第26話 軍刀

(面倒なことになった……)



 そんな思いがずうっと俺の頭の中に過ぎる。

 原因は今乗っている馬車の後ろをついて来ている3頭の馬に騎乗している3人の男女の内、先頭に位置している男にあった。


 『ユウイチ』と名乗った日本人。

 日本人風の名前と顔を持つ所謂日系人とかではなく、正真正銘の日本人。


 彼は俺達の乗るこの馬車を態々魔法で自身の姿を変えて尾行していたが、スミスさんに尾行を気付かれて話すを聞くために彼を捕まえようとした。


 そこまでは良かったのだが、アゼレアが彼の変装を見破り魔法を強制解除したときに現れた素顔はこの世界の人間ではなく日本人だったのだ。


 これだけならば誤魔化しようもあったのだが、アゼレアの尋問で彼はなんと俺がこの世界にどうやってやって来たのかを聞きたいために近付いたと言いやがったのである。しかも、スミスさんやベアトリーチェ達の前で全員に良く聞こえるように大きな声で喋ってしまったのだ。



(まずいな……スミスさん達に聞かれたらどう答えるべきか?

 なんとかして誤魔化すか? いや、それとも正直に話したほうが良いのか?)



 しかし、そうなると俺の身分や目的まで突っ込まれたときが困る。

 相手はファンタジー小説にある未成年の勇者とかではなく、海千山千の元軍人さんに警察のような立場にいる宗教関係者だから、矛盾を感じたらそこを取っ掛かりにグイグイ来そうなのが気掛かりだ。



(ふう……全く、なんであの場で喋るかねぇ。 話を聞きたいだけで充分だろうに……!)



 そしてもう一つ懸念事項がある。



(あのユウイチと名乗った男はどうやって“素”のままでこの世界に来たんだ?)



 この世界には元日本人が異世界人へと転生して新しい人生を送っているのは、この世界の神イーシアさんに教えてもらって知っている。もしかしたら、今まで会った人や街中ですれ違った通行人の中に元日本人がいたかもしれないが、外見が日本人そのままの人間と会うのはこれが初めてだった。



(どっからどう見ても日本人だよなぁ……)



 黒髪・黒目の異世界でよく言われる日本人の特徴を持つ典型的な日本人で、ほんの少しだけ顔の彫りが深いイケメンだ。身長は騎乗しているからはっきりしたことは分からないが、多分俺より背が高く、全体の雰囲気はサッカーやバスケット選手のような爽やかな雰囲気で、俺のような日本中どこにでもいるような平凡な感じではない。


 着ている服こそ異世界のそれだが、背広スーツを着たらさぞかし似合うことだろう。



(女の子2人が仲間として付き添っているのか。

 異世界ファンタジーの王道的に元奴隷なのか、それとも普通に仲間になったのか分からないけど、あの薄いピンク色の髪を持つケモミミの女の子は強そうだよなぁ……)



 もう1人の金髪の女の子もかなりの美少女だ。

 金髪のストレートロングの髪は手入れが行き届いており、降り注ぐ冬の太陽の光を反射してキラキラと輝いている。


 チラリと正面に座るアゼレアを見る。

 俺の視線に気づいたのか、笑顔でこちらへ話しかけてくる。



「どうしたの?  孝司」


「いや、なんでもない……」


「?」


(やっぱ、お世辞抜きで綺麗だよなぁ~)



 向こうの馬に乗っている女の子も綺麗だが、アゼレアやベアトリーチェ達は大人としての余裕と妖艶さが漂っているから俺としてはこちらの方が好みだ。

 若さの中にも男を魅了する何かがある。



(それで言えばカルロッタも中々って……ん!?)



 ぼーっとカルロッタの方に視線を向けると、座っている彼女が肩に掛けていた剣がいつものブロードソードではなく軍刀であることに気付いた。



「カルロッタ、その軍刀は?」


「ん? ああ、これか? アゼレア殿から予備を借りたのだ」


「借りたのだはいいけど、なんで持ったままなの?」


「いや、実はだな……」


「カルロッタはアゼレアさんから剣を受け取った後、狂ってしまったのです。

 その後、ゴブリン達を切ることに夢中になってしまい、自分が持っていた剣を落としてしまったと言っていましたわ」


「え?」


「それでだなエノモト殿。

 良ければ、その……この剣を使わせてくれぬだろうか?」


(ええぇ……要するに愛用の剣を失くしてしまったから軍刀をくれってことなの?

 でも、今さらかあ……って、うっ!?)



 俺が渋った顔で黙考しているとそれを拒否ってると思ったのか、カルロッタが泣きそうな顔になって俺を見つめていた。



「はぁ……わかりましたよ、あげます。

 但し、誰かに譲ったり転売はしないでくださいね?

 その軍刀がもとで生死に関わるような状況に陥った時は命最優先で手放してください。

 ソレが元で死なれると、こちらも寝覚めが悪いので……」


「もちろんだ! 貴殿の言う通りにするっ!」

 ……ところで、この剣には何か名前があるのか?」


「陸軍95式軍刀、95式陸軍軍刀、昭和10年制定陸軍造兵廠官給下士官刀や下士官刀、曹長刀など人によって幾つか呼び名がありますが、基本的に95式軍刀と呼ばれてますね。

 漢字では『九』と『五』に術式の『式』、あと軍隊の『軍』と手刀の『刀』で『九五式軍刀』と書きます」


「九五式軍刀だな。 心得た」


「でもいいんですか?

 金属製の鞘は国防色に塗られていて、カルロッタの鎧には合わないのでは?」


「構わない。 この軍刀を手にできるだけで私は幸せだから!」


(そうですかい)


「後で掃除用の工具をお渡しします」


「かたじけない」


 

 ふーむ。

 銃器ではない軍刀を渡すのはアゼレアに引き続き二度目になるし、しっかりした組織に所属しているカルロッタなら大丈夫だと思うが、彼女だけというのは正直具合が悪い。



「ベアトリーチェさんは剣を使わないんですか?」


「私は基本、魔法を使いますから。

 でも、魔物や不死者の討伐で接近戦になった時は剣や鈍器を武器として使いますわ」


「なるほど」


(アゼレアには98式、カルロッタには95式。

 ならばベアトリーチェには“あの軍刀”が似合うか……)



 宿に着くまでの間、ストレージに入れてある軍刀の中から彼女にはどれが最適か俺は考えていた。






 ◇






「それじゃあ明日、そちらの住居にお邪魔するよ」


「分かりました。

 重ね重ね、本日はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」



 目の前の日本人手転生者『野村 優一』君が本日何度目になるか分からない謝罪をして頭を下げる。

 一緒に彼の内縁の妻である女の子2人も同じように頭を下げ、それぞれの馬に騎乗し帰っていった。



「なんだか怖がらせてしまったようね……」



 隣にいるアゼレアがポツリとそんなことを呟く。

 俺達2人が居るのは本日泊まることになったバルトの宿『大岩荘』の玄関の前。総レンガ造りの3階建ての宿で明治の雰囲気たっぷりのレトロな雰囲気が漂う。


 この宿の俺達が泊まる部屋で彼の名前を始めとした個人情報から、この世界にやって来た経緯や行ってきた事柄に至るまで聞き出していたのだ。


 聴取の間は傍にアゼレアが控えていたこともあってスムーズに進み、あとは報告書を作成してイーシアさんにメールで提出すれば完了だ。



(それにしても爺さんねえ……)



 約1時間ほどで終了した聴取の中で度々出てきた謎の老人。

 俺にとってこの老人の存在が未だ残る疑問の大半を占めていた。


 イーシアさんや御上みかみさんの様な神様なのか、それとも何か別の存在なのかは分からないが、いずれにしても死んだ人間の魂を異世界に飛ばせるなど、只者ではないだろう。


 しかも、ただチート能力を付けるだけではなく、失われた優一君の身体を再構築して再び日本人としてからこの世界に現出させたのである。



(うーむ……これはイーシアさん以外の神様がこの世界にちょっかいを掛けているのか、それとも何か意図があるのか?)



 確かこの世界へ来る前、御神さんが“他の神々”と言っていたことがあったのだが、その神々が何か企んでいるのだろうか?


 可能性としてはこの世界を小説か絵本のように見立てて、神様達が俺達が繰り広げるドタバタぶりを面白がっていると言えなくもないが、イーシアさんの口ぶりからはそうは思えなかった。



(いずれにしても、あの神様2柱の反応次第か……)



 こちらは神様の意向でぶらぶらと世界を回るしかないし、分かったところで手の打ちようがない。



「さてと! 早速、報告書を作って提出しないとな……」


「私はどうすれば良いのかしら?」


「うん、別に部屋にいていいよ。

 アゼレアは既にイーシアさんと顔を合わせてるんだし、別に見られて困るような報告書を作るわけではないからね。

 ただ、変なことはしないでね?」


「あら、変なこととは何かしらぁ~?」



 そう言いながら、こちらへとしな垂れ掛かるように体を密着させてくるアゼレア。



(おおう……!

 俺がアゼレアへ渡した天然椿油でサラサラに保たれてる髪から良い匂いが鼻に入ってくるよお!)


「ほ、報告書を作成する俺の平常心を乱すようなマネはしないでねってことデスヨ。

 頼むから卑猥なこととか仕掛けて来ないでチョンマゲってこと!」


「どうしようかしらぁ~?」



 そう言いながら瞬時に俺の頭をがっちりと小脇に抱えて、宿の玄関へと歩いて行くアゼレア。

 顔の左側に当たる温かくて柔らかい物体の感触に頬を緩めながら、俺はその言葉に焦りを感じていた。



(おい、頼むから変なことしないでくれ!

 曲がりなりにも神様に提出する報告書なんだから、誤字脱字は避けたいんだよ……!)


「玄関先でいちゃつくとか何やってるんだ、お前ら?」


「え? あ、スミスさん! それにズラックさんにロレンゾさんも。

 一体どうしたんです?」


「いや、実質的にお前さんから請け負った乗合護衛の依頼はほぼ達成したから、ギルドに報告に行こうと思ってな?」


「ああ、なるほど……って、あれ? ベアトリーチェさん達もですか?」



 よく見ると、ベアトリーチェとカルロッタも彼らの後ろに控えている。



「ええ。

 私達も一応冒険者としてギルドに登録しているので、報告へと思いまして。

 その後、教会本部へ赴こうと思いますの」


「なるほど。 あ、じゃあ先にこれを渡しときますよ。

 アゼレア、ちょっと放して」



 アゼレアから解放された俺は一度宿に入り、受付前のロビーに従業員以外誰もいないことを確認し、ストレージからある物を取り出す。



「おいおい、何だこりゃあ?」



 彼らの前には銀色に輝くアルミ製のコンテナボックスが4つとオリーブグリーンに塗られた同じくアルミ製のコンテナボックスが1つ転がっている。


 大きさはシルバー、オリーブグリーン共に横約120cm、奥行き高さが約50cmほど。

 一見するとネットオークションやアンティークショップ、セレクトショップ等で売られているドイツ製のアルミコンテナボックスやハンガリー軍のアルミコンテナボックスにそっくりだが、どちらも日本製である。


 因みに銀色のアルミコンテナボックスは日本のとある大手物流会社で製造・販売されているもので、蓋にはその物流会社の赤い丸に白文字で『通』の文字がペイントされていて、製造会社の銘板が取り付けられている。



「これは折り畳み式のアルミコンテナボックスで、中に荷物を入れることができるんですよ」



 そう言って別に取り出した小型のコンテナボックスの蓋を開閉したり、折り畳んだりして見せる。



「ほお? これは便利そうですね」



 ロレンゾさんが早速、手近にあったコンテナボックスの表面を触っていた。



「これは金属ですか?」


「ええ。

 アルミ合金と言って鉄より軽い金属ですね。

 軽金属の鎧とは素材が違いますが、中々に頑丈な箱ですよ」


「で、この箱を俺達にくれるってことか?」


「そういうことです。

 但し、一人一個ではなく、その緑の箱をスミスさん達に。

 そちらの銀色の2個をベアトリーチェさん達に、隣の2個はズラックさんのご家族にですね」


「なんと……」



 絶句してるのはもちろんズラックさんだ。

 まさか乗合護衛の依頼主から家族に宛てた品物を貰うとは思ってもいなかったのだろう。目を大きく見開いてコンテナボックスを凝視していた。



「それぞれに品物が入ってるので確認してみてください」



 そう言われて各々がコンテナの蓋を開ける。



「何だこりゃ?」


「これは……」


「むう?」


「あらあら」


「こ、これは……!」



 各人、様々な声を上げてコンテナの中を見比べている。



「まずスミスさん達へのコンテナですが、こちらには冒険者として活動するにあたり便利な品を入れておきました。

 良ければ使ってみてください」


 オリーブグリーンの塗装が施され、桜の刻印に『Q』の文字がペイントされている主に資材や装備品を入れるのに使われている陸上自衛隊用の『野外こうり』。


 中に入っていたのはLEDランタンにフラッシュライト、そしてそれらに使用する充電式電池とソーラー充電器にツールナイフ、武器にもなる折りたたみ式の軍用スコップや双眼鏡にコンパス、ブルーシートに腕時計、飯盒とダッチオーブン、レスキュー隊用のロープ、手鏡、ポリカーボネート製の水缶など野外で活動する冒険者にとって大凡必要と思われる品物が3人分、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


 この大陸では日本語が標準語として使われているので、説明書もそのまま入れてある。日本製品の説明書は基本的に絵付きで描かれている場合が多いので、何回か説明書を見て使えば問題ないだろう。



「幾つか見たことがないものがあるが、なんだか凄そうだな……」


「まあ実際は使ってからでないとアレですが、野外での活動が便利になることは保証しますよ」


「そうか……」



 素っ気ない返事をするスミスさんだが、それでも目元がニヤけるのを止めることが出来ずその視線はコンテナの中へと向けられており、ロレンゾさんに至っては早速コンテナの中を物色している始末だ。



「で、こちらのズラックさんのご家族に送るコンテナには日持ちのする缶詰や包丁、日用品など日常で使う品物が入ってます」


 

 ズラックさんには奥さんと2人の娘さんがいるということなので基本的には日用品が多くを占めている。


 まずLEDランタンと電池に充電器、日本のスーパー等で売られている各種缶詰の他、飲食店などで使われている業務用のコンビーフや果物が入っているでかい缶詰、災害用の缶詰入りの乾パンや缶詰パンにα米、水缶、直火でも使える鉄製の鍋やフライパンに羽釜、日本の職人が作った各種包丁、同じく日本の職人が作った裁断・工作・散髪に使うための各種鋏、日本剃刀に毛抜き、洗濯物を干すためのハンガー、足踏み式の小型洗濯機、子供用にカスタネットやピアニカ、ハーモニカやリコーダー、ランドセルや算盤、などが詰め込まれている。


 これらを正しく使ってもらうために写真付きの教本も一緒に入れてあり、基本的には食べ物は輸送中の環境の変化に耐えられる缶詰類しか入れていない。


 あとの品はランタンを除くと人力で動かす品物か、動力を必要としない物しか入れていない。子供用の物品も同じだが、算盤など将来本人達が大人になっても使える物が多く入れてある。



「これは果物の絵が描かれているが、この金属の筒の中にこれと同じものが入っているのか?」


「ええ。

 本当はもっと色んな食べ物を入れたかったんですけど、ズラックさん奥さんの所にどれくらいの期間で荷物が到着するのか分からなかったんで、長期間保存できる食品のみに絞りました」


「ありがたい。 ところでこれはなんだ?」



 ズラックさんが取り出したのは茶色いランドセルだ。

 この世界ではピンクや赤、水色のランドセルは目立ちまくるので、敢えて地味な色のランドセルをチョイスしたのである。



「それは『ランドセル』と言って、私の国で子供達が学校に行く際に使われる背負い式の鞄ですね。

 頑丈で壊れにくいので、娘さん達の普段使い用に入れておきました」


「確かに軍の背嚢より頑丈そうだ。

 手を入れる隙間も小さいから、スリなどからも財布や物を取られる心配がないな」


「荷物を取り出す際の鞄の開け方も独特なので、そう簡単に中身を盗られることもないと思いますよ?」



 まあ、この世界に既にランドセルがあるかは分からないが、あの独特の開け方と蓋の開き方から言えば、すれ違いざまに中身を抜き取られる心配はないだろう。



「本当にかたじけない……!」



 そう言って俺に涙を滲ませながらこちらの手を握ってくるズラックさん。

 よほど嬉しいのか握られてる手がめっちゃ痛い。



「……っと、こちらのベアトリーチェさんたちへのコンテナに入っているのは見ての通りです」



 こちらのコンテナボックスの内、一つ目には2人が使うであろう品が入れてある。


 照明器具はスミスさん達とほぼ一緒だが、日用品に関しては違いがあり、日本製の各種タオル製品に化粧筆や日本剃刀や毛抜きにビューラーなどの美容器具、巨大なボトルに入った椿油やシャンプーにリンス、トリートメント、鏡などこの世界では手に入れることが不可能な理美容品の数々。


 また、面白いもので言えば、人を駄目にするクッションなども入れてある。


 何故にこんなものを入れてるのかというと、移動以外ではほぼ教会内で仕事をし、教会でも重要な役職に就いている彼女らはスミスさん達のような冒険者、ズラックさんの奥さんの様に野外活動や家事、雑用などにはほぼ従事していないと聞いていたので、それならば日々仕事で蓄積したストレスや落ち込んだ気分を発散させることができる物品として理美容品を入れたのだ。



「なんだか見慣れない品ばかりですけど、これらは何でしょうか?」


「まあ一言で言えば女性用の美容品ですね。

 顔や髪など身嗜みを綺麗に保つための品物が多く入れてあります」


「あらそうなんですか?」



 そう言われて目を輝かせるベアトリーチェ。

 やはり女性らしく、綺麗になれる道具と聞いて一気に興味が湧いたようだ。



「ええ。

 教会特高官や聖騎士は忙しい部署と聞きましたので、これで気分転換でもしてください。

 今まで以上に綺麗になれますよ?」


「うふふ。

 そうやって煽てても何もお礼は出来ませんわよ?」


「まあ、これからもベアトリーチェさん達を頼る機会があるかもしれませんから、これは繋がりを保つためでもあるんですけどね」


「あら、意外に正直ですのね。

 本当はこのような品を頂くのは通達で控えるようにと言われているのですが、このような珍しいものを頂かなかったら後々後悔しそうですから、ありがたく頂戴しますわ」


「どうぞどうぞ」


「ベアトリーチェ様、お話し中申し訳ありませんがこちらの箱を見てください!」



 カルロッタがコンテナの中を見て何やら興奮した様子でベアトリーチェに話しかける。その様子を見た彼女はカルロッタの言う通りにコンテナの中を覗き込んで文字通り、驚愕の表情を浮かべていた。


「タカシさん、この箱の中身は……」


「それも差し上げますよ。

 まあ、正確にはお二人にというよりは、貴女方の教会へと言った方が良いでしょうね」



 もう一つのコンテナに入っていたのは複数の刀剣で、旧大日本帝国陸軍及び海軍が使っていた各種軍刀である。


 『旧軍刀』と呼ばれるサーベル様式の拵えを持つ陸海軍の尉官用旧型軍刀を筆頭に陸軍の九四式、九五式、九八式、三式、三十二年式甲・乙型、騎兵用旧型軍刀に海軍の太刀型軍刀と海軍士官短剣、それと明治から昭和にかけて当時の警察・消防幹部が腰に提げていたサーベルなどがそれぞれ複数収められていた。


 軍刀とサーベルはいずれも作りが良い最初期型、または初期型と呼ばれる刀剣で、整備用の工具類などもセットで入れてある。



「カルロッタに剣を渡すのを渋っていた貴方が何故ここに来て、これほどの量の剣を我々教会に渡してくれるのですか?」


「まあ、幾つか理由がありますが、一つの理由は私がこの世界の人間でないということですね」


「え?」


「皆さん聞いてたんでしょう?

 さっきの騒ぎであの優一と名乗った男の言葉を」


「それは……」


「なら、隠すよりも認めておいた方が無難かなと思ってですね。

 口止め料ではないですが、今後もスミスさんやベアトリーチェさん達を頼る機会はあるかもしれませんし、それならば今の内にもっと仲良くしておいた方が良いと判断しまして」


「で、この品物ってことか?」


 スミスさんが分かったような顔で話し掛けてくる。

 彼らも驚いた様子がないことからも、薄々俺が普通の人間でないことに気付いていたのだろう。



「そういうことです。

 金銭の類などではあなた方を味方にするのは難しいと思いまして。

 ならば、これらの手に入らない品物を渡した方が手っ取り早いと思いましてね?」


「まあ確かに、こういう品物は金が幾らあろうが王族だろうが手に入れることは出来んわな……」


「そういうことです」


「でも、それがこの剣とどんな関係が?」



 ベアトリーチェが分からないといった顔で尋ねてくるが、それはそうだろう。

 スミスさん達へ渡す品物にも包丁や剃刀などの刃物が入っているが、武器の類は一切入れていない。



「まあ一つは聖エルフィス教会という大陸中に信徒を持つ組織とは良い関係を保つためですが、特に教会特別高等監察局や聖騎士団とは良い関係を築いておきたいんですよ」


「なるほど。 そういうことですか」


「ええ。 そうです」


 これは本心だ。

 アゼレアとシグマ大帝国の将校が対峙した時にベアトリーチェたちが身分証を提示した時、シグマ側は明らかに狼狽していた。


 たかが一宗教組織であるにも関わらず、大陸一広大な領土と膨大な兵力を有する国の将校達が慌てふためくなど普通ではない。


 俺はこの先、下手をすると数十年はこの世界を歩き回る可能性が高いため、異世界に来た初期の段階で各国に事務所や出先機関を設置している組織とは仲良くしておかないと、イーシアさんからの依頼を遂行することはままならなくなるだろう。


 そういった意味では聖エルフィス教会だけではなく、ギルドもその対象に入る。


 しかし、こういった組織や団体は資金や人材が潤沢である場合が多いため、多額の資金提供や寄進、技術提供といった金銭や知識を用いた接触よりも、その組織の役に立つものを提供したほうが手っ取り早い。


 そういう意味もあり、今回軍刀の提供に踏み切ったのだ。


 特に神様経由で手に入れたこれらの武器は絶対に朽ち果てることなく、しかも魔法による防御は容易く切り裂くばかりか、不死者や幽霊など生命や実体のない者への攻撃にも威力を発揮するため、カルロッタ達の様な者にとって、これらの武器は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。


 特にこういう武器の場合、使ってみて初めてその威力を知ることになるのでインパクトも大きく、余程の馬鹿でもない限り、提供した相手を襲ったり怒らせるような真似はせず、なるべく仲良くしていたいという下心が出るため、提供側に対し協力的になる場合が多い。



「で、こちらがベアトリーチェさん個人に渡す剣ですね」


「私に……ですか?」


「ええ。

 カルロッタだけ95式を持っていて、上司である貴女が何も持っていないんじゃ釣り合いが取れないでしょう?」


「そんなことは……」


「まあまあ。

 使うかどうかはベアトリーチェさん次第ですから、身に着けようが箪笥の肥やしにしようが自由なんで、乗合護衛の駄賃として受け取っておいてください」



 そう言って俺が彼女に押し付けたのは日本陸軍の旧型軍刀だ。

 コンテナボックスに入れている軍刀とほぼ一緒だが、あちらが尉官用であるのに対してこちらは佐官用の拵えである。


 因みに『旧型軍刀』とは昭和7年以降、新たな下士官刀や将校用の新軍刀が制定されるまで旧陸海軍双方で使われていた軍刀の総称でそのバリエーションは様々だ。


 もちろん、新たな軍刀が続々と制定されてもこれらの旧型軍刀を長年佩用したり、譲り受けたりで終戦まで長きに渡って士官や将校達によって使い続けられた旧型軍刀は多い。


 ベアトリーチェに渡した軍刀はクロームメッキされたサーベル様式の金属製鞘を装備し、鞘先端の石突きは馬蹄型の形状をしている。


 刀身は日本刀そのもので、長さは約60cmほど。

 柄は西洋のサーベルに近いが片手握りではなく、両手握りで鍔護拳には見事な透かし彫りが施されている。


 尉官用と違い、柄の背金にも菊の彫り物が施されており、尉官用旧型軍刀より凝った装飾が多く見受けられ、新品未使用であるため刀身・鞘・鍔護拳・背金共に汚れはなく、ピカピカに光り輝いていた。



「凄い剣ですわ。

 カルロッタの持つ剣とはまた違った雰囲気がありますわね」



 鞘から抜いて刀身を見つめるベアトリーチェ。


 軍刀であるため刀身にはカルロッタの95式同様に波紋はないが、ピカピカに輝く刀身は妖しい雰囲気を周囲に振り撒いており、刀剣好きならば放っておかない輝きを誇っている。


 現にカルロッタは俺から新たに貰った革製の略刀帯と共に95式を腰に吊っているにもかかわらず、ベアトリーチェの持つ旧型軍刀へと目が釘付けになっていた。



「その時代の軍刀は『旧軍刀』とか『旧型軍刀』と呼ばれています。

 旧の文字が付きますが、決してカルロッタやアゼレアの持つ軍刀と比べて劣った意味でその名称で呼ばれているのではありませんので、安心して下さい」


「ええ。

 分かりましたわ。

 果たして使う機会があるのかは分かりませんが、ありがたく使わせてもらいますわね」



 これでスミスさんやベアトリーチェ達へ渡す品物はもうない。

 もちろん、これらの品物を渡すに当たって、イーシアさんの許可は取ってある。



「どれ、早速ギルドに行ってズラックの箱二つを商業科の商人に送ってもらう手配をしてもらわないとな。

 タカシ、箱が重いからギルドへ運ぶのに馬車を借りてもいいか?」


「いいですよ。

 俺とアゼレアは部屋でゆっくりしてますので、自由に使って下さい」


「すまねえな。

 じゃあ、ロレンゾとズラックはその緑色の箱を俺達の部屋へと運んでおいてくれ。

 その間に俺は裏の厩から宿の表へ馬車を回しておく」


「分かりました」


「うむ。 心得た」



 スミスさんの指示で二人がかりで自衛隊のコンテナボックスを部屋に持っていくロレンゾさんとズラックさん。コンテナボックスはアルミ製とはいえ、箱だけで重さが約15kgほどある上に、みっちりと荷物が詰まっているので、かなりの重量となっている。



「うーむ……こりゃあ俺達も馬車を購入しないといかんなあ」



 大の男2人がかりとはいえ、重そうに階段を一歩ずつ慎重に上っていくロレンゾさんとズラックさんを見ていたスミスさんが馬車の購入についてポツリと口にする。



「何だったら購入費用を出しましょうか?」


「さすがにそこまで世話になるわけにはいかねえよ。

 何もタカシの持ってるようなでかい馬車じゃなく、俺達三人とあの箱さえ乗ればそれでいいからな。

 それくらいの費用は余裕で持ってるし、お前さんに貰った金貨も手つかずにとってあるから、心配はいらねえぜ」


「そうですか。

 そういえばあの箱ですが、蓋に鍵を付けれるようになってるので今のうちに鍵を渡しておきますよ」



 そう言いつつ、南京錠と鍵を3箱分スミスさんへ手渡す。



「ほお?

 そりゃあ、まるで宝箱のようだな。

 まあ、鍵を付けれるんなら、あの金属の箱に荷物を入れておけるな」


「ええ。

 アレに荷物を入れて宿の部屋に置いておけば、中身を漁られる心配はありませんよ」


「そいつはありがてえ」



 あのコンテナボックスも、もちろん武器と一緒で壊れることは決してなく、それがドラゴンの蹴りだろうが、火炎だろうが問題ない。


 例えバールのようなもので無理矢理抉じ開けようとしても多分バールの方が壊れると思う。

 心配なことと言えば箱ごと持ち去られることだが、鍵を掛けた宿の部屋であればすぐに盗んだことがばれるから大丈夫だ。



「ところでスミス殿、ギルドに行かれるのならば我々の箱も教会本部まで運んでもらえないであろうか?」



 俺とスミスさんが話していると、カルロッタが箱の輸送について話し掛けてきた。

 確かに中の荷物込みで30kg近くになるコンテナボックスを人力で運ぶのは難しいだろう。



「構わねえぜ。

 教会本部はギルド統括本部のすぐ目と鼻の先だからな。

 ただ、俺達部外者じゃあ教会本部の敷地には入れねえから、馬車から降ろした後は玄関までしか運べねえがそれでもいいか?」


「大丈夫だ。

 敷地の警備は常に僧兵の者達が行っているので、その者達に運んでもらうとしよう」


「じゃあ大丈夫だな。

 ということでタカシ、馬車を借りるぜ?」


「ええ。 事故に気を付けてくださいね」


「おう!」



 そう言って宿を出て行くスミスさん。

 俺は女性陣と共にコンテナボックス4つを宿の玄関前まで運び、スミスさんが回した馬車に積み込んでいると、程なくして戻って来たロレンゾさんとズラックさんも手伝って荷物を積み終えることができた。



「全員乗ったな?

 じゃあタカシ、すまねえが馬車を借りるぜ」


「ええ。

 スミスさん達が出かけている間、俺とアゼレアは暗くなる前にちょっと街中を見て回りますね」


「おう。 くれぐれも気を付けろよ

 あとアゼレア嬢ちゃん、ヤリ過ぎてタカシをミイラにしないようにな」


「大丈夫よ。 節度は守るわ」


「ハハ……じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃい」



 俺とアゼレアは進んで行く馬車を見送り、その後2人で宿に入る。



「……そう言えば、2人っきりになるのって始めてだね?」


「そうね。

 部屋では兎も角、それ以外は常に誰かが居たものね」



 言うが早いか、獰猛な笑みを浮かべて俺の後ろへと瞬時に回り込み、こちらの襟首を掴むアゼレア。



「え……?」


「この時を待っていたわ。

 さあ孝司、めくるめく快楽の園に行きましょう!」


「ええーっ!?

 ちょっと待ってよ、アゼレア!

 バルトの街を散策するんじゃないの!?」


「そんなのは後でも出来るわ。 私は今、血が昂っているのよ!」



 そう言って何時ぞやの様に宿の廊下で俺を引き摺って行くアゼレア。

 もちろん、目的地は俺達が取った部屋である。



「フフフフ……!

 魔物共と戦って昂りっ放しだったこの淫魔族と吸血族の血、漸く鎮めることができるわぁ。

 今日の私、孝司の命の保証ができないかも……」


(ヤバイ、彼女は本気だ……)



 アゼレアの俺を見る双眸が戦闘時のように赤金色に光り、血の様に赤く鮮やかな自分の唇をペロッと淫靡に舐める彼女を見て、俺は死がそこまで差し迫っていることに恐怖する。



「ヒイイイィィィィーーーーッ!!??

 俺、腹上死なんて嫌だよおぉぉォォーーーー!!!!」


「ウフフフフフフフフフフッ……………………!!!!」


「アアァァーーーーーーーーーーッ!!!!!!」



 宿の廊下に俺の悲痛な叫びが響いていた。






 ◇






「ほう?

 これが『軍刀』と呼ばれる剣か。 見事なものだな……」


「はい。

 切れ味、頑強さ、どれをとっても素晴らしい性能を有していますわ」



 とある部屋の中、男と女の喋る声が静かに響く。

 場所はバルト永世中立王国、王都テルムに位置する聖エルフィス教会本部。


 教会本部の中でも最重要区画にあり、並の司祭や神官では立ち入ることができない限られた者のみが入室を許されることのできる教皇執務室。


 その教皇執務室にいるのは一組の男女。

 女の方は教会特別高等監察官のベアトリーチェ・ガルディアン。

 もう一人の男は現教皇『ベイルート七世』である。


 彼はバレット大陸各地に存在する聖エルフィス教会の神官と信徒及び教会とその下部組織の頂点に君臨する男であった。


 ベアトリーチェより頭一つ分ほど高い身長と広い肩幅、彫が深く年相応の深みを持つ顔に整えられた口髭と香油で後ろに撫でつけられた銀髪、そして老いを全く感じさせない身のこなしはベアトリーチェをしてさすがと言わざるを得ない。



「それで、君と一緒に旅をした異世界からやって来たというその男がこれらの剣を我々に提供すると?」


「はい。

 少なくとも彼の話を聞くに、我々特高官や聖騎士団との繋がりを欲しているようでした」


「そうか……」


「如何されますか? これらの剣を受け取りますか?」


「そうだな、これほどの剣を貰えるのなら貰っておきたい。

 少なくともこれらの剣を聖騎士団の各指揮官に与えれば、不死者や魔物の討伐に威力を発揮するだろう。

 いかなる魔法障壁を討ち破れる武器は貴重だ。

 これだけあれば、新たな魔剣を欲する必要はないだろう」


「は? 仰る意味が分かりかねますが?」



 教皇ベイルート七世の言葉にベアトリーチェは一瞬、彼が何を言っているのか理解するのに数秒を要した。



「何だ、君はこの剣の機能を理解していなかったのか?」


「恐れながら猊下、これらの剣をご存知なのですか?」


「いや、今初めて見た。

 しかし、握った瞬間分かったよ。

 これらの剣は今まで私が見て触れてきた魔剣や妖剣の類とは違うということにな。

 もっととんでもない……そうだな、ここの大聖堂の床に刺さったままになっているあの神の大剣と同じだと言ったほうが早いか?」


「猊下、私も本部に帰還して早速あの大剣を見て来ましたが、そのような力はこれらの剣からは感じ取れませんでしたが?」


「それは仕方がないことだ。

 君と私では経験値が違うからな。

 だからと言って、私とていい加減な推論で言っているのではないぞ?

 今迄の経験、僧兵からこの地位に就くまでに見てきた数々の魔導具や武器と比較しての推論だからね」



 教皇のその言葉にベアトリーチェは頷く。

 目の前の男は平民出身でありながら、一介の僧兵から現教皇の地位へと上り詰めた百戦錬磨の豪傑だ。


 父親が大司教の地位にあり、代々優秀な者達を輩出してきたガルディアン家の一員であるベアトリーチェとは歩んで来た道そのものが違うのである。


 もちろん、名門の宗教貴族たるベアトリーチェとて『教会特別高等監察官』という教会内でも重要な役職に楽に就けたわけではない。


 時には不死者や魔物の討伐にも参加し、命の危険に晒されたことなど一度や二度ではない……が、この教皇はそんなことなど鼻で笑うくらいの数多の死線を潜り抜けてきた。


 それは過去の出来事だけではなく、現在進行形で起きているのだ。

 巨大宗教組織の本部であり、伏魔殿とも言うべき場所で日々繰り返される派閥抗争に出世競争、そこには文字通り命を賭けたやり取りが発生する。


 暗殺、誘惑、恫喝、虐め、ありとあらゆる人間の黒い領域の暗闘に身を曝しながら、教皇という地位で戦い続けるこの男こそ、今代の教皇ベイルート七世であった。



「これらの剣はとんでもない威力を秘めているぞ。

 恐らく、君が見たというオーガの魔法障壁さえも薄絹のように切り裂くであろうな」


「それほどでありますか、猊下?」


「うむ。 この剣は凄いぞ。

 我々の魔法具を専門に作ってもらっている小人ドワーフ族や長耳エルフ族の職人達に鑑定させようと思うが、彼らが仰け反る様が眼に浮かぶよ。

 鑑定次第では私から聖騎士団の各部隊指揮官達への下賜ではなく、聖騎士団所有の貸与品として完全管理をする必要があるな」


「……それほどですか?」


「ああ、それほどだよ。 

 君と君の護衛を任されている聖騎士カルロッタに個人的に贈られた剣については君達個人で管理したまえ。 

 だが気を付けろよ、この剣はかなり危険な代物だぞ?

 聖騎士団にこの『軍刀』という剣が配備されれば、この剣の凄さが次第に知れ渡って行くだろう。

 そうなれば、恐らく聖騎士団内だけではなく我等の僧兵団やこの国の軍人や騎士、冒険者や傭兵、武器商人達も挙って欲しがるだろうし、何より長年僧兵として戦ってきた私も欲しいくらいだからな。

 その剣目当てに襲われないよう注意したまえ」



 そう言ってベアトリーチェの腰に吊られている旧型軍刀を見つめる教皇ベイルート七世。

 久し振りに彼と会ったベアトリーチェは黒い尼僧服を司祭向けに転用した簡易司祭服を着用していたが、以前彼女の異動前に会った時は聖印だけを身に付け、剣などの武器は携帯していなかった。


 しかし、今は腰に革製のベルトを巻き、左腰へ銀色に輝く金属製の鞘に収まった剣を吊っている。



「分かりました。

 しかし、教会特高官や聖騎士を襲う者などいないと思いますけれど?」


「君は分かっとらんなあ……あの大聖堂に刺さっている剣と同じかもしれない剣。

 しかも、下手をすると魔法障壁をあっさりと討ち破れるかもしれない剣とあれば、その価値は計り知れん。

 多少の危険を犯してでも手に入れようと思う輩はいるだろうし、中には剣を手に入れてその構造を分析して量産しようと企む愚か者もいよう。

 そういった不埒な者達にとって、特高官や聖騎士など障害にもならんさ……」



 それを聞いてさしものベアトリーチェも思わず息を呑む。

 そのような物騒な剣を多数所有し、彼女達へまるで贈答品の代わりのように渡すタカシは何者なのだろうか?と……



「猊下、提案なのですが、それを所有していたタカシさんの身柄を押さえるというのはいかがでしょうか?」


「やめときなさい。

 その彼は異世界の人間なのだろう?

 彼が他にどんな武器を所持しているのかも分からない内は危険過ぎるし、向こうからこちらと仲良くしたいというのであれば仲良くしておこうではないか。

 態々、こちらから敵対行動に移る必要はない。

 そんな暇と人があれば不死者や魔物の討伐、迷宮の解析と管理に使ったほうが建設的な上、いかに凄い剣とはいえ、それだけで我等の同胞を危険に晒す必要はない」


「分かりました」


「では、これらの剣は私が預かって各所へ貸与するとしよう。

 そうだな……聖騎士団と僧兵団の両団長、あとは彼らとの話し合いで決めるとしようか?

 それと、この短剣は私が使わせてもらおう」



 箱の中に入っている軍刀を眺めながら今考えていたことをベアトリーチェへ話すベイルート。

 彼は目に留まった旧海軍士官短剣を選び、箱から取り出す。

 鞘から抜いた短剣の刀身を注意深く見つめていた彼はふと何かを思い出したのか、ベアトリーチェに話し掛ける。



「ところで君はこの後、寄宿舎に戻るのかね?」


「いいえ。

 寄宿舎は受け入れ準備が間に合わなかったとのことで今日だけは王都の宿に泊まり、明日から寄宿舎入りになるかと」


「そうか。 では、隣の応接室で待っていなさい。

 君に預けておきたい物がある」


「かしこまりました。

 それでは、わたくしはこれで失礼します」


「うむ」



 この後、聖エルフィス教会の聖騎士団と僧兵団に未だかつて見たことがない剣が複数配備されることになり、聖騎士団・僧兵団の両団長以下、剣術に長けた者たちに貸与された旧型軍刀を始めとした各種軍刀は数々の魔物討伐や不死者討伐でその威力を発揮し、それまで神聖魔法や精霊魔法が全く通じなかった強大な幽霊タイプの不死者を一撃で葬り去る魔剣として聖騎士団・僧兵団内で大切に管理され次代へと受け継がれて行くことになる。


 どんな衝撃や魔物が放つ様々な攻撃、塩水や汗、酸性の粘液でも破損せず、新品同様の品質を保ち続ける軍刀たちは聖騎士や僧兵たちにとって頼もしい味方となると共にそのあまりの頑強さに一種の畏怖さえも集めて行くことになり、聖騎士団・僧兵団共にこれらの軍刀を持つことが許される地位に就くために激しい出世競争が勃発することになった。


 他にも教皇ベイルート七世がいつの頃からか腰に提げるようになった旧海軍士官短剣は、そのまま次代の教皇たちへと引き継がれて行くことになり、とある教皇暗殺事件において教皇の命を救った奇跡の短剣として信徒達に語り継がれるようになる。


 また、教皇が何人代わろうと、時代が変化しようとも朽ちず一切輝きを失わない旧海軍士官短剣は聖エルフィス教会の教皇達と共に在り続けた。


 聖エルフィス教会の聖騎士団と僧兵団が所有する軍刀以外に幾つかの軍刀が個人所有されているとの噂が流れ、一時は『軍刀狩り』と呼ばれる事件が冒険者や傭兵を中心に発生した時期もあったという。


 余談ではあるが、これらの軍刀と短剣の噂を聞きつけたドワーフを筆頭とする鍛治職人、精霊魔法を駆使するエルフ族の剣士、人間種の武器商人や冒険者らが同じ軍刀をその不可思議な力は兎も角、せめて形状と切れ味だけでも良いから作製しようと苦心することになり、バレット大陸における刀剣の歴史に新たな一ページを書き加えることになるのだが、それはまた別の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る