし、それはラージだけというわけではなく彼の部下やマルフィーザら聖騎士団の面々も同じ気持ちらしく、彼ら全員から静かな闘気が滲み出ており、その雰囲気を感じ取ったアゼレアはニヤリと笑って益々殺る気を漲らせ、それに呼応する様に元辺境騎士のマイラベルも槍を持つ手に力を込める。



「今は孝司が牽制攻撃を行っているからこうしてお喋り出来てるけれど、今後の方針はどうするの?

 捕縛? それとも皆殺しにしても構わないのかしらぁ?」


「それに関しては我々警務隊は明確に答えることは出来ませぬ。

 ただ、警務隊や聖騎士団に手を出して来た以上、彼等も其れ相応の覚悟は出来てますでしょう。

 一つだけお願いするとすれば、今後の捜査のためにも指揮官級の者だけは捕縛して貰えれば助かります」


「分かったわ。 殺らないように気をつけるわ。

 あと、作戦と言うほどではないけれど、以降の戦闘については……」



 この後、冒険者組と国軍警務隊、聖騎士団の者達で手早く今後の方針と役割り分担が決まり、各人共に戦闘準備へと入った。






 ◇






「うーん、やっぱり小銃弾では全員を仕留めるのは無理があるかなあ?

 次は50口径弾を試してみるか……」


「孝司、ちょっといいかしら?」



 RK-62M3の連続射撃ですっかり鳴りを潜めた敵に対して新しい銃を試してみようとストレージからロシア製の12.7mm重機関銃『Kord』を取り出した俺は射撃準備を整え、後はもう引き金を引くだけという状態で重機関銃の照準を行っていると、不意に後ろから自分を呼ぶ声が耳に入り、声がした方向へと顔を向ける。



「ん? どうしたの、アゼレア?」


「方針が決まったわ。

 敵兵は指揮官級の者を除いて殲滅。

 この戦闘に関しては国軍警務隊と聖騎士団は、正当防衛に基づく回避不能の戦闘だったとして処理してくれるそうよ」


「そりゃあ良かった。

 さっきの射撃からマガジン10本以上の弾薬を消費していたから、果たして大丈夫なのかな?って思いながら射撃を続行していたけれど、これで遠慮する必要は無くなったね」



 そう言いつつ、再度重機関銃の銃口を敵に向かって指向する。

 防弾処理が施されていない自動車のボディを軽く貫通する能力がある7.62mm×39ワルシャワパクト弾だが、目の前で横転した荷馬車や木箱などを遮蔽物にして展開する敵の兵士たちを全滅させるまでには至っていない。


 弾丸を撃ち込んでいる箇所が悪いのか、相手が何らかの対策を講じて弾を防いでいるのか判断が難しいところだが、やはり漫画やアニメと違ってそう簡単に殺られてはくれないらしい。


 ならばと思い、取り出したのがこの『Kord』だ。

 戦車や装甲車などの戦闘車両の他、艦船や各種航空機などにも搭載されることがある50口径12.7mmの重機関銃弾であれば、敵兵が盾にしている分厚い木材で作られた馬車や木箱など一瞬にしてズタボロに破壊してしまうだろう。勿論、その後ろに潜んでいる人間達が被る被害など言わずもがなだ。


 仮に仲間の死体を盾にしても12.7mm弾は鎧といわず、骨といわずあらゆるモノを粉砕し貫通するだろう。小銃弾と比べて弾丸の重量が桁違いに重く、パワーも遥かに強い重機関銃弾をその身に受ければ文字通り木っ端微塵に破壊される。


 恐らく、今までの銃撃で死んだ者達など鼻で笑ってしまうくらいに、グチャグチャに破壊されし尽くした無惨な死体が量産されるに違いないだろう。側から見たら卑怯とか酷いとか言う声もあるかもしれない。


 軍事や銃器の専門家ならば、ソフトスキン――――人体に対して対物用に使用する重機関銃を使うことに俺の正気を疑う者もいるだろうが、ここで敵を徹底的に叩かないと俺がヤバイのだ。


 俺の傍にはアゼレアや国軍警務隊、聖騎士団やマイラベルのような真に強い者達がついている。彼女らにとって剣と剣でぶつかり合う闘いは当たり前の事なのだろうが、俺にとってはそうもいかない。


 この世界の神、イーシアさんによって身体を弄られたお陰で人間だった頃より強くはなってはいるが、俺は剣術や徒手格闘の技術などこれっぽっちも持っていない。あるとすれば、警察官だった祖父に面白半分に教えて貰った警棒術と盾操術くらいだが、本格的な訓練が施されていない素人では護身術程度にもなっていない。


 多分だが、肉体を用いた俺の戦闘力はこの世界の一般的な訓練を施された兵卒にも劣ることだろう。


 いや、下手したら喧嘩慣れしてるそこら辺のチンピラのほうがまだ強いかもしれない。

 そう言うわけで、ただでさえ格闘戦に弱い俺が訓練された軍人、それも複数の如何にも強そうな兵士達に取り囲まれでもしたら、槍の一突きで殺される自信がある。


 まあ、死んだとしても直ぐにイーシアさんの手によって生き返される可能性が高いが、それでもかつて経験したこともない程の痛い目に遭うのは絶対に嫌である。


 なので後ろ指を指されようが、卑怯と非難されようがこちらが優位に立ってる内に敵を徹底的に叩く。それこそ、戦意を喪失して投降して来たとしても変な動きをすれば、容赦無く撃ち殺す覚悟を持って戦いに臨む。


 いや、それどころか生き残りを無慈悲と言われても構わないから、いっそのこと射殺してしまわないと安心できないと考える自分がいるのだ。



(もしKordで仕留めきれなかったら、RPGの何れかのシリーズかKPVでも使ってみるか?)



 頭の中で次々に携帯型の各種対戦車兵器や、より大口径の大型重機関銃の姿を思い出しながらKordの特徴的な形状のストックに頰を添え、重機関銃には不釣り合いとも思える大型のスコープを覗き込み、敵兵が潜んでいるであろう横転した馬車に照準を定める。



「孝司、撃つのはちょっと待ってくれるかしら?」


「ん? いきなりどうしたの、アゼレア?」


「その大きな銃って、見るからに孝司がさっきから撃っていた銃より威力が高そうだけれど?」


「まあね。

 この重機関銃の弾が一発でも命中したら、人間の体はバラバラになっちゃうと思うよ?」


「ふうむ……ねえ、孝司?

 その銃なんだけれど、味方に当てないように気を付けて撃つことは可能かしら?」


「どういうこと?」


「簡単に言えば、これから私とマイラベルが突撃するから、孝司には援護をして欲しいのよ」


「ええっ!?」


「出来る?」


「そりゃあ、乱戦にならない限りは位置に気を付けて距離を取りながら射撃すれば可能だと思うけど。

 でも、正直言ってそんな芸当出来るかと聞かれれば、安全性を最大限考慮しても難しいよ?」



 敵兵が潜んでいる場所は目測で日本の平均的な公立学校のプールより少し長いくらいの距離であるのだが、その程度の距離であってもほんの少し照準がズレただけで着弾点はかなり狂ってしまう。


 50口径の重機関銃弾が障害物に当たって簡単に跳弾するとは思えないが、それでも弾丸の命中時、対象物が砕け散った際に発生する破片がアゼレア達に当たらないとも限らないのだ。



「大丈夫よ。

 敵の指揮官を見つけたら直ぐに戦線を離脱するから。

 だから、孝司は弓兵に対する牽制と撤退時の援護をしてもらえればそれで良いわ」


「……分かった」


「ありがとう。 じゃあ、早速お願いね」



 そう言ってアゼレアはマイラベル達が待機する場所へと姿勢を低く保ちながら向かって行った。






 ◇






「孝司、準備出来たわよ!」

 


 アゼレアは直ぐにこちらへ戻って来た。

 彼女の直ぐ後ろには公爵令嬢のアナスタシアと彼女の執事兼護衛のブリジットを伴っている。



「あれ? アナスタシア嬢にブリジットさん?

 何でここに来ているんですか?」


「実はアゼレア様からエノモト殿の護衛と支援をお願いされまして。

 国軍警務隊と聖騎士団方々の防御はアルトリウス様が受け持つことで話は纏まっています」


「ああ、成る程。

 だから、こちらの方へ来られたんですね?」


「そういうことですわ。

 本当は旦那様――――アルトリウス様と共に闘いたかったのですが、そのアルトリウス様から貴方を守ってやって欲しいと是非にもお願いされましたから、こうして態々やって来たんですのよ」


 ブリジットの話を補うようにアナスタシアが渋々やって来たという態度を隠さずに話しているのが少し気になったが、それでも来てくれるのはありがたい。


 いくら銃火器が使えるといっても射撃中はどうしても他の行動が疎かになるし、接近戦は勿論、大の苦手だ。そういう状況下で魔法の扱いに長けたアナスタシアと元軍人のブリジットが護衛に就いてくれるのは非常に心強い。



「来ていただいて、ありがとうございます。

 それでは申し訳ありませんが防護魔法障壁の展開と万が一、敵兵が近付いて来た場合の対処をお願いしますね」


「かしこまりました」


「フンッ! 仕方ありませんわね」



 ブリジットはいつの間に取り出したのか手に持っていた業物と思われる細身の剣を抜き放ち、アナスタシアは仕方がないと言いつつ、演奏などで使用する指揮棒を若干大きくして魔法石と銀で装飾された魔法仗を構えて短縮呪文を早口で詠唱し、防護魔法障壁を展開させる。


 するとアナスタシア嬢を中心にして半径5メートル程の防御魔法陣が展開される。

 アルトリウス君がルーン魔法で展開させた防御魔法陣がサランラップのような薄く透明で触ると、プニプニとした膜の感触を持つものだったのに対して、アナスタシアの防御魔法陣は薄い水色で触った感触は膜というよりはビニールシートような感触を持つ魔法陣だった。



「じゃあ孝司、この後、私とマイラベルが突撃するから合図を出したら援護宜しくね」


「了解した」



 アナスタシアとブリジットが配置に着いたことを確認したアゼレアは満足気に頷いてから俺に援護射撃の指示を出し、踵を返してマイラベル達が待機する場所へと戻って行く。


 そんな彼女の後ろ姿と、傍らに置かれた禍々しい雰囲気を発散する重機関銃とを交互に見ていたアナスタシアは不意にポツリと言葉を漏らす。



「恐らく、これから目を覆いたくなるような惨状が目の前で作り上げられるのでしょうね……」


「お嬢様?」


「ブリジットは元帝国軍人として数々の戦場を渡り歩いたと、そうお父様から聞きましたわ。

 貴女はこれから繰り広げられるであろう惨劇にも耐性があるのでしょうけれど、私ははっきり言って冷静な判断力を保てるか自信がありませんの……」


「…………………………」


「分かってはいますのよ。

 激昂して反対するお父様に逆らってでも、冒険者という明日をも分からない職業に就いているアルトリウス様に着いて行くと決めたその時から。

 いつかはこの身が命の危険に晒されるときがやって来るということが……」


「…………………………」


「人生というのは判らないものですわね。

 ついこの間、巨大なオーガに侍女のリンダ共々食糧になりかけていたかと思えば、今は正体不明の兵隊達を相手に命を賭けた殺し合いに巻き込まれているのですもの。

 帝都の魔法学園で我が公爵家に何とかして取り入ろうと接して来る級友達にチヤホヤされていた頃と比べて、雲泥の差ですわね。

ですが、ブリジット?」


「はい。 お嬢様」


「私は今が楽しくて堪りませんの。

 あのオーガに襲われた日から全てが変わりましたわ。

 人間はいつかは死ぬ。

 本人が意識しようがしまいが死は必ず何処かからかやって来る。

 魔族や長耳族エルフのような者達と違い、人間は百年足らずで死んでしまいますわ。

 ならば、私は死ぬ間際、絶対後悔したくない。

 後悔するような生き方をするのは、もうまっぴら御免だと思うようになりましたわ」



 アナスタシアの独白にも似た心から語っているであろう話を、ブリジットと俺は邪魔しないように黙って聞いていた。最初はポツリポツリと小さく呟くような声は次第にハッキリと、そして大きくなる。


 白く……ともすれば青白くも見える彼女の肌は上気し、目は爛々と輝く。

 初めて見たときは人形のような印象を与えていたアナスタシアが、徐々に生気を持つ人間へと進化して行っているような印象を俺は受けた。



「今まで私は公爵家のため、お父様やお母様の顔に泥を塗らないようにと生きて来ましたが、そんな人生とはもう縁を切ることにしましたわ。

 だから私はこれからの全てを全力で生きて生きて生きまくりますわ!

 その為には例え後ろ指を指されるようなことになろうが、構いません!

 私とアルトリウス様の障害となる者は例え皇帝陛下であろうが、神であろうが力尽くで叩きのめします!

 だからブリジットも貴方タカシさんも全力で目の前のクソ袋どもを徹底的に叩きなさい!

 もし手加減するようなことをすれば、私が許しpしませんわよ!!

 いいですわね!?」


「ハイ! お嬢様!!」


「は、はいぃぃぃ!」


(ヒイィィィィーーーー!?

 一体全体、何なんだこのお嬢様は!?

 何か一人勝手に独白してたと思ったら、いきなりボルテージ上がってキレ始めたし!

 っていうか、アゼレアが移ってないか?

 雰囲気がメッチャ物騒なんですけど!?)



 例の巨大オーガに襲われた所為なのか、それとも元々その素質があったのかは判らないがアナスタシアは完全にバーサーク状態に陥ってしまっている。


 恐らく、本人と身近な者達が命の危機に陥ったことによって人生観が変わってしまったのだと思うが、それにしても極端過ぎるではないだろうか?



「さあ、もう直ぐ始まりますわよ?

 破壊の宴が。

 私達もあの御二方に遅れを取ることがあってはいけませんわ。

 ブリジット、貴女も隙あらば率先して連中を血祭りに上げておやりなさいな。

 私は魔法で連中を消し炭に変えて差し上げますわ!」


「かしこまりました。 お嬢様」


「タカシさんはそのいかれた武器で奴らを挽肉に変えて差し上げなさい。

 もし、連中に慈悲など見せようものなら……分かりますわよね」


「りょ、了解しましたデス……」


「フフッ、結構。

 では、見せてやりますわ。

 シグマ大帝国特別魔法学園首席が行う魔法の狂宴を!」



 つい先程までお転婆な印象だった公爵令嬢の姿はそこには無く、在るのはこれから繰り広げられるであろう戦いを夢想して描き舌舐めずりしながら楽しみにしている狂気に満ちた鬼の姿だった。


 未成年とか女の子とか関係ない。


 人間の根幹にある闘争本能を前面に押し出したアナスタシアの周囲にキラキラとした燐光のようなものが満ち始め、それに伴って足元にアゼレアのものとは形状が異なる金色の魔法陣が浮かび上がり、同時に髪の毛がフワリと浮き上がるようにして逆立ち、彼女が右手に持つ小型の魔法仗先端に嵌め込まれた魔法石も、魔法陣に連動するかのように妖しく明滅し始める。

 そして……



「ぶっ殺して差し上げますわ。 糞袋以下の畜生共が!!」



 大凡、公爵令嬢には似つかわしくない汚い言葉で敵を罵ったアナスタシアは、自身の頭上にバスケットボール程の大きさを持つ金色に光輝く光球を出現させた。



「宴の始まりですわッ!!」



 まるでミサイルのような速度で撃ち出された金色の光球はそのまま真っ直ぐに飛翔し、敵兵が隠れているであろう障害物に向かって行き、次の瞬間大爆発を起こした。


 爆発による衝撃波と爆風によって宙に吹き飛ばされる木箱の破片や兵士達。

 アナスタシアの言った通り、破壊の宴の始まりだった。

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