第24話 バルト

「おお~っ!?」


 それを見た俺は御者台から思わず立ち上がり、歓声を上げた。

 街道の森を抜けた瞬間、500mほど先から広がる家々。


 左右の山脈の比較的緩やかな傾斜の麓のやや上から中ほどまでは所々に『シャレ―スタイル』と呼ばれる地球のスイスの山岳地帯でよく見られ、建物の左右に大きく突き出た比較的浅い造りの三角屋根が特徴的な完全木造の民家が所々に建っている。


 しかし、それから下の街道沿いの家々はスイスの『エンガディンハウス』と呼ばれる一見石造りに見えるが、実は木造とモルタルを組み合わせた2階建ての家々が立ち並ぶ。こちらから見てこれらの街の手前に簡易的な門と馬防柵が建っているが、門から向こうは完全に石畳になっているようだ。



「おっほっほぉ~!!」



 同じ方向に進む他の馬車や騎馬と一緒に門を潜り、石畳の道に入り左右に建物が立ち並ぶ道に進入すると、一層テンションが上がり、変な声が自然と出てしまう。


 それはそうだろう。

 なんたって『世界ふれあい街歩きに』出てもおかしくないスイス様式の家々と見紛う様な建物が立ち並んでいるのだ。


 ヨーロッパ旅行へ一度も行かずにこの異世界『ウル』に来た俺としてはこの街並みが、まさにヨーロッパ旅行に近い印象を与えているのだから、興奮しないの方がおかしい。


 シグマ大帝国もヨーロッパらしいと言えばヨーロッパらしいのだが、どちらかと言えば建っている建物の様式が雑多で、どことなく長崎県佐世保にある『ハウステンボス』から風車を取り除いて、ちょっと日本の雑多な街並みを加えた感じだったので、俺にとってはこちらの方が気分が高揚する。


 しかも、俺はこの街並みを自動車の窓からではなく本物の馬車の御者台から見ているのだ、これもテンションを引き立てる一因になっていた。


 バルトの国境の近くにあった宿場町に着いたときは周囲は暗くて建物の様式や街並みが分からなかった上に、夜は淫獣と化したアゼレアによって夕食後すぐに部屋へと引き擦り込まれた挙句、魂が抜ける寸前まで搾り取られて早朝の出発時はフラフラになり、馬車の中で終始眠っていたため宿場町の街並みを見ていなかったのだ。


 そのため、漸く回復した俺にとっては今がバルトの街並みを初めて眺めているということになる。



「なんだか妙に高揚しているな、タカシ?」


「そりゃあ、もう! 俺、こういう建物好きなんですよ!」



 本当は和風または和風モダンと呼ばれる建築が大好きなのだが、その次に来るのがスイスの街並みとドイツ・フライブルクの街並みだ。和風建築は多分この世界では見ることができないと思うので、今は目の前のこの街並みが上位に来ている。


 また、道路幅が広いのがまた開放感があって良い。

 道幅は大型トラックや大型バスが余裕で2台すれ違えるくらい広く、おかげで今から国境に向かうと思われる対向のしてくる馬車とも安心してすれ違うことができる。


 そんなすれ違う馬車を横目に、興奮しつつ周囲の建物をお上りさん宜しくキョロキョロと周囲の家を見回すと、屋根のすぐ下や扉のすぐ上に金属で作られた紋章が嵌っている家があることに気付いた。



「スミスさん。 あれ、あの壁に着けられている紋章って何ですか?」


「あれは、その家に住んでいる者の身分や家柄を示しているんだ。

 基本的に貴族やその街の重要な役職、例えば議会や役場の重要職に就いていますよって表す場合が多い」


「へえ~なるほど」


「この国の初代国王は元冒険者、王妃は元魔導師でな。

 どちらも当時かなりの剣の使い手と魔法の使い手として名を馳せた二人がまだ国ではなく、元々村として存在していた所に移り住んだのがきっかけだ。

 で、その住んでいた村をもっと栄えさせようと二人が考えたのが、この国が国家として歩むことになった大本だ」


「ほう?」


「そのせいか、この国は冒険者を始めとして様々な経歴を持つ奴があちこちから集まって暮らしている。

 冒険者、魔法使い、傭兵に狩人、没落した他国の貴族や騎士階級の者、元軍人、元役人、他にも発掘家や芸術家や音楽家、亜人に獣人にと数えればキリがない。

 そういう奴らが寄ってたかって集まって創り上げたのが、この国だ。

 初代国王が冒険者であったようにこの国の中枢で働いている奴の中には、先祖が冒険者や没落貴族である者も多い。

 変わったところでは、魔族の連中も住んでるんだぜ」


「すっごい国ですね」


「まあな。 まあかくいう俺とその親もそうなんだがな」



 おどけた様子で話すスミスさん。

 そう言えば、スミスさんはバルトで生まれたと言っていたことを思い出した。



「このまま馬車を進めて王都『テルム』に行く。

 途中どこかで昼飯を食って休憩しても今日の夕方には着くだろう」


「分かりました」






 ◇






「賑わってますねえ……」



 時刻は午後0時。

 俺達は馬車を止め、昼食を摂る為に途中目に入った食堂兼酒場に入った。


 正午だというのに店内は酔客で賑わっており、テーブルの間を給仕約の男女が数人で料理や飲み物を運んでいるが、どうやらこの店はここら辺でも最も大きい食堂兼酒場らしく、店の規模としては大学や企業の食堂と同じくらいの広さを有している。


 中には給仕の数が足りないのか、自ら料理を受け取るために厨房へと向かう客もいた。



「こりゃあ凄えな……一年前と比べて客が増えてる上に店がデカくなってやがる」



 この店はスミスさん達がバルトに戻って来た時によく利用する店で、一年前はこじんまりとして静かな小さいお店だったらしいのだが、目の前に広がる店内はそんなことが想像できないくらい繁盛している。


 スミスさん自身、同じ店名というだけで場所を間違えたのかと思ったらしいのだが、通行人に聞いたところこの店で間違いないのだという。



「まあ俺の記憶と様変わりしちまっているが、この店の料理は間違いなく美味い。

 お薦めは芋にチーズを掛けた料理と皿状のパンの上にチーズやハムを載せて焼く『ピザ』っていう料理が美味いぞ」


「へえ。

 じゃあ、それを中心に幾つかの料理を頼んで食事と洒落込みますかね」



 そう言って出入り口から中を伺っていた俺達は扉を開けて中に入った。

 しかし店に入った瞬間、出入り口付近で飲んでいた誰かが比較的よく聞こえる声で「うお、スッゲエ美人……!」と言った直後に店内で食事や飲んでいた者達が一斉に静かになり、こちらを見る。



(なんか視線が痛いな……)



 そんな俺の思いを他所に女性陣は隅に空いていたテーブル席を認めると、周囲から受ける視線を気にすることなく席に着く。6人掛けの席だったので給仕係に椅子を一つ持って来てもらって全員着席する。



「で、料理はどれを注文する?」



 そう言って俺の方に料理の詳細を書いているメニューを渡すスミスさん。

 財布の紐は常時俺が握っているため、こういう時は俺が決めて注文を出さなければいけない。


 俺としては好きなものを注文してもらって結構なのだが、ことお金関係になるとみんな真面目でキッチリしており、自分達で好き勝手に物を頼むことは絶対にない。


 やはり異世界とはいえ、これが大人ということだろうか?

 メニューにはやはり日本語で幾つかの料理と飲み物の名前が書かれている。


 日本のレストランと違い、藁半紙に書かれた料理の欄には先程聞いたピザ以外に肉料理やチーズを中心とした料理の名前が並んでいるが、写真や画像が無いのでどんな料理かいまいち分かりづらい。


 季節が冬ということもあり、体が温まる料理が良いだろうと思い豚肉の香辛料炒めと肉団子のスープ、生ハムとチーズのピザと蒸かし芋のチーズ乗せの料理を注文した。


 飲み物はそれぞれの希望を聞いたうえでエール3つとワイン3つ、果実酒1つを注文する。因みに果実酒を注文したのは自分で、忙しなく歩き回る給仕の男性を呼び止め注文を終えると俺は再び席に着く。



「やっぱ、お嬢さん方は別嬪さんばかりだから、こういった場所じゃ凄え目立つなぁ」


「私とカルロッタはいつもの事なのでもう慣れっこですわ。

 幸い“コレ”とカルロッタの格好のお陰で、今まで酔客などに絡まれたことはありませんが……」


「私はこういったところではないけど、軍や一族で開催される祝宴の席では似たようなことはあったわね。

 ただ、私が顔を向けるとみんな視線を逸らすし、近付くと男性陣は皆逃げちゃうから、声さえ掛けられないのよねぇ……どうしてかしら?」



 周囲から突き刺さる視線に対しスミスさんが思ったことを素直に口にすると、ベアトリーチェとアゼレアはそれぞれ別の答えをする。


 因みにベアトリーチェの言った“コレ”とは、聖エルフィス教会の高司祭に着用または携帯が義務付けられている円形の純金製の聖印ことだ。


 総純金製の聖印は精緻な彫刻が施されており、中央部に丸いルビーのような赤い宝石が嵌っている。ベアトリーチェはこれを同じく金で作られた細いチェーンで首から吊っており、本人の豊かな胸を包んでいる司祭服乗っかるようにして掛かっているのはすごい。



「それ重くないんですか?」



 純金製と聞いて「お幾らですか?」という質問はさすがに失礼だろうと思い、敢えて重量に関する質問にしてみたが、本人はさして気にした様子もなくさらりと答える。



「いいえ。 慣れればそこまで重く感じません。

 ただ、コレを失くしたり奪われたり、悪用されないように心掛ける責任感の方が重く感じますわね」


「ああ、それもそうですね」



 あの聖印にどんな効力があるのか知らないが、もし黄門様の印籠と同じ効力があるのなら聖印を管理する責任は重大だ。なんせ純金製の上に宝石のような石が嵌っているのだから、貴金属としての価値もかなりのものだろう。場所によっては聖印の所為で襲われかねない。



「ところで、その聖印の中央部に嵌っている魔石は何かの用途があるのですか?」



 魔法具に詳しいロレンゾさんが聖印を見ながら持ち主であるベアトリーチェに質問する。最初、俺はあのルビーのような赤い石をただの宝石とばかり思っていたが、どうやらあれは魔石らしい。



「これは持ち主を現す魔石で、聖印を手に持った状態でこれに意識を少し集中させると……」


「「おお~っ!」」



 俺とロレンゾさんが揃って驚きの声を上げる。

 それは聖印を水平にした状態で魔石から垂直に上に向かって光が出ており、その光の中に高さ30cm程のベアトリーチェが映し出されていた。


 映し出されたベアトリーチェは起立した状態で手を胸の前で組んで穏やかな笑みを浮かべており、その下にはカタカナでベアトリーチェの名前がフルネームで表示されている。その光景はまるでRPGのスタート時において初期キャラクターの性別や装備を選んでいる時のようで少し面白い。


 店内は柔らかい電球色の魔法の光で満たされているが、光量的にはベアトリーチェの聖印から出る光の方が強いため、周囲の人間も聖印から映し出されるミニチュアサイズで描かれているベアトリーチェの姿を見ている。



「と、まあこのような感じでこの聖印の持ち主が瞬時に判るようになっているのです。

 因みにもし、聖印を故意に盗んだ場合はその者が何者であろうと教会本部より指名手配を受け、各国からもお尋ね者扱いされるので、もしどこかで聖印を見つけたら速やかに最寄りの教会に届けることをお勧めしますわ」


「それは聖エルフィス教会限定ですか?」


「いいえ。

 当教会は元より他の教会・宗教組織など国家の承認を受けている所はどこも同じはずですわ。

 ですから宗教や信仰の違いなどに関わらず、拾った聖印はとりあえず最寄りの教会に速やかに届けてくださいね」


「分かりました。 聖印を見つけたときは気を付けます」


(ふーむ……これを聞いた限り、聖印を見つけたら日本の交番宜しく届け出るということは分かったが、宗教や信仰の違いに関わらずということは他の宗教組織間と繋がりがあるということか?

 それとも聖印に限ってお互いに協力する体制が整っているというこのなのだろうか?)



 まあ免許証や個人番号カードと同じように見つけたら、速やかに届けないといけないのは同じようなので、ベアトリーチェに言われた通りに届けるように心掛けておくとしよう。



「ところで、この後半日ほど馬車を進めれば、バルトの王都テルムに着く。

 高司祭と聖騎士のお二人方はそのまま教会本部に行くのかい?」


「そうですわね。

 一応本部に顔を出しますが、寄宿舎のお部屋が準備されているかで違ってきますわ。

 本部に着く頃には辺りは暗くなっているので、寄宿舎の受け入れ準備が完了するか微妙なのですわ」


「じゃあテルムに着いたら、ベアトリーチェさん達は同じ宿で一泊でいいですか?

 スミスさん達は……」


「そうだなあ……もし良かったら一泊させてもらえるか?

 次の日の朝には宿を出ようと思う」


「私達もお言葉に甘えて、一泊させてもらえれば助かりますわ」


「わかりました。

 じゃあ、いつも通りに全員分の部屋を取れば問題ないですね?」


「すまんな」


「ありがとうございます」


「かたじけない」


「すまん」


「ありがたいです」



 アゼレアを除く全員が俺の言葉を返す。

 そんな彼らを見て俺は逆に彼らに一つ聞きたいことがあったので質問してみることにした。

 っと、その時ちょうど料理が運ばれて来る。



「あら、これは美味しそうね」


「ほう? こんな料理があったのか、知らなかったな……」


「作り立てで、湯気が黙々と出ていて美味しそうだ」



 テーブルに次々と並べられる料理にアゼレアが舌なめずりをし、その横ではここに何回か来たことがあるスミスさんがこの店で初めて見る料理に目を向けている。


 カルロッタはお腹が減っていたのか、普段のクールビューティーな雰囲気とは打って変わって子供の様に目を輝かせて料理を見ていた。



「飲み物も行き渡った様ですし、それではいただきますかね?

 じゃあ、いただきます」



 俺がそう言うと全員がそれぞれ料理をいただく前の作法を取り、自分達の小皿に中華料理の如く目の前の料理を取り分けて食事を始める。



「ところで、バルトに着いてスミスさんやベアトリーチェさん達と別れた後なんですが、馬車はどうすれは良いですかね?」


「“どう”と言うと、何なんだタカシ?」



 ジャガイモにラクレットのようなチーズの塊からアツアツに溶けたチーズを掛けた料理を食べながら、俺が彼らと別れた後の馬車の今後について質問した。

 するとピザを頬張り、それをエールで胃に流し込んでいたスミスさんが反応する。



「いや、実は俺とアゼレアだけになると馬車が要らなくなるんですよねえ。

 あれだけの大きさを持つ馬車が2人だけだと、逆に広すぎて邪魔になるので」


「確かにな。

 俺達だけじゃなく、あのアルトリウスって言ったか?

 あの坊や達のクランが乗り込んで丁度良いっていうくらいの広さだからな」


「でしょう?

 思わず大型の馬車と体格が大きい軍馬を曳き馬として購入しましたが、今後2人だけの旅となると持て余すと思うんですよね?」


「うーむ、そうさな……この国の馬屋に売るとか?」


「売るとなるとどうなんですか?」


「あれだけの大きさだとバルト国内では買い手がつかない可能性が高いですね。

 街道上だけを行き来するのであれば良いかと思いますが、バルトは周囲が山脈に囲まれている上に狭い山道も多いので、シグマ対帝国のような国土が広い国ではないと農耕馬や輸送用馬車としても買い手がつかない可能性が高いです」


「え!? そうなんですか……?」



 俺とスミスさんの話を聞いていたロレンゾさんがスミスさんに代わって答える。



「ええ。

 軍用としてなら兎も角、この国での農耕用や輸送用としての需要は低いと思いますよ?」


「どうしましょうかね?」


「私達教会でも食べ物や信徒を運ぶための馬車や馬はありますが、あれだけの大きさとなると……」


「我々が使うには持て余しそうですね」



 迷いながら俺がベアトリーチェ達の方に視線を向けると俺の考えが分かったのか、先回りしてベアトリーチェとカルロッタが曇った表情で答える。



(ふーむ、教会に寄付するから使って下さいと言おうとしたのだが道を塞がれてしまったな……)


「じゃあ、スミスさん。 あの馬車と馬、差し上げますから3人で使いませんか?」


「いや、俺達だってあの大きさは持て余すぞ。

 もっとクランやチームが大きくなれば話は別だが、今のところ俺はズラックとロレンゾの二人以外と組む気ないからな」


「でも以前、冒険者会議には色んなクランやチームが来るから運が良ければ有名どころのクランと組めるかもとか言ってませんでしたっけ?」


「まあそりゃあ、言ったことは言ったが。

 うーん、どうだろうな?

 俺達三人は元軍人だから組むとしたら、元軍人か最低でも傭兵経験がある奴と組みたいんだよ。

 見ての通り、俺達は冒険者と言うよりは戦争屋に近いからな。

 能力的にも戦争や小国同士の低強度紛争、護衛や警備のほうが向いてるしなあ……」


「そうですか……」


(まあ、まだ王都にも着いてないし。 馬車と曳き馬については後で決めるか……)



 と内心そう考えていると後ろから誰かが声を掛けてきた。



「おい。 お前、スミスか?」


「あん? 誰だお前?」



 俺の後ろを歩いていた恰幅のよい商人風の男がスミスさんを見ながら彼の名前を呼ぶ。

 食事をしていたスミスさんは怪訝な顔を向けながら男に尋ねる。



「俺だよおれ! ほら昔、護衛依頼で馬車を護衛してもらった」


「……ああ! あの時の駆け出し商人の……えっとぉ、名前何だっけ?」


「エディングだよ! 昔とはいえ、当時の依頼人の名前くらい覚えておけよ!」


「ああそうだ、エディングだったな。

 すまねえ、すまねえ。

 なんせ俺が冒険者に鞍替えして直ぐの頃だったからな。

 名前どころか顔も浮かんでこなかった」


「何だよそりゃ。

 ところで、お前さんこんなところでこんな美女達相手に何してんだ?」


「何してんだって護衛だよ。 まあ正確にはこの二人の護衛だがな」



 スミスさんにそう言われて、こちらを見るエディングと言う商人。

 彼はこちらを爪先から頭の先まで予断無く見回す。



「へえ~こりゃあ凄い金持ちから依頼を受けたな、スミス。

 先程は突然失礼しました。

 私は魔王領で主に香辛料や調味料などの輸出を主している者で、名をエディングと申します。

 もし何か必要な物がありましたら、私が経営するカリーロ商会まで是非、声をお掛けください」



 そう言って俺とアゼレア、そして聖エルフィス教会の二人を認めたエディングさんはスミスさんに見せていた態度を改め、商人としての態度でこちらに接して来た。

 これに対して俺より先にベアトリーチェとカルロッタが先に自己紹介をする。



「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。

 私は聖エルフィス教会高司祭のベアトリーチェ・ガルディアンと申します」


「私は聖エルフィス教会聖騎士団護衛騎士のカルロッタです」



 エディングは目の前の司祭服を着たおっとりとしたベアトリーチェが高司祭であると聞いて少し驚いているようであった。


 しかし地球で元ホームセンターに勤務し、長年接客業をしてきた俺には分かる。

 彼は俺に新製品を必死に紹介し、発注してもらおうとするメーカーの営業と同じ目をしていたことに。


 恐らく彼は彼女が高司祭であることに驚きつつも、商人としてどうやって商売上の繋がりを持とうかと内心考えていることだろう。



「自己紹介が遅れました。

 新人冒険者の孝司 榎本と申します。

 今回彼らには乗合護衛として私達2人の旅に同行してもらっています」



 俺の言葉に彼は別の意味で驚いていた。

 それはそうだろう。


 彼が先ほど言っていたように、彼自身は俺の身なりを見て何処かの金持ちと勘違いしていたからだ。それが実は新人の冒険者で、しかも乗合護衛として彼らを雇っている依頼主という訳の分からないことになっているのだから、驚くなというほうが無理だろう。


 しかし、俺はそんな彼を無視して自分の自己紹介を終え、アゼレアにバトンタッチする。



「で、私の隣に座っているのが……」


「初めまして。 魔王軍北部方面軍少佐のアゼレア・クローチェです」


「え!?

 ま、まさか吸血族族長であるオルランド・クローチェ大公閣下のご息女であらせられるアゼレア・クローチェ様でいらっしゃいますか?」


「ええ。 そうよ」


「いやはや、これは驚きました。

 いや、失礼……実は魔王領ではアゼレア様が行方不明であるという噂が広がっており、一部では死亡説も取り沙汰されている有様でして。

 まさか、こんな所でアゼレア様とお会いするとは夢にも思いませんでした」


「あら、私がいない間に魔王領ではそんなことになっているの?」


「はい。

 確か噂ではアゼレア様は龍族族長のご息女の方と今回の戦争に龍族が参戦出来るか話し合っているところを襲われたとか……」


「ええ、そうよ。

 その会談は本来極秘の筈だったのだけれど、敵軍へ寝返った西部方面軍の一部が何処かからかその会談の予定を嗅ぎつけて急襲してきたのよ。

 龍族族長の長女リリアーヌは軍属でも何でもない一般人の上に、誰にでも優しい性格で戦闘行為には不向きだったから、非常用の緊急脱出用転移魔法陣で無事に避難させることに成功できたのだけれど、私が脱出するときには転移魔法陣の発動を妨害されたのよね。

 お陰で本来の転送先である北部方面軍本部庁舎ではなく、何故か遥か遠く離れたシグマ大帝国へと飛ばされてしまったのよ」


「そうでございましたか……それで消息不明になられていたのですね?」


「そういうことよ」



 それを聞いたエディングさんは最初は驚いた顔をしていたが、噂の渦中である本人から真実を聞いて納得顔で何度も頷いていた。



「しかし、私が覚えているアゼレア様のお姿と現在のアゼレア様のお姿とは随分違う様にお見受けしますが?」


「まあ、私の方も色々とあったのよ」


「はあ?

 しかし、アゼレア様がご存命とあればクローチェ大公閣下もお喜びになることでしょう。

 ルガー王国との戦争が終結したばかりとはいえ、閣下はアゼレア様の行方が全く分からないことに御心を心底痛めていると聞いておりますので」


「ちょっと待って!

 ルガー王国との戦争が終結したってどういうこと!?」


 アゼレアが驚いて立ち上がり、エディングさんへと詰め寄る。

 今にも掴み掛からんばかりのアゼレアの勢いに気圧され、少し震え気味にエディングさんは彼女の質問に答えた。



「そ、それが一昨日前のことなんですが、魔王領から公式発表があったとかで、何でもルガー王国軍が静観を決め込んでいた龍族率いる中央方面軍とそれに吸収された魔王様直轄の中央予備軍の攻撃により惨敗。

 魔王領西部に布陣していた侵攻軍は壊滅的被害を受けたとかで本国へ撤退したようです。

 領内各地に残存する敵の部隊は魔王領各地で個別に抵抗を続けている模様なのですが、これも制圧は時間の問題とかで。

 それで魔王軍大本営部はルガー王国との戦争は終結したとの見方を判断したということらしいです。

 私もこのことには半信半疑だったので話の裏を取るためにあちこち調べ回っていたのですが、どうやら本当のようです」



 話を聞き終わり半ば呆然とするアゼレア。

 俺もまさかの事態に驚き、彼女に何と言って言葉を掛けても良いものか分からないでいた。






 ◇






 昼食を食べ終え、エディングさんと別れた俺達は再び王都テルムを目指し、馬車を進める。

 取り敢えず、今日の目的地はエディングさんが経営する商会の取引先でもある王都の宿『観光宿・緑樹亭』だ。


 エディングさんが俺に今日王都で泊まる宿は決めているのかと聞かれたので、まだ決めていないと答えたところ自分の取引先である『観光宿・緑樹亭』を勧めてきたのである。



『女性がいますので、よろしければ、私共の商会が取引している『観光宿・緑樹亭』に一度行かれてみては如何ですか?

 あの宿は少し前に改装して、女性の冒険者や商人などに人気がありますよ』



 と言っていたので、先ずは訪ねてみて駄目だったら他の宿を当たってみることにしたのだ。



「どうだ、あのお嬢ちゃんの様子は?」



 俺が目的地の宿を地図で確認していると、不意にスミスさんが話し掛けてきた。



「いつもと変わらないみたいですね。

 まあ、祖国の戦争が終わったのはめでたいことなので、それに関しては喜んでいるんじゃないですか?

 問題は……」


「戦争に参加できなかったってか?」


「恐らくは」


「まあ、あのお嬢ちゃん魔王領の魔族の中でも数少ない武闘派で通っているからなあ。

 エディングから聞いた戦争終結の話は予想外だったんだろう」


「スミスさんが魔王軍にいた頃も、アゼレアは魔王軍の軍人だったんですか」


「ああ、そうだぜ。 っていうか、既に軍人だった」


「それ何時の話です?」


「もう二十年くらい前だ。

 魔王軍は魔族の数が少ねえから基本、他国を攻めるような軍じゃない。

 どちらかと言うと自国の防衛に特化した軍なんだが、それでも龍族とか単騎で強い魔族種がゴロゴロいるからな。

 それもあって同盟国や友好国から時折軍事支援を要請されたりするんだが、あのお嬢ちゃんはその軍の国外派遣に積極的に参加していたらしいぜ」


「へえ~」


「龍族は基本、魔王と同族を守る以外にあまり戦いたがらねえから基本、国外に中央方面軍の応援部隊として派遣されることはほぼない。

 国外に派遣されるのは見た目が人間に近い種族が選ばれる場合が多い。

 ま、現地住民や他国に兵士達に対して無用な刺激を与えないようにっていう配慮さ。

 悪魔族の中には、見た目だけで人間種や獣人達が泣いて逃げ出すような外見の奴もいるからな」


「じゃあアゼレアも?」


「そういうこった。

 吸血族や淫魔族は人間種に溶け揉みやすく、敵軍の情報収集も種族の特性故に得意としているから、国外派遣の際は重宝されてたらしい。

 まあ、あの嬢ちゃんはそういった“小細工”を得意とする部隊ではなく、正規部隊で正面から敵軍とぶつかって暴れ回っていたようだが……」



 彼女の強さは魔力も含めて一般的な龍族兵に比肩すると言われ、他の部分は実戦経験を地道に積むことで補って行ったらしい。



「あと、父親のオルランド大公が相当な戦略家・戦術家でな。

 あの方の血を引いてる以上、ただの戦争バカの脳筋じゃねえのもある。

 多分、部隊の指揮・運用含めて近年の実戦経験じゃ父親を凌いでいるんじゃねえか?」



 「まあ、俺としてはあの嬢ちゃんだけは敵に回したくねえな」とスミスさんは言った。


 っていうか、アゼレアはそんな素振りを俺に見せることが無いけど、本当はもの凄く恐ろしい存在なのでは?と俺は一瞬、背筋が怖くなった。



(まあ絶世の美女というだけで俺としては大歓迎なんだけれど……)


「それにしてもお前さん方二人は今後どうするんだ?

 魔王領とルガー王国との戦争が終結しちまって」


「そうですねえ……ま、いずれにしても、事故で飛ばされてきたアゼレアを魔王領に連れて行かないと話は進みませんね。

 エディングさんから聞いた話では、親御さんも心配しているみたいですし」


「優しいねえ、お前さんは。

 別に魔王領出身でも何でもないのに、どうしてそこまでしてやるんだ?

 放っておいてもお前さんを非難する奴なんていないだろうに……」


「まあ乗り掛かった舟ですし。

 自分のことが好きっていう超絶美人な女性を放ってはおけませんよ」


「お前、絶対に女で苦労することになるぞ?」


「いや、冒険者になる前から色々と苦労して来ているので今更ですよ……」


「大変だな」


「まあ……ハハッ!」


「そんなお人好しのお前さんとも明日の朝でお別れか。

 正直言って、こんなに楽しい護衛以来なんて後にも先にも今回だけだろうなあ~」


「楽しかったんですか?」


「そりゃあな。

 冒険者会議が終われば、俺達はバルトを出てまたどこかの国に行って仕事だ。

 いずれまた何処かで会えるといいな?」


「そうですね」


「……ところでよおタカシ、お前さんの持ってる鏡を貸してもらっていいか?」


「はい? どうぞ……」


「すまねえな」



 怪訝な顔をしつつ俺に手鏡を貸すように言ってきたスミスさんに対し、俺は躊躇することなく手鏡をストレージから取り出して手渡すと、彼は手鏡を持つ右手をそっと御者台の外側に出して馬車の後方を伺う。



「ふーむ、やっぱりか……」


「一体、どうしたんですか?」


「うん?

 いやな、どうもこの馬車の少し後ろを他の騎馬や馬車に混じって俺達を尾行している奴がいるらしくてな?」


「え? 何ですかそれ?」


「ほれ、見てみろ」



 そう言って俺に手鏡を渡すスミスさん。



「そおっと見るんだぞ? そお~っとだ」


「はいはい」



 言われたようにスミスさんの動きを真似て、御者台の左側から手鏡を少し出して後ろを確認する。



「ちょうど、この馬車から少し後ろに小さい馬車が見えるだろう?」


「ええ。 何か荷物を積んだ馬車が見えますね?」


「ああ。 その馬車から数えて前から二つ目に見える騎馬だ」


「あの濃いグレー……いや、濃い灰色の外套を着込んだ男性ですか?」



 立派な鬣に鋭い目つきの黒い体毛の馬に騎乗する男が見える。


 少し汚れているが元々は立派な濃いグレーの外套を羽織っており、よく見ると左側の腰辺りから後ろに向けて外套の内側から何かが突き出しているように見えるが、恐らくあれは刀剣の類だろう。


 整った顔は西洋系で肌は浅黒く、ボサボサの髪は濃い茶色で同じ色の無精髭が口元を覆っている。

 よく見ると男の双眸は青く、汚れた外見でそこだけが目立っている。



「そうだ。

 少し薄汚れた灰色の外套にぼさぼさ髪に無精髭の男だ。

 知ってる顔か?」


「いえ、初めて見る男の人ですね。

 スミスさんは?」


「俺も見たことはないな。

 以前、一緒に仕事した奴の中にもあんな奴はいなかった……」


「ふーむ……どうすればいいですかね?」


 俺は鏡を引っ込め、一応CZ806自動小銃に給填されている弾倉を確認しながらスミスさんに聞いてみた。



「まあ、向こうはまだ何もしてないしな。

 暫くは様子見か?」


「分かりました」



 そう言いつつ俺は身に着けている銃器と爆発物の状態を確認していた。





 30分後。

 例の男は未だに俺たちの馬車を尾行していた。


 といっても、その男はこちらの馬車を直接見るようなことはせずに、周囲を見ながらトボトボを馬の足を進めつつ、他の馬車や騎馬の流れに混じってついてくる。


 最初は大きな道を一緒の方向に進んでいるのかと思っていたのだが、途中発進と停車を繰り返したら同じ動きをしていた。



「……まだついて来ますね」


「そのようだな。

 付かず離れず、バレにくい絶妙な距離を保ってピッタリと尾行してやがる……」


「と言っても、既にスミスさんにバレていたじゃないですか」


「多分、俺が普通の何処にでもいる農家や貴族の次男坊辺りの冒険者だったら気付かなかったと思うぜ?」


「元軍人様様と言ったところですか」


「だな。

 ある意味、“そういう”訓練を施してくれた魔王軍のお陰だよ」


「で、どうします?

 このまま宿までついて来て夜襲われるとか嫌なんですけど……」


「それもそうだな。 このことは後ろには伝えてるか?」


「ちょっと待ってくださいよ」



 そう言って俺は御者台から馬車の車内を除くと、既に異変に気付いていたのか馬車の後方の出入り口から慎重に周囲を伺うアゼレアとカルロッタの姿があった。



「エノモト殿、怪しい輩がこの馬車を尾行しているぞ」


「ええ、知っています。

 もう少ししたら彼に話を聞きに行きたいと思うので、その時は手伝ってくださいね?」


「了解した」


「スミスさん、後ろはどうやら準備万端らしいですよ?」


「そうか……じゃあ、御者はズラックに代ってもらうか。

 俺とカルロッタの嬢ちゃんとで奴に話を聞き行くから、タカシは後から来てくれ。

 お前さんのそのジュウがあると俺としても心強い」


「分かりました」



 そう言ってスミスさんは馬車の中に引っ込み、代わってすぐにズラックさんが出て来たが、彼は既に弓を携えていた。



「魔物の件といい、大変だな」


「全くです」


「タカシ、あと十数えたら奴に話を聞きに行く。 いいな?」


「了解しました。 気を付けて」



 車内から声が聞こえて来たので俺もCZ806に小銃弾を装填するためコッキングレバーを引き初弾を薬室に装填し、次に折りたたんでいたストックを展開し、ダットサイトの前後のキャップを外す。


 自動小銃を撃つ準備が整った頃、10秒が経過して車内からスミスさんの「行くぞっ!!」と言う掛け声とともに馬車が急停車し、後方出入り口の垂幕が“バサッ!!”と開けられる音が聞こえ、続いて馬車から人が数人飛び降りる音が聞こえる。


 俺も銃を抱えて御者台から飛び降りる。

 ズラックさんを見ると御者台に立ち、既に弓を構えて男へ狙いを定めていた。



(早いな。 それにしてもあの男、一体誰を狙って尾行していたんだ?)



 ズラックさんを尻目に、俺はそんなことを考えながら自動小銃を構えて尾行していた例の男の下へと急いだ。

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