第20話 襲撃(2)

「うおおおおぉぉぉぉォォォォーーーーーーッ!!!???」



 突如、上空から落下して来た大木を避けるため俺は全力で走る。

 端から見れば脂汗を吹き出し、手足が千切れんばかりに振り出して走る漫画のキャラクターのように見えることだろう。



“ゴンッ!! ガランッ!!”という重い木材が激突するとき特有の衝撃音が鳴り響き、思わず目と耳を塞ぎ背中を丸めてしまうが、その後も幾つかの大木が降り注いで倒木の山を築く。



「ああっ!? うちの馬車がー!!」



 誰かの叫び声に反応して大木と地面の間を見ると馬車が1台、曳き馬ごと潰されているようだった。

 なぜ『いるようだった』という曖昧な例えになるのかと言うと、山になった倒木の周囲に破壊された馬車と思しき部品と血が流れ出しているだけで潰された馬や馬車が確認出来なかったからだ。



「危ねえ……!」



 「一歩遅かったら、俺も潰されていたかもしれない」というそんな考えが頭を過ぎり、恐怖に身が竦むが、現実はそんなことを悠長に考える時間を与えずに刻々と状況の変化をぶつけて来る。



「え!?」


 “シュッ!”っというマッチを擦るような音が聞こえたかと思った瞬間、目の前に築かれた倒木の山が勢いよく燃え始めた!



「あちゃっ!? あちあちあちぃッ!!」



 デカイ倒木全てが燃えているだけあって数メートル離れていても肌が焼けるように熱い。

 しかし、よく見ると燃えている倒木の向こう側から時折、水の飛沫がこちらに掛かるが、どうやら向こう側にいる誰かが消火活動を行っているようだ。



「クソ!! この炎は何なんだ! 中々消えないぞ!?」


「大木の中心部がかなりの高温に晒されているお陰で消火が難しい!!

 種火まで完全に消さないと、森に火の手が燃え移るぞ!!」



 どうやらこの叫び声は向こう側で消火活動を行っている者達の声のようだ。

 確かにこの燃え方は尋常ではない。


 向こう側から結構な量の水が掛けられているのに一向に火が消えないのだ。

 火の手が治ったかと思ったら、木の内部で燃えていた火が倒木の表面に再び現れて大火となって暴れ狂う。


 しかも、映画でもあるまいに直径1メートル以上を軽く超える大木が一瞬の内にここまで激しく燃え上がるのは明らかに不自然だ。それこそ長期間ガソリンにでも漬け込まないと、こんなに激しく燃えたりはしないのではないだろうか?



「来るぞーーッ!!!!」



 テントの方角から声が上がる。

 騎士達が見ている方向に視線を向けるとまさに今、ゴブリン達が森の中を抜けて勢いよく街道上に出てくる瞬間だった。



「げっ……!?」



 考えている余裕なんて無かった。

 俺は抱えていたチェコ製自動小銃 CZ806 BREN2 A1の折り畳んだままだったストックを展開し、透明な高強度プラスチック製の弾倉を一度銃から引き抜いて弾薬の並びに異常がないことを確認して素早く銃へ給填する。


 コッキングハンドルを引いて離し、初弾が薬室に装填されたことを確認したら、チェコ製ドットサイト Meopta ZD-Dot1.5の前後のレンズキャップの蓋を開け、射撃セレクターのレバーを『連発』へと合わせる。


 その時にはもうゴブリン達は街道を超えて広場と街道の境目に達していた。

 落ち着いて銃を構え、目に映った適当な位置にいたゴブリンにダットサイトの赤い光点を合わせる。


 燃え盛る炎の明かりのお陰で周囲はとても明るく、これならフラッシュライトを使うまでもない。

 炎の光でオレンジ色に染まったゴブリンに向かって自動小銃を発砲した。



 “ダダダダダダダダダッ!!”という爆竹の炸裂音を大きくしたような轟音が辺りに響き渡る。

 フルオートで発射されたチェコ製ZV99 5.56mm NATO弾ことSS109弾は寸分違わず、全てが正面から突撃して来たゴブリン達に命中し、一撃でゴブリン達を撃ち殺した。


 あるゴブリンは弾丸が顎に命中し下顎をごっそり削られた後、そのまま突き進んだ弾丸が延髄に突入し絶命させ、またある個体は首と胸部に弾が当たり、倒弾した弾頭により気道や肺を引きちぎって命を奪う。


 他にも頭部や顔面に弾丸が命中して眼球や脳、頬骨を破壊されたり砕かれたりしたショックで死んでいくゴブリンもいた。


 突撃して来たゴブリンの中には硬い革鎧や金属鎧を着込んだ個体もいたが、高速軍用ライフル弾はそんな物をまるであざ笑うかの如く、豆腐に突き立てた爪楊枝のように簡単にそれらを貫通し、ゴブリン達の臓物や骨、筋繊維や神経組織を『倒弾』という現象でもってグチャグチャに引裂き破壊する。


 弾の当たり所が悪く、断末魔を上げて地面で踠き苦しみながら息絶えて行く様子を見る余裕なんて俺にはなく、取り敢えず正面の集団を蹴散らしたことを確認した俺は、こちらに迫って来る後続のゴブリンの集団に背を見せて逃走した。


 踵を返して走り出す直前、マガジンポーチをくっ付けているバンダリアの裏側に手榴弾のポーチを装着していたのを思い出し、ポーチからチェコ製手榴弾URG86を取り出す。


 ロシア製手榴弾RGD-5やF-1のような金属製手榴弾と違い、外装がグリーンのプラスチックで作られたURG86は一見するとまるでオモチャの手榴弾のようだ。


 感慨に耽る暇もなく手榴弾に付き物の安全ピンを引っこ抜き、点火用撃鉄を抑えている安全レバーこと『スプーン』を押さえたまま、ゴブリン達の方向に手榴弾を転がしてから俺は一目散に逃げる。


 転がりながらスプーンが自然に外れた手榴弾はそのまま地面の上を転がって行き、倒れているゴブリンの死体に当たって止まり、そして僅か数秒後、“ドンッ!!”という爆発音とともに射殺された仲間の死体を乗り越えてこちらへと殺到するゴブリン数体を吹き飛ばす。


 映画と違って派手な煙や炎を噴出させることなく爆発した手榴弾は近くにいたゴブリンの足や腕を爆発時の衝撃波で吹き飛ばし、そうでなかった他のゴブリン数体にも爆風で飛んできた破片が突き刺さる。



「うわ! ヒドォ……」



 ある程度走って後ろを振り返ると、手榴弾が爆発した場所は凄惨を極めていた。

 銃撃によって元々倒れていたゴブリンの死体はさらに破壊され、その後殺到して来た後続のゴブリン達の体は爆発によって損壊し、新たな死体となって散らばっている。


 流石に例の犬のような獣に襲われた時と憲兵を地雷で吹き飛ばした時の経験もあり、目の前の惨状を見て吐くことはないが、魔物とはいえやはり気分の良い光景ではない。



「ん?」



 視線を感じて顔を左に向けると、例のテントや馬車を守るために展開していた騎士や兵士達が唖然とした表情で俺を見ていた。よく見ると馬車の中に避難している者達も驚いた顔でこちらを見ているではないか。



「あちゃー……」


(やっちまったー!)



 身を守ることに集中して、つい彼等の前で銃や手榴弾を使ってしまった。

 本来ならば、戦闘は彼等に任せて俺はさっさと逃げるべきだったのに、目の前に迫るゴブリンの集団を見て慌てて火器を使ってしまったのだ。


 しかし、そんなお互いの沈黙はほんの少しの時間に過ぎなかった。

 何故ならゴブリンの集団は正面から迫っていたグループだけではなく、他の場所にも続々と浸透して来ているからだ。


 それが証拠に、こちらの攻撃に驚いていたゴブリンも森の中から聞こえてきた野太い雄叫びを聞いて直ぐに体勢を整えて突撃を再開する。


 フルオートで射撃していると突如銃声が止む、銃声が止む瞬間“ガギンッ!”という銃を撃っている自分にしか聞こえない小さな音が自動小銃の中から聞こえてきた。プラスチック製の弾倉に入っていた5.56mm NATO弾30発全弾が尽き、CZ806のボルトが後退位置で停止する音だ。


 ゴブリンが接近する前に素早く空になった弾倉を捨てて新しい弾倉に交換する。

 新しい弾倉を銃に給塡し、トリガーガード内前方に設けられているボルトリリースレバーを人差し指で押し下げて後退していたボルトを前進させて弾薬を薬室に送り込む。


 ここまでの一連の作業は10秒も掛かっておらず、右手はずっと自動小銃のピストルグリップを握ったままで、左手だけしかマガジン交換作業では動かしていない。

 ボルトがきちんと薬室を閉鎖したことを確認して再度フルオートで射撃を再開する。


 すると先程と同じようにゴブリン達がもんどり打って地面に倒れ血を噴き出すのを見ながら、更に射撃を続行した。



「来るぞー!! 各自、天幕と馬車を死守せよっ!!」



 弾倉を3本目に交換する頃になるとゴブリン達はかなりの距離に接近していた。

 それまで数名の弓兵でゴブリン達を射殺していたテントの集団も盾で防御陣形を築き、剣や槍を構えている。


 そして、ゴブリン達は未だに矢を受けて脱落する個体もいる中、目を血走らせて剣や斧を振り上げて突撃して来るが、よく見ると比較的綺麗な武器に混じって錆だらけの粗雑な形の剣や手製の槍を持つ個体も散見できた。



「くっ!!」



 俺はというとゴブリンを寄せ付けないため自動小銃の銃身に銃剣を着剣し、凄い勢いで迫り来るゴブリン達に向けて高速軍用ライフル弾をフルオートで撃ち込み続けた。

 そして至近距離では使えない手榴弾をゴブリンの後方集団に向けて投げつける。


 “ドンッ!!”と手榴弾が爆発する音が響くのと同時に、テントや馬車を守るために布陣していた騎士と兵士の集団がゴブリン達と激突する。しかし、ゴブリン達は先頭の集団が騎士や兵士らと衝突している間に後方にいた十数匹が仲間を踏み台にしながら跳躍し、持っていた短剣をギラつかせながら飛び掛かる。



「ぐわあぁぁぁぁぁぁ!?」


「ぎゃあ!!」



 飛び付かれて無防備だった首を切り裂かれたり喉を噛みちぎられたりした兵士が叫び声を上げる。中には絶妙な離れ技で空中を飛ぶゴブリンを矢で射殺す弓兵もいたが、そんな彼らも武器を弓から剣に切り替えて接近戦を行う。


 俺は迫り来るゴブリン達に対しフラッシュライトを点灯させ夜目に慣れきった奴らの目を眩惑させた。至近距離ならば、昼間でも太陽のように眩しい超強力なLEDの光を受けて先頭の集団が思わず足を止める。


 するとすぐ後ろの集団がいきなり止まった前方の集団に対したたらを踏んで躓く。

 その瞬間を見逃さず指切り点射を行わずにフルオートで弾丸を一気に叩き込む。


 素早く弾倉交換をして2本の弾倉を消費した俺は駄目押しに、コートのポケットに忍ばせていた催涙ガスを仲間の死体を乗り越えて迫って来たゴブリンに向けて一気に噴射した。


 吹き付けた催涙ガスの種類は地球で海外の警察が使っているCSガスとCNガスの混合液の催涙ガスだ。

 化学物質が殆ど存在せず、耐性がないこの異世界の生き物にとって嘔吐・くしゃみ剤に分類される催涙ガスは相当キツイことだろう。


 直接ガスを浴びていない個体も空気中に拡散・揮発したガスを吸引しもがき苦しんでいる。



「ギュエギュエ!! グギャグギャア!?」



 聞きようによっては非常に不快な音質で咳き込み苦しむゴブリン達。

 中にはよほど苦しいのか、目を限界まで開けて喉を激しく何度も掻き毟ってダラダラと血を流している個体もいた。


 俺はガスを吸い込まないよう呼吸を止め、背を向け一目散に広場を抜けて木製の柵を越え森の中に逃げ込む。俺はゴブリン達から見えない大木の陰に隠れて呼吸を整えた。



「ハアハア! ヒィー……ゼハアァァ!! ハア……ハア……ハアァァァァ!!」


(あー怖かったぁ! メチャクチャ怖かった!!)



 いくら平均的な大人の身長より小さなゴブリンとはいえ、あれだけの集団でしかも武器を持って迫って来るというのは中々の恐怖だ。


「何情けないこと言っているんだ?」と思うかもしれないが、想像してみて欲しい。

 例えばサッカーや野球、バスケットなどの部活で鍛えられ並の小学生より遥かに体力がある小学校高学年くらいの集団が出刃庖丁やコンバットナイフを持って襲い掛かって来たらどう思うだろうか?


 しかも同級生の死など意に介さず死体を乗り越えて殺意を持って迫って来たとしたら?

 とてもではないが、幾ら銃を持っていたとしても恐怖以外の何物でもない。

 逆に銃を持っていなかったら俺は心の平静を保てないだろう。



「マジで怖かった……」



 少し落ち着いた俺は大木の影から顔を覗かせて周囲を確認するが、どうやら俺を見失ったゴブリン達は俺を探すようなことはせず、騎士や兵士らと戦っている仲間の応援に向かったようだ。



「ふう……っ!」



 ひとまず落ち着きを取り戻した俺はストレージから新しい銃の弾倉と手榴弾、催涙ガスを補充し、エナジードリンクを飲み一息つく。


 地球にいた頃、サバイバルゲームの途中休憩でよく飲んでいたエナジードリンクの懐かしい味が口の中に広がり、エネルギーが全身に染み渡るように広がって行くような気がする。



「逃げてえ……」



 本当ならこのまま逃げたいところだが、アゼレア達がいる方向からも悲鳴や怒声が響いて来る。

 どうやら向こうは向こうで大変なようで、目の前に視線を移すと完全に乱戦状態に陥っていた。


 一応分断されたこちら側にも騎士や兵士達以外に冒険者や魔法使いなどがいたようで、時折攻撃魔法と思われる光が見える。


 情勢は今のところ拮抗しているようだが、ゴブリンの数が多いこととそれぞれの個体が武装していることにより徐々にだがゴブリンの方が押しているように思えた。


 以前、ギルドでグレアムさんに見せてもらった魔物図鑑によると、ゴブリンという魔物は平均身長は120〜130cm、体重は約30kg前後で肌の色は生息している場所や食生活によって違いがあるが痩せぎすの体の割に身体能力が高く、知能の高い個体になると簡単な道具や武器を使うことが出来る上に中には大規模な群れを率いる長になる個体もいるのだという。


 生息地域は標高の高い山以外の大陸全てで、繁殖力も旺盛で基本肉食であり、肉ならば多少腐った肉でも平気で食べるらしい。


 幸いこの前のオーガのように『対魔力シールド』を持つ個体は確認されていないようだが、大きな群れによる人海戦術を得意にしており、小さな村落を襲い人間や獣人の子供や家畜、食料庫を襲う事もあるので人間・獣人・魔族達からは害獣扱いされている。


 しかし目に前で戦っているゴブリンは図鑑に記載されていたゴブリンとは別の生き物のように見えた。


 まず魔物なのに剣や斧を持ち、革鎧や金属製の兜や盾を装備している個体もいる。

 しかも、日本のファンタジー小説に出てくるゴブリンと違い、手入れが行き届いたそれなりに使い込まれた武器を持っているが、中にはほぼ新品のようなピカピカの武器を携えている個体も少なからずいた。



(あいつらはどうやってあんな状態の良い武器を手に入れたんだ?

 しかも小説や漫画のように指揮官クラスと思しき奴だけではなく、他の個体も普通に立派な武器を持っているな……)



 中には木の棒に包丁のような刃物を植物の蔓で括り付けたような手製の槍や錆びきった鎌や短剣を持っている個体もいるにはいるが、殆どの個体が新品かそれに近い状態の武器や防具を装備しているのだ。



(誰かがゴブリン達に武器や防具を与えたとか?)


「ふーむ……分からん」



 取り敢えず集団から外れたゴブリンに見つからないように、もう少し奥に引っ込んでおくのが無難かと思い歩き出す。と歩き出して数歩の所で別の大木に何か動くものを自分の目が捉えた。



「何っ!?」



 驚きつつも自動小銃の銃口を大木へと向ける。「誰だ!?」とは誰何しない。

 ゴブリンは人間の言葉を理解できる個体は少ないと教えられたので、誰何するだけ無駄だからだ。


 “パッ!パッ!”と自動小銃に装着しているフラッシュライトを2回明滅させる。

 すると、大木の影から恐る恐るこちらを覗き込む顔が確認出来た。



「大人しく出て来てください。

 そちらがこちらに危害を加えない限り、こちらもそちらを害する気はありません」



 そう言って銃口を向け続けること数分が経過し、銃を構える姿勢が辛くなってきたと思い始めた頃、漸く1人の女性が大木の影から姿を現した。



「メイド……さん?」



 大木の影から現れたのは歳の頃20代前半と思われるメイド姿の女性だった。

 長い髪をアップにして纏め上げている髪は栗色をしており、垂れ目がちの目は真っ直ぐとこちらを見つめている。


 自動小銃を前にして怖がったりせず、両手を上げていないのは銃が存在しない異世界ならではだろう。

 彼女は毅然とした態度でこちらと対峙している。



「貴女は?」


「女性にものを尋ねるのならば、先ずはご自分の方から名乗るべきではないでしょうか?」


「これは失礼。

 私はギルド所属の4級冒険者で孝司 榎本と申します。

 以後、お見知りおきを」


「丁寧なご紹介をいただきまして、ありがとうございます。

 私はウィルティア公国第一公女付き侍女のエパ・マリュートカと申します。

 魔物に襲撃され、ここに退避するように上司に言われ他の侍女達と共に避難していた次第でございます」


「なるほど……」



 ひとまず大丈夫だろうという思いで銃口を彼女から外す。



「ん?  他の侍女達?」


「はい。 貴女達、この方は味方なようです。 出て来なさい」



 そう言われエパと名乗った侍女に言われて大木の影からさらに2人の女性が姿を現わす。

 やはり彼女達もエパと同じ侍女服を着用していた。



「彼女達は私の後輩なのです」


「はあ……?」



 そう言われて返答に困る俺。

 アゼレアやベアトリーチェには及ばないが、それでも十分美人である女性3人。


 流石は王女様付きの侍女と言えるだろう。しかもメイド服を着ているというご褒美付きなので、こんな場所でないならばMMMもっともっとメイドさん的な事態でとても嬉しいのだが、状況が状況なので鼻の下を伸ばして話に興じている場合ではない。



「ところで、こちらに避難して来た人は貴女達だけですか?」


「いえ、私達の他にも馬車の中に退避できなかった文官や侍女数名が避難して来ています。

 他にも同じ広場にいた家族連れの方や旅人などが数人居る筈です」


「その割には、どこにも姿が見えませんが……?」



 と言いつつ周囲を確認して見るといた。

 よく見ると他の大木の影からこちらを伺っている顔が見えたり、大木からはみ出した衣服や荷物が見え隠れしている。



「ここに逃げて来ている人々は私達も含めて皆さん戦えない女性や子供、老人の方ばかりです。

 男性は武器を手に取り、馬や荷物を守るために戦っている模様です」


「そうでしたか……」



 エパから「男性は」と言われここに逃げ込んで来た自分が情けなく思えてくる。



「ところで戦いはどうなっていますでしょうか?

 ここからだと、遠くて状況が今ひとつ掴めないのです」



 確かに広場から50mほど離れたここからでは木々が視界を邪魔しており、光学機器を使わないと状況が把握しづらい。


 「ちょっと待ってください」と言ってストレージから双眼鏡を取り出して未だ戦闘が続いている広場の方を確認して見る。若干木が邪魔だが、それでも見えないということはない。



「うーん……少し押されていますね。

 分断された隣の方から森の中を通って何人か応援に回っているようですが、人間の方は明らかに疲れが見えてます」


「そんな……」


「ゴブリンの数は減っていますが……って、んっ!?」


「どうなされました?」


「まずい。 あれは……ゴブリンの第二陣か?

 さっき襲ってきた時と同じくらいの数が向こうの森の中から姿を現しましたよ!」


「なんですって!?」



 エパが俺から双眼鏡をひったくるような勢いで双眼鏡を覗き込む。

 そこには新たな仲間の増援で勢いづくゴブリン達の姿が見えた。



「そんな! こんなことって……姫殿下!」



 絶望のあまり自身の口許を抑えて崩れ落ち嗚咽を漏らすエパ。

 そんな彼女を介抱する後輩のメイド達。



「うーむ……」



 先ほど彼女は『姫殿下』と言っていた。

 恐らくあのテントのどれかにウィルティア公国のお姫様がいるのだろう。


 逃げ遅れたのか、はたまた家臣を置いて逃げられないと言って残ったのかはわからないが、何れにしてもあの乱戦の中を安全に逃げることは無理だ。


 何とかしてやりたいが、戦闘に関して素人である俺にはどうにかしてあげることは不可能だった。事態は完全に敵味方入り乱れての乱戦へと変化しており、お互いの手が届く距離での接近戦で銃の使用は味方への誤射や跳弾の危険性がある。


 拳銃弾を使用する自動式拳銃や短機関銃を使ったとしても、ほぼゼロ距離に近い至近距離での射撃、特に瘦せぎすのゴブリン相手では当たりどころによっては拳銃弾が貫通する可能性もあるし、高初速のライフル弾を使う自動小銃や機関銃、散弾を周囲にばら撒く散弾銃は言わずもがなだ。


 もちろん自衛官ではない俺が銃剣戦闘なんて真似が出来るはずもない。銃剣戦闘は何度も訓練を積んできた者しか行えない近接対人戦闘であって、素人が見様見真似で出来るものではないのだ。


 森の中から狙撃するという案もあるが、下手するとゴブリン達の注意を森の中に惹きつけかねない。そうなると今度はここに避難して来ている人々が危険に晒される。



(助けてあげたいけど、俺には何もできない……ごめんね)



 はっきり言って今の俺は銃という武器を持ちながら無力だった。

 しかし、それでも困っている人が目の前にいるのならば助けてあげたいというのが日本人の悲しい性なのだろう。


 俺は自然と一歩を踏み出し、こう彼女に尋ねていた。



「何か……自分に出来ることはありますか?」


「姫殿下を……私達公国臣民がお慕いする姫殿下を助け出していただけますか?」


「わかりました。 助け出せるかは分かりませんが、出来るだけやってみます。

 その姫殿下の容姿を教えて貰えませんか?」






 ◇






「はあ〜やっちまった……」



 俺は先程までエパと一緒にいたところから未だ戦いが続く広場へと歩いているところだったが、はっきり言って俺の足取りは超重かった。これから死ぬかもしれない場所に足を踏み入れるのだ、これで軽やかなスキップなど出来るはずもない。



「一応神の端くれになってしまって簡単に死ぬようなことは無くなったとはいえ、痛いのは嫌だなあ……」



 歩きながら自動小銃のコッキングレバーを引き、初弾を薬室に装填。

 続いて拳銃、手榴弾、ナイフの確認をして異常が無いことを確認したら、バンダリア裏側に付けていたシースから銃剣を引き抜き自動小銃の銃身に取り付けてあるバヨネットラグに銃剣を着剣する。


 銃剣戦闘ができない俺が自動小銃に銃剣を着剣するのは、万が一ゴブリンに銃身を掴まれないようにするためと、近寄ってくるゴブリンを威嚇したり払い退けるためだ。



「何でいつも後先考えずに安請負いしてしまうのかねえ、俺は……」



 日本にいた頃もそうだった。

 勤務先のホームセンターで接客中に商品の取り寄せ時期や配送時間の都合で困ってるお客さんの相談に乗ってつい貧乏籤を引いてしまうのだ。


 別に給料が上がるわけでも無いのに、メーカーや配送業者に連絡して調整を付け、最終的にお客さんの希望通りになってお客さんは喜んでくれんるのだけど、俺の方はボロボロ。


 しかも自分の受け持つ仕事もあるから、そっちも同時にこなさないといけない。

 お客とお店の調整を図るのが上手かったおかげで、上司からレジ係に至るまであらゆる案件を回されていたことを思い出す。



「これじゃあ日本にいた頃と大して変わらんなあ。

 ま、しょうがないか……」



 そろそろ森から広場へと出る。

 覚悟を決めて行こうと思ったその時、広場から森に少し入ったところの大木の影で何かがモゾモゾと動いている。



「ん〜?」



 未だ激しく燃える炎の光で逆光になって分かりづらいが大木の根元で何かが2つ、地面に倒れているものに覆いかぶさるようにして動いていた。



「何だ?」



 自動小銃を構えつつ、音を出さないように慎重に歩を進める。

 ようやく逆光が途切れ、動いているものの正体を確認した時、俺は余りの光景にその場から動くことが出来ずにいた。



「な…………な……な……!」



 目の前、ほんの数メートル先でゴブリン2匹がこちらに気付くことなく、一心不乱に全裸の女性を犯していたのだ。



「…………くっ!!」



 俺は無言で全力疾走し、犯されている女性の元まで走りゴブリン2匹それぞれの脇腹に思いっきり蹴りを入れる。



「ギュワァッ!?」



 吹き飛ばされたゴブリンに向けて太腿のホルスターから抜いた自動式拳銃の引き金を引いてゴブリン2匹が立ち上がるよりも早く、“パンッ!! パンッ!! パンッ!!”と連続した銃声が響き、9mm NATO弾が立て続けに叩き込まれ、ゴブリン2匹の顔面が破壊された。



「ハア、ハア、ハア、ハア…………」



 ショックで“ビクビク”と痙攣するゴブリンの死体を無視し、倒れている女性を確認すると女性は既に事切れていた。



「何なんだこりゃ、幾ら何でも酷過ぎるだろう……!」



 屍姦。

 変態国家日本のサブカルチャーに接していれば、時折ゲームや漫画、同人誌などに登場する言葉ではあるが、こうして現実に目撃すると俺はやり場の無い怒りと悲しさ、虚脱感に襲われ、感覚が麻痺してしまったのか不思議と吐き気は込み上げて来なかった。


 女性の遺体の周囲には破り棄てられた衣服だったものが散乱しており、よく見るとその服が先ほど知り合ったエパと同じメイド服であることに気付いた。



「あんまりだろう!」



 女性の腹部には何回も刃物で刺された痕があり、ゴブリンが引き摺って来たと思われる血の跡が広場からこちらへ向けて続いている。



「…………」



 死してなお、その身体を辱められるという畜生以下のその所業。

 流石にこのままではあんまりだと思い、ストレージから毛布を取り出しゴブリンの体液に塗れた女性の遺体を包み、広場から見えない場所まで運んだ。



「ハアー…………」



 暗く沈んだ気持ちを入れ替え、先程まで掛けていなかったシューティンググラスを掛ける。見た目はサングラスを掛けているような装いだが、視界は全く暗くならない。


 自動小銃を構えて射撃態勢に入り、森と広場の境目に達すると、早速こちらを目敏く見つけた1匹のゴブリンが斧を持って襲い掛かって来たので、ダットサイトを介さずに銃口の向きだけで照準を合わせてセミオートで銃を発砲する。


 “ダンッ!!”という発砲音と共に発射された5.56mm NATO弾は相も変わらず、今の俺の気持ちを代弁するかの如くその威力を存分に発揮し、ゴブリンの頭を吹き飛ばす。


 鼻の辺りに命中した弾丸はそのままゴブリンの脳へと到達し、頭蓋の中身をミキサーのようにグチャグチャに搔き回した後、頭の骨と頭皮を吹き飛ばしながら後頭部から飛び出して行き脳血液と黄色いブヨブヨの何かを外へとぶち撒ける。


 銃声に驚いてこちらを向くゴブリンと人間のうち、ゴブリンだけに照準を絞って引き金を引く。

 マズルフラッシュが連続して瞬くのと同じ回数だけ広場に銃声が響き渡り、ゴブリン共だけではなくゴブリンと戦っていた人間達もまたこちらに注目する。


 エアガンと違い、反動がある実銃は銃口が跳ね上がり元の位置に戻るのは一瞬だが、それでもエアガンのようにバカスカと弾丸を撃ち込むことは難しい。特に的が不規則に動き回る上に味方が入り乱れているとあっては尚更だ。



「この世界は地球とは違う異世界。

 迷惑をかける家族もいなければ、昔からの知り合いもいない」



 ということは、この世界に対するしがらみは一切無く、誰に咎められることも無いということだ。



「神様からも自分を襲う者に対して容赦は要らないという言質も貰っているし……」



 また連続して響く銃声。

 その銃声は次第に、しかし確実に回数を増していた。



「思う存分、銃が撃てるし……最高じゃないか」



 別に先程の光景を目の当たりにして怒っているわけではない。

 憲兵を地雷で吹き飛ばした時と同じように、容赦する必要がないのだと思っただけだ。


 最初は幾ら害獣扱いとはいえ、人を襲うゴブリンに対して身を守るためだから可哀想だけどしょうがないという気持ちでいた。


 しかし、あのような畜生にも劣る行為を見せ付けられたら話は別だ。

 容赦しないで良い存在と思った瞬間、気が楽になった。

 お陰様で、銃の引き金を引く指が軽くてしょうがない。



「お陰で身体も足取りも軽い軽い!」



 そう言いつつテントがある方角に足を進めつつ、襲い掛かるゴブリンを次々に射殺して行く。


 ゴブリンの後ろに人が居るのなら、足を撃てば良い。

 足を撃たれたゴブリンは地面の上を転がり回るが、俺はそんなことを無視して前進を続ける。


 地面を転がるゴブリンは別の誰かが始末してくれるだろう。

 幸い長年踏み固められているとはいえ、地面は土だ。

 コンクリートやアスファルト、岩場などと違い、銃弾が跳ね返ることはないので幾ら撃っても安心である。



「取り敢えず、お姫様の安否を確認することが先決だな……」



 弾倉を素早く交換しつつ、射撃しながら前進していると戦っていたゴブリン達の一部が俺を取り囲み始めた。


 同族がなす術もなく、しかも一瞬で血塗れになって死ぬ姿を見て無闇に襲って来ることはなくなったが、一瞬でも隙を見せれば一気に襲って来るだろう。



「うーむ……少し調子に乗り過ぎたかな?」



 周囲を見るとゴブリンに取り囲まれた俺を救おうと騎士や兵士、冒険者達が包囲の輪を破ろうと突撃を試みるが、ゴブリン達の壁が厚くて容易に突破出来ないでいる。



「でも、これだけ包囲の輪が厚いのはかえって好都合かな?」



 本当は今すぐにでも逃げ出したい気持ちで若干足が震えたりしているのだが、もう後には引けない。

 ここまで来たら、逝くところまで逝くまでだ。

 銃を構え、自動小銃のセレクターをセミオートからフルオートへ切り替える。



「色んなしがらみから解放されて吹っ切れた日本人は怖いぞお?

 取り敢えず、お前らは死ね」



 引き金を引き、銃口から放たれる無数の5.56mm NATO弾。

 純粋にただ人を傷つけ殺すためだけに生まれ、それだけのために日々様々な改良を受け続けてきた死を纏った弾丸が魔物達に猛然と襲い掛かる。

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