第34話 突入(1)

 エリアーナをデリフェル商会からという形で保護した俺とアジルバは一路、アゼレア達が待機している所へと向かい、特に妨害等に遭うこともなく無事合流することに成功する。


 俺がエリアーナを連れ帰って来たことに案の定、全員が驚いていた。

 その中でもかなりの衝撃を受けていたのが、同じ魔族であるアゼレアだ。


 彼女は彼女で、もしかしたら商会に魔族が囚われているかもしれないとは想定していたようだが、まさか魔族の中でも母親と同じ淫魔族とは思わなかったようで、疲労で眠り込んでいるエリアーナの姿を見た途端、瞬間的にブチ切れていた。


 その形相たるや俺やバルト永世中立王国国軍警務隊、聖エルフィス教会聖騎士団の面々を含む居合わせた殆どの者達が恐怖するほどの恐ろしさで、疲れと安堵で眠っていた筈のエリアーナが殺気で跳び起きる程だった――――因みに、唯一平気な顔をしていたのは、シグマ大帝国の公爵令嬢であるアナスタシアの専属女性執事兼護衛のブリジットだけであった。


 

「ア、アゼレア様?

 ま……まさか本当に本物のアゼレア様ですか!?

 ヒイイィィィィーーーーーーッ!!!!!!」



 この恐怖に満ちた声を上げたのは、もちろん同じ魔族であるエリアーナだ。

 アゼレアの怒りによる膨大な殺気で跳び起きたエリアーナは、まさか母国でもかなり恐れられている彼女が居るとは夢にも思わなかったようで……



「エノモトさん!

 アゼレア様が一緒にいらっしゃるなんて聞いてませんよ!?

 何でこんな大事なことを言ってくれなかったんですかぁ!!

 言いようのない恐怖で思わず跳び起きたら、目の前にアゼレアがいらっしゃるなんて……!

 私、本当に死ぬかと思ったんですからね!!」


「ええぇぇぇぇーーーー!?」



 という感じでアゼレアの居ない場所で激しい抗議に会い、人間ではあり得ない魔族特有の高い身体能力で締め上げられた。


 この世界の人間ではない俺や国軍警務隊に聖騎士団、冒険者の面々には理解できないことだが、魔族の中でも伯爵家出身のエリアーナにとって、アゼレアの実家であるクローチェ大公家を含む魔王領内の魔族を束ねている六氏族の大公家というのは雲の上の存在のようで、大公家の者がどんなに親しくして来ようとも言いようのない壁のようなものが存在しているのだという。


 まあ、それは兎も角、エリアーナが奴隷としてデリフェル商会に囚われていた経緯や商会内部の組織図から建物の構造からと、何から何まで彼女が知っていることをアゼレアが聞き出すことになった。


 最初はギルド情報科所属のアジルバと今回の件に深く関わっている国軍警務隊の捜査官がエリアーナから聞き取りをすることで決まったのだが、途中から誰かが「同じ魔族のアゼレアさんが聞いたほうが彼女も気が楽なのでは?」と言い出したので、最終的にエリアーナの聞き取り調査を行うのはアゼレアの役目となった。



「確かに、同じ魔族である私が聞いたほうが、彼女も安心するわね」



 と言っていたのだが、アゼレアの件で激しい抗議に会っていた俺は別のことを考えていた。



(いやいや!

 アゼレアが聞いたほうがエリアーナはメッチャ緊張すると思うんだけど?

 というか、ストレスがマッハで胃に穴が開くと思うよ……!?)



 まあ結局、エリアーナはアゼレアの聴取を受けることになり、彼女にとって生きた心地がしない時間を過ごすこととなったのである。



「ふーむ、出入り口は正面と裏口の2つかあ……」



 エリアーナの証言によると、商会の出入り口は俺とアジルバが通った正面の出入り口の他に建物の裏から誰にも見られないように、奴隷を搬入するための通用口が存在しているらしい。



「我々も事前の内偵で商会に二つの出入り口が存在しているのは確認していましたが、これは面倒ですな……」


「そうですね。

 まさか、建物内部がこうも複雑な作りだったとは……」



 こう話しているのはバルト国軍警務隊のラージさんと聖エルフィス教会聖騎士団のマルフィーザさんだ。


 エリアーナが奴隷として囚われていたあの商会に入って以降、彼女が知り得る建物内部の情報だった。

 商会の建物は一見すると石造りを基本とした3階建なのだが、それは見かけだけで実際には4階建の可能性があるのだという。



「牢に入れられている時に監視の方々の話を聞いていたら、牢屋がある階から『二階上』とか『四階』という言葉を度々耳にしました。

 奴隷として囚われた私達が入れられていた牢屋は二階に位置していたので、間違いないと思います」


「地下については何か話しを聞いてないのかしら?」


「いいえ。

 あの商会のことですから、もしかすると地下室が存在しているかもしれませんが、私が牢に入れられている間はそのような話は一切聞きませんでした」


「そう」



 このエリアーナとアゼレアのやり取りを聞いていた俺達は話し合った結果、地下室の存在があるという前提で話を進めることにしたのだ。


 まず、商会のガサ入れによる手順だが、俺とアゼレア、『流浪の風』と『早春の息吹』のメンバーが商会の建物内部に突入し、建物周囲に展開している商会の構成員の制圧と包囲を国軍警務隊と聖騎士団が受け持つことになった。


 因みに、聖騎士団のマルフィーザさん曰く、現在こちらへ向けて聖エルフィス教会本部から『聖騎士団と僧兵団で構成された1個大隊規模の応援部隊が急行中である』という内容を教会本部から飛来して来た使い魔より知らされたのだという。


 一方、ラージさんに聞いたところ国軍警務隊からはそういった話は来ていないので、やはり未だにサディアスの父親であり現伯爵家当主でもあるディアース・ウェブリオ伯爵の圧力が掛かっていると見て間違いなさそうだ。


 こう見ると、危険な商会内部の捜索を俺達冒険者に押し付けて国軍警務隊と聖騎士団が楽してると思うかもしれないが実際には逆だ。


 今、ウェブリオ伯爵領に武装解除のための強制執行へと向かっている国軍警務隊の2個機動大隊が下手をするとサディアスの魔法によって壊滅する可能性があるのだと、俺は内心そんな予想を立てていた。


 この国の所属でないにせよ、軍属の魔法使いまでもを加えた王族の護衛部隊を壊滅させたサディアスのことだ、もしかすると後先考えずに凶行に及び国軍警務隊を壊滅させた後にこちらへ来る可能性もあるし、そうでなくともウェブリオ伯爵家やリヒテール子爵家の領軍が妨害してこないとも限らない。


 特に後者の場合、冒険者が貴族の領軍を相手にするのは分が悪い。


 領軍とはいえ、相手は軍隊。

 組織だった軍事行動の前にスタンドアローンで動く冒険者にとって、軍隊は最も相性が悪い敵の一つと言えるだろう。


 そういうことにならない為にも、商会の周囲を国軍警務隊と聖騎士団で固めてもらう必要がある。

 サディアス個人については何とも言えないが、領軍であれば相手が国軍警務隊と聖騎士団であることを知れば即座に攻撃をすることはないだろう。


 特に聖騎士団は以前スミスさんから聞いた『カレンディルの虐殺』で悪名を轟かせた経緯があるので、いくらウェブリオ伯爵家やリヒテール子爵家の意向で作戦行動をとる領軍であっても、不用意に攻撃できないはずだ。


 そういう意味で言えば、俺達突入組より包囲組の方が危険度は大きい。

 アジルバと商会に潜入するときに建物の周囲をざっと見たが、外には遮蔽物になる物が多くなかった。

 そんな中で、彼らはサディアスや領軍と正面から向き合うのである。



「では確認ですが、『我々と聖騎士団の皆さんで商会周囲の制圧と包囲を行う』ということでよろしいですか?」


「それで構いません。

 商会に雇われている冒険者や傭兵の類ならば、形成が悪くなったと判断すれば商会を離脱しようとするでしょう。

 そちらには、そういった者達の捕縛もお願いしたいです」



 ラージさんの言葉にセマが応じる。

 一応、突入組で采配を仕切るのは『流浪の風』のリーダーであるセマに決まった。


 これは俺とアジルバが商会に潜入している間に『流浪の風』と『早春の息吹』のメンバーそれぞれが話し合った結果なのだが、冒険者の才能としては若くして2級冒険者の資格を持っているアルトリウスが一番高いと思うのだが、経験の差を考慮して多数決でセマが采配を振るうことになった。


 このことはアゼレアも了承しており、俺も彼女も彼らの援護という形で一緒に中へ入る。

 一応、セマはアゼレアに対して彼より年上である俺が采配を振るうべきだと相談したらしいのだが、アゼレアはセマに対し…………



「孝司が不在のまま私が決めることはできないわ。

 それに、彼が采配を振るうといっても連携が取れるのは私だけだし、彼には複数のクランを指揮した経験は皆無だから、他の冒険者達と仕事をしてきた貴方が仕切った方が危険が少ないと思うわよ?」



 と、このように彼女がセマに言ってくれたお陰で俺は余計な責任を押し付けられずに済み、彼らの後ろに付いて行ってアゼレアと一緒に援護するという気楽なポジションに落ち着くことが出来た。



「それでは皆様方、参りましょう」



 全員既に準備が整っていたようで、セマの掛け声とともに荷台の馬車は商会へと出発した。






 ◇






「ここからは徒歩で移動しましょう。

 二台の馬車は商会から見えないように、こちらの民家の裏に止めさせて貰って置いて行った方が良いでしょうな」



 ラージさんの指示で馬車が停止させる。

 馬車から降りた彼は商会が面している街道から100mほど手前にある幾つかの民家の内のひとつに向かい、扉をノックして住人を呼び出す。


 直ぐに出てきた50台ほどの如何にも、肝っ玉母さん然とした住人の女性はノックしたのが国軍警務隊の人間と知って驚いていたが、ラージさんが何か話をして最後に女性の手に何かを握らせる。

 すると、彼女は面々の笑みで頷いて再び家の中へと戻って行った。



「家人と話は付きました。 裏に馬車を停めてください」



 俺とアジルバが操る馬車はそのまま街道から右へと別れている側道へと入り、先程の女性が住む民家の裏へ馬車を進める。



「ではエフリー、彼女を頼むぞ」



「はい。 セマたちも気を付けて。

 リリー、先走ってむやみやたらに突っ込まないようにね?」


「大丈夫よ。 エフリーこそ気を付けてね」


「では、アジルバさん。 エリアーナさんのこと頼みます」


「任せてください。

 エノモトさん達こそ、気を付けてくださいね。

 商会に雇われているのはチンピラとかではなく、経験豊富な冒険者や傭兵たちです。

 くれぐれも怪我の無いよう、ご武運をお祈りしています」



 俺達はギルド職員のアジルバさんと『流浪の風』メンバーの回復担当であるエフリーを残して馬車を降りる。


 アジルバとエフリーの2人にはエリアーナを守って貰うのと、お留守番という役目がある。

 もし、俺達が商会に突入している間に教会から派遣されてきた聖騎士団の応援部隊が来た場合はアジルバが道案内をしながら、状況を伝えてもらう手筈になっている。



「では、行きましょう」



 聖騎士団のマルフィーザさんの呼び掛けで、俺達はそのまま民家の裏に面している中型の馬車が1台通れるくらいの幅しかない幅の道を幾つかのグループに分かれて歩いて行く。表側の街道が一直線に商会へと繋がっているのに対して、この道は右に左にと曲がりながら商会の裏手へと繋がっているという。



「表から見ると建物が街道に沿って規則正しく連なっているように見えますが、裏に回るとこのように雑多に民家が立っているのがこの街の特徴ですよ。

 予め下見をしておかないと、何処を歩いているのか解らなくなり、迷ってしまうのです……」



 こう話すのは最後尾を俺とアゼレアと共に歩いているラージさんだ。

 彼は今回の商会のガサ入れの件で誰にも気づかれずに商会へと近付ける道を策定するために、この道を変装して実際に歩いてみたのだが、物の見事に迷ったのだという。



「商会が何故、子爵領の街外れに建っているのかの理由が分かりましたよ。

 実際に迷ってみて分かったのですが、この裏側に立っている民家の住人達は他人に対して無関心です。

 しかも道が複雑なので追跡の手を逃れやすい上に、表の街道からは全く見えません。

 その割には平均的な大きさの馬車が通れる道が存在しているのですから……奴隷を秘密裏に運ぶのに最適という訳です」


「なるほど」


 

 まあ、この世界には偵察衛星やドローンのように相手に気付かれずに上空から長時間監視可能な飛行物体が存在しないだろうから、裏道に入られると確かに分からなくなるよな。



「恐らく、サディアスもこの道を通って購入した奴隷を商会からウェブリオ伯爵領へと運んでいるのでしょう。

 この道を今進んでいる方向を逆に進んで見たところ、ウィルティア公国の第二公女が攫われた現場がある街道の外れに位置している森に達します」


「ふーむ……しかし、そうなると」


「孝司、もうそろそろ商会に着くみたいだから、話はこれで終わりにしたほうが良さそうよ?」



 俺とラージさんが話を続けようとしていたら、アゼレアが注意を促す。

 どうやら先頭を歩いていたセマから合図があったようで、全員が私語を止める。



「商会の裏手に到着した。

 ここから見える範囲で二人の見張りが建物に周囲を巡回しているようだ」



 商会の隣に建っている民家の物陰から商会裏手の様子を探っていたセマが小声でこちらに状況を伝える。


 さらにセマの報告によると、建物の周囲をグルグルと周って警戒をしているのは傭兵のようで、一人は剣を持ち、もう一人は弓を装備しているとのこと。二人とも動きに隙が無いらしく、それぞれ首に警笛を提げていることから、見つかると警報音を鳴らされて厄介なことになるとのことだ。



「傭兵ギルドはギルド冒険者科に統合された以上、彼奴らは便宜上は冒険者になるが、実質的には傭兵職だ。

 あの動きから見て、等級は少なくとも二級冒険者辺りだろう。

 声を出させずに一撃で仕留めないと、増援を呼び寄せられた上に商会全体へ警戒態勢を敷かれてしまうぞ」


「じゃあ、あたしの弓で仕留めるのはどう?

 喉を貫ければ、声を上げられる危険性は低くなるわよ?」



 セマの説明に対してリリーが自分の得物である弓を持って射る真似をしながら提案する。

 この世界に来て初めて俺に声を掛けて来た彼女のことはそのあっけらかんとしたお転婆な性格からして、てっきり所持している武器は短剣などの軽量で扱い易い得物だと思っていたのだが、どうやら彼女の得意は弓のようだ。



「低くなるというだけで、声をあげないということはないだろう、リリー?

 それに、ここからあの見張りまで約三十メートル前後の距離があるぞ。

 この距離であの小さな首に矢を命中させることが出来るのか?」


「大丈夫よ、ムシル。

 あたしが弓を使い出したのは昨日今日のことじゃないのよ?

 それこそ物心付いた頃から、お爺様に渡された弓を玩具代わりに遊んでいたあたしが、そこら辺の弓兵に負けるとでも思っているの!?」


「いや、そういう訳じゃ……」


「二人とも声を小さくしろ。 見張りに気付かれるぞ?

 リリー、お前の弓の腕は俺も充分に知っているし、今までの依頼でもお前の弓で救われたことが何回もあった。

 しかしな、お前の腕を持ってしても、この距離であの見張りを叫び声を上げさせず、二人同時にそれぞれの首を貫くのは不可能だろう?」


「不可能かどうか、やって見なけりゃ分からないじゃない!」


「いや、しかしだな……」



 何やら先頭の『流浪の風』のメンバーが揉めてるようだ。

 リリーが見張りを弓で仕留めることができると言っているのに対し、リーダーのセマがそれに疑問を投げかけているようである。


 確かにリリーの持つ典型的な洋弓をチラッと見てみたが、本人が言うように弓には自信があるのだろう。何の木で作られているのかは判らないが、弓は手入れが行き届いていて艶々とした木の風合いが美しく、彼女が左手で握っている弓把は本人の手に合わせるように削られていて、そこだけ色が変わっている。


 他にも背負っている木を削って作られた筒を革で覆った矢を収納しておく矢筒も筒の縁が少しヘタっていることから見ても、相当な本数の矢を射ったことが一目で分かる。


 確かに音も無くあの見張りを倒すのに矢は最適だ。

 リリーの腕がどれほどのものかは知らないが、上手く見張りの首に命中すれば声をあげさせることなく片付けられるだろう。


 しかし、見張りは2人。

 要するにツーマンセル巡回しているのだが、片方はリリーと同じく弓を装備している。


 どちらか片方を上手く仕留めることが出来ても、殆どタイムラグを生じさせずに矢を首に命中させないと警笛を鳴らされるか、叫び声をあげられてしまう。


 しかも、距離はざっと見で25mプールよりも開けているので、1人を矢で片付けてもう1人を接近戦で無力化すると言う方法も無理だ。


 

(これは、俺がSV-99のような22口径の拳銃弾とサプレッサーを使用するライフルで狙撃した方が無難なのか?)



 しかし、あの見張りは2人とも大柄な海兵隊員のようにゴツい体格の上に、見るからに重く硬そうな革鎧を身に付けている。平均的な日本人の体格ならば兎も角、丸太のように太い腕を持つ体格の人間と硬い革鎧に対してSV-99から撃ち出される22口径弾が果たして致命傷になりうるのだろうか?



(かと言って、VSSMの9mm×39弾ような銃弾を使っても最低限の銃声は聞こえるからなあ。

 冬だから空気は澄んでるし、下手すると表の警備をしている見張りの所まで銃声が聞こえないとも限らないし……)



 漫画や映画と違って発砲音が“プシュッ!”とか“カシャッ!”とか銃声らしからぬ小さい発砲音を出す銃は非常に種類が限られる。


 しかも銃本体だけでなく、サプレッサーや亜音速弾の相性もあるのだ。

 どうしようかと思い、アゼレアの方を見ると彼女はセマとリリーのやり取りを苦笑しながら見ていた。



(うーむ、初っ端から以外に高い難易度にぶち当たったぞ、これは……)


「あのー……ちょっとよろしいでしょうか?」



 内心、狙撃しようかどうか迷っていた俺や弓を使う使わないので揉めていたセマ達に対して、アルトリウス君がおずおずといった感じで提案してきた。



「どうしたんだい? アルトリウス君」


「可能かどうかは分かりませんが、僕のルーン魔法でなら、あの見張りの2人を声や物音を出させずに無力化させることが出来ると思います」


「ルーン魔法で?

 因みに、どうやって無力化させるんだい?」


「僕は『お札』って呼んでるんですけど、この人形の紙に『全身麻痺』と書いて、あの見張りの元に飛ばして体のどこかに貼り付けるんです。

 するとお札が張り付いた途端、彼らは身体全体が痺れて動けなくなります。

 声も出せなくなると思うので、物音を立てずに無力化出来ると思うんですけど……」



 そう言ってアルトリウス君が取り出したのは比較的上質紙として分類されるであろう藁半紙だ。

 コピー用紙程ではないが、それなりに表面が白っぽい藁半紙は○とT字を組み合わせた公衆トイレの男性側を表したかのようなデフォルメされた人形のお札を2枚見せる。



「ルーン魔法でそんなことが出来るのか?」


「凄っ……」



 お札を見せられたセマやリリーだけではなく、国軍警務隊や聖騎士団の面々も彼らと同じように目をパチクリさせながら、アルトリウス君と彼の手の平に乗っている人形のお札を見ていた。



「ええ。

 このように筆で文字を書いて、あとは見張りがいる向こうにお札を飛ばせば彼らに張り付くんですけど、お札にはちょっと欠点があって……」


「欠点と言うと、避けられたりするとお札が貼り付かないとかかい?」


「いえ、違います。

 お札には目標を自動で追尾する能力が付与してあるので、仮に避けたとしてもお札は目標を追って確実に張り付きます」


「へえ? まるでミサイルみたいだね」



 俺の質問に丁寧に答えるアルトリウス君。

 お札はまさかの目標自動追尾機構付きというのに驚いたが、彼の言うお札の決定はそこではないらしい。



「実はこのお札、自動追尾の機能が付与されているので目標を真っ直ぐ追っていくんですけど、反面融通が効かなくて目標からの攻撃や迎撃を回避する能力が無いんです。

 なので真っ直ぐに飛んできたお札を切り落とされたり、矢で射ち落とされる可能性が常にあって……」



 なるほど。

 要するに万が一、あの見張りにお札を気付かれると迎撃されてしまうということか。



(確かに、そうなるとマズイわなあ)


「ならば、益々矢の方がいいじゃない。

 そんなペラペラな紙と違って、矢は目標に向かって真っすぐ飛んで行くんだし」


「しかし、それを言うと弓の方がもっと融通が効かないぞ。

 なんたって矢は風の影響を受けやすいし、連射が出来ない上に動く的の追尾は出来ないからな」


「ちょっとムシル、その言い方は無いんじゃない!?」


「いや、本当のことだろうが。

 まあ、矢が的を追尾できないのは当たり前として、リリーは矢を二本同時に射れるのか?

 無理だろう?」


「うぐ……!

 伝説のズラック弓師でもあるまいし、あたしにそんな神業出来る訳ないでしょう!」


(おい、なんか今聞いたことがある名前が出たけどもしかしてリリーが言ってる『ズラック弓師』ってスミスさん達と一緒にいるあのズラックさんのことかね?)



 こんな状況でなければ聞いてみたいところだが、ここで確認を取るとリリーが騒いで面倒なことになりそうだから後で聞いてみるとしよう。


 

(それにしても、クラン『流浪の風』のメンバーっていつもこんな感じなのかね?

 さっきから3人ともああだこうだと言っているけど、流石にここまで長引くと見張りに気付かれるぞ?)


「ところでさあ……ここで言い争っていても埒が明かないから、いっその事あの見張りはリリーとアルトリウス君の2人で仕留めたらどうかな」


「二人で?」


「そう。

 まずアルトリウス君のお札を見張りの2人に飛ばして貰って、もし成功すれば良し。

 もし、お札が切り裂かれたらリリーが見張りの1人の首を矢で貫いている間に、もう一度アルトリウス君にお札を使ってもらう。

 これでどうだい?」


「ええぇ……」



 俺の提案に対してリリーは不満顔だが、ここでいつまでも議論する余裕はない。

 リリーは未成年特有の自分勝手で己の主張をを押し通したいようだが、ここでミスをすれば商会が警戒態勢を強化して突入に苦労することになるし、証拠隠滅ということで顧客リストと奴隷を一緒に処分しかねない。

 それに……



「リリー、不満なのは分かるけど先ずは周りを見てみようか?」


「え、周り? ひっ……!?」



 リリーが俺のアドバイスに従い周囲を見ると、クラン『流浪の風』以外のメンバー全員が彼女を睨んでいた。流石に国軍警務隊や聖騎士団はあからさまに睨むようなことはしていないが、イライラしているのは彼らの態度を見れば一目瞭然だ。


 『早春の息吹』のメンバーは言うに及ばず、公爵令嬢のアナスタシアなんかアルトリウス君のルーン魔法をコケにされたと思っているのか、今にも掴みかかりそうな勢いで睨み付けている。


 因みにアゼレアはというと……しゃがみ込んで地面に積もっている雪で小さな雪ダルマを作っていた。



「分かっただろう?

 この作戦はお前さんだけのものではないんだから、もう少し自重したらどうかね?

 お前さん、矢の腕にえらく自信があるみたいだけど、もし、しくじったら……責任とれるの?」


「せ、責任って?」


「そうさね……警戒厳重になった商会に先陣切って突入するとか?」



 そう言われてリリーは顔面蒼白になっていた。

 まあ、それはそうだろう。


 リリーの弓を除く装備は予備も含めて、短剣のみという内容で防具に関しても動き易い革鎧だけという状態なので、プロの傭兵やベテラン冒険者達が完全武装で待ち構えている所へ先陣切って突っ込めなど自殺行為同然だ。



「分かった。 アルトリウスのお札で良い……」



 自分でも絶対に失敗しないと言い切れないのか、それとも『責任』に対して恐れが湧いたのか彼女は握り拳を震わせながら不承不承、了承した。



「よっしゃ。

 じゃあアルトリウス君、そちらのラージさんの指示に従ってお札を飛ばす準備をしてもらえるかな?」


「あ、はい!」



 アルトリウス君は後ろに控えているラージさんの下へと歩いて行く。

 一方、セマはリリーに対して二三何か言った後でこちらに話し掛けてきた。



「すまない。

 余計な手間を取らせてしまって……リリーには後で言って聞かせておく」


「謝る相手は私じゃないと思うけどね?

 普通はリーダーであるセマさんがガンと言って聞かせるべきでしょうに。

 ただでさえ、連携が難しい寄せ集め何だから、ここで空気を読まずに駄々を捏ねるリリーに言うことを聞かせないと後から痛い目に合うと思うよ?」


「……申し訳ない。 他の方々には自分が謝っておきます……」


「お待たせしました。 お札の準備が整いましたよ」



 俺の前から立ち去るセマに入れ替わってアルトリウス君がこちらへやって来た。

 彼の手には予備も含めたお札が4枚握られており、彼が先ほど言ったように『全身麻痺』の文字がお札に書き込まれている。



「じゃあ、早速お札を使ってもらおうかな。

 リリー、ちょっとこっちに」


「……何よ?」



 俺は未だ不機嫌そうなリリーを手招きして呼びよせる。



「リリーも弓矢の準備をしてくれるかい?」


「え? だって、矢は使わないって……」


「自重はしろと言ったけれど、矢を使うなとは言ってないし、逆に見張りを倒すのに矢は必要だよ?」


「え?」


「まあ、ゆっくりしている暇はないから、さっさと作戦を実行してもらう必要があるけどね……」



 自分でも悪い顔になっているんだろうなあと思いながら、俺は手早く彼らに手順を説明した。






 ◇






「ルーン魔法って凄い威力なんだね……」


「そうね」



 俺とアゼレアは集団の最後尾に付いて商会へと音も無く近づいていた。

 前には体を動かせない状態の見張りが2人、呻き声すら出せずにセマや国軍警務隊の面々によって引きずられているところだ。



「それにしても上手く言って良かったわね」


「うん。 まあね……」



 あの後、見張りの2人はアルトリウス君のお札によって全身を麻痺状態にされ、地面の上に転がる結果になった。 


 やはりというかなんというか、見張りの2人はセマの分析通り一筋縄ではいかない。

 最初は映画のように物音で気を取られると思っていたのだが、彼らは1人が周囲を警戒してもう1人が物音のした方を確認するということをしていたため小石を投げて気をそらすという程度では全く効き目がなかった。


 そこで俺はアルトリウス君のお札に新たに“ある文字”を書き込んでもらった。





 ――――『離脱後・人感追尾』





 これはどういうことかと言うとリリーの矢に張り付けたお札に書き込んだ文字で、矢を見張りの近くへ射った後、人の気配を感知したお札が剥がれて自動的に近くにいる者を追尾するという物だ。


 これならお札は至近距離で見張りに貼り付くことが出来るので、俺達が身を隠しているところからお札を飛ばすより確実に相手に貼り付かせることが出来る。


 事実、リリーが放った矢は見張りの頭上約1mを通過し、お札は即座に彼らの肩や頭に貼り付き声を出させることなく全身の動きを麻痺させることに成功した。因みに、『全身麻痺』だけだと見張りが倒れる危険性があったので、念を入れて『直立全身麻痺』という形に書き換えてもらったことを付け加えておく。



「どうやら気付かれていないようですな」


「ええ。

 外回り担当の見張りは、この二人だけだったみたいですね」



 出来るだけ音を立てないように注意しつつ、見張りを引きずって商会の裏手にたどり着いた俺たちはラージさんらが見張りの拘束を行っている間に黙って装備の最終チェックを行う。


 全ての武装を剥ぎ取り、二人に縄を掛けていた国軍警務隊のラージさんと聖騎士のマルフィーザさんは最後に猿轡を噛ませた後、彼らの懐や腰をまさぐっていたがお目当てのものを探し出せたようで、取り出した板状の何かを改めていた。



「思った通り、失効中の冒険者だったか……」


「こちらも同じです。

 この者は約2年ほど前にから資格が失効していますね」



 彼らが苦い顔をしながら手に持っているのは、どうやらギルドの身分証のようだ。

 しかし、ラージさんが口にした失効中というのはどういうことなのだろうか?



「あの、ムシルさん。

 ラージさんらが言っている失効中とは何ですか?」


「ん?

 ああ、ギルドの登録制度で冒険者に関わらずギルドに登録した者で犯罪行為に関わった者や更新手続きを行わなかったものは規則で資格や身分を剝奪されたり、更新を停止されたりするんだ。

 『失効』の場合はギルドで身分証の更新手続きを怠ったときに言われる文言だな。

 更新をしない理由は様々だ。

 更新費用を工面できなかったり、額が足らなかったとかが一番多いが、それ以外にも身分証を持っている本人が事実上の引退としてわざと更新を行わない場合とかもある。

 他にも何処かの国で犯罪行為をやらかしてギルドにまで手配の情報が回っているとかだな。

 この場合、更新手続き中に通報されて地元の治安機関に捕まるか引き渡されるとかするから、敢えて更新をせずに期限が切れて失効するってことも稀にだがある。

 一応、失効しても仮の身分証代わりになることもあるから失効してもギルドの身分証を後生大事に持ち続けている奴も多い。

 まあ、国境を越えるときとかは手続きが煩雑になったりギルドに身分照会されることもあるがな?」



 なるほどね。

 ということは、あの2人組の見張りは何らかの事情で身分証の期限を失効しているということか。

 まあ、ラージさんたちが渋い顔をしているから犯罪絡みなんだろうな……



「終わりました。 今から突入されますか?」

 

「ええ。

 エリアーナさんの話ではそこの大きい木の扉から馬車ごと商会の内部に入れるそうですが……どうやら閉まっているようですね」



 商会裏手に位置している高さ約6m、横約5mほどある両開きの木製の扉はごつく重厚な作りで、扉だけ見ていると城の前にいると錯覚しそうなほどに大きい。


 試しに力を入れて押してみるが……やはりビクともしない。

 まあ当たり前ではあるが、内部から閂か何かで扉を閉めてるのだろう。



「となると突入路は……」


「ええ。 あちらの小さな扉からですね」



 俺とラージさんが見つめる先にはこの巨大な扉から左側にある金属で作られた小さな扉だ。

 小さいとは言ってもあくまでこの木の扉と比べてであり、大きさは大柄な男性が充分通れる大きさでよく見ると扉の上部には覗き穴と思われる窓がある。


 どことなく暴力団の事務所の出入り口を思わせる雰囲気の扉だ。

 これが地球ならば覗き穴以外に監視カメラの類が設置されているものだが、この扉の周辺には何もない。

 既に扉にはアルトリウス君ら『早春の息吹』のメンバーが取り付いてトラップや警報装置の類が存在していないかを走査していた。



「扉には警報装置以外、何の仕掛けもなさそうです。

 魔道具を利用した警報装置でしたが、比較的簡単な構造だったので相手に気付かれずに解除後、無効化に成功しましたようです」



 そう言ってこの場の選任指揮官に任命されたセマに小声で報告するアルトリウス君。

 彼の後ろで獣人のエルネという女の子が誇らしげな表情をしていることから、彼女が警報装置を解除したらしい。



(そう言えば、彼女は元トレジャーハンターだったけか?

 ということは罠や鍵と言ったものの、解除もお手の物なのかな?)


「鍵の方はどうだい? 開錠出来たかな?」


「すいません。

 鍵は内部からしか操作できない構造のようで開錠は叶いませんでした。

 あと、中に人の気配がするとエルネが……」


「壁と扉の間から微かに漏れてくる匂いと、聞こえてくる物音から見るに扉のすぐ近くには少なくとも三人ほどの人間が見張りの為に詰めてるようですニャ。 

 全員、人間種の男ですニャ」


「やはり見張りが居るのか……しかし、外から扉を開けられないとなると厄介だな」



 アルトリウス君とセマの話を横から聞いていたが、あの扉は中からしか開けられないらしい。

 確かに外から見た限りでは鍵穴が見当たらないし、どこかに扉を開錠させるための仕掛けらしき装置も無いようだ。



(うーむ、となるとドアブリーチング用の油圧ジャッキで扉を壊して突入するしかないか……)



 しかし、そうなると扉が軋む音を聞かれて相手に気付かれた挙句、迎撃の態勢を整えられてしまう。


 

(まあ、扉が壊れると同時に中に手榴弾を投げ入れれば大丈夫か。

 ここは異世界だから、投げ込まれた手榴弾を投げ返すということはないでしょ……)


「あの、2人ともちょっといいかい?」


「え?」


「何ですか? エノモト殿」


「扉なんだけどさ、俺が持ってる「私が殺るわ」……え?」



 俺が扉のことで対策を立てようとしていた彼らに提案をしようとしたその時、突如俺の話を遮るような形でアゼレアが口を挟む。



「私があの扉を開けて中にいる奴らを無力化するわ。 どうかしら?」


「え? どうやって?」


「こうするのよ」



 俺の質問に対し、アゼレアは言うが早いか扉へと近づいて行った。


 



 ――――“ゴンッ! ゴンッ!”





「「「え!?」」」



 俺やアルトリウス君、セマやラージさんらが戸惑う中、アゼレアは澄ました顔で躊躇なく鉄の扉をノックしたのだ。



「……っ、隠れて!」



 彼女の行動に俺達が呆気に取られている中、後ろのほうからアルトリウス君と同じクランのマイラベルの隠れるようにとの声にアゼレアを除く全員が慌てて扉から離れる。



『あ?』



 扉の覗き窓の蓋がスライドする音と共に中からくぐもった男の声が聞こえてきた。

 男の声が聞こえる直前、今までキリリとしていたアゼレアの態度が一変して娼婦の様な淫靡な気配を一瞬で漂わせ扉に向かって笑顔を向ける。


 それまで何もなかったように見えた彼女の周囲に、何か薄いピンク色の靄のようなもの一瞬見えたのは気のせいだろうか?



『ここは商売女が来るところじゃねえぞ。 何しに来た?』


「あら、そうなの?

 おかしいわねえ、確かテラビータとかいう男の人に呼ばれたのだけれど。

 良かったら呼ばれた経緯を説明するから、扉を開けてくれないかしら?」



 男の誰何に対しアゼレアは母親から受け継いだ淫魔族の能力を活用しているのか、彼女が話し始めた瞬間蕩けるような甘美な声が耳を打ち、脳髄にえも言われない快感が突き刺さる。


 この快感は俺だけではなく他の者にも波及しているようで、隣を見るとアルトリウス君は真っ赤になってモジモジとしているし、セマやムシル、ラージさんらまでもが口元を緩め鼻の下を若干伸ばして頬を赤くしている。



「ちょっと、アル。

 なにニヤけてモジモジしているのよ!? だらしのない!」


「ご、ごめん……」


「そうですわ、アルトリウス様。

 もし欲求不満でしたら、私がお手伝いしますのに……」


「アンタは黙ってなさい!」



 彼らがじゃれ合っているのを横目に俺は再び視線をアゼレアに戻す。

 アゼレアは中にいる男と話を続けていた。


 彼女は扉に顔を向けたまま、右手で左腰に吊っている98式陸軍軍刀を静かに抜く。

 そして軍刀の切っ先を扉の中央部、己の腰とほぼ同じ高さに合わせる。



(ん? おいおい、アゼレアさん。

 何やってんの? まさかその軍刀を鉄の扉に突き刺す気か?)



 いくら何でも無茶だろう?

 漫画でもあるまいし……鉄の扉を軍刀で貫けるとは思えない。


 あの軍刀はイーシアさんら神様経由で用意された軍刀なので鉄の扉に突き刺しても折れたり、刃こぼれすることはないだろう。


 しかし、斬鉄剣ではないので豆腐に爪楊枝を刺すように貫けるとは到底思えない。



『テラビータさんが女を?

 ふむ……今直ぐに確認して来るから、そこで待ってな。

 確認が取れたら扉を開けてやるよ』


「それはしなくていいわ。 扉はこちらで勝手に開けるから」



 ソレ・・が起きたのは一瞬だった。

 それまで淫靡な気配で満たされていたアゼレアの態度が一変、男であれば誰もがにやける妖艶な笑みが一瞬にして肉食獣の様な獰猛な笑みに変わる。


 それと同時に周囲へ身体が動けなくなるほどの暴力的な殺気がばら撒かれ、彼女は左手を素早く扉の覗き窓へと差し込んですぐに腕を引いた。



『あが……ッ!?』



 すると扉に何かがぶつかる“ゴンッ!”という衝撃音と男の悲鳴が響いた。



『グギギギギギギ…………ッ!!??』



 扉の覗き窓付近から苦しく辛そうな男の呻き声が聞こえるが、アゼレアはそんな様子の男を無表情で見つめながら狙いを付けていた軍刀の切っ先を扉に当てる。

 そして……



『うぼっ!!』


 

 “ガギィン!!”という固い鉄板に金槌を叩き付けるような音が響くと同時に、彼女の持つ軍刀が鉄の扉へと突き込まれて行き、扉と軍刀の鍔が当たる金属音が小さく響いた。



「なあっ!?」



 思わず自分の口から驚きの声が漏れる。

 何とアゼレアは鉄の扉ごと中にいる見張りの男を刺し貫いたのだ。


 視線を感じたので後ろを振り向くと、セマやラージさんら冒険者グループや国軍警務隊、聖騎士団の面々が目を見開き、口を大きく開けてまさに唖然と言った表情でアゼレアの方を見ているではないか。


 彼女は時間にして約20秒程の時間、軍刀を扉に突き刺したままであったが、中から何事か叫ぶ別の男の声が響くと“ギギギギーーーー!!”という金属同士が擦れる不快な音を響かせながら軍刀を扉から抜き取った。


 扉から引き抜かれた軍刀には刺されて男の血が付着していたが、扉から抜き取られる際に擦り取られたのか付着している血液が少なかった代わりに、扉に開いた軍刀の刺し痕からは血液がジワリと垂れ落ちていた。



「アゼレアっ!? ……え?」



 彼女の傍に駆け寄ろうとした俺を手で制しながら、彼女は未だ扉の覗き窓から中の様子を静かに伺っていたが、今のアゼレアには先程のような恐ろしい殺気は霧散していた。


 中を覗いていた彼女は小さく頷くと、扉から一歩離れて軍刀を“ビュッ!”と振る。

 商会の敷地内に薄く積った雪の上に“パパパッ!”と刀身に付着していた男の血液が振り払われ、アゼレアは軍刀を鞘に戻す。


 すると彼女は鞘に軍刀を収めるが早いか、その場で回し蹴りを放つ要領で鉄板が挿入されているかつての米軍の戦車用ブーツの靴底を扉の中心部にぶち当てる。



「フンッ!!」



 文字通り目にも留まらぬ速さで激突した彼女の蹴りが鉄の扉に炸裂した瞬間、“ドガンッ!!!!”という轟音が響く。


 日本にいた頃、偶然目の前で目撃することになった大型トラックと路線バスの衝突事故。

 その時に匹敵する轟音が響くと同時に衝撃波と共に発生した風圧がブワッと顔に当たり、前髪が逆立つ。


 アゼレアは自身の蹴りで吹き飛んで行った扉を特に気にかけることもなく、再び軍刀を鞘から抜いて悠然と中へと入っていった。



『…………ごっ、あ! …………ぐ……ぎぎ!』



 最初に聞こえてきた男とは別の男の呻き声が聞こえてきたが、暫くするとその声が次第に弱々しくなっていって最後は聞こえなくなった。


 すると、すぐにアゼレアが中から出て来たが、先程の声が聞こえていたのでやはりとは思っていたが彼女の右手に握られている軍刀の刀身には新たな血がベッタリと付着し、今も下に向けられた軍刀の刀身の鋭い切っ先からポタリポタリと床に小さく赤い花が一輪、二輪と咲いていく。


 無表情であるものの、赤金色の目を妖しく爛々と輝かせているアゼレアはドアを蹴り飛ばす直前は一旦霧散していた殺気が再び復活し、周囲に恐怖を振り撒いている。


 そんな状態の彼女を見たリリーやアナスタシア、『早春の息吹』のメンバーはあからさまに震えており、それ以外の者達も恐怖故かセマやムシルは剣や戦斧を構えそうになっているし、国軍警務隊や聖騎士団の面々も警戒態勢をとっていた。



(何か俺……アゼレアに感化されたのか慣れたのか彼女が綺麗だと思ったのは俺の精神状態がおかしいのかね?)



 実は他の人達が間違いなくアゼレアのことを恐れている中、俺は今の状態の彼女に魅了されていた。


 右手に血が付いた軍刀を持ち、よく見ると足元にはアゼレアが扉越しに刺し殺したと思われる男の死体とそこから溢れ出た血の海という一種ホラーな状況下ではあるが、吸血族と淫魔族の混血である彼女がもの凄く妖しくて淫靡で魅力的に見えてしまったのだ。



(俺、もしかして精神的にダメになっちゃったかもしれないな。

 この状況下で自分のカノジョが綺麗に見えるだなんて………)


 

 この場でアゼレアに「綺麗だ」と言ったら大変なことになるののは確実だ。

 多分、今めっちゃ昂ぶってるだろうから下手するとこの場で押し倒されかねないし、セマやアルトリウス君たちに確実に変態扱いされるだろう。


 だから俺は敢えてポーカーフェイスでアゼレアへ話し掛ける。

 語尾が若干震え気味なのは内緒だ。


 

「中の様子はどう? アゼレア」


「一人生きている奴がいたけれど、無力化したから問題ないわ」


(うん。

 生きている奴が無力化って、要するにぶっ殺したってことだよね……?)



 嬉しそうに笑いながら言われても俺以外は全員が引いている。



「そう。 じゃあ、出入り口周辺は大丈夫?」


「ええ」



 アゼレアの肩越しに中を見ると、奥へ通じる通路の突き当たりの壁にくの字に曲がった鉄の扉がめり込んでるのが確認できたが、よく見ると扉と壁に挟まれたのか、腕と足がはみ出てダラリンと垂れ下がって血がポタポタと滴って血の池が現在進行形で広がっている真っ最中だ。



(それにアゼレアのすぐ斜め後ろにも足元にも、軍刀で腹を貫かれたホトケさんから、赤黒い血が大量に出てる。

 って言うか、転がってるホトケさん2人からドクドクと出てる赤黒い血って、確実に肝臓をぶち抜いてるよね!?

 いくらアゼレアが絶世の美女とはいえ、こんな状況下で彼女が 魅力的に見えるって俺本当にダメかも……)



「ということらしいので、入りましょうか?」


(うわー、皆引いてるよ。

 アルティーナだっけ? あの娘、今にも泣きそうな顔してるよ……)



 皆の顔を見ると、改めてアゼレアの持つ武力が規格外であると思い知らされる。

 というか、彼女が戦術魔法でゴブリン共を虐殺する光景を見たスミスさん達はよく平気でいられたものだ。



「そ、そうですね……!

 わ……我々が先に中へ入らせて貰って、エノモト殿とクローチェ大尉殿は我々の援護を受け持って貰えますか?」



 いち早く立ち直ったセマがこちらに指示を飛ばすが、彼の顔は蒼白のままだった。



「了解しました」


「孝司の援護は私が受け持つわ。 では、突入!」



 アゼレアの掛け声と共にセマを先頭にして商会の中へと突入する冒険者クラン『流浪の風』と『早春の息吹』の面々。出入り口付近で血の海に沈む死体と血液を踏まないよう、皆慎重に乗り越えて行く。


 アルトリウス君やリリーにアルティーナ、エルネ、アナスタシアなどが極力死体を見ないように入って行くのに対し、元辺境騎士のマイラベルやアナスタシアの執事兼護衛であるブリジットなどは死体を見ても平気な顔で中へと入って行くが、この態度こそ彼女らのが数々の修羅場を潜り抜けてきた経験の差があるよう俺は感じた。



(というか、他国の公爵令嬢とその武官が一緒に入って大丈夫なのかねえ?)



 まあ、国軍警務隊のラージさんらが何も言って来ないから大丈夫なのだろうが、アナスタシアに何かあったら国際問題に発展しないのだろうか?



(まあ、もしかしたらそれを狙っている可能性もあるかもだけど……)


「それで言えば、こちらも一緒か……」


「ん? どうしたの、孝司?」


「いや、何でもないよ……」


「ん〜?」



 次々と突入して行く冒険者らを見送っていたアゼレアが俺の独り言に反応する。

 どうやら頭の中で考えていたことがつい口に出てしまったようだ。



(まあ、アルトリウス君はウィルティアの公爵家の出身らしいし、アゼレアは魔王領の大公家令嬢。

 ルナ第二公女が攫われた時点で国際問題は必至だから、今更か……)


「それではクローチェ少佐殿、我々は商会の表にいる者達を捕縛後、商会の建物周囲を包囲して聖騎士団の応援部隊が到着するのを待ちます。

 何かありましたら、こちらも直ぐに突入しますので」


「了解しました。 貴官らのご武運を祈っています」



 真面目な軍人口調でお互いに話を交わしたアゼレアとラージさんらはそれぞれの方向へと別れ、ラージさんら国軍警務隊とマルフィーザさん率いる聖騎士団達は商会の表へと向かう。


 彼らは腰に吊った鞘から剣を抜く。

 商会の建物に入る直前、聖騎士団の女性騎士の1人が腰のベルトに装着した革製のポーチから丸い石のような物を取り出すのがチラリと見えた。



「あれは投擲魔導弾よ」


「投擲まどうだん?」


 俺が興味深げに見ていたのを気になったのか、あの丸い石について裏口から続く細い通路を歩きながら説明してくれた。



「魔導師の『魔導』と砲弾の『弾』で魔導弾と呼ぶの。

 軍事予算が豊富な軍隊で使われる口径十五センチ魔導砲の砲弾を兵士の手で投擲出来るように改良小型化した携帯用の兵器よ。

 魔導弾に埋め込まれている封印用の石を取り出して活性用の別の石を埋め込むと、魔導弾が活性化して数秒で臨界に達すると、内部に蓄積されていた魔力が一気に解放されて周囲に爆炎が広がって周囲の者を加害するの。

 掌に収まる小さい兵器にも関わらず、高価な物だから魔導弾を大量に保有しているのは軍事予算が豊富だったり、魔法が発展しているような軍隊しか装備できないのよね。

 勿論、私達魔王軍も大量に保有しているわ」


「へえ……」



 要するに異世界版の手榴弾ということなのだろう。

 しかし魔法を使うとはいえ、手榴弾がこの世界に存在していたとは驚きである。



「ただ注意しないといけないのは小型故に持ち運びか容易だから、一部の魔導弾が軍隊から流出して犯罪組織に横流しされてることが時々あるのよね……」


「やっぱり、そういう横流しってこの世界でもあるんだ……」


「ええ。

 以前、シグマの辺境で暴れまわっていた盗賊団を討伐するために出撃した地元貴族の領軍が魔導弾で返り討ちに遭ったなんて例もあったりするのよ。

 一部の盗賊団なんかは下手をすると、そこら辺の領軍の装備を上回る高価な武器や兵器を持っていることもあるから、盗賊如きと思って油断すると、とんでもない損害を被ることになったりするらしいわ」


「ほう?」


「確かこのバルト王国軍にも最近、投擲魔導弾が配備された筈よ。

 サディアスの父親であるウェブリオ伯爵は国軍に顔が利くみたいだから、もしかするとサディアスの私兵も装備しているかもしれないわね」


「ってことは、リヒテール子爵家の長男であるデュポンも?」


「サディアス経由なら可能性がないとは言い切れないわね。

 ま、私にとって魔導弾なんかは恐れるに足らない兵器だけれど」


「あ、そう……」


(うん。

 こう言われると心強いけど、実際には手榴弾が恐れるに足らないってとんでもないことだよね?)


「さ、セマ達に追いつくわよ。

 もし、ここにルナ第二公女がサディアスの屋敷から移されて監禁されているのならば、早く助けないと他の奴隷の娘達と一緒に証拠隠滅の為に魔法で灰にされるかもしれないわ」


「分かった」



 鉄の扉がめり込んでいる突き当たりの壁まで辿り着き、左右を見回す。

 この通路はアジルバと貴族のボンボンを装って潜入した時に通った通路だ。


 通路の幅は約3m、床から天井までの高さも約3m程と広いが、ここまで通路が幅・天井高ともに広いのは一度に沢山の荷物を運び易いのと、スミスさんのように背が高く体格の良い傭兵や冒険者などが剣や鎧と言った武具を装着したままでも往来しやすいように作られていのだろう。


 お陰でフルサイズの自動小銃を構えていても取り回しがし易いし、アゼレアもナイフではなく軍刀を構えている。



「ここから右に行って少し進むと、2階の奴隷が監禁されてる牢屋へ行ける階段が見えてくるんだ。

 で、反対側の左に進むと商会正面の出入り口に辿り着くんだよ」



 初めて商会の建物内部に入ったアゼレアに対して説明を行なっていると、2階へアクセスする階段の辺りから剣と剣が打ち鳴らされる金属音と怒鳴り声が聞こえてきた。


 どうやら上に登られないように階段を守る商会の者とセマたち突入組との間で戦闘が繰り広げられているらしいが、耳に聞こえる限りではセマ達が劣勢に立たされている気配はない。

 それどころか優勢のようだ。



「どうやら彼らは順調に敵を蹴散らせているようね。

 少なくとも今は加勢しなくてもよさ良さそうよ?

 それよりも、今の内に正面出入り口扉を解放しておいた方がラージ達にとって良いと思うのだけれど」


「それもそうだね」



 アゼレアは吸血族特有の優れた聴覚で階段周辺の音を聞き取ったらしく、俺に状況を伝えた上で俺達にできることを提案してきた。


 まあ、彼女の言うように加勢する必要が今のところ無いのならば、正面の扉を解放しておいた方が良いだろう。この建物に潜入した時、正面出入り口の扉は裏の通用口とほぼ同じ作りだったので、外から開錠するが難しいことが予想されるからアゼレアの提案は理に適っている。



「じゃあ、先ずは正面出入り口に行ってみようか?」


「そうね」



 左に曲がり、通路を少し進んで右へ曲がって一直線に進んで行くと商会正面の出入り口に行き当たるが、俺とアゼレアは通路に伏兵が潜んでいる可能性を考慮して慎重に歩を進めた。



「どれどれ?」



 一応確認として通路の曲がり角から鏡を突き出して奥を覗くと案の定敵がいた。

 通路の奥の突き当りにある正面出入り口の金属製の扉の前に、此方へ背を向けて外の様子を伺っている如何にも荒事専門でございますといった雰囲気を持つ男達の後ろ姿が見える。


 数は5人くらいだろうか?

 彼らは扉に付いている覗き窓から外を見ながら、苛ついた様子で何やら言い合いをしていた。



「くそがっ!! 軍の手入れがあるなんて上からは何も聞いてないぞ!?」


「さっき裏の搬入口横の通用口が襲撃されたって聞いたが、あれ本当か?」


「知るか!

 何れにしても俺達は連中がここを突破されないようにこの扉を死守するっきゃねえんだ!

 もし捕まったら良くて重罪、下手したら死罪だぞ!?

 逃げるためにもここで機会を伺っていないと、どうしようもねえだろうが!

 裏口が心配なら、テメエだけで様子を見に行って来れば良いじゃねえか」


「い、嫌に決まってるだろ、そんなこと!

 お前が扉と壁に潰された奴の死体を見たって言ったんだろ!?

 に遭いたくないから、裏口の様子を禄に確認せずに一目散にここまで退がって来たんじゃねえか!」


「なら後方の警戒を怠るなよ。 もし、後ろから挟まれたら終わりだぞ!」


「うお! 奴らまた殺りやがった!

 魔導弾で警告無しに吹き飛ばすとか、公僕のやることじゃねえだろ!?」



 扉に取り付いている軽鎧を着込んでいた男が外の様子を見て悪態を吐いていた。

 どうやらラージさん達は俺がさっき見た魔導弾で派手に戦闘を行っているらしい。



「しかし、実際のところどうするんだ?

 まさか本当に逃げるつもりなのか? 

 もし逃げ出したことが知られたら、テラビータさんどころかデュポンさんに殺されるぜ?

 それに扉をガッチリ閉めちまって、外の奴らを見殺しにする気かよ……?」


「当たり前に決まってんだろが!!

 魔導弾を装備してる国軍警務隊と聖騎士団だぞ?

 あんな奴らを相手に真正面から馬鹿正直に剣や槍で挑んで勝てると思ってるなら、お前阿呆だろ!?

 切り掛かる前に魔導弾で黒焦げにされるのがオチじゃねえか!

 先ずは外にいる奴らを囮にして、連中の魔導弾を全部消費させるんだよ。

 外の奴らを片付けた後は連中絶対にこっちの扉を開けようとするからな。

 扉に取り付いたら、この魔導弾二個をそこの覗き窓からお見舞いしてやれば、全員とまではいかなくても半分は吹っ飛ばせるはずだ。

 その隙に外に出て、残りの連中を殺っちまって逃げるんだよ」


(うーん、これはマズイ……のかな?)



 先程は鉄の扉をアゼレアが蹴りの一撃で強引に吹っ飛ばしていたので分からないが、この世界の突入時のドアブリーチング技術ってどんなものなのだろう?


 魔法や鍵師の持つ技術で扉の鍵を開錠するのだろうか?

 あの逃げの一手に入っている如何にもベテランといった感じの男が「扉に取り付いたら云々……」と言ってるからには扉を破壊して突入するということはないのだろうから、やはり何らかの技術で開錠するのだろうと思う。



「ねえ、孝司? あそこにいる男達は五人よ。

 私が突撃して制圧したほうが良いかしら?」


「いやあ、あんな狭い空間では危険だと思うよ?

 手榴弾……あー、投擲魔導弾だっけ?

 あれを持ってるなら、追い詰められた挙句、自爆しないとも限らないからね。

 だから、コイツ・・・を使おうと思うよ」



 アゼレアの突撃の提案に対して俺は答えとしてコレ・・をチェストリグのポーチから取り出して彼女に見せる。黒いプラスチックの外殻に包まれたソレ・・の正体はブルガリア製破片手榴弾『GHD-2』で、数は2個だ。


 以前、襲い掛かって来たゴブリン共を吹き飛ばしたチェコ製手榴弾『URG86』と同じプラスチック製の外殻を持つ総重量440gの破片手榴弾だが、爆発時の殺傷範囲は18mと大きく、この狭い空間内では威力過剰とも言える。


 それを今回2個、扉を閉めて立て籠もっている彼らに奇襲のような形で使用しようとしているのだ。


 まあ、爆発時に発生する破片や爆風などで多少扉が変形してもアゼレアの力を考えれば撤去は可能だろうから、初めての本格的な対人戦ということも考慮して念には念を入れて手榴弾を2個使うという選択になった。

 という訳で2個のGHD-2破片手榴弾の内、1個をアゼレアに手渡す。



「アゼレア、いい機会だから俺と君とで一緒にこれを彼らにお見舞いしよう」


「私もこれを投げるの?」



 俺から手渡された手榴弾をマジマジと見つめるアゼレア。

 その目には恐怖感などはなく、馬車の中で初めてRPG-7を構えたときのような好奇心に満ちていた。



「これは『手榴弾』という俺が居た世界の武器でね。

 使い方は君が言った投擲魔導弾とほぼ一緒さ。

 まあ、起爆の手順は魔導弾とは違うけれど、一度使い方を覚えれば後は簡単だよ」



 そう言って俺は手短に一般的な手榴弾の使い方を説明した。

 俺の説明を聞いたアゼレアは自分の手にある手榴弾を見ながら、「とても扱いやすい兵器なのね」としきりに感心した様子だった。



「じゃあ、さっきも言った通り、投げたら直ぐに身体をこちら側の通路に引っ込めて床に伏せて身を隠してね?

 そのまま、こちらの通路に突っ立ってたら跳ね返ってきた破片で怪我する可能性があるから」



 この手榴弾の破片や爆風は俺が使ってる銃器と一緒で神様の力が働いている為、あらゆる魔法障壁が役に立たない。これはアゼレアが使う防護魔法も一緒で例外はないので、俺は手榴弾の説明をする際にそのことを口酸っぱく彼女へ伝えていた。



「分かったわ」


「奴らが外の状況に集中している今が好機チャンスだ。

 じゃあ、投げるから安全ピンを抜いて。

 間違ってもスプーン……ここのレバーを放しちゃダメだよ?」


「大丈夫よ。

 私も魔王軍の端くれ、兵器の操作は見誤らないわ」



 彼女にもう一度注意して手榴弾の安全ピンを引っこ抜く。

 それに合わせてアゼレアもスプーンを手榴弾本体ごと握ったまま、安全ピンを抜いた。



「良し。 じゃあ、投げるよ?

 力を入れすぎて跳ね返って来ないように気を付けてね」


「ええ。 大丈夫よ」


「行くよ? …………今だっ!!」



 通路の曲がり角に身を潜めて手榴弾を投擲するための最終確認をした俺は、アゼレアと共に角から正面出入り口へと続く通路から出て腕を振りかぶり、自分の掛け声と共に2人で手榴弾を奥の扉目掛けて投擲した。

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