第17話 武器
「「はあ〜っ……」」
溜め息が2人分重なって出る。
一つはもちろん俺で、もう一つの溜め息はアゼレアからだ。
「どうした? 二人ともそんなに落ち込んで?」
「いえ、何でもありません……」
「何でもないわ……」
スミスさんの質問に俺とアゼレアは意気消沈しながら答える。
あの後、俺とアゼレアはベッドに移動して2人でめくるめく快楽の園に突撃をかまそうと思っていたのだが、ハーレムものの少年漫画のようなタイミングで宿の従業員が夕食の準備が出来たと知らせに来たのだ。
ドア越しに教えてくれれば良いのに、俺がドアを開けるまで立ち去らなかったので、せっかくの雰囲気が台無しになってしまい、俺もアゼレアも興を削がれてしまい、泣く泣く夕食の場に来ることになった。
因みにこの宿の今日の夕食の献立はラザニアのような感じの挽肉が入ったグラタンとハード系のパンだ。日本で食べるラザニアと違うのはラザニアの代わりにマカロニが入っている点で、少し濃いめの味付けだが、一緒に出された薄い琥珀色の酒と良く合うし、とても美味しい。
そして、舌に残ったグラタンの濃い味をこの酒が洗い流してくれる。
日本では食事中にアルコールを飲むことは殆どなかったが、この世界に来た所為か、はたまたイーシアさんに身体を弄られた所為なのか、アルコールを飲むことに抵抗感が無くなりつつあるようだ。
「ふーん。
ところで明日は朝から食料と水買い付けに出る必要があるんだが、どうする?」
「そうですねえ……どれくらい買い込むんですか?」
「まあ、五日分くらいだな。
バルトはもう目と鼻の先くらいに距離が縮まってるから、一日分ほど大目に見て五日分くらいで大丈夫だろう」
「わかりました。 馬車で移動したほうが良いですかね?」
「いや、今回買い付けに行くところはギルドが運営しているところだから、近場なら向こうが宿まで運んでくれる。
場所はここから五〇〇メートルほどしか離れていないから、徒歩で向かって大丈夫だ」
「じゃあ、運ぶ手間が省けますね」
「まあな。 ただ、一つだけ懸念事項がある」
「何ですか?」
「夕飯前にギルドに顔を出してきたんだがな、どうやらこのメンデルとバルトの間に走ってる街道上で何人か行方不明者が出ているらしい」
「行方不明者とは?」
スミスさんの話を黙って聞いていたカルロッタが反応する。
「ハッキリとしたことは分からんのだが、メンデルからバルトに向かった隊商が向こうに到着しなかったり、逆にバルトからここへ向かっていた冒険者達がクランごと消えたりとかだ」
「何だそれは? もしかして、またオーガか?」
「魔物かどうかは判断はつかんが、まず原因がはっきりしないんだ。
面白いのは、ここメンデルとバルトを行き来しているギルド商工科登録の輸入業者に言わせると、盗賊の類とかじゃないらしい」
「というと、何なんですか?」
「さあな? 現場を見たわけじゃないし、俺には分からん」
「分からないって……」
俺の質問に、スミスさんは何とも歯切れの悪い答えをする。
「しょうがないだろう?
この国の国境警備隊や山岳警備軍、バルト側の軍が消息を絶ったと思しき場所を捜索したが、何も出てこなかったらしいんだから」
「メンデルとバルトを行き来している者達全てが消えているのか?」
「いや、違うらしい。
どういう基準で消えているのかは知らんが、主に夜のうちに通った奴らが圧倒的に多いらしいな」
「ベアトリーチェ殿、これはまさか……」
「そうですね、カルロッタ。
もしかしたら
「死霊?」
「ええ。
私達、聖エルフィス教会の教義には世を害する
各地に存在する我々の教会でも地元の領主や住民の要望で街道上に出没するそれらを討伐しますが、稀に信じられないほど怨念が強い死霊や不死者が存在しますの。
そのような存在は私達、教会特高官やカルロッタのような聖騎士が直接討伐するのです」
「へえ~?
本とかを読んでいると司祭がそういうことをしている描写がありますが、実際に行っているんですね」
「私は現在、調査専門なので討伐自体にはもう参加していませんが、以前はよく討伐に参加していましたわね。
我々教会の中にはこの世ならざる者達の討伐を専門にし、長年に渡ってその任務に就いている者もいますわ」
当時のことを思い出したのか、ベアトリーチェのどこか懐かしむ目をしていた。
「因みになんですが、どうやって退治するんですか?」
「それは職業上の秘密です」
「それは失礼しました」
「と言いたいところですが、冒険者登録をしている神官でもこの世ならざる者達の討伐をしている者もいたりして秘密でも何でもないので、お教えしますわ」
「秘密じゃないんかい!?」
「基本的に死霊や不死者の討伐では、それ専門に作られた魔法武具や神聖魔法で対応します。
精霊魔法も効果が高いと聞き及んでいますが、基本的に精霊魔法はエルフや妖精族しか使えませんから、人間が討伐を行うなら神聖魔法の使い手を用意するのが手っ取り早いですわ。
あとは神聖魔法・精霊魔法・闇魔法の一部機能や力を武具に封入すれば、魔法が使えない剣士でもある程度の強さの死霊や不死者ならば、対応も可能かと思いますわね」
「なるほど。 ある程度の強さってことですけど、強い奴ってどれくらい危険なんですか?」
「危険度はピンキリですが、満月の時よりも新月の月明かりが無い時に出没する死霊が特に危険ですわね。
満月に出る死霊は月の力を頼りに呪いの力が増幅されます。
しかし、新月に現れる死霊は常に闇そのものから力を得るので、下手をすると並みの司祭程度の魔力では太刀打ちできません」
「やっぱりあれですか? 死霊って呪いで人を殺したりすんですかね?」
「殆どの場合はそうですが、タチが悪い者になると取り憑いて年単位でゆっくりと真綿で首を絞めるかの如く呪う種もいますから、その場で襲われなかったとしても油断は禁物ですわ」
(怖っ!! 年単位で呪うとか何それ?
要するに、ずうっと幽霊が付き纏うってこと?)
「大丈夫よ、孝司。
魔王領にもガーゴイルやゴーストが領民として暮らしているし、吸血族は悪魔族と一緒で彼らを取り纏めることもしているから、死霊や不死者は私を見れば向こうから逃げていくわよ」
「ええっ? 何それ……」
ガーゴイルやゴーストが領民って……魔王領という国はそんなにオドロオドロしい国なのだろうか?
「まあ死霊でしょうが不死者でしょうが、実際のところは原因はハッキリしないんです。
気を付けておくことに越したことはないでしょう。
あの街道は昼間は人や馬車の往来が盛んですが、夜は人気がグッと減りますからね。
なるべく昼間のうちに通った方が得策でしょう」
食事をしながら話を聞いていたロレンゾさんが提案をする。
まあ確かに街灯もない道なんて夜に通るとか怖い上に危険すぎるし、死霊じゃなくても事故防止のためにも昼のうちに通った方が安全だろう。
「スミスさん。 メンデルとバルト間の街道はどんな道なんですか?」
「バルトは国の周りが山脈と深い森に囲まれてるから街道は基本森の中を走ってる。
特にメンデル~バルト間は街道の左右は森で、さらにその外側には標高の高い山脈が広がっているな」
「途中に宿場町はありますか?」
「あるぞ。 シグマ側とバルト側の国境の近くにな。
バルトに入って少ししたところに、それなりの規模の宿場町がある。
何だっけな? 街の名前が出てこんな。 ええと……?」
街の名前を思い出せなくて頭を捻るスミスさん。
とその時、ズラックさんが助け舟を出した。
「キナーゼ村」
「そうそう、キナーゼ村だった。
まあ、あそこは傭兵や冒険者から魔法使い、貴族とかまで泊まるからな。
盗賊や不死者なんかが足を踏み入れればすぐに始末されるだろうから、ある意味安全だ」
「へえ。 じゃあ、一先ずそのキナーゼ村を目指せば、問題なさそうですね」
「そうだな」
◇
次の日の朝。
「おいタカシ、大丈夫か?」
「あ、スミスさん。 すいません、寝坊しちゃって……」
「いや、別にそれは構わんのだが、お前さん目の下に隈ができてるぞ?
寝てないのか?」
「いや、寝ましたよ。 主に別の意味で……」
「おいおい、しっかりしてくれよぉ。
若いから何度も励むのは結構だが、旅に支障が出ると困るのはお前さんの方だぞ?
するなとは言わんが、せめて限度ってもんを弁えろよ……」
「はいぃ。 気を付けます……」
「で、お前さんの彼女はまだ寝てるのか?」
「それはもう。 ベッドの上で幸せそうにグッスリと」
「じゃあ、行くぞ?」
「はいぃぃ……」
俺とスミスさんは他のメンバーが寝ている中、朝の6時に起床してギルドの物資補給所に向かう約束をしていたのだが、俺が20分ほど寝坊してしまいスミスさんを待たせることになってしまった。
物資補給所に食料や水を買い付ける際、向こうで直接荷を積み込むのなら朝の8時くらいに起きても大丈夫だったのだが、泊まっている宿まで購入した荷を運んでもらう場合、朝一で手続きをしておかないと補給所が混んで物資を宿まで配送してもらう時間が遅くなるのだそうだ。
そのため朝の6時に起床して物資補給所に向かうことにしていたのである。
物資を選ぶのは主にスミスさんの役割だが、見かけによらず彼は真面目だった。
最初は彼にお金を預けて補給所で物資を選んでもらっても良かったのだが、スミスさんが「お前さんの金で買うんだ。 勝手に俺が選んで勝手に金を使うわけにはいかないだろう?」と言われ、財布の紐を握っている俺も付いていかなければ行かなくなったのだ。
因みに就寝したのは午前3時だった。
なので俺は実質3時間ほどしか寝ていないのだが、原因はもちろん、アゼレアである。
あの後、食事を終えて明日の役割と予定を決めてから解散になって、各々部屋に戻ったのだが、そのあとはそれはもう大変だった。
「お、落ち着けアゼレア!!」
「もう駄目、我慢できない!!」
「ウムゥゥゥゥゥーーーーー!!!!!!??????」
階段の踊り場でスミスさん達と別れた後、俺はアゼレアに半ば引き摺られるようにして部屋に戻り、ドアを閉めた瞬間、扉に押さえつけられるようにしてアゼレアから熱烈なそして貪るようなキスの嵐を受けた。
その後は物凄い力で2つあるベッドのうちの1つに投げ飛ばされ、『不〜知子ちゃ〜ん!!』状態で俺の上に飛び乗って来た彼女に、またまた物凄い力でベッドに押さえつけられた俺は、手順なんて知ったことかと言わんばかりにアゼレアに文字通り貪り喰われたのである。
人間では不可能な、ともすれば屈強な海兵隊員や自衛官、レスリングのオリンピック優勝選手ですら太刀打ちできない身体能力と腕力、吸血族と淫魔族の能力をフルに使った力の前では、最近まで平均的な日本人だった俺には抗う術はなかった。
「ふう……良かったわ!!」
「クッソォォォォォォーーーーーー!!!!!!
反撃だあぁぁぁーーーー!!!!
神様に弄られた体は伊達じゃねえぞォォォォォォーーーーーー!!!!!!」
「はぁああああああああーーーーーーーーん!!!!!!!!」
というわけで、あとはものすんごいコトになった。
もちろん、途中適度な休憩を入れ、お互い攻守入れ替えの超殲滅戦に陥って午前3時前くらいにようやく戦争が終わったのだ。
はっきり言って「処女とか非童貞とか何それ美味しいの?」状態で終始コトは進んだのだが、終わった後はお互いの決勝戦が終わり、優勝旗を手にした甲子園球児以上に晴れ晴れとした表情を見て、俺もアゼレアも安心して眠りについたのだった。
「何ニンマリと笑ってるんだ?」
「はっ!? ああ……いえいえ、すいません」
つい数時間前までの激闘を思い出してしまって顔が自然とにやけてしまったようだ。
顔の筋肉が緩まないように気を引き締めなくてはいけない。
「早く終わらせて朝飯を食おう。 腹の中に水以外入れたないから、腹ペコだよ」
「そうですね。 早く終わらせなければ……」
「お前さんは宿に戻ったら、とりあえず風呂に直行だな」
「え、何故です?」
「アレの残り香が未だするからなぁ〜
あの聖騎士の姉ちゃんが気付いたら煩いぞ、きっと……」
「アハハハハ……すいません」
「あとな、お前さん確か鏡持ってただろ?」
「ええ。 手鏡を持ってますけど……」
そう言うと、スミスさんが自分の首に手を当てて何かを訴えかけている。
「首がどうかしたんですか?」
「首筋に唇の跡がめちゃくちゃ残ってるぞ……」
「えっ!?」
そう言われて手鏡で自分の首を見ると、確かにキスマークがある。
しかも薄っすらとしたものでなく、結構目立つやつが沢山あり、よく見ると額や耳にもキスマークや甘噛みされた跡が残っていた。
「うわっ……」
行為の最中に吸血された傷は治っているのに、何故にキスマークとかは未だに残ってるのだろうか?
「それ、今の内にどうにかしないとマズイぞ?」
「アハハハハ……!! …………ハァ」
ギルドの物資補給所に着いた時、担当の職員が俺の首を凝視いていたが、俺は敢えて知らないふりで通すしかなかった。
◇
物資補給所で食料などの積荷の手配を済ませた俺とスミスさんは寄り道をせずにさっさと宿に戻った。腕時計を見ると、時刻は午前7時半を少し過ぎたあたりで、なんだかんだで1時間ほど時間が経過していたようだ。
俺は宿に戻ると、スミスさんに言われた通りに共同浴場に向かう。
よくよく考えると俺は昨日風呂に入っていなかったし、浴場に行く暇もなくアゼレアに襲われ、ベッドの上で超殲滅戦を展開したのだから、それは匂う筈である。
「へえ? まるでスーパー銭湯みたいな作りだな」
この宿は建物のサイズが結構大きかったから共同浴場もかなりの規模と思っていたが、規模は予想通りで設備の方は良い意味で裏切られた形だ。
カランと鏡の有無は仕方がないが、それ以外は地球のスーパー銭湯のそれと遜色ない。
ドアもガラス張りで、床や壁の一部に使われているタイルもカラフルだ。
ボイラーが存在しないこの世界では湯も正真正銘本物の源泉掛け流しで、オーバーフローバスや巨大な陶器の甕に湯が注がれている五右衛門風呂のような風呂釜などジェットバス構造ではないものの、底から泡が立ち昇っている浴槽などがある。
「本当にここまであると、日本のスーパー銭湯そのものだなあ。
もしかして、この世界へと転生して来た元日本人がテルマエよろしく設計したのかね?」
手近な場所に座って体や髪をしっかりと洗い、それが終わると浴槽に浸かり体を温める。
「はぁ〜! 沁みるねえ!」
子供の頃は温泉なんて遊べる場所が無くて行こうとも思わなかったが、大人になって働くようになると何故か温泉に行きたくなるのは何故だろうか?
「箱根に行きたいなあ……」
もう二度と行くことができない日本の温泉地に思いを馳せる。
せめて今だけでも温泉を堪能させてもらおうと、その後、幾つかの浴槽で温泉を楽しんで疲れを癒してから部屋へ戻る。
「ただいま」
「あら? おかえりなさい」
アゼレアがまだ寝ていると思い、忍び込むように部屋に入ったが、どうやら彼女は既に起きていたようだ。装備こそ身に着けていないが、パジャマから服へと着替えて荷物の点検をしているところだった。
「あれ? もう起きてたの?」
「ええ。 あなたがいない内に、部屋を片付けておこうと思ってね」
「ああ……ありがとう」
そう言って昨日“使った”ベッドを見ると、染み一つなく綺麗に整えられていた。
「……これ、どうやって綺麗にしたの?
朝見たときは結構酷い状態になっていたと思うんだけど?」
「決まってるじゃない。 浄化魔法で綺麗にしたのよ。
私だって魔族の端くれだから、これくらいの魔法は当然使えるわ」
(成る程、魔法で綺麗にしたのか)
血やその他で汚れた染みは無く、あるのは漂白されたかのような白いシーツと布団、そして枕があるが、よく見ると昨日泊まった時より綺麗になっているのではないだろうか?
隣のベッドは目立つほどではないが、経年変化による汚れが存在している。
「ふーん……こういう時は魔法って便利だなぁ」
「これくらいのことで驚いていたら先々身が持たないわよ。
浄化魔法や私の傷の手当てで使われた治癒魔法なんて、魔法を扱う者にとっては初歩の部類よ。
特に治癒魔法はベアトリーチェやロレンゾくらいの腕利きになれば、切り裂かれた腕や足程度ならば朝飯前にくっ付けられる筈よ」
「そうなの?」
「私の魔法や魔力は主に破壊のほうに比重が行きがちだからアレだけど、優秀な治癒魔法使いになると、それくらいは出来ないと逆に不味いでしょうねえ……」
「へえ? じゃあ、俺が持ってるこの銃撃たれた際についた傷とかも治せるの?」
「銃? ああ、孝司がもってるソレのことね。
んん……どうかしら?
この前のミサイルのような兵器からの攻撃による爆発で木っ端みじんになった肉体は、流石に治癒は不可能でしょうけど、その銃については傷を見たことがないから分からないわ」
「そっか……」
(思い返してみれば、帝都で発砲した以外では銃をぶっ放していないな……)
未だにこのシグマ大帝国内から出ていないとはいえ、ここまで盗賊などに襲われることなくこれたのは幸いだった。唯一、オーガを撃破するということになったが、あれは襲われたというより人助けだったし、もしあの現場に遭遇しなければ、あの冒険者達は死んでいたかもしれない。
「ところで、アゼレアはもう朝食は済ませたの?」
「まだよ。 孝司と食べたかったから、待ってたの」
「嬉しいこと言ってくれるねえ。 じゃあ、一緒に朝ご飯を食べに行こうか?」
「ええ。 行きましょう」
◇
「中々、美味しかったわね」
「そうだね。 まさか麺料理をいただけるとは思わなかったよ」
そう言いながら口の中に残る料理の味を思い出しながらアゼレアと共に部屋に戻ってきた。今日の朝食は宿の食堂でいただいたのだが、まさか温かいうどんが出るとは夢にも思わなかった。
出てきたうどんは食器こそ洋風だったが、うどん自体は日本でも食されているきしめん風で、挽肉とトマトで味付けされたイタリアン風の麺料理だった。朝から肉が入っている少々こってりした料理は好き嫌いが分かれるだろうが、俺にとっては不満はない。
「ところで、宿は何時くらいに出立するの?」
「今、午前9時半過ぎくらいだから、あと1時間か1時間半後くらいかな?
それまでにギルドの物資補給所から今回購入した積み荷を先方さんの荷馬車が持ってくるから、それを積まないことには出立できないからね」
「ふうん……じゃあ孝司、それまでの間暇だからまたヤる?」
「そんなあっけらかんと言わずに、もうちょっと恥じらいながら言ってほしいなあ。
悪いけれど、昨日出し損ねた銃の準備をしたいから、“ソレ”は次に泊まる宿でね」
「ええぇぇ…………!?」
(うわー、あからさまに肩をがっくりと落として落ち込んじゃったよ……)
「それに、首や顔にあからさまな
「じゃあ、口。 口でシテあげるからっ!」
「女の子がそんなはしたないこと平気で言うんじゃありません!!
読者さんから批判食らうよ!?」
(まったく!
一度シてからアゼレアは猿みたいになってるけど、この先大丈夫なのかね?
普通、こういう時って男が女性にアホみたいにしつこく求めるんじゃないっけ?)
「とにかく俺は銃の準備をするの! アゼレアも今のうちに装備の点検くらいしときなさい!」
「ブー! ブー!」
(さてと……)
俺は頬を膨らましてベッドの上で転げまわるアゼレアを無視して昨日の続きを開始する。
今日準備するのはポーランドとチェコの銃器をそれぞれ使えるようにしておくことだ。
というわけで、大小さまざまなサイズの木箱をストレージから出して中から銃器を取り出していく。
先ずはポーランドの自動小銃であるWZ96
チェコからは自動小銃のCZ806
いずれの銃器もポーランド軍やチェコ軍で現在採用または新たに採用された軍用銃達だ。
この中で一番目立つのはやはりAKの外観を色濃く残しているベリルだろう。
GROTとブレン2が欧米の最新自動小銃を強く意識して作られた近未来的な外観に対して、AKの武骨な外観がより際立っている。
WZ96 Beryl、それは現在ポーランド軍が採用している主力自動小銃で5.56mm×45 NATO弾を標準弾薬とする異色のAK型自動小銃で、もちろんこの銃にはM762と呼ばれる7.62mm×39 ワルシャワパクト弾を使用する銃種もあるがポーランド軍では5.56mm口径の銃種が使われている。
ベリルは世界に広く存在するAK型自動小銃の中でも異色の銃だが、それは標準使用弾薬がNATO弾だからというだけではない。AK自動小銃はライセンス生産品やコピー品を含めれば様々な国で作られている。
本家ロシア、ブルガリアやルーマニア、中国、北朝鮮、アゼルバイジャンやユーゴスラビア、アルメニアやイラン、そしてポーランド。その中でもポーランドのベリルはその品質管理においてロシア以上の、それこそ欧米並みの品質でベリルを作っている。
ベリルの製造はポーランド国内の企業、ファブリカブロー二・ラドム=通称“ラドム社”が行っている。この企業は1922年からポーランド軍用の銃器を製造しており、冷戦中は旧ソ連製の自動小銃AK47やAKM、トカレフ TT-33自動拳銃なども作っていた。
それまでの工場は大きく重厚で屋上には草が生い茂ったいかにも旧共産圏の工場という感じだったが、老朽化が進み2014年に新しい工場に移転している。移転した新工場は大きいながら最新の設備を備えた明るく清潔な工場で、欧米の先進的な銃器製造工場に引けを取らない。
ベリルやGROTはそんな工場で作られている。
ドイツなどから最新の工作機械を導入しつつも、旧工場から引き継いだ工作機械も使用し、専門の職人が己の経験と勘を駆使してコンピュータ制御の工作機械で銃を作っていく姿は圧巻だ。
作り上げられたパーツは全て独自の熱処理と厳格な品質検査を経て丁寧に作り上げられるが、その精度は欧米と比較しても遜色はない。
AKと言えば『安くてとにかく頑丈、でも命中精度はそこそこかな……』という印象があるだろうが、ベリル製造工程を見ているとそんなこと思い浮かべる気にはならなほどで、逆に「そこまでする必要があるの?」というくらい品質管理に気を使って作られている。
そのためベリルの命中精度は5.56mm弾を使っているという点を考慮しても非常に良い。
それこそ下手な欧米製の自動小銃を凌ぐ勢いだ。
それにAK特有の高耐久力が付加されるのだから堪らない。
個人的には、ベリルは数あるAK型自動小銃の中でも一二を争う性能を持っていると思われる。
「うーん……昨日見た時もそうだったけど、本当に綺麗に作られているなあ~」
レシーバー左側に刻印されているファブリカブローニ社を示す“FB”のロゴが格好良い。
「へえ? 本当にこっち側のレバーはセイフティの切り替えのみなのか……」
実はベリル最大の特徴は使用弾薬ではなく、射撃モードを切り替えるセレクターにある。
一見、他のAK自動小銃と同じレシーバー右側にあるダストカバーを兼用する大型のセレクターレバーは単なる安全装置の役目しかなく、単発・連発の切り替えは反対側のレシーバー左側に新たに設置されたL字型のレバーで切り替えるようになっている。
その為、他のAKのようにピストルグリップから手を放すことなく射撃モードの切り替えが可能で、他のAK達には余り見られない3点射バースト機能を備えているのだ。
因みにこのベリルは最新のモデルで木箱から取り出した段階でアルミ合金製のピカティニーレール付ハンドガード、スチール製のピカティニーレール付スコープマウントベース、フィンガーチャンネル付きピストルグリップ、伸縮式のテレスコピックストック、夜間戦闘用フロント/リアサイトを予め装備しているため外観は非常に厳つく、近代的なフォルムで他のAK達とは一線を画している。
弾倉は半透明のプラスチック製で残弾の確認が容易になっており非常に便利だ。
余談ではあるが、ラドム社は米軍をは始め、自衛隊やNATO加盟諸国で広く採用されているSTANAG弾倉をベリルに使用できるように弾倉の挿入口に取り付けるアダプターがオプションとして存在している。
「ふむ。
こうやって見るとベリルとGROTは同じところが作っているということと、弾薬以外共通点がないな」
ベリルと同じラドム社が作る最新型の自動小銃GROT。
この自動小銃の特徴はフルサイズアサルトライフルの形状とフランスのFA-MASやイスラエルのタボールのように弾倉を後方に配し銃の全長を抑えたブルパップアサルトライフルの2種類を用意していることだ。
これにより本銃を購入する軍や警察等のクライアントは用途に合わせて銃種を選択できる。
また、本銃のもう一つの特徴として全ての操作を左右両側から行える点だ。
人間は利き手が左右どちらかにある。
稀に左右どちらの手も利き手だという者がいるが、まあそれができる人は少ないだろう。
軍人でも警察官でも利き手が右ではなく左という人は少なからずいるので、そのような者達のニーズに応えるべくGROTは装填、発射、排莢、弾倉交換等全ての手順を左右どちらからでも行えるように設計されている。
「画像で見たときは近未来的な印象だったけど、こうやって見ると案外ゴツイなあ……」
近未来的に洗練された印象だが、やはりそこは旧共産圏製の銃器。
洗練フォルムの中にも攻撃的な部分が見え隠れする。
「このアサルトライフルタイプ、どことなく日本の89式小銃に似ているな」
同じSTANAG弾倉を使用しているというのもあるが、日本の89式5.56mm小銃を近代的にしてもっと使いやすくしたら、きっとこうなるのではないか?という感じがGROTからは漂ってくる。
「うん。 俺としてはブルパップタイプより、こっちのアサルトライフルタイプが好みだな」
そう言いつつ見るのは、2種類の異なる長さのGROTだ。
片方は折り畳み式のストックとショートタイプのハンドガードを持つカービンタイプのGROTもう片方は固定ストックとロングタイプのハンドガードを持つフルサイズタイプのGROT-Rだ。どちらも当たり前だが軍用ということで銃身には着剣ラグが備えられており、他にも軽量化と空気に触れる表面積を増やし銃身の冷却効果を狙った
ポーランド軍のパレードにて兵士たちがこの固定ストックを装備したフルサイズタイプのGROT-Rに銃剣を着剣している状態で携銃して行進していたのを見て非常に気になっていたのだが、こうやって見ると結構全長が長い。
5,56mm弾を扱うライフルのフルサイズなので、多分米軍のM16A4くらいのサイズとほぼ同じくらいの長さがある。
「長いと言っても、軋むことなくまるで一本の棒のごとくガッチリしている……強度的には不安はないかな?」
コッキングハンドルを引いてみたが、引っ掛かりもなく滑らかにハンドルもボルトも後退する。
GROTのコッキングハンドルはAKや89式小銃と違い、ボルトと連動していないため射撃時にハンドルが前後に激しく動かないことを動画で予め確認していたが、こうしてコッキングハンドルを見るとこの左右に突き出している大きなハンドルが射撃の度に前後運動するのは確かに目障りだ。
「うん。 東欧で作られた銃とは思えないクオリティだな。
さてと、次はPM06か……」
次はMSBSとは打って変わって短機関銃を手に取る。
その名もPM06 Glauberytだ。
このサブマシンガンはラドム社が製造しているサブマシンガンの中でも最新のモデルで、ポーランド軍以外にもポーランド国内の警察を含む各司法機関にて使用されている。
使用弾薬は9mm×19 NATO弾で、見た目はイスラエルのUZIサブマシンガンに近いだろう。しかし、近いといっても見た目だけで、UZIに施されていたグリップセイフティやコッキングセイフティは装備されていない。
共通点と言えば見た目と使用弾薬、フレームをプレス加工されたスチールで作られているくらいだ。当初は給填された弾薬を前進してきたボルトで薬室に装填・即撃発する仕組みのオープンボルト撃発機構のみだったが、いつの間にか給填した弾薬を予め薬室に装填した状態でボルトで閉鎖しておき射撃時に撃発・ボルトを開放し再び装填するクローズボルト撃発機構もオプションで選べるようになっていた。
因みに俺が手に取っているPM06は初弾命中率が高いクローズボルトの製品である。
PM06の良いところはリアサイト前方にピカティニーレールスコープマウントベースを装備し、プラスチック製のハンドガードは予めフラッシュライトやレーザーポインターを装備できるスペースを備えており、それに合わせて握り易くデザインされている点だ。そのため、パーツを付け替えず外観のイメージやバランスを大きく崩すことなく射撃できるのが良い。
また、UZI型のデザインであるため銃の重心が比較的中央部にあり、両手で保持した時と比べて命中率は落ちるものの、慣れれば片手でも射撃が可能だ。
「動画で見ていたようにマガジンをスムーズに出し入れできるな……」
ラドム社が制作した広報用の動画ではPM06の弾倉がマガジンキャッチのロックを解除したとたん重力でマガジンがスルッと抜け落ちる場面があったが、今手に取っている本銃も動画と同じく気持ち良いほどマガジンの抜き差しが行える。
これだけ見ても厳しい品質管理の元にこの銃が作られているのがわかる。
まだ試射をしていないものの、この作りの質感から見るに、ドイツのMP5に及ばないものの高い命中率を出してくれるのではと期待が高まり、そのまま俺はPR15自動拳銃を手に取った。
「何だか幾つかの拳銃の良い所取りをしたような印象だな……」
アルミ製のフレームとスチール製のスライドを組み合わせたPR15は全体的に角ばったゴツゴツとした見た目で、どことなく自衛隊の9mm拳銃であるSIG P220を連想させる。
グリップ周りはSIGやベレッタ、S&Wなど欧米の拳銃が混じり込んだような感じだが、握ってみるとグリップパネルのデザインも相まって握り易い。
大きさとしてはSIG P229 E2と同じくらいだろうか?
フルサイズのP226よりは小さい印象なので、コンパクトというよりセミコンパクトと言ったほうがシックリくる。
操作性としてはこちらもMSBSと同じように左右から操作可能なようにセイフティ、マガジンキャッチ、スライドストップがアンビ化されているので、銃を握った時の利き腕が左右どちらでも良いように作られていた。
「日本のニューナンブM57A1を近代化させたら、こんな感じなんだろうなあ……」
以前、陸上自衛隊の武器学校を見学した時に初めて見たニューナンブM57A1。
撃発機構がシングルアクションのみだったということと、弾倉が複列弾倉でないという理由で自衛隊での採用が見送られて世に出ることがなかった不遇の純国産自動拳銃であったが、もし自衛隊で採用されて改良発展していたら「こんな感じになったのでは?」と思うような姿がPR15にはあった。
「ふ~ん。
エアガンとかと違って総金属製だからプラスチックのスライドと比べてちょっと滑るけど、スムーズに動いて良い感じだな……」
弾倉を抜き差ししたり、スライドを引いたりして動きを確かめるが然したる抵抗もなくスムーズに動き、特にエアガンでは出せない金属音は何時聞いても良い。
何なら、いつまでも聞いていたい音だ。
「さてと、時間もないからチェコの方に移るか……」
そう言って今度はチェコのCZ806 BREN2 A1を手に取る。
こちらはポーランドのGROTと比べてややゴツゴツとした印象だ。CZ806は一言で言えばチェコ版のFN SCAR自動小銃と言ったほうが分かり易いだろう。
それほどまでに両者はよく似ている。
CZ806がチェコ軍に採用される前の先代としてCZ805 BREN A1という自動小銃が存在しているが、このCZ806のほうがFN SCARにより近い外観をしている。
やはりこちらもGROTと同じように操作性はアンビ化されており、左右どちらからでも本銃を操作できるが、GROTと違い撃ち終った弾薬を排莢するための穴は右側にしか空いておらず、左側から排莢することは叶わない。
「ふむ……ストックの頬付け感はGROTよりCZ806のほうが良いかな?」
ストックを頬に着けると、ストック根元から後部に向けて設けられた段差のない傾斜の部分に自然と頬がくっ付く。
CZ805のエアガンを構えた時はストックとフレームの間に段差があったので頬付けが難しかったが、CZ806になってこの辺が解消されてこともあり、ストックの使用感は格段に進歩している上に、グリップも滑り止めが細かくなったことにより引っ掛かりが少なくて握り易い。
「このCZ806は11インチバレルを装備したモデルか……」
CZ806にはそれぞれ異なる長さの銃身が用意されており、フルサイズタイプの14インチ、カービンタイプの11インチ、コマンドタイプの8インチがあり、俺が今手に取っているのはカービンタイプの11インチバレルだ。もちろん軍用なので
「あ、本当にバースト機能が省略されている」
実は先代の実銃CZ805には単発・連発以外に2点射バースト機構が装備されていたのだが、CZ806ではこの機構は省かれてしまった。
理由としては点射バーストは訓練を受けた者であれば、連発射撃中の指きり射撃で可能なことや製造時のコストを下げる目的、点射バースト機構を取り入れることによる撃発機構の複雑さと耐久性と整備性が低下するとのことでCZ806では見送られたという経緯がある。
「フラッシュハイダーも変更されてるな」
CZ805では
「ふーん。 確かに緊急時はこっちのリリースレバーが早いわなあ……」
実はCZ806は先代と違い、次弾の素早い装填が可能なように従来のボルトリリースレバー以外にもう一つのリリースレバーが存在している。それがトリガーガード内前方に位置するレバーだ。
ボルトリリースレバーというのは自動小銃の最終弾発射後に後退したまま停止・解放された状態のボルトを再び前進させるための解除スイッチで、AK達には存在していないが、89式小銃を含む欧米の自動小銃には大体装備されており、新しい弾倉に交換した際わざわざコッキングハンドルを引かなくてもこのレバーを操作し、ロックを解除することによって後退して停止したままのボルトを前進させ次弾を薬室に装填することが可能だ。
しかし、ほとんどの場合、このボルトリリースレバーを操作するときは片手で操作する必要がある。そのためピストルグリップから手を放す必要はないが、もう片方の手でロックを解除するため、銃を構える動作がワンクッション遅れる。
その点、CZ806ではトリガーガード内にこのボルトリリースレバーを配置することで、トリガーを引く人差し指指だけで操作が可能にした。そのため他の自動小銃と違い片手を使うことなく素早い装填・射撃が可能になる。
「MSBSといい、CZ806といい最近の自動小銃ってエアガンと比べても非常に操作性が良くなっているなあ……」
人間工学を取り入れた最近の銃器は操作性が良くなり、デザインも近未来的だ。
中には近未来すぎて好みではない銃もあるが、ポーランドやチェコのこれらの新型自動小銃は東欧独特のデザインと相まって、未来的な中にも軍用銃本来の禍々しさが静かに潜んでおり非常に好感が持てる。
「この新しいスコーピオンは昔のスコーピオンと比べても、呼び名以外どこも共通点がないな……」
CZ806と共に用意したチェコ製サブマシンガン、スコーピオン EVO3 A1。
こうやって見るとCZ806と幾つか共通点が見えてくるのだがが、先代のVz61 スコーピオンとは全く別物の銃だ。
スコーピオン EVO3はVz61 スコーピオンと同じチェコのチェスカー・ズブロヨフカ(以下、CZ社)で作られた最新のサブマシンガンで、Vz61が作られた当時はチェコはチェコスロバキアという国名で共産主義陣営に属する国でありCZ社も国営の兵器廠だった。
1992年には民営化されたが、その後もCZ806やスコーピオン EVO3などの銃器を作り続けているチェコの代表的な銃器メーカーである。
チェコ製の銃と言えば日本の漫画などで有名になったCZ-75自動式拳銃が一番有名ではないだろうか?
冷戦当時の共産主義陣営の銃器にありがちな質実剛健で泥臭い印象の多い銃達の中でCZ-75はデザイン、操作性共に欧米の自動拳銃に引けを取らず、現代でも遜色ない外観をしている名銃だ。
そんな銃器メーカーが作った傑作サブマシンガンとしてVz61 スコーピオンが存在していたが、世界的にサブマシンガンはドイツのMP5やイスラエルのUZIの影響で9mm×19 パラベラム拳銃弾を使用することがスタンダートになりつつあった。
また、新たにNATOに加盟したチェコではサブマシンガンの使用弾薬を9mm口径に合わせる必要性に迫られてため、CZ社はスコーピオン EVO3を次世代サブマシンガンとして設計・開発し世に送り出す。
しかし、このEVO3は最初見たときは衝撃だった。
CZ社と言えば、前述のCZ-75やVz61、日本赤軍がイスラエルのロッド空港襲撃事件の際に使用し一部のガンマニアの間で有名になったVz58自動小銃など鋼鉄製の銃器を作るイメージがあったため、まさか外装にプラスチック樹脂を多用した近代的なサブマシンガンを作るとは予想外だ。
「うーん。 CZ スコーピオン EVO3か……何だか、ドイツのHK UMPみたいだな」
まあ、9mm弾を使う以上、同じくNATOに加盟しているドイツのMP5やUMPサブマシンガンを意識していないといえば嘘になるだろう。
「しかし、金属鎧やチェインメイルを着込んだ騎士や歩兵相手に拳銃弾は果たして役に立つのかなぁ?」
今のところ金属鎧を着用した相手にはPKPの7.62mm×54R ワルシャワパクト弾しか使っていない。あの強力なライフル弾であれば、この世界の金属鎧は余程分厚い物でなければ貫通可能だろう。
しかし、それ以外となるとどうなるだろう?
例えば5.45mm弾や5.56mm弾はどうだろうか?
5.45mm弾は路地裏で襲ってきた正体不明の犬のような獣に使用し、あとはPOM-2散布対人地雷の爆発で傷ついた憲兵の頭部に撃ち込んだ以外使っていないので、金属鎧に小口径軍用高速ライフル弾が有効かどうか調べていない。
もし、この2つのライフル弾が然したる効果がない場合、拳銃弾はもっと効果がないということになる。小口径軍用高速ライフルや拳銃弾が近距離の射撃で効果があっても、距離が開くと貫通力が低くなるのであれば意味がない。
「どこかで金属鎧に対する貫通力を検証しないとなあ……」
「どうかしたの?」
「うん? あ、いやぁ……」
「なんでもないよ」と言おうとして思い出したが、アゼレアは魔王軍の将校だ。
ということは、この世界の軍や冒険者が使う金属鎧に対しての知識がある筈なので、どんな金属鎧が一般的に使われているか彼女に聞いてみるのも一つの手だろう。
「ねえ、アゼレア。 鎧についてちょっと聞きたいんだけど?」
「鎧? 鎧がどうかしたの?」
「この世界ではどんな鎧が使われているの?」
「そうねえ……私も全てを知っているわけではないけれど、この世界では騎士も歩兵も一般的に金属鎧を着用するわねえ。
もちろん、国や使う個人によって形や使われる金属の材質は様々よ」
「大体、どんな素材を用いた鎧が多いの?」
「基本は鉄を材料に用いた鎧多いわ。
でも、沿岸国では腐食を避けるために表面に塗料を施したり、溶かした銅を表面に塗って覆うこともあるわね。
あと、基本的に一枚の大きな金属板を用いて着用す者の体格に合わせて作られている場合が多いかしら?」
「なるほど。 因みに鎧に使われる素材は全部鉄なの?」
「それは違うわ。
まあ殆どの場合鉄が使われる場合が多いけど、こと軍が使う鎧は他国に対する示威も兼ねてるから、予算が潤沢な国や自国内で鉄や魔鉱石、軽金属が産出できる鉱山を所有している場合はそれら産出された金属を鎧の素材に用いるのが一般的ね」
(む、なんだ? 魔鉱石に軽金属?)
「ねえ、魔鉱石とか軽金属って何?」
「知らないの?」
「うん」
「鉄は言わなくても分かるでしょう?
魔鉱石っていうのは、鉄鉱石の中に微量の魔素が含まれている金属よ。
この魔鉱石を独自の方法で精錬・鍛造すると、魔法に対する抵抗性が高い金属鎧が作れるの」
「ふ~ん。 独自の方法って何?」
「これは魔鉱石が採取できる国々によって方法が違ってくる上に、その方法は各国とも機密扱いなのよ。
我が国でも魔鉱石が取れるから対魔導鎧は作られているけれど、極秘扱いで一部の者を除いて製法は分からないの」
「アゼレアでも?」
「私の父は北部方面軍総監で私自身大尉の階級だけれど、私も父も作り方は知らないの。
ごめんなさいね」
「ああ、いや別に謝らなくてもいいよ。
その魔鉱石を使った鎧って固いの?」
「強度そのものは通常の鉄を使った金属鎧と変わらないわ。
ただ、攻撃魔法に対する抵抗性が高いってことだけよ。
それでも通常の鎧の三倍くらいの手間と予算が掛かるから、魔鉱石が取れる国かその国を属国にしている大国くらいしか配備していないわね。
あとは、お金持ちの国の騎士や軍人、貴族や豪商の私兵が個人的に購入して使っているくらいかしら?」
「冒険者はどうなの?」
「冒険者は基本的に軍人と違って戦争に参加したり治安維持の任に就く訳ではないから、身体に合うように固い革を鞣した革鎧を纏っていることが多いじゃないかしら?
私も魔王領にいた頃は冒険者達と接することは少なかったから、あまり詳しくはないのだけれど……」
「あと軽金属っていうのは?」
「軽金属っていうのは主にドワーフたちが作ってる金属のことよ。
鉄より軽量なの上にとても硬くて腐食もしない不思議な金属なの。
ただ、欠点もあって加工が難しいことと、金属地のままの色で塗装が出来ないから色合いが地味なのよねぇ……」
「金属地のままってことは銀色?」
「銀色ではないけれど、灰色をしているのよ。
海水や一部のスライム達が出す酸性の液でも錆びたり溶けたりしないし、とても頑丈なんだけれど、塗装できないおかげで高い軽金属鎧を買える貴族も自分の好きな色に塗装できないから人気がないみたい。
逆に派手な鎧の集団の中にポツンと灰色の鎧があると、地味なのが仇になって余計に弓兵の的になりやすいのよね……」
「ふーむ……」
(話を聞くとチタンのような材質なのかな?)
そう思い、俺はジーンズの右尻ポケットに入れているβチタン合金製の折り畳みナイフを見せる。
「ねえ、アゼレア。 その鎧ってこんな感じの材質?」
「そうそう。 こんな感じの金属よ」
(なるほど。 やっぱりチタンか若しくはそれに近い金属なんだな……)
となると厚さは分からないが、是非手に入れて銃弾の貫通試験に使ってみたい。
もしアゼレアの言うことが事実であれば、鉄の鎧より硬いということなので、そいつを銃弾で貫通できれば殆どの金属鎧を貫いて着用している者を射殺出来る。
「俺が住んでいた日本では、この世界と似たような条件の世界で冒険をする話が若者を中心に人気だったんだけど、この世界には竜の鱗を使った鎧とかあるの?」
確かファンタジーの世界では割と頻繁に登場していた覚えがある竜の鱗。
大抵の場合、強度は戦車の装甲板並みに硬いのに重量は軽く、攻撃魔法でもビクともしないほど魔法に対する耐性が強く魔法を無力化したりとかいった特徴があったはずだが、この世界ではどうなのだろうか?
「あるわよ。 ただし数はそこまで多くないわ」
「やっぱりアレ? 竜の鱗が希少とかいうやつ?」
「違うわ。
もちろん龍族と違って野生動物たる竜の鱗は希少だけれど、そもそも竜の鱗は管理が面倒なの」
「面倒?」
「ええ。
生物由来の防具の素材では竜族の鱗以外に巨大甲虫や水生生物の甲殻とかいろいろあるけど、元は生物の体の一部だったから、手入れをしないと直ぐにカビが生えたり虫が湧いたり腐ったりするの。
もちろん、痛まないように木の樹液から採取した樹脂で覆ったり塗装したりするけど、手に入る機会そのものが少ないから全軍の兵士に行き渡らせようとすると莫大な予算と手間、それに危険が伴うから割に合わないわね……」
「じゃあさ、それらの強度ってどうなの?」
「鉄の加工技術があまり発達していなかった時代は群を抜いて強度は強かったけど、今の時代、甲虫や水生生物の鱗はどうかしら?
確かに竜の鱗は今でも別格扱いだけど、それは壮年の竜の体から生える新しい鱗に限られるわ。
古い鱗は自然と体から抜け落ちるけど、十年単位で身体に付いていた鱗は劣化してボロボロだから強度は格段に落ちるわね。
まあ、それでも鉄よりは強度はあるでしょうけど、一回の戦闘で保たなくなると思うわ」
「はあー、やっぱり現実は違うなあ……」
ファンタジーでは竜の鱗は高値で取引されていて戦いに赴く者達からは垂涎の品なのだが、腐るとカビが生えるとは思わなかった。確かに鱗とはいえ、生物の身体から生えてくるものだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
「仮にさ?
野生動物の竜ではなくて、魔族である龍族の人に新品の鱗くれって言って分けてくれると思う?」
「無理でしょうね。
龍族は普段は人間種とほぼ同じ姿で生活しているけれど、龍の姿に変身するのは戦うとき以外殆どないわ。
変身したとして新しい鱗が剥がれることがあるとしたら、大規模攻撃魔法の攻撃を連続で喰らいでもしない限り抜けないんじゃないかしら?」
「自分から新しい鱗を抜くことなんて絶対にないわ」と言われて俺はひとまず安堵する。
ということは、軽金属で作られた鎧や盾が今のところ要注意なことが分かっただけでも収穫だった。
(取り敢えず、どこかの武器商の店で軽金属の防具を購入して銃弾の貫通力試験を実施するとしようか)
「あとでスミスさんかカルロッタに聞いて武器屋を探してみるか……」
思えば、この世界に来て銃を思う存分撃つ気で来たのに今までの射撃の経験としては、相手から奇襲されるかこちらから奇襲するかの状況でしか発砲していない。
「漸くと言うべきか、これで思う存分銃が撃てるな」
今のところアゼレア達と旅に出て襲われるということはなかったため、どこか人目の無い場所で銃を撃ちたいと思っていたので、鎧に対する銃弾の貫通試験は丁度良いイベントになるだろう。
「そうと決まれば、今のうち内に準備しておかないとな!」
そう言って俺は、新しく取り出した銃器達の弾倉へ銃弾を込める作業に移った。
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