第27話 事情

「知らない天井だ……」



 意識が戻り、最初に視界へ入ってきたのは見たことのない天井だった。

 ベッドに仰向けになってムラなく塗られた白い漆喰が見事な竿縁天井をボーッと見ていると、横から声が掛かる。



「どうしたの?」


「いや、何も」


「そう」



 隣にいた声の主がこちらに身体を密着させると、お互い素肌に何も身につけていないため、脇腹と左腕に温かく弾力のある双丘が“ムニュウ”っと当たる。


 そのなんとも言えない感触と温かさに再びむしゃぶりつきたい衝動に駆られるが、この後やらねばならないことを思い出し、頭を振ってその衝動を振り払う。己の身体を捩らせてその幸せな感触から逃れるために体を起こそうとするが、それを許さないとばかりに横から伸びてきた細い腕が俺を押さえつける。



「おわっ!?」


「ねえ、どこに行くの?」


「あ、いや……やることがあるから、起きようかと思って………」


「まだ、時間はあるじゃない。

 部屋に入ってから二時間くらいしか経ってないでしょう?」


「でも、そろそろスミスさん達が戻って来ると思うし……」


「……ふう、しょうがないわね。

 まあ、孝司のそんな真面目なところがまた良いのだけれどね」



 俺はベッドを出て素早く衣服を身に付ける。

 後ろを振り返るとアゼレアもモソモソと衣服を着ているところだった。


 欧米人やこの世界の女性のよりも高い身長でありながら、均整のとれた抜群のプロポーション。

 軍人だけあってすらりと伸びた手足にはガッチリとした筋肉がついてはいるが、見た目ではそうは感じさせない程良い肉付きのおかげでモデルのような身体をしていた。


 バストもヒップも漫画のような馬鹿でかくない大きさでありながら、その肉感的で理想的な形と大きさはいつ見てもむしゃぶりつきたい衝動に駆られる。本当はかなりの筋肉がついているのに腹筋薄っすらとしか見えず、内臓と肋骨を忘れているかのような見事な腰のくびれは絶妙なラインを形成していた。


 地球にいれば一生触れるどころか、拝むことさえも不可能な肢体。言葉や妄想では表せない淫靡な雰囲気を周囲に発散させるその色香は、まさに人外であるからこそ可能としているのを思い知らされる。


 アゼレアの身体を味わった後で地球に帰ることなどできないだろう。

 何故なら地球にはこれほどの女性はいない上に、恐らく地球上のありとあらゆる女性を抱いたとしても、満足はできないだろうという思いが頭の中を駆け巡る。



「さてと公衆浴場に行こうか?」


「ええ。 早くこの匂いを落とさないとね」



 アゼレアが言ったのは何も事後のことだけではない。

 吸血族と淫魔族のハーフである彼女の体臭や汗は場合によっては他人を欲情させる力を持つ。


 普段はそうでもないのだが、こと彼女自身が情欲に火照った際の体臭や汗などは危険極まりなく、麻薬のような働きをして人間の脳を刺激し、匂いを嗅いだ男女を容赦無く欲望の渦に引き込むのだ。


 彼女の甘い色香の体臭も相まってその威力は非常に強力であり、バルト入りした時に宿泊した宿場町の宿では、コトが済んだ後で部屋をそのままにしていたら匂いが外に漏れ出たらしく、偶然部屋の前を通りかかった冒険者の男女が発情して廊下でおっ始めようとしていたのを発見し、驚いたことがあった。


 これは俺にくっ付いた彼女の汗やその他諸々の匂いも同じらしく、寒い冬の外気ではそこまで揮発しないから良いものの、暖かい室内だと匂いが揮発して大変なことになる。そのため俺もアゼレアもコトが終わった後は彼女が魔法でお互いの体と部屋を浄化してまず匂いと汚れを浄め、その後、風呂に入れる環境であれば入浴して体の疲れを癒すのだ。


 俺が2人分のお風呂道具を用意している間にアゼレアは部屋に浄化魔法を施す。

 淡く白い光が部屋全体に行き渡り、窓や壁に元々から付着していた汚れごと浄化されていき、やがて俺と彼女も光に包まれ一瞬で浄化されてしまった。



「終わったわ。 じゃあ、行きましょうか」


「そうだね」



 俺とアゼレアは部屋を出て1階に行き受付の従業員に公衆浴場に行く旨を伝えて宿を出た。


 この宿を含めたこの界隈の宿泊施設は敷地内に風呂やサウナなどといった入浴施設が無い代わりに街が運営する公衆浴場が目と鼻の先に位置しており、入浴施設を自前で用意していないない分、1泊あたりの宿泊料金が安くなっている。


 手にお風呂道具と着替えが入った麻袋を持って宿から歩いて1分で目的の公衆浴場に着いた。



「じゃあアゼレア、また後でね」


「ええ。 また後で」



 どことなく日本の銭湯をそのまま洋風にしたような建物の受付で入浴料を2人分支払い、アゼレアと別れて男湯と女湯の入り口にへとそれぞれ入って行く。


 その後、古代ローマのテルマエのような浴場で身体を洗い、思う存分風呂を堪能した俺は入浴を終わらせ風呂上がりで色っぽさが増したアゼレアと合流し、公衆浴場から宿へと戻って行った。






 ◇






『かんぱ~い!!』



 エールを満たした木の杯が“ゴンゴン!”とぶつかる音が響く。

 場所は宿泊している宿の食堂。


 周囲にはテーブルがあり、それらを囲んでいる客でごった返し、喧騒に満ちている。そんな中、俺たちはシグマ大帝国の帝都ベルサからここバルト永世中立王国の王都テルムまで無事来れたことを祝い注文したエールで乾杯していた。



「いや〜それにしても、ここまで一人も脱落しないで来れたってのは凄えな。

 途中、ゴブリンの群れに襲われたときは正直言って死ぬのはないにしても、誰かが怪我するんじゃないかとヒヤヒヤしたぜー!」



 乾杯から開口一番にスミスさんがホッとしたように今までの旅について自分の感想を話す。現代日本と違い、交通機関が発達していない上に街道の所々に魔物や盗賊といった物騒な障害が出没するこの世界では目的地まで着けることだけでも御の字であるため、スミスさん言ったことはもっともである。


 地球の発展途上国でさえも、交通量の多い幹線道路においても車に乗って信号待ちしているだけで強盗に襲われかねない状況を考えれば、今回の旅で死傷者が1人も出なかったことは奇跡に近いだろう。


 いくら軍人や騎士、王族であっても襲われるときは襲われるので、それがなかっただけで僥倖と言うものだ。



「そうだな。

 乗合護衛の良いところは移動の際に護衛側に移動距離に関わらず費用が掛からないという利点があるが、裏を返せば護衛側に何かあっても補償がないということだ」



 スミスさんの話を聞いてズラックさんが乗合護衛について話す。


 確かに乗合護衛は依頼主側が殆どの費用を負担するし、依頼を受けた側は護衛をする義務もあるが護衛側は宿泊費や食事等に掛かる費用を気にする必要がない。特に遠くに行く必要がある冒険者にとって乗合護衛は魅力的だ。


 この世界は交通機関が発達していないため、移動距離が開けば開くほど時間も費用もそして危険度も比例して高くなり、下手をすると移動の費用だけで最終的な金額が金貨数枚分飛んでしまうこともあるのだ。


 もちろん、高名な冒険者や傭兵などになるとそれ相応に懐が暖かい者もいるが、基本的に収入が不安定な職業であるのは変わりなく、なるべく無駄な出費を避けたいのは皆一様に一緒である。


 しかし、一見魅力的に見える乗合護衛も何から何まで全てが依頼主の費用負担になるわけではない。


 例えば盗賊や魔物に襲われた場合、護衛側が消費する矢や魔法石に魔導弾などは依頼主側と護衛側で特に取り決めがない場合、費用は護衛側の持ち出しとなるし、怪我をしたり病気に罹ったときの魔法薬や最寄りの教会に支払う治癒魔法の料金、死亡時の補償は原則護衛側の負担となる。


 そのため乗合護衛に参加する護衛側の冒険者や傭兵は費用対効果を見極める必要があり、参加前に護衛対象の人物や馬車、荷物などが通る予定の国や街道の状況を予め調べておかないととんでもないことになるのだ。それでも何かのトラブルに巻き込まれないとは限らないため、乗合護衛に参加するものは一定以上の経験を積んだ冒険者や傭兵、魔法使いが多い。



「確かに。

 今回はタカシさんが全ての費用を持ってくれたから良かったものの、次の乗合護衛も同じとは限らないですからね……というか、今回のような仕事はもうないでしょう」



 ズラックさんの言葉にロレンゾさんが嘆息しつつ同意する。

 まあ確かに、費用は全てこちら持ちでお礼の品を付けるようなことはこの世界の感覚ではあり得ないことだろう。



「っと、そうだった。

 タカシ、お前さんギルドから出頭要請が出されてるぞ」


「え、出頭ですか?」



 何だろう?

 別に何かまずいことをした覚えは無いんだが?



「ああ。 俺達がもう一度、依頼人……要するにお前さんの所に戻るって言ったら、職員がこの紙をタカシに渡してくれって言われてな?」



 そう言って俺に紙を渡すスミスさん。

 渡された紙はもちろんコピー用紙の様な上質紙ではなく、藁半紙である。紙には活版印刷か謄写版か何かで印刷された日本語の出頭要請の文面がテンプレートで書き連ねてあり、名前と所属の所だけ羽ペンで手書きで記されている。


 内容としては明日または明後日の夕方までにギルドの統括本部冒険者科の受付までに来るようにと書かれてあった。読んだ者を不安にさせないための配慮なのか、出頭要請を行うに当たっての内容も書かれている。


 それによると、冒険者ランクの昇級について確認したいことがあるので来てくださいというものだった。



「あら、孝司の冒険者等級の昇級について書かれてあるじゃない」


「そのようだね」



 食事の席で隣に座っていたアゼレアが横から内容を見て俺に話し掛ける。



「でも、俺って一度も依頼を請け負っていないんですけど。

 何でまた昇級の話が出てくるんでしょうね?」


「さあな?

 俺は兎に角、その紙を渡すようにって言われただけで内容自体は聞いていないからなあ」


「そうですか……」


(うーむ、オーガの件は俺ではなくアルトリウス君に手柄が行くように仕向けたから、昇級するようなことにはなっていないと思うんだけどなあ……?)



 どうもこの内容はよく分からない。

 まあ、ギルドに行けば分かることだから、今ここであーだうーだ言っても仕方がないだろう。



「そう言えば出頭要請で思い出しましたが、我々聖エルフィス教会からも招待の手紙を預かっていますわ」


「え? ベアトリーチェさんの所からもですか?」


「ええ。

 教皇猊下直々にタカシさんを教会本部にお招きしたいとのことです」



 そう言って、封蝋が施された封筒を俺に差し出すベアトリーチェ。



「いいッ!! 教皇猊下!?」



(ええ……何でそんな偉い人から招待状が届くんだよ!?

 あれか? もしかして軍刀の件か?っていうか、それ以外にないよな……)


「この封筒は今開けても良いですか?」


「ええ。 大丈夫ですわ」


 日本の封筒と比べれば幾分粗末な作りの封筒を受け取り、開封する。

 青い封蝋には印璽いんじが刻まれており、両手を広げた女神の様な人物が写っていた。


 開封した封筒の中にはギルドの出頭要請書に使われている藁半紙とは違い、羊皮紙が入っていた。もちろんギルドの出頭要請書と同じように日本語で書かれているが、こちらは全て手書きである。


 日本人の俺と比べても、というより俺の方が土下座したくなるくらいの流麗な達筆で書かれた文字は脱帽もので、書いた者の人となりが想像できそうだ。


 こちらの内容は異世界から来たという俺に興味があるから一度会って話を聞きたい。

 もし、都合が悪いのでないならば、そちらの都合に合わせるからベアトリーチェに会談の可否を伝えてねというものだ。


 文章としては非常に低姿勢で柔らかい物腰なのだが、招待と言っているのに内容の後半では会談になっているのだけど、これって何なのだろうか?



「その……教皇様と会うのに何かしないといけないことってありますか?」


「そういうのは気にする必要はありませんわ。猊下は元は平民の出でありますし、僧兵から今の地位に就いたお方ですけど、よほど不潔な格好でない限り普段着でも大丈夫ですわ。

 タカシさんの今の恰好は裕福な商人のそれと思われても不思議ではない服装なので、そのまま来られて結構です」


「分かりました。

 じゃあ、明日の午前中にお会いさせていただきたいと思います」


「そうですか。

 猊下は明日の午前中は公務の神事が終われば時間が空きますので、その時間にタカシさんと会えるように調整させていただきますわね」


「すいません。 お手数ですが、よろしくお願いします」


「そんな畏まらなくてもいいですわ。

 多分、もう少ししたら教会から別の用事で神官が来ますので、その者に伝えておきます」


(ふーむ、会うのは構わないし色々地球のことを話すのは大丈夫だけど、何の目的でどうやってこの世界に来たとか聞かれると困るなあ……)



 まあ、向こうは俺と違って他にも予定が詰まってるから、少しだけ話して終わりってこともあるかもしれない。



(まさか、俺をひっ捕らえて教会の為に働けとかって言わないよね?)



 もしそうなったら、ベアトリーチェには悪いけど全力で抵抗して逃げないといけない。

 それにしても、明日は教会にギルドに優一君の家にと色んな所を回ることになるだろう。


 まあ、アプリで地図を確認したら、スミスさんの言っていたようにギルドと教会本部は目と鼻の先にあるし、優一君の家というか屋敷はギルドから徒歩で10分ほどの距離だから、馬車を使う必要はない。


 一応、明日宿を出る予定だったけど、今のうちにもう一泊する旨を受付に伝えておかないといけないだろう。この後、1時間ほど食堂でみんなで和気藹々と過ごし、各自部屋に戻った。






 ◇






『ふーむ……一応お主からの報告書は読んだが、まさか例の高校生達以外に“素”のままの日本人が居たとはのう』



 所変わって、ここは俺とアゼレアが止まっている宿の部屋の中である。

 アゼレアが部屋にいる中、俺はノートパソコンを通じてイーシアさんと優一君のことで話し合っていた。



「ええ。 私も驚きましたよ。

 アゼレアが彼の幻覚魔法を強制解除したら、いきなり日本人の顔が現れたんですからね」


『孝司が送ってくれた報告書の中に記載されていた老人のことじゃが、人相はこんな感じでよかったのかえ?』



 そう言いながらイーシアさんは、とある指輪を巡るファンタジーハリウッド映画のポスターに写っている人物を指す。そこには白髪の長い髪と同じく、白く長い顎鬚を生やした賢者姿の老人が移っている。



「そうです。

 優一君の話では、まさにこんな感じの老人だったということです」


『ふむ……あい分かった。

 このことは地球の御神みかみにも伝えておく。

 儂の勘が正しいのなら、禄でもない奴が絡んでおるの』


「禄でもない奴……ですか?」


『うむ。

 高校生達の様に生きている人間を魔法で時空を歪めた挙句、拉致同然で異世界に連れて行くのならまだマシな方じゃ。

 だが死んだ人間を異世界に、それも新たに転生させるという手段を取らずに身体を再構成して、そこに元の魂を詰めて送り込むなど非常識もイイ所じゃて』


「そういうものですか?」


『そうじゃ。

 お主でさえ体を弄ったとはいえ、生きたまま神の力で送り込んだのじゃぞ?

 それを……死んだ人間に強化した元の身体を与えて別の世界に送り込むなど、普通ならば儂ら神々でもやらん事なのじゃ』


「でも、この世界には元日本人が沢山いるんでしょう?」



 確か、この神様によると転生した日本人以外に、言葉を教える目的とかで第二次大戦中の日本人やアメリカ人を数人この世界に送り込んだって言ってなかったっけ?



『それはあくまで儂と御神、そして他の神々と協議の上で実行したことじゃ。

 しかし、今回のこの優一のケースは儂は一切知らされておらん!

 それに儂ら神の監視を欺いて異世界に日本人を送り込んどるのじゃぞ?

 これは明らかに越権行為じゃよ』


「その問題に関しては私の管轄ではなく、イーシアさんの管轄なのでそちらにお任せしますよ」



 幾ら俺自身が神様の仲間入りしたとはいえ、何の権限もないのにこの禄でもなさそうな問題に自ら首を突っ込む気は更々ない。

 こういう問題は本職の神様たちに任せるに限る。



「ところで、明日、優一君達とまた会う約束をしているんですが、どうしますか?

 高校生達と同じように、身柄を拘束して日本に送り返すんですか?」


『それは無理じゃ。

 彼は既に一度亡くなっておるからのう。

 しかも、人知れず樹海などで自殺しているのなら兎も角、大きな事故に遭って新聞やテレビで大々的に知られておるであろうから、工作そのものが難しい。

 お主も生きているとはいえ、地球では死亡どころかあらゆる記録や記憶から抹消されておる。

 例えばお主を地球に戻すとすれば、莫大な労力が必要になるのじゃが、何故だかわかるかの?』


「いえ、わかりません」


『記憶や記録を消すのは意外にも簡単にできるのじゃよ。

 もちろん、当人を死亡扱いにするのも同じく簡単じゃ。

 しかし、死んだ人間や抹消された人間を元の世界に戻すには莫大な労力が必要になる。

 何と言っても、人間の記憶を弄らなければいけないからのう』


「記憶ですか?」



 ふーむ、でも漫画や小説だと神様がちょちょいのチョイでやってのけるがあ、そういう訳にはいかないのだろうか?



『お主、今儂が神だからそんなの簡単にできるだろうと思っておるじゃろう?』


「ええ。 違うんですか?」


『人の記憶を弄る場合、繊細な作業を強いられるんじゃ。

 下手に弄ると、その者への人格に影響が出るからのう。

 人の記憶は大なり小なりそれぞれが密接に結びついておる。

 そこに別の記憶を作って持ってこようと思うと齟齬が生じんように、どんなに必要のない記憶でも整合性が取れるように弄る必要があるんじゃ』


「そうなんですか?」


『そうじゃ。

 家族や親戚に友人、職場の同僚や取引先、役所の人間などの記憶以外に駅や街中ですれ違った通行人や買い物をした店の人間に監視カメラを見ている警備員など様々な人間の記憶を弄らねば矛盾が生じて思わぬところで怪しまれる原因になる。

 特に地球はインターネットが普及しているおかげで、海外にもその手を伸ばす必要があるからの。

 たった一人の人間の為に神がそんなことをしていれば、世界の管理そのものに影響を来たしかねん』


「では、例の異世界召喚された高校生達はどうするんですか?」


『彼らは地球から連れ去られただけじゃから、元に戻すだけで済む。

 お主もニュースで時々目にするであろう?

 何日も行方不明になり、散々警察や消防によってヘリコプターまで出動して大規模に捜索されたにも関わらず見つからなかった者がある日、ひょっこりと姿を現すという事件を』


「ええ。 たまに見ますね」


『あれも異世界召喚の一種じゃよ。

 地球からいきなり異世界に連れ去られて、向こうの者達の目的やお願いを果たしてやっと元の世界に戻って来るという寸法じゃな。

 もちろん、召喚先の世界が気に入ったとか地球以上に過ごしやすかったり、しがらみが出来て戻れなくなって地球では神隠し同然に永遠の行方不明者になるということもあるが……』


「あれ、そんな裏事情があったんですか!?」


『そうじゃよ。

 召喚された者達はその出来事を地球で殆ど明かすことなく墓までその事実を持って行くから真実は殆ど闇の中じゃがの。

 極稀に小説や漫画、映画などの題材にして莫大な富を築く賢い物もおるにはおる。

 変わったところでは自分の幼い子供や孫を寝かせるときに聞かせたり、紙芝居にして披露する者もいたりはするがな?』


(はあ~まさか行方不明者の一部がそんな面倒に巻き込まれているなんて。

 いや、それで言えば俺も一緒か?

 まあ行方不明どころか、存在そのものが消されてしまったから、蒸発も糞もないけれど……)


『まあそういう訳で、高校生達は召喚されて数日後に住んでいる街の郊外に降ろそうかと思っておる。

 しかし、優一という者はそのまま異世界にて一生過ごしてもらわねばならん』


「そうですか。

 でも、この世界と地球の間で新しいノイズが生じる原因になりませんかね?」


『その点は心配する必要は無かろうて。

 何と言っても、彼は一度死んでるからの。

 例外と言えばそれまでじゃが、一応は転生の枠に入るから大丈夫じゃろう』


「じゃあ、彼を拘束する必要はありませんね?」


『うむ。 特に彼が何か悪さをしていない限り、拘束の必要はないの』


「了解しました」


『ところで話は変わるが、そこにアゼレアは居るかのう?

 もし居るのなら、話がしたいんじゃが』


「ええ、いますよ。 アゼレア、ちょっといい?」


「何かしら?」


「イーシアさんがアゼレアに用があるってさ」


「今晩は、イーシア様。 私に何かご用でしょうか?」


『おお。 久しぶりじゃのう、アゼレアよ。

 ところで、孝司とはよろしくヤッておるようじゃのう?』


「はい。 お陰様で今日も夕方までヤッてました」


「おい! そこの2人、下ネタはいいから早く話さんかい!」



 何でこの2人は共に女性なのにこうも下ネタが好きなのだろう?

 しかも、俺が同じ部屋にいるっていうのに、こうもあっけらかんと話されると困る。



『まったく、孝司は相変わらず頭が固いのう』


「そうなんですよイーシア様。

 アレのときはもの凄く“硬く”しているのを“色んなところ”にねじ込んでくるのに、こういう時くらいフニャフニャに柔らかくてもイイと思うんです」


「おいアゼレア、何気にさらっと人の性事情を話さないの!

 あと、俺はノーマルなのにアゼレアが強引に求めてくるからでしょうにッ!!」


「でも求めたら嬉々として挿れて来るじゃない」


「うぐ……」


(ああもう、俺は知らん!)


「もういいから、さっさと話しを進めてよ!」


「フフッ。 イーシア様、お話とは何でしょうか?」


『うむ。

 今後も孝司を助けてやってほしいのと、お主の身体についてじゃ』


「身体ですか?」



 思わず俺がアゼレアに代わって質問する。

 もしかして、以前飲ませた栄養ドリンクが彼女の体に悪影響を及ぼしているのだろうか?



『アゼレアの身体は今までにないほど進化しておる。

 元々、淫魔族と吸血族の混血でるにもかかわらず、その種族の力を無駄なく発揮できておるのは素晴らしいことじゃし、孝司の飲ませた栄養ドリンクが原因とはいえ魔力や体力が格段に引き上げられてのは良いことじゃ。

 しかし、これからも孝司と一緒に動いて回るのであれば見逃せないことがある』


「それは何でしょうか?」


『それは病気や怪我のことじゃ』


「怪我は分かりますが、病気……ですか?」



 病気と聞いてアゼレアは顔色を一瞬曇らせる。

 この世界ではどんなに強い物であっても病に罹りあっけなく死ぬというのが日常茶飯事であるため、それによって自分が死ぬかもしれないということに思い至ったらしい。



『そうじゃ。

 アゼレアよ、お主の世界ではまだ細菌やウィルスという存在が認知されていないため分からぬかもしれぬが、これら目に見えない病原菌に侵されてお主がぽっくりと逝くのは忍びない。

 これから好きな者と末永く一緒にいたい、お主の気持ちは痛いほど分かる。

 そこで儂がお主の身体を弄って病魔に侵されない体にしようと思っておる』


「それは……」


『なに、別に痛いことなどない。

 ほんの一瞬で終わることじゃし、外見も変化せん。

 どうじゃ、お主さえよければこの場でやってしまうが?』


「それは願ってもないことであります。

 私は孝司によってかつてないほど強くなりましたが、それは魔力や肉体が強くなっただけであり病に関しては無防備なままなのではと常々思っていました」


『よし、では始めるぞえ? …………ほい、終わったぞ』


「え? もうですか?」



 イーリアさんが画面の中で2~3秒ほど目を瞑り、次に開けたときには終わったと言われれば疑いたくもなるのは当然だろう。痛みも違和感もないのだから本当に何かしたという実感がないのだ。



『うむ。

 これでお主はあらゆる病気や毒物、呪いなどに侵されることもない。

 怪我にしても一瞬とはいかなくとも、1日ほど時間を置けば完全に癒えるようになった。体力や筋力、魔力も均等に弄って、身体に負荷が掛かることも無くなったし骨や筋肉も今まで以上に頑強になったことじゃろうて』


「ありがとうございます。 そういえば、身体が軽くなったように感じます」


『そうじゃろ、そうじゃろう!

 よし、では儂はこれから御神の所へ行くのでな。

 これで失礼する。 孝司よ、明日はよろしく頼むぞ』


「わかりました。 では、また明日」


『うむ!』



 ノートパソコンの画面が暗転し、イーシアさんとの通信が切れたのを確認してノートパソコンを片付ける。



「良かったね、アゼレア」


「ええ。 でも本当に神様って凄いのね。 本当に体が軽いわ!」


「見た目は変わらないから俺には判らないけれど、アゼレアが病気とかに罹らなくなったのは俺としても嬉しいよ」


「ありがとう、孝司。 じゃあ、夜も遅いし寝ましょうか?」


「そうだね。

 明日は色んな所に顔を出さないといけないから、早めに寝ないと」


「ええ、そうね。 早く“寝ましょう”」



 俺はこの時、嬉しそうな顔をしているアゼレアに対し完全に油断していた。

 パジャマに着替え、歯を磨き床に就いたとき何もなかったというのもあるし、この時布団に潜り込む俺を見て目を妖しく輝かせる彼女に対し注意を向けていなかった俺も悪かったとは思う。



「それじゃあ、お休み」


「ええ。 お休みなさい」



 部屋を暗くしてから30分後、微睡の中俺は一匹の淫獣に襲われ、問答無用に精を貪り食われたのだった……

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