第21話 襲撃(3)
自動小銃から発射された高速軍用ライフル弾が正面から襲い掛かって来たゴブリン十数匹に命中し、赤黒い血が飛び散り、周囲にいた仲間や地面に降り注ぎ、そのまま右左後ろと方向を変えてがむしゃらに銃弾を撃ち込む。
3メートルほど距離を置いてこちらを取り囲んでいたゴブリン達は銃弾をものともせずに一斉に襲い掛かって来た。コートのポケットに忍ばせていたチェコ製発煙手榴弾DG-50を自分の周囲に4個ほどばら撒く。
予め安全ピンの留めを甘くしておいたお陰で4個纏めてピンを抜き取り、スプーンが外れた状態の発煙手榴弾はばらまいた瞬間、赤や青、黄色などの着色された煙が静かに吹き出し始める。
広場はほぼ無風だったため、瞬く間に自分と取り囲んでいたゴブリン共を煙で包み込み、突如視界を奪われたゴブリン共が右往左往していた。
俺は進行方向にもう一つ発煙手榴弾とは別に暴徒鎮圧手榴弾P1を投げる。
ゴブリンの頭に当たって地面に落ちた銀色の円筒状のチェコ製手榴弾はスプーンが外れると同時に“バシュッ!!”っという火薬が発火する音が鳴り、5秒後くらいに先程の発火音よりも大きい“パンっ!!”っと拳銃の発砲音に似た炸裂音と小さな炎を出し、直後にオレンジ色の小さい火の玉のようなものを5~6個周囲に飛ばす。
直後、まるで日本の花火大会などで打ち上げ花火が連続して爆発するような大きな炸裂音が連続して鳴り響き、広場周囲の森にもその炸裂音が反響する。
今まで聞いたこともない、余りにも大きな爆発音はゴブリン共の恐怖心を刺激したのか何匹かのゴブリンは震えて地面に蹲っている。そうでない個体も目を塞ぎ耳を押さえ、何か叫んでいた。
そんなゴブリン共に対し俺は無言でさらなる銃撃を加えて正面に空いた包囲の穴から脱出を試みる。
「グベェ!?」
銃で撃たれて地面に倒れるゴブリンを踏みつけながら破片手榴弾URG86を取り出し、先ほどまでゴブリンに包囲されて立ち尽くしていた場所へ向かってアンダースローの要領で手榴弾を放り投げた。
腰を屈めながらゴブリンの包囲を抜けた瞬間、後方で腹に響くような爆発音とゴブリンの断末魔が聞こえたが破片手榴弾が爆発した爆心地周辺がどうなったのかは確認せず、一目散にテントのある方向を目指す。
テント周辺は激戦の様相を呈しており、あちこちに騎士や兵士、ゴブリンの死体が倒れているが何としてでもここを死守するという決意が強いのか、倒れているのはゴブリンの死体の方が多いようだ。
(それにしてもなんでここに公女様は残ったのかね?
これじゃあ兵隊達は難しい戦闘を行わされているのも同然じゃないか……)
そんな考えが浮かんだが、すぐに間違っていることに気付く。
馬車は客車共々破壊され、車内はゴブリンによって荒らされている。血が飛び散っていないところを見ると人死には出ていないようだが、馬車に繋がれたままだった曳き馬は殺されており、今この場で無事な馬は騎士が跨ってゴブリンを蹴散らしている騎馬の6頭だけだった。
(何で騎馬は無事なのに、騎士は公女様を載せてバルト側の国境に逃げなかったのかなあ?
スミスさんと地図を確認した時はシグマ側、バルト側双方の国境付近に砦らしきものが確認できたんだけどな……)
このとき俺は全く知らなかったが、実は俺たちがこの広場に到着する少し前、ここから少し先に進んだ街道上に幾つもの倒木がバリケードのように小山のごとく積み上げられて馬や馬車の通行が不可能になっており、彼らウィルティア公国の一団を含め、バルトへと向かう者達はここで足止めを喰らっていたのだ。
これはバルトからシグマ側へと向かう者達も同じ状況であり、シグマ側の国境検問所と隣接する砦から国境警備隊の兵士達がバリケード撤去のために出動していたが、国境周辺に大型の魔物が出没しているとの通報を受け、砦と検問所周辺を守るために引き返してしまい、お陰で旅人や冒険者だけでは小山のように積み上げられた倒木の撤去・運搬が進まず、現在放置されているのだった。
(さすがにテントの周囲は激戦だけあって近付けないな。
このまま発砲すれば戦っている人間に弾が当たりかねない)
先程はゴブリンが包囲の輪を厚くしてくれていたので躊躇なく銃弾を叩き込めたが、このテント周辺ではそうもいかない。ここにはゴブリンと戦っている騎士や兵士以外に、冒険者や魔法使いなども入り乱れており、混乱の極みにある上に、射線上にはテントがあるため外れた弾がテントに当たる可能性があった。
(うーん、どうしたものか。
取り敢えず、何処かのテントの中に潜り込んでみよう)
激戦が繰り広げられているのは中央の明かりが灯っているテントとその左右のテントだ。他のテントの周囲でも戦闘は行われているが、中央のテントほど激戦ではない。
(うん? あれは……)
追いかけてくるゴブリンにセミオートでライフル弾を撃ち込みつつ、テントの周囲に目をやると他のテントより一回り小さいテントがあることに気付いた。
そのテントだけ他のテント群から外れた場所にあり、明かりが点いていないためゴブリン共の注意から逸れているようで周囲では戦闘らしい戦闘は殆ど行われていない。
(あのテントの中に逃げ込んで態勢を整えるか……)
そうと決まれば善は急げだ。
俺は自分の進行方向に向けて先程使った暴徒鎮圧用手榴弾P1を投擲する。安全ピンとスプーンが外れて地面に転がったP1を急いで飛び越えると数秒後、後方で大きな炸裂音と目が眩むような光が明滅し、俺を追いかけていたゴブリンが驚いて躓いたり恐怖で蹲ったりしている。
その隙を見逃さず、目指していた小さなテントの裏側に回り込み垂幕の裾を捲って素早く中へと忍び込む。
「ふう、やれやれ……」
無事にテントの中に入ることができてホッと一息ついたと思った瞬間、目の前にスッと何か光るものが差し出された。
「ん?」
外で盛大に燃える倒木の炎や篝火の光で明かりに慣れていた俺は目の前に差し出された“ソレ”の正体が一瞬分からなかった。テントの厚い布地を通して僅かに光が差し込む薄暗いテントの中、ようやく目が慣てきた俺が見たのは赤黒い血が付着した剣だった。
◇
「ひっ!?」
突如視界に飛び込んできた剣に驚き、大きな声を出したい衝動に駆られつつも、黙って見上げた視線の先にはピカピカの金属鎧を着込み、こちらを憤怒の表情で睨み付ける若い女性の姿があった。
「黙って立て」
俺はその女性の言われるまま抵抗の意思がないというのを示すように両手を挙げて立ち上がる。
「その持っている武器をゆっくりと地面に置け」
言われるままに自動小銃を地面に置く。
すると目の前の女性は俺から視線を外すことなく、右手で剣を突きつけたまま地面に置かれた自動小銃を左手で取り上げ、スリングを左肩に掛ける。
「貴様は誰だ?」
ここは素直に答えておいた方が良いだろう。
恐らく、相手の気に障ることをしたら俺は一瞬のうちに切り殺されるという確信があった。
現に彼女の足元には数匹のゴブリンの死体に交じって冒険者と思しき人間の男の遺体が2人、血の海に沈んでいる。
「ええっとお……私はギルドの冒険者で孝司 榎本と申します」
「冒険者がここに何の用で来たのだ?」
「実はとある人物からある女性を救い出してほしいとお願いされましてね?
成功しないことを前提にそのお願いを受けたのですが、なんとか無事ここまで辿り着くことが出来ました」
「ほう? そのお願いしてきたという人物とは誰なのだ?」
「ウィルティア公国第一公女付き侍女のエパ・マリュートカさんです。
シレイラ・マクファーレン第一公女殿下」
そう。
俺の前にいたのは探していたウィルティア公国第一公女のシレイラ・マクファーレンその人である。
血に染まった剣を突き付けられるという余り嬉しくない状況での邂逅であったが、一応目的の人物を直ぐに発見できたのは僥倖だった。
彼女の容姿は予めエパから聞いていた通りで、背中まで届く見事なプラチナブロンドの髪を三つ編みにして左の肩に垂らし、目の虹彩は宝石もかくやというくらい鮮やかな青だ。
薄暗い場所でありながら、その吸い込まれそうな青い瞳は溜息すら出そうになり、当然ながら彫りが深く白い肌の顔は美しいの一言で、右目の下にある泣き黒子がその美しさにアクセントを与えている。
剣を持ち鎧を着込んでいるためプロポーションこそ判らないが、鎧の形状的に出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるというのは分かる。
今の格好が格好なので美しさよりも凛々しさが先に来るが、1つ残念な所があるとすれば剣同様に鎧や顔、髪にゴブリンらを切り捨てたときの返り血が点々とこびり付いているのが痛ましい。
(それにしても、何でまたこんな小さなテントに護衛も付けずに一人きりで潜んでたんだ?
しかも向こうの大きなテントの方はわざわざ明かりまで灯して、いかにも要人がいるような雰囲気まででっち上げて……)
公女様はそんなことを内心考えている俺には気付かず、少し黙考してから口を開いた。
「ふむ……よく私が第一公国だと分かったな」
「予めエパさんから貴女の容姿を聞いていたので」
「で、わたしが探している第一公国だと分かって貴様はどうしようというのだ?
この“銃”という武器で私を暗殺するのか?」
そう言って自動小銃を触るシレイラ公女。
俺はこのとき表面上は無表情・無関心を装っていたが実は内心驚いていたのだ。
異世界のしかも一国のお姫様が『銃』という言葉を知っていたことに。
確かこの世界には銃器は存在しない筈。
だからこそ、この世界の神様と取り決めを作って銃器を持ち込ませてもらったのだ。
しかし目の前のお姫様は俺が銃という言葉を出していないにもかかわらず、ハッキリと『銃』と言っていた。これは一体どういうことなのだろうか?
「気になるか? わたしが銃という武器を知っていたことについて」
「ええ。 いや……はい」
「まあ、それはこの状況をどうにかしてから話そう。
と言いたいところだが、それも不可能に近いな……」
「あの、それはどういう……」
「来たぞ」
「何がですか?」と聞こうとした瞬間、地面が“ズーンッ!!”と振動した。
それはハリウッドの大ヒット恐竜映画シリーズでティラノサウルスが初めて登場したときの、あの印象的な足音とその振動に似ていた。
「な、何ですか今のは?」
「敵はとうとう痺れを切らして最終兵器を投入してきたらしいな」
「敵?」
「何だ、何も知らされていないのか貴様は?」
「いや、知らされるも何も、私は一介の冒険者で貴女の国とは全くの無関係なんですけど……」
「何!? では貴様、何故こんな危険な場所まで来たのだ!?
金か? それとも私を助けたという名誉でも欲しかったのか?」
「いえいえ! ただエパさんから頼まれただけですよ。
大体、ここに到着した時だって貴方がたがここに滞在しているなんて知らなかったんですから!」
「本当か? 貴様から見たらエパは赤の他人の筈。
そのような者の願いなど普通は聞くまい……まさか何か取引でもしたのか!?」
そう言って何を想像したのか急に頬を赤くするシレイラ公女。
どうやら若いだけあってエパが俺に対して肉体的な見返りをしたと誤解しているようだ。
「勝手に想像して盛り上がっているところ申し訳ありませんが、決して貴女が想像しているようなことはシテいませんのでその想像は今すぐ頭の中から消去して下さいね」
「な……! わたしが如何わしいコトを想像していると何故分かる!?」
「やっぱ想像しとったんかい!?
っていうか、いい加減話を先に進めるけど俺はただ単に困ってる人を放っておけないアホだから、彼女のお願いをついうっかり聞いてしまってね!!
後に引けなくなったから泣く泣くここまで怖いながらも来ただけなの!
名誉なんて要らないし、お金なら腐るほどあるから欲しくないよ!
それよりもさっきの音は何!?」
まどろっこしくなってしまった俺は、シレイラ公女に対して捲し立てるような早口でここまで来た経緯を早口で説明した。
自分でも説明になっているとは到底思いがたいが、それよりも先程の何か大きなものが落ちるような音が気になった。さっきから外が異常に騒がしいし、さっきの“ズーンッ!!”という音が定期的に響いているのだが、このテントの出入り口の前にシレイラ公女が通せん坊するかの如く立っている上に剣をこちらに突きつけたままの状態なので、外を見ることが出来ないのだ。
「う……す、すまない」
「謝るのは後でも出来るから。 で、さっきの音は何?」
「恐らくは大型の魔獣か魔物だ。
一向に姿を現さない私に敵は痺れを切らしたのだろう……」
「敵? もしかして騎士の人が俺に言っていた『貴族派』とかいう奴のこと?」
もうこの場では彼女に敬語を使うのは止めにしよう。
彼女に主導権を握らせたままでは埒があかない。
「そうだ。 奴らの狙いは私だ。
恐らくはゴブリンによる襲撃も私を狙ってのことだろう……」
(マジですか……っていうことは、その貴族派っていう連中は目の前の公女様たった1人を始末するためにここまで派手な事をやらかしているのか?)
それを聞いた俺は背筋が薄ら寒く感じた。
ゴブリン共と戦って今も死んでいくウィルティア公国の騎士や兵士は彼女を守るのが仕事なので仕方がないとは思うが、偶々この広場にいた俺達一行を含む冒険者や魔法使い達、隊商や家族連れその他の旅人達や他国の所属と思われる騎士や兵士は完全にとばっちりを受けて襲われているのだ。
しかも現実に死傷者が出てしまっている。
特に他国の騎士や兵士にも死傷者がシグマ大帝国内で出ている中、この襲撃がウィルティア公国の貴族派の仕業だったことが露見すれば国際問題に発展することは必至だ。
自国の貴族が仕掛けた言わばテロということになれば、ウィルティア公国の大臣の首が文字通り飛ぶだけでは済まない可能性があるし、シレイラ公女は今回の魔物による襲撃事件を薄々勘付いていた感もある上に下手をすると、彼女自身にも責任の追及が及ぶ可能性がある。
そして何よりもこんな事件を後先考えずに他国で平然と実行するゴリ押し貴族が自国内に存在しているというのは、ウィルティア公国自身の安全保障にも多大なる影響をもたらすのは想像に難くない。
「しかし我々が頑健に抵抗し続けた結果、今回の襲撃を企てた者は埒が明かないと思ったのだろう。
時間が経てば経つほどシグマ側の介入も許すことになるからな。
まさか敵が“あんなもの”を用意しているとは予想外であったが……」
そう言いつつ外を伺うシレイラ公女の顔には悔しさと悲壮感が漂っていた。
「ちょっと失礼……」
彼女に一度断りを入れてから俺も外を見る。
「うげ……!?」
外は地獄絵図と化していた。
何か強い力で引き千切られたり叩き潰されたりした人間の死体が散乱しており、辺りには生臭い血の匂いが漂っている。
冬場の澄んだ空気のためかその匂いはハッキリと一層強烈に感じられ、その匂いは鼻血を出して鼻の奥に残った血の匂いを感じた時よりも強烈で、そこに肉が腐ったような匂いが混じっているのだ。
そして、その匂いの中心にいるのは以前ミサイルで吹き飛ばしたオーガに勝るとも劣らない巨体を持つ魔物だった。
「な、何だあの魔物は……」
オーガとほぼ変わらない大きさでありながら、その体は太っていた。
いや、太っているという言い方は適切ではないだろう。
オーガがムキムキの筋肉質だったのに対して、あの魔物は相撲取りのような体型をしていた。
しかも豚の顔を醜悪にしたような表情をしており、オーガが日に焼けたような肌色の皮膚だったのに対して、こちらは黄緑色の皮膚をしている。
どちらが大きいかと聞かれると答えるのに迷うが、判っているのは非常に危険な存在だということだけだ。
「あれはオークだ」
「オーク?」
「そうだ。 魔物の中ではオーガと共に戦闘力が特に高い種類に分類されている」
俺がというより日本のファンタジー小説やゲーム、アニメやイラストで描かれるオークは性格や習性の差はあれど殆どの場合、豚をモチーフに描かれることが多く、エロゲーなどではエルフを襲っている描写も多い。
しかし目の前で暴れている魔物はまるで別物だ。
まあ、この世界が現実であってゲームの世界ではないのだから異世界と日本での解釈や定義が違うのは当たり前だが、それにしても凶暴過ぎるのではないだろうか?
(それにしても、あの鎧は……?)
この世界のオークと言われる魔物は鎧を着込んでおり、ご丁寧に頭部には鎧と同じ材質と思われる金属製の兜も装着している。おまけに顔面にはフェイスガードのようなプロテクターを装備しているため、顔の鼻より上以外見えない。
視界に一定の制限があることを利用してオークの後ろに回り込んだ騎馬が頭部に矢を打ち込んでも簡単に弾き返しているが、それは鎧の方も同じらしく、強弓と思われるボウガンを射っている如何にもベテランでございますという兵士の矢も貫通している気配がない。
(少なくともあの鎧と兜は地球の一般的な自動車の金属ボディ以上の強度を思っているというわけだ)
通常、弓やボウガンは自動車のドア程度ならば簡単に貫通させる威力を持っている。日本で通販や店舗で販売されているボウガンやコンパウンドボウと比べても彼らが射っている弓矢の威力が弱いとは思えない。
「雷よ! 彼の者を滅したまえ!!」
たまたま今回の戦闘に居合わせてしまった冒険者の魔法使いがオークに対し攻撃魔法を起動、その力を行使する。木製の長い杖から放出された青白い高圧電流は素人目に見ても当たれば感電し、消し炭になるであろうエネルギーの奔流はオークの正面の鎧に命中する。
「やったか!?」
魔法使いの仲間であろう剣を持つ冒険者が歓声を上げる。
しかし、オークは何もなかったかのように一歩を踏み出す。
「くっ……! あの鎧、まさか魔鉱石を使っているのか!?」
「何故、魔物如きがあんな鎧を着ているのだ!?」
彼らの魔法攻撃とその結果を目の当たりにした騎士や兵士たちが驚愕の表情をしているが無理もない。あの鎧の形状的にオークが自力で装着したとも思えない上に、あのような大きい鎧は人間用ではありえないサイズだ。
一体、誰があのオークにあのような鎧をあつらえたのだとこの場にいた全員が思ったことだろう。
(強度的に機動隊の特型警備車、若しくは自衛隊の軽装甲機動車の装甲と同じくらいの強度がありそうだな……)
となると、自動小銃くらいの銃火器では威力不足だ。
7.62mm×54R弾の高速徹甲弾で貫通できる可能性は高いが、貫通して威力が減衰している弾丸で鎧の下のオークの体に致命傷を負わせられるかは怪しい。
下手をするとオークを益々怒らせてさらに狂暴化させる危険性が高いし、跳弾した弾頭がオークの周囲に展開している兵士達に被害を与える可能性がある。
(ふう。 また魔物相手に対戦車兵器を使うことになるのかよ……)
今更という感もあるが、一緒に馬車に乗って旅をしているアゼレア達は大丈夫だろうが、彼ら生粋の軍人の前で対戦車兵器を使うのは正直言って気が進まない。しかも一国の指導者の娘が見ているとあれば尚更である。
もちろん将来的には大型の火器を使う場面も増えるとは思うが、この世界に来て間もない段階で注目を浴びるのは余り得策ではない。本来ならば冒険者達の間から、じわじわと不確定な噂が流れていつの間にか知れ渡っていたというのが俺としては理想なのだ。
(はあ。 でも、人の命が掛かってるんだし仕方がないか……)
人の命、しかも目の前の美人な女の子の命が掛かっているのならそれで良しとしよう。諦めにも似たような思いを抱きながら、頭の中であのオークに最適な兵器を選択する。
(対戦車ミサイルはこちらとオークとの距離が短いので、信管が作動しない可能性があるから、今出せる対戦車兵器で最適と思われるのはRPG-29あたりか?)
タンデム弾頭であのオークの装甲を吹き飛ばして下の体に穴が開けば、いかなオークでも行動不能になるだろう。RPG-29と同じロシア製のT-72戦車やイスラエルのメルカバMk.4戦車も撃破できる兵器だ。明らかに戦車より重量が軽い魔物相手に不足はない筈である。
(もし、タンデム弾頭で仕留め切らなかったらサーモバリック弾頭を試してみるとしよう)
そう思い、俺がストレージからRPG-29を取り出そうとしたその時、突如シレイラ公女がテントから出てオークの方へと走り去って行った。
「えっ!? おいおいおい!? ちょっとちょっと、待ちいな!!」
俺の静止に振り返りもせず、兵士達の間を縫うようにして駆けて行ったシレイラはオークの前へと躍り出る。
「殿下!? ここは危険です!! 早くお逃げください!!」
例の騎士や兵士たちのを指揮していたダンディな壮年の指揮官の男性が、突如現れた第一公女に驚きがらも彼女の前に立ち、オークから守ろうとする。
「止めるなアズナート!! 奴らの目的はこの私だ。
私とて大人しく殺されるつもりはない。
囮になるから貴公と兵らはその隙にオークを討て!!」
「しかし!!」
「案ずるな。 私には“コレ”がある!」
と言ってアズナートと呼ばれた指揮官が止める間もなく、オークと対峙したシレイラ公女は俺から奪った自動小銃を発砲した。
「ええーーっ!? うそぉ……!!」
驚いている俺を他所に、腰だめで銃を持った彼女はセレクターをセミオートのままにしていた自動小銃で射撃する。
十数発の銃声と共に鎧に銃弾が着弾する音が聞こえたが、高い所から分厚い鉄板に空き缶を落とした時のような“カーンッ!!”という音が連続して響くだけで、高速軍用ライフル弾は命中した個所の鎧の表面塗装を削るだけで貫通はしていなかった。
「そんな……」
愕然とした表情で自身が持つ自動小銃を見つめるシレイラ公女。
そんな彼女に対し、己の身長の半分以上の全長を持つ分厚い剣を振りかぶるオーク。
だが、それを見て反射的に伏せようとするシレイラだったが、迫りくる死の恐怖を前にして一瞬伏せるのが遅れた。
「あ……」
シレイラが己の死を覚悟する間もなく、巨大な剣が彼女へと襲い掛かる。
◇
「殿下ッ!!」
彼女のすぐ傍にいたシレイラとそこまで年齢が変わらないであろう若い兵士が彼女を突き飛ばす。地面に打ち据えられた彼女を見て安堵した兵士は次の瞬間、自身に迫って来た剣によって上半身を吹き飛ばされた。
「……なっ!?」
それは剣で切るというには余りにも惨い光景であった。
高層階のビルから水がたっぷり入ったペットボトルを落として割れたときのような音が響き、人間の上半身が鎧ごと粉砕される。
あまりの衝撃に鎧は凹み、中の人体は潰れた鎧の圧力によって血塗れになり外へとぶちまけられ、頭部にまで伝わった衝撃は人間の頭を割れた風船のように粉々にした。
悲鳴を上げる間もなく一瞬の内に絶命した若い兵士の血と肉を浴びたシレイラは文字通り茫然自失になり、その場に沈み込む。
しかし死神はシレイラを逃すつもりはなかったらしい。彼女をかばった兵士を一瞬のうちに屠ったオークは再度シレイラに狙いを定めて長大な剣を上段の位置で構え、上から切りつけた来たのだ。
「…………くっ!!」
もう駄目だと騎士や兵士、そしてシレイラ自身がそう思った瞬間、目の前のオークの背中で爆発が起こる。
「グゥオオオォォォォォォ!?」
突然背中に伝わって来た熱と衝撃にオークはゆっくりと振り返る。
その先には妙に整った、しかし見慣れない服を纏った男が立っていた。
「うーん、やっぱり40mmではダメだったか。
一応、対装甲目標用の榴弾を使ったんだけどな……」
そう言いながら赤子の手が入りそうな筒を構えていたのは、先程までシレイラと天幕の中にいた冒険者だった。彼から奪った“銃”という武器の持ち主である。
「き、貴様は……いや、そなた」
「何をした?」と質問しようとしたシレイラの声はオークの咆哮によって掻き消された。
先程の彼が放った攻撃で激昂したのか、オークは本来の攻撃目標であるシレイラを無視して彼の方に巨大な剣を振り上げて迫っていく。
そしてシレイラは気付いたのだ。
先程攻撃を受けたオークの背中の鎧部分が一部吹き飛ばされ、その下から火傷して赤くなった皮膚が除いていることに。
(何という威力だ。
剣ほどの長さもないあの武器が魔鉱石で作られたオークの鎧を吹き飛ばしたというのか!?)
シレイラは己が持っている銃という武器を見る。
自分を庇って亡くなった兵士の血で汚れているが、あの太い筒はこの銃と同じ武器なのだろう。
それが証拠にこの銃から吐き出される金色の小さな筒と同じようなものを彼は筒から取り出して、新しい物を銃に入れており、直後に“ポンッ!!”という発泡ワインの瓶を開けたときの力が抜けるようなだらしない音が響くと、オークの正面で炎と煙が一瞬上がった。
「やっぱり正面装甲の方が頑丈なんだな。
じゃあRPG-29の出番ですなぁ!!」
そう言った彼を見てシレイラは戦慄する。
空間収納魔法を使って武器を取り出す彼も驚きだったが、それ上に驚いたのが彼の取り出した武器だった。
先程の筒よりももっと太くて大人の腕などスッポリと入るくらいの筒を取り出したのだ。黄色っぽい土のような色をしたその筒は太いだけではなく、筒を構えている彼くらいの長さがある。
先程の小さい筒でもあれだけの威力があるのだ。
それよりも太く大きい筒の銃であれば、その威力も桁違いだろう。
本能的に危険を察知したシレイラは周囲に展開している兵士達に大声で呼び掛けた。
「全員、オークから距離を取れ! オークごと吹き飛ばされるぞ!!」
シレイラがそう言うと、周囲で事態を見守っていた者や近くでゴブリン共と戦っていた者達が慌てて逃げ始める。彼女自身オークから見て後方にいるが、自身の安全の為に途中立ちはだかるゴブリンを切り捨てながら退避した。
「今からロケット弾を発射しますので、私の後ろには来ないでくださいね。
発射した時の逆噴射で噴き付ける高温のガスを浴びたら全身黒焦げになって死にますよ!!」
彼はそう言って周囲に注意を呼びかけると、一度後ろを見て誰もいないことを確認し、再度突撃してくるオークと向き合う。
時間にしてほんの四~五秒ほどだったと思う。
しかし、その時はシレイラと兵士、冒険者らにとって長く感じた瞬間であった。
雄叫びを上げて彼に迫るオーク。
それに対し狙いを付けているのか、筒を向けたまま微動だにしない彼。
もう少しでオークの手に持つ巨大な剣の殺傷範囲に入るというその時、大地を揺るがし腹の底から震えるような大きな音が周囲にこだまする。
そして次の瞬間、オークの腹が爆炎に包まれて爆砕した。
「おお……」
煙が晴れるとオークはまだ立っていた。腹と背中まで貫かれた魔物は衝撃が一瞬で突き抜けた行ったためか、足はもう止めているがその場に立ち尽くしていたのである。
「次はこいつだ」
そう言って先程オークに向けて大きな筒を放っていた彼は新しい筒を取り出す。
新しい筒は細身だったが、今までの筒とは形状が違うのか、先が平らになっている太くて茶色い円筒状の物が細身の筒の先端に付いている。
「………………」
彼は無言でその細身の筒を放つ。
直後オークは叩きつけるように包み込んできた爆炎によって全身から赤い炎を上げながらバラバラに四散してしまった。
先程よりも大きな爆発音によってシレイラは耳鳴りが生じていたが、彼女はそんなことよりも唖然として目の前のことを見つめていた。
(何なのだこれは?
たった一人の人間が剣と鎧で武装したオークを仕留めてしまったというのか!?)
それはシレイラだけではなく周囲にいた者達も多かれ少なかれ同じことを考えているのだろう。誰も彼も無言でバラバラなって黒く焼け焦げたオークの遺骸を見つめていた。
「大丈夫ですか?」
気付くと彼はシレイラの前に立っており、しゃがみ込んで彼女を顔を心配そうに覗き込んでいて、傍らには先程の細身の筒状の銃があった。
「これタオルです。 取り敢えず顔くらいは拭いてください」
耳鳴りの所為で彼の言うことが途切れ途切れにしか聞こえないが、こちらを心配してくれているのが分かる。
「すまん」
渡されたフワフワとして柔らかい布で顔を拭う。
白く清潔だった布は真っ赤に汚れる。
それは己の血ではなく、自分を庇って亡くなったあの若い兵士の血。
彼は命がけで自分を守り、それを見て安堵の笑顔で逝った。
それを思い出した途端、自分の身勝手さ、浅はかさや不甲斐無さが甦り、死ななくても良かった彼を含む勇敢な命に対して涙した。
「ううぅ……うえ…………ううっえっえっ……!!」
「悲しいのは分かりますが顔を上げてしっかり前を見てください、とは私は言えません。
私にはそんな立派なことを言える人間ではないので。
こういう時は我慢せずに思いっきり泣いた方がいいですよ。
そうしないと余計悲しくなりますからね」
彼の言っていることを理解したのか、それまで堪えていた感情が奔流の様に流れ出し、彼女は臣下や兵士たちの前にもかかわらず血塗れのまま大粒の涙を流す。
すでに戦闘はオークが討たれたことで形成は逆転し、ゴブリン達は逃げに入っていた。
人間の兵士と違い、逃げながらも立派な武器や鎧を捨てて身軽になって逃走しないのは魔物故だろうか?
「ゴブリン達は逃げて行くみたいですね。 アゼレア達も無事ならいいんだけど……」
シレイラの隣にしゃがみ込みながらも彼は周囲を見て何かをつぶやいている。
その顔には安堵感と疲労感があったが、何かをやり遂げた男の顔だった。
それを見たシレイラは何か胸が痛くなるのを感じていた。
「ゴブリン共を一匹たりとも逃がすな!
追撃して全て討ちとれい!!」
アズナート侯爵が兵達に怒鳴って指示を出しているが、恐らく追撃の指示だろう。
騎士たちの乗る数騎の騎馬が逃げるゴブリンを追い立て、追従する兵士たちがとどめを刺している。
「おや、あれは?」
何かつぶやいて街道の方角を見つめる彼。
そこにはシグマ大帝国の国境警備隊と辺境警備軍の兵と騎馬がこちらへと押し寄せて来るところだった。
「やれやれ。
夜も明け始めているし、遅れて到着する援軍といい、まるで映画だな。
今頃スタッフロールでも回っているんじゃないかねえ……これは?」
あきれた様子で何かを言っている彼の顔を見て、シレイラは力尽きたのか気を失ってしまった。
「ありゃりゃ?」
気を失う瞬間、手袋を外し自分の肩を優しく支えてくれた彼の手が温かかった。
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