第28話 教会

「じゃあな、タカシ。 またどこかで会おうぜ」


「世話になった。

 またどこかで会えることを楽しみにしている」


「今回の旅は貴重な経験が出来ました。 今度は一緒に仕事をしたいですね」



 雲ひとつない晴れの下、3人が3人、それぞれ違う挨拶をして宿を出る。

 昨日、彼らと交わしていたバルトまでの乗合護衛の依頼が終了し、今日は依頼を終えた彼らが宿を出ておれと別れる日だ。


 俺とアゼレアはスミスさん、ズラックさん、ロレンゾさんの3人を見送るために宿の玄関から出て、彼らの後ろ姿を見送る。



「なんだか短いような長かったような、もっと彼らと居たかったなあ……」


「フフ。 孝司、あなた目に涙が浮かんでるわよ」


「え? アハハ!

 なんて言うかさ、スミスさん達はああ言ってるけど、僕が居た世界と違って会おうと思ってもそう簡単に会えるとは限らないからさ。

 もしかしたら、今生の別れになるかもしれないって思うと……」


「大袈裟ね。

 彼らが冒険者でいる間は、何処かで必ず会えるわよ」


「そうかな?」


「そうよ。

 それに、バルトにいる間は彼らと再び会う可能性は高いでしょう?」


「言われてみればそうだね」



 視線を前方に向けると、スミスさんとズラックさんが2人掛かりで俺が進呈したアルミ製のコンテナボックス、オリーブグリーンに塗られた陸上自衛隊用野外こうりを持って歩いている。

 彼らはまず馬屋に行き、彼ら3人とこうりが乗る馬車と曳き馬を購入するのだという。



「それでは私達も出発しましょうか?」


「あ、はい」



 ベアトリーチェがそろそろ良いだろうというタイミングで声を掛ける。


 本当はベアとリーチェとカルロッタもここで別れるはずだったのだが、彼らの上司でもある聖エルフィス教会の教皇が俺と話をしたいということだったので、エスコート役として彼女らがそのまま俺とアゼレアに付き添う格好となった。



「本来であれば、教皇猊下が招待されたお客様は専用の馬車でお迎えに上がるのが通例なのですが……」


「いいですよ、ベアトリーチェさん。

 そこまでされれば嫌でも目立ってしまうので、このまま徒歩でお願いします」



 ハッキリ言って、一介の冒険者に巨大宗教の長が会って話をしたいとか何それ怖いという感じで、予めベアトリーチェから聞いていた教会の紋章が入った豪奢な馬車でこれ見よがしに教会本部に入っていったら目立つのは確実である。


 そのため、ベアトリーチェに無理を言って徒歩での移動にしてもらったのだ。



「それにしてもベアトリーチェの“ソレ”中々似合ってるじゃない」



 そう言ってベアトリーチェの恰好を見てアゼレアが賞賛する。


 彼女の今の恰好はこれまでの旅と同じ黒い修道服の様な司祭服のままだったのだが、今は腰に革製の略刀帯を巻き日本陸軍の佐官用旧型軍刀を吊っている

 黒い司祭服に銀色に輝くニッケルメッキのサーベル型鞘が似合っていた。



「私も最初はどうかと思ったのですが、こうやってこの剣を吊っていると身が引き締まるので、今は気に入っていますわ」



 彼女の言うように今までは司祭服だけだと、どことなくゆったりとした印象であったが、腰にサーベル型の軍刀が提げられているだけでシュッと身が引き締まったように見えて格好良い。


 隣に同じく95式軍刀を腰に佩した護衛の聖騎士カルロッタが並ぶと、バランスがとれたように見えて絵になる。



「実際、ベアトリーチェ様は魔法だけでなく剣の腕も高いので、教会内では今の御姿を見掛けた女神官達が騒めき立っていますよ。

 ベアトリーチェ様は教会内でも人気が高く、かなりの注目を浴びているお方ですので早晩、その剣も話題を呼ぶことでしょう」



 こう言ったのは誰であろうカルロッタ本人だ。

 やはり自分の上司が良い意味で注目を浴びるのは嬉しいらしく、その表情はどこか誇らしげだ。

 教会本部に着くまでの間、他愛のない話をしていたが教会本部に近付くにつれて口数は自然と少なくなっていった。



「へえ~これが聖エルフィス教会の総本山……」



 俺の目の前には城と見まがう巨大な建造物が聳え立っていた。

 高い城壁に囲まれた建物は中央に2つの塔が建っており、そのすぐ横に大聖堂と思われる大きな屋根を持つ建物が連なっている。


 神官や信者たちがひっきりなしに行き交う門には男性の僧兵が複数立っているが、城壁の上には僧兵の姿はなく、時折神官らしき人が歩いている程度である。


 どうやら大陸一の巨大宗教の総本山と言っても、何処かの監獄の様に常に厳戒態勢というわけではなさそうで、それが証拠にシグマ大帝国の帝都ベルサのように警備兵が城門を行き交う人々全てに対し誰何を行っているわけではなく、トラブル防止の為に存在しているようだ。


 また、冒険者や傭兵に信徒が多いというだけあって、行き交う人々の中に冒険者や厳つい格好の人間も少なからずおり、神官も含めて何人かは腰に剣を提げていたり手に槍や巨大な斧を持っている者までいる。



「ここからは人の出入りが激しいので、はぐれないようしっかりとついて来て下さい」


「分かりました」



 門を潜る前にカルロッタから注意を受けて中へと入る。



「うわ……」



 思わず自分の口から驚きの声が漏れる。

 高い城壁に囲まれて中が見えにくかったとはいえ、中は一つの街と化していた。城壁の内部には大小様々な建物があり、城壁外に建っているバルトの街並みとは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。


 ここに来るまでのバルトの建物の殆どが木造とモルタルを使ったスイスの『エンガディンハウス』に近い様式だったのに対し、『レンガ・ゴシック』と言われる煉瓦造りの建物でひしめいている。


 しかし、作られた時代で変化があるようで、煉瓦ばかり使った赤茶色の建物に混じって煉瓦とモルタルを組み合わせた建物がチラホラと散見できた。



「今見えている建物の全てが、我ら聖エルフィス教会の持ち物ですわ。

 基本的に先程潜った門から内側は教会の自治が認められいて、誰でも門を潜ることができますが治安の維持についてはバルトの兵士ではなく、教会の僧兵とカルロッタが所属する聖騎士団が行なっています」


「なるほど」



 ベアトリーチェの説明を聞きながら、俺は周囲の建物をお上りさんのようにキョロキョロと見回していたが、やがて一つの共通点に気付く。門を潜ってから内側に存在する全ての建物の窓に板ガラスが嵌っており、屋根や壁に傷んだ箇所が一切見受けられない。



(シグマ大帝国の帝都も確かに窓ガラスを用いた建物は多かったが、ここほどではなかったな……)



 俺は内心、聖エルフィス教会の経済力について考えを巡らせる。


 大陸一の巨大宗教組織であるのだから、それ相応に裕福な経済力を維持しているとは予想はしていたのだが、まさか一国の首都の中にバチカンのような自治権を持つ街を抱えているとは思わなかった。


 てっきり、街中に巨大な教会施設がデーンと鎮座しているものとばかり思い込んでいたのだ。



「あちらをご覧くださいまし。

 あれがバレット大陸各地に存在する我々聖エルフィス教会とその関連施設の総てを司る中心部、『テルミッド大聖堂』と『教皇庁』ですわ」



 ベアトリーチェに言われるままに前方に目を向けると、そこには城壁外から見えていた塔と建物の全貌が曝け出されていた。


 外壁の全てに煉瓦を用いて造られた2つの塔とその横に隣接する大きな緑色をした屋根の建物は重厚感に溢れており、その巨大さもあって初めて見る者を圧倒する。


 どことなく以前テレビで観たドイツ・リューベックにある聖マリエン教会を彷彿とさせるが、建物のサイズとしてはこちらの方が数倍大きい。そしてこの2つの建物を取り囲むようにして建っている同じように煉瓦造りの建物も当然、サイズを合わせるかの如く大きいのである。


 大聖堂は2階建ではあるが、1階あたりの階層の天井が高いのか隣接するの塔の4階分の高さがある。ちなみに塔の階層はぱっと見では7階分の高さがあり、屋上からはバルトの街並みが一望出来るだろう。


 今はお祈りの最中なのか、ベアトリーチェが言っていたテルミッド大聖堂の中からは信徒達の祈りの声が外へと漏れているが、周囲を見渡すとやはり教会の中心部だけあって司祭服や神官服を着込んだ者たちが多く闊歩しており、よく見るとカルロッタと同じ鎧を身に付けた人間が時折歩いていることに気付く。



「さあ、こちらへ付いて来てくださいな」



 彼女に促されて付いて行くと大聖堂に隣接する塔へ案内される。



「こちらが教皇庁の入口ですわ」


 ベアトリーチェとカルロッタと共に教皇庁の正面玄関と思われる入口に入る。中は日本の大きな病院の如くごった返しており、受付の前には長蛇の列ができているが、俺たちはベアトリーチェに先導されその列を横目に唯一、列ができていない窓口へと進む。


 この時、長蛇の列を作っている者達がこちらへ羨望と驚愕の眼差しを向けていたが、俺は敢えてそれに気付かないふりをしていた。



「受付の入庁記録に名前と種族、職業・所属を書いてくださいね」



 数人の神官がいる受付でベアトリーチェの指示に従って入庁記録の台帳に名前と職業を書く。


 俺の場合は自分の名前と共に『人間種』と記入して職業欄に『冒険者』、所属欄に『ギルド』と書く。アゼレアは種族欄には『魔族種』と書いて職業欄に『軍人』、所属欄に『魔王軍北部方面軍』と記入していた。


 受付を離れる直前、台帳の中身をチラリと盗み見たが、帳面にはどこかの国と思われる者達の職業欄や所属欄に貴族や騎士、官僚や大臣といった文字に軍や役所の名称が見え、中には王族と思われる身分を持つ者の記入もあった。



(なるほど、この受付はVIP専用の受付というわけか。

 どうりで他の列に並ぶ者達があんな顔でこちらを見るわけだ……)


「では、ここで暫くお待ちください。 教皇室に連絡してきますわ。

 カルロッタ、お願いね」


「かしこまりました」



 そう言ってベアトリーチェは受付横の廊下へと消えて行く。

 カルロッタと共に俺とアゼレアは受付前のフロアに設置されているいくつかの長椅子の1つに腰掛ける。



(結構な人数が教皇庁を訪れているんだな……)



 周囲を見渡すと、様々な種族や職業の者達が受付に並んでいる。

 その格好は様々で商人や冒険者、貴族といったものから職人や役人と思われる者たちが見えるが、どうも全員が教皇に用があるというわけではないようで耳に入ってくる話を聞くに受付へ何かの申請を行っている者、品物の納品のために訪れた者や教皇ではない別の役職の人間に取次をお願いしている者など、内容は様々だった。



(何だか俺達、結構な注目を浴びてないか?)



 こちらが彼らを観察しているように、向こうもまたこちらを観察していた。

 その目の殆どが好奇心からくるものだったが、一部は別の感情でこちらを見ている。



「ねえ、何人かの男性が私のことをジロジロ見てるんだけど……」



 俺の耳に口を寄せて小さな声で耳打ちするアゼレア。

 そう、こちらを見る目のうち、何人かがアゼレアを見ていた。


 もちろん、中には彼女が魔族ということで注目している者もいるのだろうが、大多数は彼女の容姿に注目していること明白だった。


 なんせ隣にいる聖騎士のカルロッタも中々の美人ではあるが、美人の質が違う。

 カルロッタはクールビューティー系の美女だが、聖騎士という職業柄なのかそれとも本人がそうしているのか、どことなく寄らば斬るという近寄りがたい雰囲気が漏れ出ている。


 対して戦闘状態ではないアゼレアの場合、魔族という血のおかげなのか人間で言えば20代前半の容姿でもあるにも関わらず、淫魔族特有の娼婦の如き妖艶さと吸血族の妖しさが絶妙なバランスで同居しているのだ。


 もちろん、本人が持つ生来の美しさもあるが、この雰囲気のおかげで人が多い場所では常に男性の注目を浴びていた。


 今までの旅の間で一度もナンパされていないのは本人の背が高いのと赤金色の目の妖しさ、そして寄らば斬るというより、軍人としての隙のない立ち振る舞いと腰に吊っている軍刀から醸し出される威圧感の為である。



「あまり気にしない方がいいよ。

 下手に気にかけると、碌なことにならないから」



 彼女の耳打ちに対して俺は無視しておけという意味も込めて、アゼレアに忠告しておく。こういう場合、下手にこちらから意識を向けると勘違いする馬鹿が必ず1人は出てくるので、無視するに限る。



「そう。 分かったわ」


 アゼレアは魔族の軍人はいえ、吸血族大公家のお嬢様だ。

 下手すると、彼女の高貴な気配を感じ取って勘違いした何処ぞの貴族の息子が言い寄って来ないとも限らない。


 そういう時に限って出てくるのは、ファンタジーものにありがちな美形ナルシストの高慢ちきな貴族至上主義の意識を持った公爵家や伯爵家の馬鹿息子だったりするのでタチが悪い。


 もちろん魔王に匹敵する戦闘力を持つアゼレアがそんな馬鹿に手を出される心配はしていないが、逆にアゼレアがキレたときが怖く、極端な話、相手の家臣一同を文字通り灰にしかねない。

 だからこそ、俺としては無用のトラブルは避けれるのなら避けたいのだ。



(さっきからカルロッタも黙ったままだし、何だか居心地が悪いなあ。

 ベアトリーチェ、早く戻って来てよ……)



 馬鹿というものは時と場所を選ばないから、変なことになる前に早くここを後にしたいのだが、そんなことを考えていると、丁度ベアトリーチェが戻って来た。



「お待たせしましたわ。

 教皇猊下かタカシさんとお会いしたいとのことです」


「分かりました。 アゼレア、行こうか?」


「ええ。 行きましょう」


「では、こちらへどうぞ」



 ベアトリーチェ促されて受付横の廊下へと歩を進める。

 どことなく明治時代の洋館を思わせる顔が写り込むくらい丁寧に磨き込まれた板張りの廊下をベアトリーチェ先導のもと、建物の奥へ奥へと歩いて行く。


 外壁が煉瓦造りだったのに対し、内壁は煉瓦ではなく漆喰を塗られたモルタル造りで今歩いている場所が別の建物の中のような錯覚に陥らせる。


 時折、廊下ですれ違う神官や司祭に対し、互いに会釈し合う以外は誰も口を開かない。そして窓を通して外から時折聞こえてくる祈りの声やパイプオルガンの音色、廊下に面した室内から聞こえてくる微かな話声以外何も聞こえない静かな廊下を歩き、階段を5階分登って漸く目的の場所に着いた。



「こちらが教皇猊下の執務室ですわ」



 そう言われてベアトリーチェに案内されたのは5階の廊下に面した幾つかの扉の内の一つだ。



「ここが執務室ですか? 何も書いてありませんけれど……」



 案内された扉には何の表示もない。

 普通は会社や役所のように、誰がどこの部屋にいるのか表示するための目印があると思うのだが?



「安全上の配慮から、この建物の部屋全てに誰がどの部屋を使っているのかという表示はありませんわ」


「じゃあ、この建物にいる人は全ての部屋割りを事前に覚えておかないといけないというわけですか?」


「ええ。 そういうことですわ」


(うへえ、マジですか?)



 ここから見えるだけでも、この塔の階だけで10室くらい扉があるように思えるが、隣の塔も同じような感じだったら、慣れるまで大変だ。そんな取り留めのないことを考えていると、ふとあることが頭を過ぎる。



(あれ?

 ここに来るまでにボディチェックどころか武器類を一切取り上げられなかったけれど、これって不味いんじゃねえ?)


「すいませんベアトリーチェさん。

 教皇様と会うのに武器を持ったままは不味いんじゃ……」



 俺もアゼレアも銃や軍刀で武装したままだ。

 特に俺が今肩から下げているのはこの前まで使っていたチェコ製のCZ806ではなく、ポーランド製のGROTという自動小銃である。


 しかも、ハンドガードには40mmグレネードランチャーが装着されていて、非常に物々しい雰囲気を纏っているし、太もものホルスターには自動小銃に合わせて同じくポーランド製のPR-15自動式拳銃を入れている。


 アゼレアも腰には98式軍刀を吊っているし、両腕には機動隊の防護手袋Ⅱ型という籠手を嵌めている。

 こんな格好で巨大宗教組織を束ねている長に会っても大丈夫なのだろうか?



「大丈夫ですわ。

 猊下は元僧兵で、この教会の誰よりもお強いですから」


「え、そうなんですか?

 誰よりもッてことは、ベアトリーチェさんやカルロッタさんよりも?」


「ええ。 そうですわ。

 私や聖騎士団長、僧兵団長よりも強く、剣の上では並ぶ者が居ませんわね。 それに……」


「それに……」


「猊下よりも強いアゼレアやジュウという武器を使うタカシさんを止められる者がこの教会には誰もいませんの。

 あと、タカシさん達には猊下を害する理由もありませんし」


「はあ……」



 要するに武器を取り上げても意味がないなら、最初から無駄な手順を踏む必要がないということか。



(うーむ、信用されているのかそれとも諦められているのか……)



 まあ、どっちもだろうなあというか思いが頭に浮かぶ。



「失礼します。

 特高官ガルディアンと聖騎士カルロッタです。

 タカシ エノモト様とアゼレア・クローチェ様をお連れしました」



 ドアを数回ノックし、俺とアゼレア2人が来訪したことをベアトリーチェがドア越しに伝えると数秒後にドアが開かれ、神官服を着た目つきの鋭い男性が俺達2人をジロジロと観察する。



「身分証を提示してください」



 そう言われて俺とアゼレアが身分証を提示し、ジックリと身分証を確認し終えると中に入るように促す。



「では中へお進みください。 猊下がお待ちです。

 くれぐれも失礼の無いよう、お願いします」


「はい」



 前後をベアトリーチェとカルロッタに挟まれるような感じで執務室手前の――――恐らくは秘書室に入り、部屋を素通りしたベアトリーチェが秘書室の奥へと通じるドアの前で立ち止まる。



「猊下、失礼します。

 特高官のガルディアンです。

 タカシ エノモト様とアゼレア・クローチェ様をお連れしました」



 先程と同じようにドアをノックし、俺達の来訪を告げるベアトリーチェ。

 すると室内からドア越しに「どうぞ、入りなさい」という声が聞こえ、彼女が扉を開ける。



「失礼します」



 ベアトリーチェを先頭に執務室に足を踏み入れると、奥の壁際に大きな執務机を構えて椅子に座り、何かの書類を見ていた銀髪の男性が立ち上がり、にこやかな笑顔でこちらへやって来る。


 50代前半と思われる銀髪の男性は白人系というよりラテン系に近い感じで、彫が深く立派な口髭にオールバックの銀髪が中々にキマっていた。


 顔だけはどことなくやり手の執事長か家令と言った感じだが、190cmを少し超すくらいの高い身長と広い肩幅、がっしりとした手を見ていると身体のほうは鍛え上げられた軍人か格闘家といった様相を呈している。


 白を基調とし所々に金糸を用いた装飾を嫌味にならない程度に施し、腰には俺が寄贈した海軍士官短剣を佩し、頭部には金と銀で作られた簡素な宝冠を被っていた。


 執務机の傍には金属鎧を着込んだ30代くらいの女性と40代半ばと思われる僧侶の恰好をしたスキンヘッドの男性が微動だにせず立っているが、よく見ると女性の方は三十二年式軍刀甲型を腰に佩し、男性の方は三式軍刀を佩刀しているのが目に入る。



「やあ、よく来てくれたね。

 私が今代の聖エルフィス教会教皇『ベイルート7世』だ」



 彼は俺とアゼレアに対し握手をしながら、にこやかに話し掛けてきた。






 ◇






 話というか会談はものの10分程度で終了した。


 分かり易く噛み砕いて例えると――――『この凄い剣(軍刀のこと)を教会に寄贈してくれて本当にありがとう! 貰って早速、ドワーフとエルフの鑑定人に調べさせたらあまりの切れ味と耐久性、魔法障壁を切り裂き不死者を滅する能力に鑑定人たちが驚いていたよ。 何処で手に入れたの?っていうか、本当に貰っちゃって良いの?』――――という内容を言われたのである。


 でもって――――『くれるのなら聖騎士団と僧兵団に配備するね。 でもって、これらの剣に感激したそれぞれの団長が是非お礼を述べたいと言って聞かないから、この会談に同席することになったけど許してね。で、これで何もお礼をしないとあっては教会の名折れだから、教会として名誉司祭の称号を用意したよ。 あと大陸各地に存在する聖エルフィス教会の各教会や関連施設の庇護を受けれるように教皇以下、大司教、聖騎士団長と僧兵団長ら直筆の書状と特別な聖印を用意したから受け取ってくれるかい?』――――というものだった。


 俺としてはそのようなものを貰うために軍刀を渡したのではなく、ベアトリーチェとカルロッタには世話になったのと彼女らだけに軍刀を渡すのは忍びないので寄贈させてもらったという旨を伝えたのだが、結局、教皇自らに強引に押し切られてしまったので断ることができずに最終的に貰う結果となってしまった。


 「これは鈴を付けられたかな?」という気もしなくはないが、書状と聖印は使わないときはストレージに入れっ放しにしておくのつもりなので、仮に聖印に位置発信機能が施されていたとしても問題ないだろう。というかもう既にストレージに収納してある。



「それではこれで本当にお別れですわね。 何だか寂しいですわ……」


「そうですね、ベアトリーチェ様。

 きっかけは乗合護衛であったとはいえ、聖騎士として貴重な経験をさせていただきました。

 しかも、この軍刀やあの箱に入っていた様々な品物をいただいて感謝の言葉もありません……!」



 そう言って土下座しそうな勢いで礼を言うカルロッタと少し悲しそうな表情を浮かべるベアトリーチェ。


 場所は聖エルフィス教会本部の正門前。

 彼女らはこの後、教会本部での勤務になるため、ここで見送りされることとなった。



「教皇猊下がお渡しになった聖印と書状はくれぐれも失くさないようにお願いします。

 もし消失した場合は、最寄りの教会まで直ぐに知らせてくださいね」


「分かりました。

 本当はこのような品を貰うつもりではなかったのですが……」


「あまりそう深く考えないでください。

 このような剣をいただけば、何処の教会や国であっても相応の礼をしたと思いますわ」


「はあ……」


「では、ここまでのお見送りで大変恐縮ではありますが、道中お気をつけてくださいね」


「エノモト殿、アゼレア殿、色々と世話になりました。

 この軍刀のご恩はいつか必ずお返すします故、待っていてくださいませ」


「フフ。

 カルロッタ、そう気負う必要はないわよ。

 孝司はその剣はいずれ貴女に渡すつもりだったんだから……ね、孝司?」


「まあね」


「そう言うことだから、恩とか深く考える必要なんてないのよカルロッタ」


「かたじけない……!」


「では、俺達はこれで……」


「さようなら。 お気をつけて」


「お気をつけて!」



 ベアトリーチェとカルロッタに見送られて教会を離れる俺とアゼレア。

 これからは俺とアゼレア2人きりの旅が始まることになる。



「さてと、このあとはギルドに行かないとな……」


「そうね」



 取り敢えず、俺達は予定通りギルドへと足を向けた。






 ◇






「…………等級が2級へと引き上げられるんですか?」


「ええ。

 まあ、ギルドの中でも異例ではありますけれど……」



 木製の机を挟んで俺の正面に座るギルドの女性職員が淡々と話す。

 場所はバルト永世中立王国の首都テルムにあるギルド統括本部1階の『冒険者科』に設置されている受付の一角で、左右を木の板で仕切られている複数ある受付の1つで俺は女性職員と話をしていた。



「あの……自分で言うのもなんですが、私は冒険者になって間もない上に依頼は一度も引き受けていませんよ?」


「それは存じています。

 しかし、ウィルティア公国軍からギルドに対しタカシ エノモトという冒険者が武装した大型のオーク一匹と複数のゴブリンを倒したという報告がありまして。

 他にも未確認ではございますが、同国出身の二級冒険者より魔法障壁持ちのオーガを一撃で仕留めたとの報告が上がってきております」


(ん? 同国出身の2級冒険者?…………あっ、もしかしてアルトリウス君のことか!)



 ウィルティア公国出身の冒険者なんて最近知り合った人の中にいなかったから一瞬分からなかったが、該当する人物は1人しかいない。



「他にもウィルティア公国『シレイラ・マクファーレン』第一公女殿下より貴方様を昇級させて欲しいとの嘆願書がギルド統括本部冒険者科科長宛に届いております。

 他にもウィルティア公国公王及び公妃様のお二人からの連名でウィルティア公国公式という形で感謝状とその品々、あと多額の褒賞金がギルド統括本部宛に届いていますね。

 失礼ですがエノモトさん、貴方は一体何をしたんですか?

 状況から推測するにウィルティア公国の王族のどなたかを危機から救ったらしいというのは何となく予想がつきます。

 しかし、一級冒険者が所属しているクラン宛に王族から感謝の意が示されることが無いとは申しませんが、一冒険者個人に対してこのような感謝の意が国から公式に示されることなど、殆ど前例がありませんよ?」


「え!?

 いやあ、あのその……何なんでしょうね? アハハハハハハ!! …………ハア」


(おい、何だか俺の知らないところで大ごとになってませんか?……っていうか、どうなってるのよこれ)



 俺は女性職員が話した内容を聞いて頭を抱えたくなる思いである。



(どうしてこうなった?)



 俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。

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