第7話 異世界
寒い。
俺は今、とある道を歩いている。
しかし、日本のアスファルトで作られた歩道ではない。
現在の日本では珍しくなった土道だ。
道の左右には石垣で区切られた田畑が広がっている。
そして前方には街が広がっている。
双眼鏡などを使わなくてもはっきりと視認できるくらい大きな街。
でもって……でっかい城が聳え立っている。
「本当に異世界に来てしまったんだなぁ……」
生まれて初めて目にする異世界。
小説やアニメでは当たり前になってきている感がある『異世界トリップ』に『異世界転生』という言葉。
それをまさか自分が体験することになるとは夢にも思わなかった。
そんなことを考えながら俺は街へと歩を進めた。
◇
――――10分前
俺は異世界『ウル』の神様であるイーシアさんの自宅の玄関を出た。
ガラガラと玄関の扉を開けて一歩踏み出したら、先ほどから歩いている道に立っていたのだ。
「うおっ!? 寒いっ!」
先ほどまでいた暖かい場所からいきなり寒い場所へと一瞬で移動したような格好になったため、大艦的にものすごく寒く感じる。
「ええっとぉ……今どこにいるんだっけ?」
とりあえず現状の確認のためタブレットPCを取り出し、地図で自分が今立っている場所の検索を行う。
「確かバレット大陸の『シグマ大帝国』ってイーシアさんは言っていたよな……」
と思いつつ場所を検索すようとしたら、なんと一瞬で自分が経っている場所が自動的に表示された。
「バレット大陸、バレット大陸っと……って、ええ~?
自分の現在位置が表示できるのこれ?」
GPSや衛星が無い世界でどうやって自分のいる位置を把握できるんだろう?やっぱり神の目というか、これが神様の力……なのだろうか?
「まあ、考えても仕方ないし……いっか」
地図検索で分かったのは俺が今立っている場所はバレット大陸の北部。
シグマ大帝国から南に約2キロ離れた農耕地帯の農道らしい。
日本と違って道に「国道◯号線」とか「県道◯号線」「◯◯通り」と言うような名称は付けられていないらしく、このまま表示されている道に沿って北上すれば自然とシグマ大帝国の帝都『ベルサ』に着くことが出来るようだ。
「じゃあ、このまま歩いて行こうとしますかね?」
タブレットPCを手に持ったまま、地図アプリの案内を参考に無名の農道を北上する。
◇
歩くこと約10分。
少し小高い丘の坂を上り終えたところで冒頭の場面に戻る。
坂を上り終えたところで突如視界に入った大きな街と聳え立つ巨大な城。
「本当に異世界に来てしまったんだなぁ……」
はっきり言ってヨーロッパでも中々見ることが出来ない巨大かつ立派過ぎる城。如何にもファンタジーに出てくる定番っぽい雰囲気がムンムン漂う城だ。
ストレージから双眼鏡を取り出して城と街の要所要所を観察すると、一見したところ城と街は別々に作られているらしく、街を取り囲んでいる壁は建物の一階部分までを隠す程度でそこまで高さはないようだが、城の方はかなりの高さがある城壁で囲んでいるようで、ここからはよく見えないが、多分堀や吊り橋も用意してあるのだろうと推察できる。
街並みは赤茶色い瓦に白っぽい石壁を基調とした比較的新しいと思われる建物と木造のちょっと古めの建物が混在しているように見える。
「…………ん?」
よく見るとそれぞれの建物の窓にはガラスが使われているのが見える。
一部半透明の窓ガラスが嵌っている建物もあるが、殆どが透明の窓ガラスだ。これには正直って驚いた。
地球では透明な窓ガラスが建築用として使用され始めた時期は15世紀ごろからとされているが、より大きくて透明度が高いガラスは17世紀頃になってから使われ始めたとどこかで聞いたことがある。
この世界の文明レベルが地球で言う中世辺りと聞いていたのでてっきりガラスではなく、木の板などで出来た鎧戸のようなものを使っているものと考えていたからちょっとびっくりした。
――――『時代遅れの世界と思って舐めていると、足元を掬すくわれかねんから注意するのじゃぞ?』
あの時のイーシアさんとの会話が思い出される。
「こりゃあ、気を引き締めて係らないと本当に足元を掬われかねないな……」
てっきり魔法ばかりが発達していて、工業分野は一部を除いて置き去りにされていると勝手に思いこんでいたので、透明で大きな板ガラスを作れるくらいに工業が発達しているとは思ってもいなかった。
まあ、あのガラスが工業製品なのか、それとも魔法で作り出されたのかはまだ分からないが、それは置いておくとして、暗くなる前に街に入って宿を探さなくてはいけないので、双眼鏡は首にそのままぶら下げておいてこのまま街まで行くことにする。
◇
さらに10分ほど歩くと街を囲んでいる壁へと到達した。
壁は高さ約4メートルくらいの石造りの白っぽい壁で、叩いてみると音が鈍い。
衛星画像をを見たとき、壁の上に人が登れる構造なっているのが見えたので、かなり厚い壁なのだろう。予め確認していたが、先ほどまで歩いて来た道からはそのまま街に入れる門へと繋がってはいないが、地図によると今立っている場所から右へむかって壁伝いに暫く歩いていくと門に行き着くことが出来るようだ。
「それでは、行くとしようか」
◇
さらに15分ほど歩くと、人の声や馬の鳴き声が耳に入るようになってきて門が見えてきた。そして門からは人や馬車の列が伸びており、ここから見えているだけで、軽く数百人以上は並んでいるように見える。
みんな荷物を背負ったり人や物資を積載している馬車が大半だ。
門に近づいて行くと、どうやら人間と馬車では列が別のようで、鎧を着込んだ兵士達が列に並ぶようにと大きな声で指示を出している。
「人はこっちの列に並んで!
馬車はそっちの列に!
身分証や許可証を持ってる人は予め荷物から出しといて!
持ってない人はあっちの列に行ってください!」
「入国審査は現在、2時間待ちでーす!
審査を滞りなく行うため、代表者は人数や荷物の申告を列を周っている兵士に申告してくださーい!」
「乗合馬車は貨物用馬車の列に入らないで隣の列に行け!
乗合馬車は貨物用馬車の列に入らずに隣の列に並べ!!」
(こりゃあ、ものすごく混んでるな……)
バレット大陸有数の大国って聞いていたけどが、入国審査で2時間待ちとか何のアトラクションなのだろうか?
「しかし、身分証か……」
俺はこの大陸で通用する身分証なんか持っていただろうか?
イーシアさんからはお金とモバイル機器くらいしか貰ってないし、身分証なんか渡された記憶がない。一応、地球からそのまま持ってきた自動車運転免許証と保険証くらいしかないんだが、これでも大丈夫なのだろうか?
「あそこにいる兵士に聞いてみようかね?」
そう言って俺は若干切れ気味で怒鳴っている兵士達の中でも比較的まだ落ち着いている様子の若い兵士に話しかけた。
「すいません。 兵隊さん」
「はい、何です?」
「さっき『身分証』って言ってましたけど、自分の国から発行された身分証を提示するんですか?
それとも、この国で作られた身分証を提示するんですかね?」
「ああ……ご自分の出身国で発行された身分証で結構ですよ。
ここに、並んでる人もそれぞれ出身国はバラバラですから、当然身分証もバラバラです。
身分証を持っていない方や失くした方は、こちらの国で発行手数料を払った上で誓約書を書いてもらえれば仮身分証を発行できます」
「なるほど……わかりました。 ありがとうございます」
「あなたは身分証をお持ちで?」
「ええ。 持ってます」
「そうですか。 ではこちらの列に並んでください。
現在、入国審査は二時間待ちです」
「わかりました」
(2時間待ちねぇ……)
寒いから早く街に入って飯食って宿をとって温まりたいのだがしかたがない。俺は内心不貞腐れながら列の最後尾へと向かった。
◇
「…………寒い」
今、俺がたっている場所は門から伸びている入国審査待ちの列の最後尾だったところだ。「だった」と言うのは、俺が並んだ後からも人が続々と来ているからである。
「それにしても色んな格好の人がいたなあ……」
ここまでに来る途中、軽く200人を超す人々の列を見たのだが、様々な人達を見ることが出来た。大多数は地球で言うところの白人系の人種が多いのだが、他にも東洋系やラテン系に近い感じの顔もあれば、ケモミミを生やした獣人と呼ばれる種族もちらほらと見られた。
因みに東洋系やラテン系はあくまで近い感じということであって全く同じというわけではなく、服装もファンタジーのテンプレである冒険者っぽい者もいれば、鎧を着ている厳つい傭兵のような男、如何にも商人でございますというような輩もいた。
他にも何か事情があるのか、怯えたような表情をこちらに向けていた家族などもいた。そしてこれらの人々に共通したことが一つある。
「…………臭い」
思わず小声で言ってしまったが、臭いのである。
香水のような匂いを漂わせている身形が良い商人のような者もいるのだが、大多数が臭いのだ。何というか……学校の靴箱や夏の汗が乾いた時のような酸っぱい匂いがする。
「ねえねえ、お兄さんは商人なの?」
「……はい?」
突如声をかけられたので振り返ると、そこには粟色の髪をひっつめた少女が立っていた。かわいい顔立ちで革と金属を使用した軽鎧で身を包み、細身の剣を携えているが、身長は目測で160センチくらいだろうか?
傍らには生まれて初めて目にする青い髪を持つ少女もいた。
(うわ!! 青い髪の毛だ! つーか、青!?)
人間としてあり得るのかというくらいに青い髪が目の前にある。
俺は青い髪の毛というアニメでしか見られないような髪を持つ少女の存在に内心感動すらしていた。
コスプレなどで見る黒や茶の髪を染めて作ったニセモノの青い髪と違って透明感のある見事な青い髪。恐らくだが、この娘の髪を散髪した後に掻き集めて鬘を作ればコスプレイヤーや映画会社にバカ売れ間違いなしの商品になるだろうと思わせるくらいに完成された鮮やかな色が眩しい。
それくらいに美しい青だった。
しかも軽鎧を着込んでいる女の子がかわいい顔立ちなのに対してこちらは美人な顔立ちで、スタイルは多分……胸が大きいのだと思うが、はっきり言ってこの子も鎧を着用しているおかげで大まかなスタイルが分からない。
(っていうか、この娘達俺の後にいたっけ?)
確か俺の後にいたのはイケメンの背の高い兄ちゃん2人組ではなかっただろうか?
「えーとぉ……君たちは?」
「あ、ごめんね。
臭いって言ってたからさ。
お兄さんは商人なのかなって思ってね?
見たところ身なりも良さそうで、イイ匂いさせているから」
「イイ匂い?」
「そう。
なんていうのかな……服から咲きたての花のような香りが時折ふわっと漂ってくるから」
恐らく柔軟剤の匂いの事を指しているのだろう。
確かにダッフルコートの下に来ている服やジーンズなどの衣服を選択していた際にフローラルの香りがする柔軟剤が使用していた記憶がある。
「多分それは柔軟剤の香りですよ」
「ジュウナンザイ? なにそれ?」
(しまった! ここは異世界だった。
柔軟剤なんてモノがあるわけがないか……)
「簡単に言うと香水とお香の中間みたいなモノですよ。
服を洗濯するときに柔軟剤を使用すると鼻のような良い香りがするんです」
「へぇ~、そうなんだ」
「ええ。 ところで……あなた方はどちら様で?」
「あ、すみません。 突然話しかけてしまって。
私達、冒険者でこの国に以来を受けて来たんですけど、前に並んでいたあなたが気になってしまったんです」
「で、あたしが声を掛けたってわけ!
ちなみにあたしの名前はリリー。
こっち胸がデッカイ美人はエフリー。
後ろにいる野郎の内、デカい方がムシルで細い方がセマ!」
そう言われて、反射的に俺の目はエフリーと言われた女の子の胸に目が行ってしまった。確かに胸がデカそうだと思うが、鎧を着ているため形が分かりづらい。
「おいおい、リリー!
デカいはないだろう!? デカいは!」
「そうですわ!
大体何で私の胸が大きいことを初対面の男性にバラすのですか!?」
「だって、その方がすぐに覚えてもらえるじゃない?」
「それなら普通に紹介しろ!
何でリーダーの俺が細いだけで片付けられたんだ?」
「でもその方が彼も分かり易いじゃない。 ねえ?」
「え? ええ、まあ……」
「ほうら」
「いいから、お前はしばらく黙ってろ!
お前が、会話に参加するとうるさくて話が先に進まん」
「ええっ!? なんでぇ!?」
「それが駄目なんだよ!
俺たちはこの人と話をするんだから、暫く黙ってろ!」
確かにこのリリーと言う娘はよくしゃべる女の子だ。
この寒空の中、元気なのは良いことだが元気過ぎるきらいがある。
「すまんな。 うるさいのが一匹いて。
俺はこの冒険者クラン『流浪の風』を率いているリーダーのセマ・シュテイルだ」
(へえ! この人凄いイケメンだなあ……)
身長は俺より少し高いくらいだから、180センチ程だろうか?
細身だがガッシリした体つきで隙が無い感じで、この人から見たら俺なんか細いだけのヒョロヒョロしたモヤシみたいに見えていることだろう……
「私は榎本 孝司です。 今はのんびりと旅をしています」
「ほう、旅か。 それは羨ましいことだ。
それにしてもエノモト タカシとは珍しい名前だな。
君はどこかの国の貴族かなにかなのかい?」
「いえいえ、しがない一般市民ですよ。
名前は孝司で姓が榎本です。
日本という国から来ましてね。
私の国では国民全員が名前と姓を持っているんです」
「ほう、ニホンか?
オレたちが今喋っている言葉がニホン語なんだが、呼び方はエノモト殿でいいか?
あなたはその……ニホンの出身ってことでいいのかい?」
「ええ、そうです。 その日本から来ました」
やっぱり日本語を使ってるせいか『日本』という国名を告げたらイーシアさんと話していた通り興味を示す人間がいたか。俺が日本の出身だと聞いて相手にどう受け止められているかは分からないが、今更嘘とは言えない。
(下手に嘘を言うより事実を織り交ぜながら会話したほうが無難か……)
でもこのシュテイルと名乗った男性は外見からすると多分俺より年下なのだろうが、少人数とは言え冒険者のクランを率いているだけあって何だか俺より精神年齢が上に見える。
しかも、この人と話をしてると警察官から話しかけられているときと同じような錯覚に陥りそうになり、少々ビクビクと焦ってしまう。一応日本人の秘儀『愛想笑い』を発動中だが、自分の顔が険しくなっていないか心配になる。
「ちなみに『ニホン』という国はどこにあるのだ?
オレたちは冒険者として今まで幾つかの国を回って来たことがあるんだが、ニホンという国の存在は聞いたことがなくてな」
「日本は多分方角的に見てバレット大陸の東側……極東に位置する島国ですよ。
まあ地図がないので、はっきりした場所は説明が難しいですがね」
「なるほど。 と言うことはあれか?
東のバラスト海よりも先にあるということか?」
「私の国ではバラスト海と言う呼び名ではありませんが、確かに海の先に浮かんでる島国ですね」
「そうか。
そんな遠いところからこんな所までわざわざ旅に来たのか?」
「いえいえ。 実を言えば、ここに飛ばされて来たんですよ」
「……飛ばされて来た?」
「ええ。
なんと言いますか……遺跡の発掘中に正体不明の装置が見つかりましてね。
同僚とその装置を分析していたら突然物凄い光が体を包み込みまして……気付いたら、この大陸にいたんですよ」
(我ながらよくこんな嘘がスラスラと口から出てくるなあ。
はっきり言って、こういうことが言える自分に関心しちゃうよ)
っと、自分のついた嘘に内心苦笑していたが、何も言わずにいる4人が固まったままだったので不思議に思って周囲を見回すと俺たちの会話を聞いていた人達まで固まっているが何故なのだろうか?
「エ、エノモト殿は転移魔法でこの大陸へ飛ばされてきたというのか!?」
「ウソ!?」
「本当かよ!?」
「本当なんですか!? エノモトさん!?」
「え? ええ。
……というか、何で皆さんそこまでびっくりしているんですか?」
はっきり言って意味がわからない。
それと、リーダーのセマが『転移魔法』って言っていたが、まさかそんな呼び名の魔法が異世界に存在していたとは驚きだ。
(もしかして転移魔法でここまで飛ばされてきたと思ったのだろうか?)
「エノモト殿、あなたは知らないかもしれないが……転移魔法と言うのはこの大陸では失われた魔法技術の一つなんだ。
ところが、あなたはその転移魔法の暴走でこの大陸に来たと言った。
これはとても凄いことなんだよ。
なにしろ海の向こうとはいえ、失われてしまった転移魔法の装置があるというのは魔法業界の歴史にとってはすごい発見になる」
「はあ。 そうなんですか?」
「そうなんですか?じゃないよ、エノッチ!」
「エ、エノッチ!?」
(何なんだこの娘は?
唐突にエノッチとか呼んで……本人に断わりもなく勝手にあだ名 を付けるなんて馴れ馴れし過ぎないか?
大体、『エノッチ』から『ノ』を取ったら、大変なことになるじゃないか!)
「これは入国したら直ぐにでもギルド支部に報告しないといけませんね」
「いやいや、それはやめてください!」
(おい!
エフリーと名乗ったそこの娘、あなたなんてこと言い出すんだよ!?)
「なぜ報告してはいけないのですか?」
「いや……だって私は今のんびりと一人旅を満喫しているんですよ?
そんな中、ギルドとかいう組織に報告されたら事情聴取とかいろいろな目にあって旅どころではなくなりますよ!」
「でも、もしかしたら祖国に帰れるかもしれないのですよ?
それとも……国に戻る気はないのですか?」
「国に戻りたい気持ちがないのかと言われると、それはあります。
が、しかし今は外の世界を旅して周りたいんですよ。
そんなところにギルドから目を付けられるとか、たまったもんではありませんって!」
「しかし……」
「いえ、初対面の方にこんなことを言うのは心苦しいですが、元の国に帰るとか余計なお世話なんで。
ギルドには黙っていてもらえませんか?」
「そうですか……」
「ええ、すみませんが。
私は、まだのんびりとこの大陸を見て回りたいので。
もしあなた方がギルドに報告などしたら、この国から出て行かなくてはならなくなりますので……」
「しかし……」
「もう、いいだろ? エフリー」
「セマさん……」
「本人が嫌だと言っているんだ。
お前だって神職なんだから、人が嫌がることを率先してやる必要はないだろう?」
「……わかりました」
「と言うことだ。 すまないな。
これ以上、お前さんがどこから来たとかどうやって来たのかは詮索しないし、ギルドにも報告はしない。
それでいいかい?」
「ええ、それで大丈夫です。 お気遣い、ありがとうございます」
良かったあ。
リーダーが話の分かる人で、本当に良かったぁ。
「うむ。 ところで話は変わるが、そろそろ進まないか?
話に夢中になっていたら列が結構進んでいる」
「あ、そうですね」
確かに気付かなかったけど、列は結構進んでいたようで門までの距離が短くなっているた。後続の人には悪いことをしたなと思う。
◇
「ところでエノモト殿は歳は幾つなんだい?」
こう聞いてきたのは、冒険者クランのリーダーことセマだ。
どうやら俺と会話していて俺の外見と話し方の差に違和感を覚えたようで、ストレートな質問をぶつけて来た。
「一応、今年で35歳です」
「「「「三十五歳!?」」」」
(やっぱり予想通りとはいえ、驚くよなあ……)
まあ、しょうがない。
この世界の神様に肉体を弄られて外見的にかなり若くなったが、言動までは若くならない。
しかし、自分の年齢を言ってしまうと相手の年齢が気になってくる
一応、彼らの年齢を聞いておくのも悪くはない。
「あなた方の年齢は幾つなんですか?」
セマ:「オレは二十一だ」
ムシル:「オレもセマと同じ二十一歳だぜ」
エフリー:「私は十八歳です」
リリー:「あたしは十七歳よ!」
予想通り自分より一回り以上年下だったのはわかっていたが、ここまで年齢の差があるとちょっと疎外感を感じてしまう。それにしても女の子の2人の年齢が地球で言えば未成年だったとは驚きだ。それで言えばリリーが馴れ馴れしいのも頷ける。
そしてエフリーだが、彼女の持つその落着いた雰囲気のお陰で18歳には見えない。リリーは、まあ年相応ではあるが……
「あんた、何かあたしに対して失礼なこと考えてない?」
「うんにゃ。 そんなことありすぅぇせん」
「やっぱり、何か考えているじゃない! どうせあれでしょ!?
あたしとエフリーが、年の近い女の子に見えないんでしょう!?」
「当たり前だろリリー。
誰がお前さんとエフリーを見比べて二人の年齢が近いと思うんだ?
そう思われたくないなら、お前も少々落ち着きというものを持てよ」
「ひどい、ムシル!」
「本当の事だ。 ところで、エノモト殿。
一つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「それは……何です?」
「ん? それ?」
「その……右肩から下げている黒い金属の塊です」
(黒い金属の塊? ……ああ、そうか。
銃の事が気になったのんだね?)
まあ、男だから武器である銃の事が分からなくても、何となく気になってしまうのだろう。そういえば先ほどからセマの他にムシルという筋肉ムキムキのイケメンマッチョ男は俺が持っている銃を気にしていたような気がしていた。
イーシアさんがこの世界への銃の持ち込みは結構気にしていたから、銃の事をありのまま伝えるの良くないことだろ思うので、適当にはぐらかしておいた方が良さそうである。
「これは削岩機ですよ」
「サクガンキ? 始めて聞く言葉だな」
「そうなんですか?
私の国では普通にこう呼ばれていたんですがね。
まあ、要するに岩を砕くための道具ですよ。
先ほど遺跡で発掘中って言っていたでしょう?
その時に使っていたんですがね。
ご存知の通り、魔法装置の暴走の時にこれごと飛ばされてきまして……まあ今は使えませんが、捨てるのも勿体無いので、こうやって持ち歩いています」
「ほう? 岩を砕く道具ねえ……」
「ええ。 そうですよ」
何だか4人とも納得していない顔をしている。
恐らく、今までの冒険者としての経験から怪しいと思っているのだろうが、俺としては銃のことを教える気はさらさらないので、このまま削岩機として押し切らせてもらおう。
「その黒いのがサクガンキとか言う道具となると、エノモト殿が持っている身を守る武器はその腰から少し見えている小さい短剣だけなのか?」
「ええ、そうです」
「そうか……」
(うん、納得してないね?)
まあ、しょうがないことだ。
列に並ぶ途中、すれ違った人達の殆どが最低でも脇差とほぼ同サイズの剣やは葉物を腰に下げたり、荷物などと一緒に斧を持っていたりしてたからである。
中には、日本刀と同じかそれよりも大きい剣やデカい槍なんかを持ち、どう見ても人を殺すことを生業としている傭兵のような男たちもいた。
多分この世界では旅や移動の際には使えるかどうかは個人の力量次第なのだろうが、それでも護身用の武器が必要であるだけの危険が常に付き纏うということなんだろう。それと比べればこのAK用の6H5銃剣が小さい短剣に見えてしまうのも仕方がない事だろう。
恐らく彼らは俺がこの銃剣だけでどうやって身を守ってきたのか不思議に思っているが、俺はつい1時間ほど前にこの世界へと来たばかりなのだ。これ以上、自分のことを話していると面倒なことになりそうなので、話を逸らす必要がある。
「ところであなた方は先ほど『冒険者』と言っていましたが、冒険者とは一体どんな仕事をしているんですか?」
「え、あんた知らないの? 冒険者って存在」
「ええ、知りません」
「と言うことはギルドの事も知らないのか?」
「ええ、わかりません」
「本当に、この大陸の人間ではないのだな……」
(すいません。 この大陸どころか、この世界の人間ですらありません)
「そうだな……まだ入国審査まで時間があるから、立ち話でなんだがちょっとギルドと冒険者について話しておこうか?」
「よろしくお願いします。
今まで通って来た街ではこのような話が聞けなかったので助かります」
「そうか。 ではまずは冒険者から話していくとするか。
冒険者と言うのはな……」
リーダーのセマから聞いた冒険者と言うのはこの世界では『何でも屋」のそれに近い職業らしい。冒険者の仕事は多岐に渡るらしく、ファンタジーにありがちな薬草の採集から迷子の捜索、商人の護衛や建物の警備、遺跡の発掘から身辺調査まで、個々人の冒険者の能力次第で様々な仕事を請け負っているとのこと。
セマたちは噂として聞いたことがあるくらいで実際に会ったことないらしいのだが、中には暗殺者のような非合法な人殺しの仕事を裏で常に請け負っている輩もいるにはいるのだとか。
「冒険者をやっているオレが言うのも何だが、俺がまだガキだったころは冒険者と言う職業は盗賊や傭兵と言った仕事と並んで中途半端な存在だったらしくてな。
人が死ぬことなんか日常茶飯事。
目先の金や財宝に目が眩んで仲間を裏切ることなど当たり前の世界だったらしい。
特に死亡率は探査ギルドや傭兵ギルドの倍以上の死傷率で、当時社会問題化していたと聞く。
まあ当然だろうな……当時、冒険者と言えば誰でもなれた職業で、ろくすっぽ剣も握ったことも無いような素人同然の者から経歴が不明な者や食い詰めてどうしようもなくなった奴などが一攫千金を狙って冒険者になっていたらしいからな……」
セマの話を聞いていくと当時の冒険者と言うのは前述の通りあまり誇れるような職業ではなかったらしく、冒険者制度が杜撰で経歴などは登録者本人の申告制で、登録希望者が規定年齢に達していれば性別や種族などを問わず登録できたため実に様々な種族が登録していたらしく、その数は傭兵ギルドや調査ギルドの3倍はいたらしい。
しかも、登録しただけで依頼をこなさないどころか、冒険者ギルドにすら顔を出さない幽霊部員ならぬ幽霊冒険者もかなりいたとかで、当時の傭兵ギルドや探査ギルドにおいても管理は多少ずさんではあったらしいが、経験や腕っ節が重要視される傭兵ギルドだと元軍人や元治安関係者に賞金稼ぎ、没落した騎士、人間より遥かに頑強で魔力の高い種族などが登録しており、専門性の高いスキルが必要な探査ギルドの場合では元鍵師や国の元密偵、空を飛んだり肌の色を変えることが可能で人の心を読める種族などが登録している場合が多かったため素人同然の者はむしろ殆どいなかったらしい。
そのため、探査ギルドや傭兵ギルドに登録できなかった素人が冒険者ギルドに流れて来ていた可能性があったことと、冒険者ギルドには素人同然の女性冒険者も当事は多数登録していたらしく、任務遂行中にパーティーの男性冒険者達や野盗などに襲われて取り返しのつかない事態に陥ることも多かったと言う。
しかし、なぜこんな問題だらけの冒険者ギルドが存続出来ていたのかと言うと、冒険者ギルドの事務所が置かれている国にとっては悪いことばかりではなかったからだとセマは言っていた。
基本的に冒険者ギルドに登録するときの経歴は申告制であり、よほど怪しい風体だったり国から指名手配されている重犯罪者で無い限り、ギルドが国に身元を照会して調査することはまず無かったという。
しかも冒険者はギルド内に設けられた階級を上げて少しでも多くの報酬を得るために国を跨いで移動することが多々あり、高位の冒険者ほど出入国の審査も甘くなりがちであったため、国の密偵が紛れ込みやすい職業の一つだったと言う。
このような理由で国益を最優先していた各国の行政機関は冒険者ギルドに後ろ暗い経歴を持つ者たちが登録していても見てみぬふりをしていたそうだ。
しかし、数々のトラブルと職員の汚職に頭を抱えていた冒険者ギルドの上層部は同じような悩みを抱えていた他のギルドと共に組織の再編と自浄努力を始めたと言う。そして18年ほど前に冒険者ギルドと調査ギルド、傭兵ギルドに魔法ギルド、鍛冶ギルドや商業ギルド、農業ギルドと海運ギルドなどが統合されて『ギルド』に再編された。
因みに「なぜ統合することが出来たのか?」と言う質問をセマさんにしたところ、それぞれの職業がお互いに密接な関係にあるのに縦割行政の弊害よろしく、業務を遂行する際の連携が全く執れていなかったという答えが返ってきたが、セマに聞いたところ、ギルドの大まかな組織構造はこんな感じである。
『ギルド』=(冒険者ギルド、傭兵ギルド、探査ギルド、
情報ギルド、魔法ギルド、錬金ギルド、鍛冶ギルド、
商業ギルド、農業ギルト、海運ギルド、水産ギルド、
林業ギルド)
普通科:(旧冒険者ギルドと傭兵ギルドを統合再編)
情報科:(旧情報ギルドと探査ギルドを統合再編)
魔法科:(旧魔法ギルドと錬金ギルドを統合再編)
商工科:(旧鍛冶ギルドと商業ギルドを統合再編)
農林科:(旧農業ギルドと林業ギルドを統合再編)
海事科:(旧海運ギルドと水産ギルドを統合再編)
統括本部:(バルト永世中立王国に設置)
支 部:(各国首都などの一定規模以上の都市に設置)
支 所:(一定規模の街や村落に設置)
という形をとっているらしい。
それにしても日本からこの世界にやってきた俺にとって、『科』と言うのは病院の外科とか内科、陸上自衛隊の普通科とかを連想させられてしまって何だか変な感じがする。
「セマさん、この組織割りを考えた人ってどんな方なんですか?」
「詳しくは知らんが、もともとはこのシグマ大帝国の隣国、ウィルティア公国の王族か大貴族だと噂で聞いたことがあるな。
何でも組織作りに長けた人物らしく、各国と各ギルドに対し粘り強く交渉を続けて現在の国家機関から独立した『ギルド』を作ったお方らしい」
「へえ、すごい方ですねえ」
本当にすごい人物だ。
国益が絡んでくるとすれば各国ともギルドの独立に黙っていないだろうし、しかも統括本部を自分の国ではなく、中立国家の首都に設置するなど当時のウィルティア公国という国家の中枢にいた者達の殆どは反対したのではないだろうか?
はっきり言って並大抵の努力で達成出来るものではない。
しかも、日本の郵便局や駐在所のように村落にまで支所を設置するなど、どれだけ苦労したのだろうか?
「まあ、こんなものだな。
エノモト殿はまだギルドには所属していないのかい?」
「ええ。 まあ……」
「ならばギルドに登録するのも一つの手だと俺は思うぞ?
通常だと殆どの国は身分証有りで入国しても滞在期間は大抵一ヶ月位だ。
ギルド所属の者ならギルドが身分を保証してくれているし、よほどの問題が発生しない限り入国審査もそこまで厳格ではない。
国にもよるが、滞在期間は三ヶ月まで許可されているし、滞在期間も場合によっては最大で約一年は延長できるぞ。
まあ延長を申請するには、ギルドでの依頼内容の有無と国による精査などが必要になってくるがな…」
「へえ、それは便利ですね」
確かにそれは便利だ。
しかし、異世界に来たら先ずギルドに行こうって流れはどうなのだろうか?お金ならイーシアさんからたんまりと貰っているお陰で金銭に関しては当分の間不自由しないだろう。
だが、調査の過程で長期間の滞在が必要にならないとも限らない。
入国した後でギルドに行って登録に関する話だけでも聞いてみよう。
「おい、そこのお前たち!
立ち話もいいが、さっさと進め!
もうすぐお前たちの番だぞ!」
「え!?」
突然、歩いてきた兵士に怒鳴られて驚いたが、いつの間にか門の近くまで列が進んでいた。話を聞くことに集中している状態だったため、列が進んでいることに気付かなかった。
(って言うか、いきなりスムーズに列が進み始めたな。
さっきまでは野党の牛歩戦術並みのスピードだったのに……)
「ごめんね~。 おじさん」
「すみません。 気付きませんでした」
「い、いや。 いいんだ、早く進んでもらえさえすれば……」
(ああ……あの髭生やしてる如何にもベテランっぽい雰囲気の中年兵士が女の子二人に謝られて赤くなっている)
あれでは他の兵士に示しがつかないのではないだろうか?
もうすぐ入国審査の順番が回って来るみたいだが、こうやって門を見てみると高さはないが結構幅がある。まあ、ここは一国の首都なので人や物の出入りがあるから当然なのだろうが。
(それにしても漸く異世界に来て初めての街を見れるなあ。
なんだか子供のころ初めて遊園地に来た時のような感じで心がワクワクする!)
それにこの世界には金属探知機もなければ、X線画像検査装置も無いので武器や爆発物の持ち込みが可能なのがありがたい。それどころか入国している人を見ても手荷物の検査をしいるのにも関わらず、武器に対してはスルーしているところを見ると武器自体の持ち込みは特に制限を課していないようだ。
幸いにも一緒のいるセマ達冒険者4人組とずっと話しをしながら列を進んでいたため、兵士たちから怪しまれずに済んでいるので、さっさと入国手続きをして今日泊まる宿を探さなければいけない。
「身分証や許可証を持っている方は間もなく入国審査を行いますので、混雑防止のため予め荷物などから身分証や許可証を出しておいてくださーい!」
(おっとそうだった、バッグから免許証を出しておかないとな)
門を警備している兵士の呼び掛けに応じてバッグから免許証を取り出す
1年前に更新したばかりの自動車運転免許証。
本当にこれで入国審査を受けれるのだろうか?
「セマさん。 列に並ぶ前にこの国の兵士に聞いたんですけどね。
兵士からは提示する身分証は自国で発行された身分証を見せるようにと言われたのですが、本当なんですか?」
「ああ、そうだぞ。
ギルドに所属しているも者はギルド発行の身分証を、それ以外の者は自国の身分証を見せるのが殆どの国では一般的だな。
もしかして……身分証を持っていないのか?」
「いえいえ、ちゃんと持ってますよ。
ただ、あの時に聞いた兵士が間違ったことを言ってないか急に不安になりましてね」
「それなら大丈夫だよ。 兵士の言う通りだから。
ただ身分証がなかった場合、どの国でも入国の手続きが煩雑になるから身分証を失くさないようにな」
「分かりました」
「はーい! 次の人!」
「おっ? どうやら、エノモト殿の番らしいぞ」
「あ、そうなんですか? じゃあ、お先に」
そう言って俺は入国審査の窓口に向かった。
地球から持って来た自動車運転免許証を持って。
まさかこの時、免許証一つであんな事になろうとはこの時の俺は全く予想していなかったのである。
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