第9話 夜

「はあ……疲れたあ」



 やっとこさ今日宿泊する宿『金の斧』の部屋に辿り着くことができたのだが、先程まで免許証について受付でさんざん質問攻めに合い、精神的に疲れた。


 入国審査場では審査官が勝手に免許証で盛り上がっていただけで終わっていたのだが、ここではそうもいかなかった。やれ何処から来たのだの、免許証がどんな材質で出来ているだの着ている服の仕立てだのとまるで尋問のごとく聞かれまくった。


 しかも受付の娘だけではなく宿のオーナー夫妻やその息子、調理場にいた従業員に至るまでこの宿の経営者とその関係者のほぼ全員に免許証を見られるはめになったのだ。一つの質問に答えるとその答えに対してさらに質問をしてくるという悪循環に陥ってしまい、当たり障りのない答えを言う行為に対し非常に神経を消耗してやっとのことで解放されて部屋に入ることが出来たのだが、腕時計で時間を確認したら余裕で1時間以上も時間が経過しており、この世界の時間経過はまだわからないが宿に入る前は明るかったのに、外はもう暗くなり始めているではないか。


 

「ったく……あれのどこが『教育が行き届いている』だ!」



 確かに宿は綺麗で派手な装飾もなくモダンで好感が持てる雰囲気で自分個人の好みとしても非常に良いのだが、オーナー含めた従業員達のあの態度は何なのだろう?


 もしかして何時もは真面目だけど、今回のような珍しいものと遭遇したら途端にあんなお祭りのような感じになるというのだろうか?なんか芸能人が恋愛関係で芸能リポーターにあれこれと根掘り葉掘りと私生活や恋人関係の質問をされて嫌になる気持ちが少し分かった気がする。



「あ~疲れたぁ……」



 本当はこのまま眠ってしまいたいのだがそうもいかない。

 先ほどの質問攻めが終わって2階に移るときに受付の娘から便箋が入った封筒を受け取っていたからだ。

 地球にいたころはメールで連絡を取り合っていたので便箋そのものを手に取るのは久しぶりだったりする。


 

「セマからの手紙ねえ……」



 薄い灰色の封筒の裏には差出人の名前が書いてある。

 差出人の名前は『セマ・シュテイル』。

 忘れるはずもない、俺にギルドの事やその他いろいろなことを教えてくれた冒険者チームのイケメンリーダーだ。


 

「さてさて……一体何が書いてあるのかね?」



 封筒を閉じている蝋、シーリングワックスを剥がして中から便箋を取り出す。

 人生初めて貰った蝋付け封筒の差出人がイケメンの兄ちゃんとはちょっと複雑な気分だ……



「なになに……んん?」



 便箋に書かれていたのは謝罪文だった。

 簡単に言うと、リリーが入国審査場で俺をからかって怒らせてしまった事に対してチームリーダーとして謝罪たいということだった。

 ついては明日、ここに来るから謝らせてほしいとのこと。



「面倒くさ……」



 いや、確かに彼はリーダーだから同じチームのメンバーが起こした不祥事については責任を取らないといけないのだろうが、ここまでする必要はないのではないのだろうか?別に名誉棄損で訴える気もないし、そもそもこの街に裁判所があるとも思えない。


 それに、セマさん本人だけが来るのか、チーム全員で来るのかが書かれていない上に、ここに来る時間についての記述がない。



「これは、どうしようかねえ……」



 果たして部屋まで来るのか、それとも1階の食堂で会うのかさえもわからない。

 そもそも、あれはわざと俺が怒っただけで、実際には何の実害もなので別に謝らなくても構わないのだが、彼としては年上の俺を怒らせてしまって後味が悪いから早めに謝っておいた方が良いと判断したのだろう。


 なんたってセマは最後まで俺が所持していた銃の事を疑っていたいた節があった。

 彼らから見たら怪しい武器を持った正体不明の人間に映っているだろう俺の事が気になる反面、あとで何をされるかわからないと言うのもあるのかもしれない。



「こっちに来てまた色々言われたり聞かれる前に、こちらから出向いて俺こそ大人げなかったと言ってリリーを許しつつ謝っておいた方が無難だろうなあ……」



 少なくともそうすれば彼らが明日ここに来ることも無くなるし、俺はぐっすりと眠ることが出来るわけだ。

 


(それにしても彼らは俺がこの宿に来るとよくわかったなあ……)



 彼らにこの宿に泊まることは教えてないのだが、もしかして俺にこの宿を紹介したことをあの手荷物検査の職員が教えたのだろうか?

 それならばセマがここに便箋を預けていたことについて合点がいく。


 多分、俺がシアの親が経営していた食事処でのんびりとビーフシチューを食べている間に追い越したのだろう。まあ、それについて教えてもらうついでに彼らが今日宿泊している宿に行くとしよう。


 この宿に来るまでの間、道々に一定の間隔で街路灯らしきものが設置されていたのは確認済みだ。

 恐らく一国の首都というプライドと防犯のために設置してあるのだろうが、日本のようにLEDや水銀灯ほどの明るさではないにしろ、街中にきちんとした街路灯が設置してあるのは非常にありがたい。


 それはそうとして、向こうでの話次第では帰る時間帯が完全に夜になってしまうことが考えられるのでそれに応じた装備を用意しておかなければいけないだろう。


 ただ、どんな銃を出すのかが迷う。

 明るい時間帯と夜では治安の状況に大きな違いがるのは地球でもこの世界でも同じだろうから、どんな状況に陥っても大丈夫な武器を選択しなければいけないだろう。

 となると……



「“アレ”かねえ……」



 最初はこのままの状態で行っても構わないと思っていたのだが、もし強盗や追い剥ぎのような連中に徒党を組んで囲まれたり、追われたりしたら自動小銃や短機関銃などではいささか心許無い。


 そもそも未だに一発も発砲していないのだ。

 もしもの時に素早く弾倉の交換ができるかどうかさえも分からない。

 それならば、いちいち弾倉の交換を必要としないボックスマガジンに大量の銃弾を入れておくことが出来る機関銃がベストではないだろうか?


 

(まあそれで無理ならとっとと逃げてしまったほうが良いか……)



 本当は無駄な発砲は避けたいのだが、自分の命が掛かっているのでそういう訳にもいかないだろう。

 試射や射撃訓練以外で銃を撃つということは自分が襲われているということなのだから……



「じゃあ、とっとと機関銃の用意をしようかな? っと、そのまえに……」



 明かりとストーブを用意しておくとしよう。

 よく考えてみるとここは異世界だ。

 日本のように、壁のスイッチ一つで明かりが点いたり、エアコンが存在する世界ではない。


 部屋の中を見回しても明かりを点ける器具とか暖炉や薪ストーブのような暖房器具は見当たらない。

 備え付けの机には引き出しがないから蝋燭が準備されているというわけでもなさそうだ。

 


(ということは明かりは自前を使えということなんだろうな)



 もしくは、暗くなったらとっとと寝ろと言うことなのだろう。

 暖房器具も無いし、かといってセントラルヒーティングのようなものが設置されているようにも見えない。



「まずは……明かりとストーブを用意してからだな」



 ストレージを開けて腕を突っ込む。



「明かりちゃん明かりちゃん、出て来てちょんまげ~」



 言いながらまず取り出したのは日本の大手電機メーカーのロゴが印刷されている段ボールだ。

 出した数は2つで、サイズとしてはそこまで大きくはない。

 箱を開けると中にはビニール袋に包まれた四角く平たいLEDライトがまず目に入る。


 そしてライトの下にはA4サイズくらいの大きさのソーラーパネルと説明書。

 それに充電コードが入っているが、これは日本の某大手電機メーカーが数年前にアジアやアフリカなどの発展途上国の中でも特に電気などのインフラが整っていない無電化地域向けに開発した照明器具で、平べったいボディに5つのLEDを装備し、付属の小型ソーラーパネルによる充電で約6時間ほどの充電で最長約90時間くらい使用できる機能を持っている。


 しかも本体充電ソケットの横にはUSBポートが設けてあり、地球であればソーラーパネルで充電した電気を携帯電話やスマートフォンなどのモバイル端末などへの充電が出来る性能を有している。

 明るさは3段階に調節可能で、防塵防滴構造により高温多湿で雨が多いアジア地域などでも問題なく使用できるほど性能が高いのが特徴だ。


 使い方も様々であり、本体左右に取り付けてある針金を折り曲げて作られたハンドルを使えば部屋の天井に吊り下げることも机の上に立てかけて電気スタンドの代わりとして使うことも可能だ。数年前にテレビの某経済番組で見て以来、アウトドアやサバイバルゲームに最適そうだったのを覚えていたので試しに持ち込みリストに入れていたのだが問題なく取り出すことができた。


 そのあとも螺子付のフックと紐、小型の脚立を出して天井からLEDランタンを吊るす。

 LEDランタンにはリモコンやコード付のスイッチなどが付いていないため、天井から約1メートルくらい下がったところにソーラーランタンが来るように吊るす。


 LEDランタンのスイッチを入れるとすでに充電済みだったらしく、若干薄暗くなり始めていた部屋の中が明るくなったので、改めて部屋の中を見渡してみる。

 

俺がしばらくの間宿泊する部屋は6~7畳くらいの広さで窓際にベッドが1つと右の壁際に机と椅子、反対側の壁には服や物を吊り下げておくためのものと思われる木製のフック4つほどあり、床は木製で壁は白い漆喰のようなもので出来ており、掃除が行き届いているのか簡素な感じはするが、ぼろい感じや不潔な雰囲気は一切無い。


 因みにベッドは藁敷きなどではなく、ちゃんと綿のクッションが入っているようで若干使い込まれている。



「寝心地は問題ないかな?」



 次にストーブが入っている段ボールと灯油、そして灯油ポンプとマッチを取り出す。



「うーん、日本では予算の問題で購入できなかった物がまさか異世界に行くことで手に入れることが出来るようになるとはねえ……」



 段ボールから出てきたのは上品な光沢を持つ黒い金属製のボディに芯の燃焼部分が全周囲耐熱ガラスで覆われているストーブだ。

 通称『ブルーフレームストーブ』と呼ばれているストーブで、燃焼筒下部に丸い穴が2つ前後に開いていてそこから雲母が嵌っている窓を通して灯油が燃える青い炎の燃焼を確認できる対流燃焼式ストーブ。


 日本中にこのストーブのファンやマニアが多く、俺も自宅でこのストーブの旧式モデルの39型を2台愛用していた。近年この39型をベースにさらに改良を施して安全性と操作性、インテリア性が向上した新型ストーブの上位機種が登場したのだが、それが今俺の目の前にあるこの黒いストーブだ。


 いつかお金を貯めてこいつを購入して冬に使うのが夢だったのだが、まさか自宅ではなく異世界の宿屋で使うことになるとはちょっと複雑な気分だ。


 灯油が入っているポリタンクの蓋を開けると中から灯油の匂いが漂ってくる。

 ちゃんと灯油は入っているのを確認してポリタンクに手押しポンプを挿し込み、ストーブに満タンになるまで給油する。


 給油が済んだら燃焼筒を開いて安全装置を作動させ芯を上げて新品の燃焼芯に灯油が染み込んだことを確認し、問題がなければマッチで火を点けて燃焼筒を閉める。

 すると炎がじわじわと円形の燃焼芯全てを燃やし始めので、炎の色が青くなるように芯の高さを調整すればこれで終わりだ。



「綺麗だなあ……」



 このまま、放っておけば次第に部屋が暖かくなり始めるだろう。

 燃焼部分が全てガラス張りだから、電気が無い異世界の暗い部屋であってもこの青い炎のおかげで寝るときにLEDランタンを消しても明るいはずだ。


 本当はこのタイプで一番好きなストーブは、あのメカメカしい見た目の旧式である38型のデラックスバージョンなのだが、就寝中の暖房兼照明の代わりとしてはこのブラックモデルが適している。

 しかも燃焼効率がとても良いストーブなので、水が入ったヤカンを置いていると下手なガスコンロよりも早くお湯が沸く。



(そのうちこれのライバルとでも言うべきのゴールドフレームストーブを出そうかな……)

 

「部屋もそのうち温かくなるだろうから、早速機関銃を出そうかなあっと」



 ストレージに腕を入れて木箱を取り出す。

 引っ張り出されて来たのは、ロシア製のAK-74M3が入っていた木箱よりも大きく重い木箱だ。

 他にも弾薬の入っている木箱を3つほど取り出す。


 まずは、大きな木箱から開けてみるとしよう。

 オリーブグリーンのでかい木箱を開けると、まず目に入るのはAK-74M3の時と同じ恒例の油紙だ。

 その油紙を退けると目に飛び込んできたのは、2丁の長くてでかい機関銃だ。


 そして一緒に木箱に入れてあるのは、折り畳まれた2つの真っ黒い三脚架と油紙に包まれている複数の四角い物体に2本の予備銃身などなど……


 銃を固定している木枠を外して、2丁の内の1丁を手に取る。

 両腕にのし掛かるこのズッシリとした重さが、これが玩具ではないと言うことを静かに主張している。

 重さは、当たり前だが機関銃なので自動小銃であるAK-74M3の2倍以上ある。


 中心部がくり抜かれた木製のストックと同じく木製のグリップ、太く逞しい銃身に刻まれた溝。

 とある昆虫のように不気味に輝くヌメッたした黒光りするボディ。

 初めてその姿を雑誌で見た時には華奢とすら思えたその外観は実物を手に取ってみてあの時の思いが間違いであることが、今はっきりとわかった。このPK機関銃はまさに鉄の塊であるということを。





----PK機関銃





 世界の銃器開発に多大な影響を与えた旧ソビエト連邦の傑作自動小銃、AK47。

 そのAK47を作り出したミハイル・カラシニコフ氏が設計・開発した機関銃が今俺が手にしているPK機関銃だ。


 今回は自動小銃ではなく機関銃、それもRPKのような自動小銃をベースとした分隊支援機関銃ではなく、ベルトリンク給弾式の汎用機関銃を携行しようと思う。


 セマ達が本日宿泊する予定の宿は『馬の蹄亭』というここから歩いて15分ほどの場所にあるらしい。一応、受付の娘に聞いたら場所的に物騒な所に建っている訳ではないようだが、この宿と違い大通りではなく大通りから一歩入った場所にあるのだとか。この帝都ベルサは大帝国の名前を持つ国の首都だけあって治安はそこまで悪いわけではないようなのだが、それでも通り魔や強盗事件はそれなりの数が発生しているらしい……


 もしこれが地球での海外旅行ならば夜のうちはホテルでぐっすりと寝て、翌日の明るい時間帯に出歩くのが正しい判断だ。しかし、俺がいる場所は異世界。


 そしてこの異世界の神様から調査を任されている以上、夜出歩かないというのはよほどの事態に直面しない限り論外だろう。異世界の街に付き物の貧民街のようなスラム地区を歩くのなら危険極まりない行為だが、街路灯が設置してある街の夜道を歩くのならば、初級編としては最適かもしれない。


 そして、初めての異世界の夜の街中を歩く時の護身用としてPK機関銃を選択した。

 理由としては、いざと言う時の弾倉交換の遅れや複数の強盗に囲まれた時のために機関銃にしたのだが、それ以外にも強力な7.62mm×54Rワルシャワパクト弾を発射できるというのもこの機関銃を選択した理由の一つだ。


 仮に襲ってきた相手が超マッチョの筋肉ダルマで金属鎧とチェーンメイルを着込んで盾を持っていて、薬物を吸ってハイになっていたとしても、この銃に使われている7.62mm×54R弾ならば問題なく相手を無力化することが可能だろう。


 本来ならば静かな夜の街でバリバリとでかい射撃音を発生させる機関銃を持っていこうとせずに消音装置と亜音速弾を組み合わせて射撃できる銃、例えばVSS狙撃銃やPBサイレンサーピストル、またはPBS-1サプレッサーと光学機器を装着できるAKMLあたりが最適かもしれないが、ここは異世界だ。


 夜になると恐らく聞こえてくるのは酔っぱらい達が奏でる喧騒と歌声、建物の中から微かに聞こえてくる人の話し声くらいのものだろう。あとは石畳を踏み締める馬車の車輪の音や馬蹄の音くらいだと思う。間違っても車やバイクのエンジン音、電車の通過音などは無い筈だ。


 ということは街中で機関銃を撃とうが消音装置付の銃を撃とうが、静かな夜の街中に銃声が響くのは変わらない。ただ単に銃声が大きいか小さいかだけだ。


 特にこの世界の住人達は、銃声と言うものを聞いたことがないであろうから、発砲したらまず間違いなくびっくりして外の様子を確認しようとするだろう。ならば逆に注目を浴びた方が通り魔や強盗が怯む可能性もあるし、もしかしたら響き渡る銃声を聞きつけて巡回中の兵士が駆け付けて来る可能性もある。


 いずれにしても、銃声が響く=襲われる事態と言うことになるのだから、こちらは悪くないと思う。もちろん、人が来る前に逃げることはするが……


 幸いにも排莢された薬莢は一定時間が過ぎると消滅するようにイーシアさんと取り決めがなされているのだから、万が一証拠品として薬莢が治安関係者に回収されたとしても問題ない。ありがたいことに、街中の道路は石畳がほとんどで土道はほぼ無い。入国審査場でリリーから指摘された足跡についても、大丈夫だろう。日本の警察のように足跡を採集する鑑識技術や警察犬のような匂いを追跡する捜査が魔法とかで行われていると厄介だが……


 とにかく外が完全に暗くなる前に向彼らが休んでいる宿『馬の蹄亭』に向かうとしよう。一番心配なのは行き帰り共に暗い道を通って迷子になって凍死することの方が怖い。


 ということで引き続きPKを持っていく準備を進める。

 PK機関銃は旧ソ連製の汎用機関銃だ。まずは木箱に一緒に入っていた、油紙に包まれいる付属品や三脚架も取り出していく。


 油紙に包まれている四角い物体の正体は機関銃にとって必要不可欠のボックスマガジンで木箱に中には三脚架に取り付けて使用する200連発型の物が10個ある。

 それとボックスマガジンではない木製の箱が1個に三脚架と予備銃身に革パッド付きのスリングがそれぞれ2本。


 あとは給弾用ベルトリンクがとぐろを巻いた蛇のように、丸められた状態で数本入っていた。

 200連発ボックスマガジンと三脚架は、今の所必要ないので木箱に戻して、ストレージに放り込んでおく。


 木箱を放り込むついでに、新たに携行型の100連発ボックスマガジンをストレージから取り出す。こちらも油紙に包まれたうえで、木箱の中にみっちりと詰め込まれている。さすがにマガジンの中には、銃弾は入っていない。やはり、自分でベルトリンクに装弾するしかないようだ。



「こりゃあ、時間掛かるかなあ……」



 最低でも100連発ボックスマガジン、予備6個+1個くらいにフル装弾しておかないといざと言う時に困る。

 別に戦争をしようというわけではないが、初めての異世界で夜に出歩くと言う未知の体験をするのだからもしもの時に備えて、使える状態の機関銃弾はそれなりの数を用意しておきたい。

 

「さっさと終わらせるか」

 





 ◇






 機関銃の用意を終えて1階に降りると先ほどいた受付の娘はいなかった。

 代わりに受付にはこの宿のオーナー夫妻の旦那さんが座っていたが、奥さんは受付の向かい側にある食堂で給仕の仕事をしており、息子さんは厨房で従業員と共に料理をしているそうだ。


 この宿は経営者の家族も総出で従業員と共に働いているらしい。

 恐らく人件費等のコスト削減が目的なのだろうが、これでは従業員も仕事の手を適当に抜くことは出来ないだろうから、業務の監視をするという意味でもこの働き方は正解かもしれない。


 

「すいません。 今からちょっと外出してきます」


「はいはい。 じゃあ、部屋の鍵を預かりますよ」


「はい」



 若干太り気味でお肉が付いてプ二プ二していそうな手に、自分が泊まっている部屋の鍵を渡す。



「じゃあ、行ってきます。

 ところで『馬の蹄亭』へはここから右に行けば良いんですよね?」


「ああ、そうだね。 

 ここから右に出て大道りをしばらく真っ直ぐ進んでいくと『一番館』って言う酒場が見えてくる。

 そこから左に曲がって道をちょっと進んだところにあるよ。

 看板に馬の蹄をかたどった黄色い看板があるから、すぐに分かると思うよ?」


「わかりました。 ありがとうございます」


「いってらっしゃい。 ところで夕食はどうするね?

 うちは宿泊料金と食事代は別々なのだが、外で食べて来るかい?」


「そうですねえ……食事は先方の都合次第なので何とも言えません。

 向こうで食べることになるのか、こちらに帰ってきて食べることになるのか決めていないんです」


「そうかい。

 一応ここはあと二時間くらいで食事は終了するから、それまでに戻ってくれば食事にありつけると思うよ? 」


「わかりました。 それまでに戻って来れれば良いのですが」


「そうだねえ……うちだけじゃなく殆どの食事処はあと2~3時間くらいで店を閉め始めるから、時間を忘れてうっかりしていると、食事の機会を逃すことになるから注意してね。

 あと、最近ここらへんも夜道は物騒になって来たみたいだから、くれぐれも気を付けるようにね?」


「お気遣いありがとうございます。 では、行ってきます」



 そう言って俺は宿を出た。






 ◇






 宿を出て約10分ほどの時間が経過した。

 俺は今、セマさんたちが宿泊している『馬の蹄亭』へ向けて石畳の道を歩いているが、ストレージから出したフラッシュライトはまだ点灯させていない。


 暗くなり始めということもあるのだが、その以外にも街路灯が思いのほか明るいからだ。

 設置してある街路灯はよくある青銅製で装飾が施されているヨーロッパ風のものではなく、黒く塗装が施された飾り気も何もないシンプルな鉄の支柱に箱型のランプが乗っかっている構造だ。


 パッと見た感じではガスや電気とも違う別の光源を使用しているようで、電球色っぽい光が辺りを“ボヤァ~”っと照らしだしており、何を使って光を生み出しているのか、どのようにして一斉に点灯させているのか仕掛けが非常に気になるのだが、残念なことに筐体に使われているガラスが乳白色の磨りガラスになっているためランプの中身をうかがい知ることはできない。


 いずれにしてもこのように街路灯が明かりを提供してくれているおかげで、ライトを使わずに歩けるというのは非常にありがたい。街路灯は、ほぼ一定の距離を置いて設置されていて体感距離としては大体20メートルおきくらいの間隔で設置されている感じだろうか?その割には、光の届く距離が長く感じるし、距離が長くなればなるほど薄暗くなるのだが、それでも真っ暗になるというほどではない。


 また、街路灯を見ながら歩いていて解ったことだが、街路灯5基毎に電球色ではなくLEDのように真っ白に輝いている街路灯が設置してあることに気付いた。恐らく、この白く輝く街路灯は自分が歩いている距離を誰でも簡単に測れるように設置されているのではないかと思う。

 まあ、自分なりの憶測だから真相は解らないのであくまで推測である。




 


 ◇






 さらに歩くこと約20分が経過した頃、前方に宿のオーナーから教えてもらった、『一番館』という酒場が見えてきた。それと、同時にその酒場の方向から歌声やらやかましい笑い声や叫び声が聞こえて来る。


 先ほどまで大通りにも関わらず誰ともすれ違わずに一人きりで歩いていたため、非常に心細かったが、酒場の前まで来ると何人かのんちゃん、兵衛べえちゃんが店の前の道端に年齢性別種族の関係無く転がっているおり、吐瀉物ゲロの臭いこそしないが非常に酒臭い。

 


「まったく!  このクソ寒い中、よく凍死しないな……」



 大丈夫なのだろうかと?

 少し心配だったので暫く観察していると、お店の人が乱暴に店内にお客さんを叩き込んでいる。

 そして店に入ったと思ったら、別のお客さんが出てきて出入り口に座り込むなど非常にカオスな様相をていしていた。



(あの女の子、見たところ女子大生くらいの年齢っぽいけど、大丈夫かなあ?

 ……あ、パンツ見えた)


「どうやら大丈夫みたいだね」



 友達らしき女の子が出てきて、彼女を店内に引き戻して行ったから大丈夫なのだろうと考え、俺は改めて歩き始めた。



「この『一番館』って言う酒場から、左に曲がるって言ってたよな……」



 言われた通りに左に曲がってそのまま直進すると歩いてすぐに馬の蹄を象った黄色い看板の宿が見えてきた。



「ここかあ……」


(やっと着いた)



 この世界に来て初めて宿をとって宿泊するときに、距離や重量、時間や日付の単位などが地球とほぼ同じであることに驚き、そのことに素直に感謝していたのだが、時計がまだ一般的に普及していないせいか個々人の時間の捉え方に随分と差があるように感じた。


 宿の受付の娘はここまで15分くらいと言っていたが、腕時計を見ると実際には倍の30分くらい時間が経過している。一応この街には『東区』・『西区』・『南区』・『北区』とそれぞれの市街区にランドマークとして時計塔が設置してあるという。


 言われてみれば街中を見回している時に確かに時計塔を見たような気がするが、あの時は腹が減ってそれどころではなかったから、見落としていたか完全に忘れているのだと思うが、明日になったら時計塔の時刻と自分の腕時計の日時を合わせないといけないだろう。


 一応、腕時計の時刻では午後19時を回ったところで周囲は完全に暗いというわけではないが、時間的にそれなりに暗くなってきたところだ。所謂、薄暮というやつである。



(早いことセマたちに会って用事を済ませて戻ることにしよう)



 歩き続けたせいかまた腹が減ってきた。

 自分が泊まっている宿には食堂が併設してあったが、ここには食堂はあるのだろうか?

 今から彼らと会って戻るにしろ宿まで往復約1時間掛かるし、彼らと話し込むことになったら戻った時に食事にありつけるかどうか怪しい……

 もしこの宿に食堂があるのならここで食事をしていくのもありかもしれない。

 そう考えながら、俺は『馬の蹄亭』の扉を開けて中に入った。






 ◇






「あの~?」


「いらっしゃい。 宿泊かね? それとも食事かい?」


「ああ、いえ……こちらに泊まっている方に会いに来たのですが」



 受付にいたのはガッシリした体格の男性だった。

 年の頃は、恐らく50代半ばくらいだと思う。

 身長は約180センチ以上で、角刈りの銀髪に鋭い眼つきにゴツい顔立ちのおかげでもの凄く迫力がある。


 季節が冬のため厚着ではっきりとした体格が分かりづらいが、それでも胸板が厚く丸太のように腕が太いのと首が太いのが嫌でも分かるので、この男性の体格が容易に想像できる。


 間違っても最近メタボな腹を気にして無意識に腹の肉をさすっている、なんてことはないだろう。異世界に火星が存在しているのかわからないが、この人のパンチを受けたら俺は火星まで吹っ飛ばされる自信がある。


 

「うちの宿泊客に用かい? 誰に会いに来たのかね?」


「ええっとぉ……あ、そうだ。 セマっていう冒険者の男性です。

 確か『流浪の風』って言う4人組の冒険者クランのリーダーをしている方です」


「ああ、彼らか……確かにうちの宿泊客だな。

 しかし生憎あいにくだが、彼らは君に会わないと思うぞ?」


「え? 何故です?」


「この時間帯だ。

 朝が早い奴はとっくに布団の中で寝てしまっているし、そうじゃなくても彼らはかなり飲んでいたからな」


「そうなんですか。 しまったなぁ……!」

 

「一応、彼らが泊まっている部屋を教えるから、念のため起きているか行って確認してみるといい。

 ただし、いきなり扉を叩かずに先ずは音を聞いて起きているかを確認するようにな」


「はあ……わかりました」


「彼らの泊まっている部屋は三階の一番奥の『三〇五』と書かれている扉だよ」


「わかりました。 ありがとうございます」


「くれぐれもいきなり扉を叩かないようにな」


「はい」



 彼にお礼を言いつつ、俺は受付のすぐ先にある階段を上って行った。






 ◇






 階段を上って、廊下を左に進むと突き当りに『305』と書かれた扉が見える。

 ここが彼らの宿泊している部屋らしい。


 この宿は俺が泊まっている『金の斧』と部屋数こそ違えど基本的な造りは似ている。

 木造に漆喰のような壁に木製の床で、違いは食堂を含む1階部分が石造りという点だけ。

 もしかしたら同じ人が作ったか宿を専門とする建築業者が建てたかだが、いずれにしてもしっかりした造りの宿だ。



「おーい。 セマ……」



 無意識にセマの名前を呼びつつドアをノックしようとして慌てて手を引っ込めた。

 先ほど下の受付でいきなり叩かないようにと注意されたのに、習慣とは恐ろしいものである。

 意識を集中してドアの向こう側に人の気配がないか、物音がしないかを確認するが何も聞こえないので、暫くの間扉に耳をくっつけて聞き耳を立てていると微かにイビキのような音が聞こえてきた。

 


(これはムシルのイビキか?)



 “ズゴゴゴゴッ! ズゴゴゴゴッ!”と一定の間隔で聞こえてくる音はは間違いなくイビキによるものだろう。どうやら彼らはグッスリと就寝中のようだ。



(こりゃあ、起こすとマズいな……)



 彼らを起こさないように俺はそっと元来た道を辿って階段を降りて行った。

 





 ◇



 1階に降りていくと、受付には先ほどの男性がいた。

 俺の顔を見るや表情で「どうだった?」と尋ねているのが分かったので、首を振って応える。



「どうだった? いきなり扉を叩かなくて、正解だったろ?」


「ええ……危なかったですよ。 危うく彼らから、大顰蹙だいひんしゅくを買うところでしたよ……」


「がはははっ! 危なかったな! で、どうだった?」


「ええ、彼らはグッスリと眠っていましたよ」



 まあ、不用意に扉をノックしそうになったのは危なかった。

 とはいえ、彼らは酒を飲んで眠っているらしいので、ノック程度で起きたかは分からないが……



「ところで、ここで食事は出来ますか?

 今から宿に戻っても夕食にはありつけそうにはないので……」


「おう! 階段から先の方に食堂がある。

 まだ火は落としてないはずだから食っていけ」


「ありがとうございます。 そうさせてもらいますよ」



 お礼を言ったあと、食堂に向かうとまだ何人かの宿泊客が食事をしながら酒を飲んでいた。

 食堂は20席くらいの広さで、ポツンポツンと何人かが座っているが給仕の姿は見当たらないので、どうやら給仕はいないか、勤務が終わって帰ったのだろう。

 

 自分で厨房に注文に行くと、幸いにも厨房には若い男の料理人が一人だけ残っていたので試しに話しかけてみることにした。



「すいません。 何か食べるものありますか?」


「そうだなあ、今日は客が多くて食材があまり残っていないんだが……余り物で良ければ何か作れるけど、それで良いかい?」


「ええ、大丈夫ですよ。 出来るなら肉系のものが良いです」


「わかった。 なら、出来上がったら呼ぶから、適当な席に座って待っていてくれ」


「は~い。 よろしくお願いします」


「おう!」



 待つこと数分待っていると、先程の料理人が自分の座っている席に料理を持ってきた。

 出てきたのは分厚いベーコンのような肉と薄切りの玉葱に茶色いソースを塗ってパンで挟んだデカいサンドウィッチが2つ皿に乗っていた。



「ほい。 お待ちぃ」


「あれ? さっき、呼ぶって……」


「ああ、すまねえ。 よく考えたらお前さんの名前聞いてなかったからな。

 呼ぶのも面倒くさいから、直接持ってきた。

 まあ、余り物で作ったから見てくれは悪いが美味いと思うぞ?」


「いやあ、そんなことないですよ。 とても美味しそうだ。 では、いただきます」


「おう。 食べたら食器は、厨房の所に適当に置いといてくれ。

 俺は一旦休憩した後に戻って来て他の奴らの食器と一緒に洗うから。

 水はそこの給仕用の出入り口横の水がめの中だ。

 隣に置いてある、木の杯を使ってくれ。

 お題は適当な額を置いといてくれれば良いから」


「ありがとうございます」


「そんじゃあ、ごゆっくり~」


 

 料理人を見送った後、ストレージら出していた烏龍茶を一口飲んでサンドウィッチを一つ持ち上げてみる。

 


(すごくデカいな……)



 大きさとしては以前地球で食べた長崎の佐世保バーガー以上の大きさだ。

 具は分厚いベーコンのような肉と薄切りの玉葱だけとシンプルだが、この肉がまた分厚い。

 厚さは多分、20ミリくらいあるだろうか?それをシアの所で食べたパンと同じものをスライスして上下で挟んであるのでもの凄く厚く見える。


 意を決してかぶりつくと中から肉の油がジュワリと染み出て来て口の中にたっぷりのソースと共に肉の旨味が広がる。一緒にはさんである玉葱がシャキシャキとして、玉葱の辛みとソースの独特の風味と相まって、肉の味を引き立てているのが素晴らしい!


 一生懸命食べ進めるのだが、ボリュームがありすぎて中々1つ目が終わらない。

 仕方がないので一つ目を必死こいて食べた後、2つ目はお持ち帰りすることに決めて周りを見渡して誰も見ていないことを確認し、ストレージからサランラップを取り出してサンドウィッチを包んでストレージにサランラップと一緒に放り込む。


 ストレージには食料品も保存できるって聞いていたので、2つ目のサンドウィッチは宿に戻ってからゆっくりと食べるとして食器を厨房に持って行き、皿の下に金貨を置いておく。

 最初は銀貨でも良いかなと思ったのだが『適当に』と言っていたので文字通りテキトーに置いておくことにしよう。

 まあ多分びっくりすると思うけど、美味しかったから構わないだろう。

 


(さて、帰るとするか)






 ◇

 





 受付まで戻るとあのゴツイおっさんがいた。

 どうやら夜通し受付の仕事をしているようだ。



「先程はありがとうございました。 お陰様でお腹一杯になりました」


「そりゃあよかった。 うちは料理だけが自慢でな。

 修行に出してたせがれが厨房に立つようになって、料理だけは他の宿より評判が良いんだ」


「へえ。 では、さっき厨房にいた若い料理人があなたの息子さんですか?」


「そうだよ。 あんたが見たのは息子の『スルバ』だ。

 んで、俺の名前が『グレアム』だ。  よろしくな」


「グレアムさんですね。

 私の名前は『孝司 榎本』です。 どうぞ、お見知りおきを」


「ほう……タカシ エノモトか。

 そう言えば、少し前にうちに泊まりに来た奴らもそんな感じの名前だったな……」


「は? なんですって?」


(え?  なに、それ? しかも、『奴|ら(・)』って複数形なのか?)



 グレアムさんの口から出た不意打ちにも等しい話に俺は満腹で幸福感に包まれていた気分がたちまちに霧散して真剣な表情で彼に先程聞いた内容に対して質問をする。


 

「あの? 一つ、つかぬ事をお聞きしてもよろしいですか?

 その私と同じ感じの名前を持つ人達って……どんな感じでした?」


「どんな感じと言われてもなあ……まあ、年齢は明らかに君より下だったと思うぞ?

 髪の毛は君ほどではないが、まあまあ黒かった。

 あとは女もいたかな?」


「彼らは何人くらいで行動していましたか?」


「何人くらいって……多分、四〜五人くらいだったと思うがなあ?」


「差し支えなければ、その……宿帳見せてもらうことは可能でしょうか?」



 もしここが日本だったら、個人情報保護法のなどの観点から見せて貰うことは叶わないだろうが、果たしてこのグレアムさんという男性は宿帳を見せてくれるのだろうか?



「ああ、いいぞ。 ちょっと待ってな」



 そう言うと後ろの書棚から紐でまとめられた紙の束である宿帳を探すグレアムさんを見てホッとしつつ、俺は頭の中でめまぐるしく思案していた。



(まさか俺以外の日本人がこの世界に存在しているとは……)



 正直言ってこれは衝撃的な出来事だった。

 イーシアさんと御神みかみさん達、神様二柱は『転生者は、赤ん坊となって生まれてくる』と言っていた。確か日本人の格好でこの世界に来たのは、異世界『ウル』の現地人に日本語を教える目的でスカウト誘拐してきた国民学校の教師だけのはずだ。



(もし、あの神様二柱が嘘をついていないのであれば、グレアムさんが見た者達というのは一体何者なのだろうか?)



 今の俺の外見は実年齢よりかなり若い。

 この見た目より若いということは、年齢はリリーたち冒険者クランのメンバー達とそう変わらないはずだ。


 今時の異世界ファンタジー物語で日本人が異世界に行く手段は限られている。

 転生もしくはトリップか召喚かである。

 もし彼らが正真正銘の日本人だった場合、彼らは上記の何れかの手段でこの世界に来たことになるのだが、果たしてどのような過程を経てこの世界に来たのだろうか?



「ふう……あったぞ。 

 すまんな、最近って言っちまったが日付確認したら一か月ちょい前だったわ」


「拝見させていただいてもよろしいですか?」


「おう」



 宿帳を確認させてもらったら案の定だった。

 カタカナ表記の名前に混じって漢字で書かれた名前が幾つか発見できたのだが、今自分が見ている宿帳全てのページを確認したところ漢字で書かれている、もしくは日本人っぽい呼び方をする名前はこの6人だけでだった。



「『田中 洋子』に『田尻 俊一』、『佐藤 栄介』と『林 一実』、『菅 恭一郎』、『山田 洋平』?」


(って、4~5人じゃなくて6人じゃん!

 ええ~っとぉ……彼らがここに宿泊したのは1月9日?)

 

「グレアムさん。 今日って何日でしたっけ?」


「うん? 今日は二月の二十四日だろう?」



 何と1か月以上前にこれらの名前が宿帳に記載されていたのを知って俺は内心舌打ちをする。



「グレアムさん。 彼らは何のためにここに宿泊していたのですか?」


「ああ、彼らはこの国の隣……まあ隣と言ってもかなり離れているんだが、とにかく隣のウィルティア公国から来たと言っていたぜ。

 御付きの護衛の騎士も連れてな。

 何でもお忍びだから大きな宿ではなく、冒険者御用達のこの宿に泊まりたいと言っていたよ」


「そうですか。 で、護衛の騎士とは?」


「これはあくまで俺の勘なんだが一緒にいたウィルティア人の冒険者は絶対に騎士だったよ。

 身なりこそ冒険者を装ってはいたが、独特の身のこなし口調で騎士だと直感で思ったんだ」


「はあ、なるほど……」


「おいおい、そんな目をするなよ。 これでも昔は傭兵で飯食ってたんだ。

 今はこんな格好しているが、当時は冒険者や正規軍の兵士とだって仕事もしたこともある。

 もちろん騎士様ともな……」



 やっぱり前職はまともなモノじゃなかったらしい。

 てっきり体格と雰囲気からして軍人あたりなのではと思っていたが、よりによって傭兵である。



「では、その傭兵さんにお聞きしたいのですが、傭兵さんの目に彼らはどう映りましたか?」


「強いな」


「速攻かよ!?」


「ああ。

 護衛の女は世間の一般常識にはちぃ~と難ありな感じだったが、お前さんと同じ髪が黒い連中は体格や話しぶりこそ子供同然だったが、気配が尋常じゃねえ……」


「例えるならどんな感じですか?」


「そうさなあ……人間の体の中に竜を詰め込んだような感じか?

 あの気配は魔族じゃなかったな。 れっきとした人間だったが尋常な雰囲気じゃねえ」


「全員がですか?」


「いや、二人だけだった。

 だが他の連中は一歩劣るものの、気配はどっこいどっこいな感じで異様だったな。

 ま、あの時あいつらの異常さに気付いたのは俺を除けば、腕の良さに関わらず勘の良い冒険者や傭兵だけだったからなぁ……」

 


 このゴツイおっさんが真顔で言うのだから、きっと尋常ではないのだろう。

 しかし、転生者を探してその周辺から調査開始と思っていたのに、ここに来ていきなり純粋な日本人が出てくるとは驚きである。


 

(彼らはどのようにしてこの世界に来たのだろう?

 転移なのか異世界召喚なのか? ……なんか、召喚っぽいなあ)



 もしかしてあれだろうか?

 イーシアさんが『魔力の種』って言っていたから、異世界側の誰かが日本にいた『魔力の種』が強力な人間を被召喚者として引っ張り込んだろうか?

 


(今のところ、主犯はウィルティア公国がクサいけど……)


「ちなみに彼らはまだこの国にいるんですか?」


「いんや。 あいつらはこの国を経由してバルトに行くって言ってたぜ」


(ん? バルト?)



 何処かで聞いた言葉だが、一体どこで聞いたのだろうか?



(ああっ、そうか! バルト永世中立王国のことか!)



 思い出して内心合点がいったが、でもそんな所に何をしに行くのだろう?

 非常に気になる。



「グレアムさん、彼らはそこに何をしに行くとか言ってましたか?」


「いや、何も聞いてねえな。

 ああいう奴らは関わらないほうが幸せになれるから、わざわざ何しに行くって聞く命知らずな奴はよほどの馬鹿でもないここら辺には限りいねえよ」


「そうですか……」


 

 何か手掛かり見つかるかと思ったが残念である。



「だが何をしに行くっていうのは大体予想がつくぜ」


「ほう? それは一体どのような事ですか?」


「勇者認定試験だ」


「はあ? 何ですかそれは?」


(来ましたわ〜!

 普段ならば口に出すだけでも恥ずかしい『勇者』!)



 異世界ファンタジーならば大抵は耳にする反則上等な存在がここに来ていきなりのご登場である。これはしっかりと聞いておかないといけないだろう。



「『勇者認定試験』って言うのはギルドが定めている冒険者ランクの最高位の称号のことだよ。

 この勇者認定試験は原則としてバルトのギルド統括本部でしか行われていない特別な試験なんだ。

 まあ毎年行われてはいるが、結構厳しい試験なんで落第者も多いのが特徴でな?

 ただ単に腕っ節が強ければ良いってもんじゃなく、ココも相当良くないと試験には合格出来ねえものらしいんだ」



 そう言って自分のこめかみを指でつつくグレアムさん。

 要するに腕に自信があるだけの脳味噌筋肉バカでは合格出来ないということなのだろうが、と言うことは彼ら彼女らはそれだけデキるということなのか?

 それとも「モノは試しに……」というつもりで試験に参加するということだろうか?


 しかし、自動車や航空機が存在しないこの世界で仮に被召喚者達が「勇者認定試験を受けたいから」と言って確実に長旅になるであろう旅路に対して出国許可を出したり、護衛を付けたり国庫から予算を出してまでウィルティア公国が何の見返りも求めずに支援するはずがないと思うのだが?


 それに被召喚者達は全員日本人だ。

 俺同様にこの世界の常識やギルドの仕組みはおろか勇者認定試験の存在すら知らない筈だ。


 ということは勇者認定試験を受けさせようとしているのはウィルティア公国の上層部辺りなのだろう。もしそうならばわざわざ予算を出して護衛をつけることに対して不自然な点は無いが、問題はそこまでしてウィルティアにどんな見返りがあるのだろうか?



(う~ん、勇者認定試験の内容自体が解からないから今一つ答えが出ないな……)



 これが小説なら魔王を倒す人外の力とか絶大な権力とかが当てはまると思うのだが、聞いたところによると認定試験は毎年行われているということだから、そんなとんでもない特典が付くとも思えない。

 まあ、試験の合格者が平均で何人くらいいるのか分からないのでアレだが……



「もし知っていたらで良いので教えていただきたいのですが、その勇者認定試験の合格者数とかはご存知ではありませんか?」


「噂程度で良ければ毎年約五人未満と聞いたことがあるぞ。

 試験の内容は絶対秘密らしくてな?

 対策をされると厄介なんで、試験を受けた者は魔法による守秘義務の誓約を負わせられるらしいんだ。

 現在判っている内容は超高度な対魔法戦闘を含めた実技試験と筆記試験があるらしい。

 他にも厳格な身辺調査や性格判断なども評価の対象になるみたいだな。

 ただし、これもあくまで噂程度の話だ」



 なるほど。

 いずれにしてもチートな能力を保持している主人公級の被召喚者であれば、そんな試験はなんだかんだと言って最終的にクリアしてしまうだろう。



(こりゃあ明日ギルドに行って、冒険者の詳細含めてじっくりと聞くしかないな)



  とりあえずは宿に戻ってゆっくりと寝るとしよう。

 さすがに初めての異世界なので精神的に疲れた。

 体は平気なのだが、召喚された日本人達のこともあってこれからのこ予定を考えるだけで頭が痛い。

 まずは明日の朝、ゆっくりと飯食ってその後にこれまでのことを整理してイーシアさんに報告だ。



(ふ〜帰るか……)

 

「分かりました。 グレアムさん、貴重な情報を教えていただきありがとうございました。

 帰る前に最後にもう一度、先程の宿帳を見せて貰ってよろしいでしょうか?」


「ああ、いいぞ」


「ありがとうございます」



 そう言ってコートの内ポケットに入れていたモバイル端末を取り出してカメラのアプリを起動させて日本人の名前が書いてある宿帳のページを複数枚撮影する。


 イーシアさんに報告する時にこの画像データも添付して送れば彼女達も現状を把握しやすいだろう。

 なんと言っても非転生の可能性が高い日本人が関わっているのだ。地球の神様である御神さんにも知らせないといけない案件なので、念には念を入れて画像データとして記録しておけば安心である。



「何してるんだ?」



 宿帳を撮影する俺を見てグレアムさんが怪訝な表情で質問してきた。



「何でもないですよ。 気にしないでください」


「そうか。 それにしてもそこに名前が書いてある奴らもだが、お前さんも大概だよなあ……」


「え? 何がですか?」


「お前さんの雰囲気が……だよ」


「雰囲気……ですか?」


「ああ。 あの時の連中は上級魔族でもないのに尋常じゃない竜のような雰囲気を纏っていたのに対してお前さんは底が知れねえ。

 見た目は若い癖に妙に落ち着いていて温和な感じなのにな。

 今までこうやって話していても意図的に段々と印象が薄くなっているんじゃねえのかっていう不思議な感じがある一方、ともすれば得体の知れない底の無さが感じられるぜ。

 あと気を付けていないと判らないが、その持っている黒い鉄の塊の方からは禍々しい何かが時折漏れ出してるような気がするぞ」


「はあ、そうですか……」



 確かに銃自体にはそういう雰囲気があるので、銃が存在しない異世界の人からすればそんな雰囲気が感じ取れるかもしれない。だが俺自身にはそんな自分でも気付かない内に秘められた実力とかは無いと思うのだが……それにもしそうだった場合、この世界に来た大戦中の日本人や元日本人転生者達も同じ雰囲気を纏ってないとおかしい筈だ。



「まあ、気のせいですよ。 気のせい。

 じゃあ、私はそろそろおいとまさせてもらいますね。

 冒険者クランの『流浪の風』の皆さんには私が来たことは言わないで下さいね?

 もし私が部屋の前まで来たと知ったら、お互いに物凄く気不味くなるので」


「わかったよ。 秘密にしておく」


「では、これで失礼させていただきますね」


「おう! 足元が暗いから転けないように気を付けてな?」


「はい。 では、失礼しました」






 ◇






「ふう、6人ねえ……」



 今、俺が歩いているのは元来た街路灯が連なっている大通りだ。

 もう酔っ払いの声も聞こえてこないところを見ると皆家に帰ったのだろう。

 先程通り掛かった『一番館』という酒場も灯りは点いているようだが、店自体は既に閉まっている。

 大通りには寒さも手伝ってか人通りはない。



(早く帰って寝よう……)



 本当は今日中にイーシアさんに報告書を出しても良いのだが……さすがに疲れた。

 こんな状態ではまともに物事を整理して報告書を作成することは難しいと思うので、明日報告書を提出するにしろまずはゆっくりと休もう。



(しかし……これからどうしようか?)



 この国に設置されてるギルドの支部に赴いて話を聞いてから報告書を提出するか、ギルドに行く前に提出するか?



(うーん、迷うなあ……)



 俺が心の中で色々と考えていたその時だった。

 前方から酒臭い息が微かに薫って来たので前を見ると、女性がフラフラと千鳥足になって歩いているのが見える。どうやら、酔っ払いのようだ。


 このクソ寒い中、自力で歩いて自宅に帰るところなのだろう。

 時折、立ち止まっては歩くという行為を繰り返しているのだが、どこかで見たような服装だと思ったらあの酒場の出入り口で酔いつぶれていたパンツ丸見えの娘だ。



「危ないなあ、あの娘」



 日本ならタクシーで帰るか、お巡りさんのお世話になるかになるのだろうが、この異世界ではそんな優しい状況に巡り合えるとは思えない。



(彼女、よく暴漢に目をつけられないよなあ……)



 俺がセマ達に会いに行くときに宿のオーナーさんから最近物騒だと聞いていたので、もし彼女の家がここから近いのであれば送っていったほうが良いだろう。もしこの後、彼女が強盗などに襲われて殺されでもしたら非常に寝覚めが悪い。



「おーい、あんた……」



 俺が声を掛けようと思っていたら誰かが酔っ払っている娘の前にいた。

 女の子が相手にもたれ掛かっているところを見ると知り合いのようだ。



「ん? 知り合いかな?」



 まあ何にせよ一安心だ。

 っと、俺が内心そう思って安心している時だった



「あ?」



 女の子がそう呟いて一瞬、“ビクン!”と震えた。

 そして彼女の背中から剣が生えているのが目に飛び込んでくる。



「…………はあ!?」



 突然のことに驚いて思わず叫び声が自分の口から出る。

 そして女の子がズルズルとゆっくりと倒れ込むとそこには中肉中背の男が血に濡れ染まった剣を持って佇んでいた。


 金髪の男は物言わぬまま倒れている女の子を暫く見つめていたが、やがて正面を向いてこちらに気付いたらしく、無言で“ニヤァ”と笑いながら脇差より少し長めの剣を俺に見せ付けるように翳す。

 


(やばい……目が合った)



 こちらと目があった直後、ものすごい速さで走り迫って来る男。

 俺はその男を呆然と見据えながら肩からスリングを提げていた機関銃のコッキングレバーを無意識に引いていた。





――――地球とは違う異世界『ウル』





 その世界にある一番巨大な大陸である『バレット大陸』。

 そしてそのバレット大陸の北側に存在する大陸の中でも有数の規模を誇る大国の一つ、[シグマ大帝国]の『帝都ベルサ』。

 このベルサの寒い夜の街中においてこの世界で初めての銃声が轟いた…… 

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