第6話 降下準備

 今、俺の前には木箱が幾つか転がっている。

 場所は異世界『ウル』の神様であるイーシアさんの自宅の居間の隣室。

 あの国民的アニメの雷親父が息子を叱る居室と同じ造りの部屋だ。


 その居室の畳の上には、お世辞にも綺麗とは言い難い木箱が幾つか転がっており、その木箱のサイズ、色は様々だ。オリーブグリーンに塗られた大型の旅行用トランクより遥かに大きい木箱、何も塗装されていないそのままの木箱などなど。


 これらの木箱には、ロシア語やポーランド語などが印字されている。

 ロシアを含む、東欧の軍をこよなく愛するミリタリーファンなどのミリブロなどではよく『幸せの青い箱』と言う例えがあるが、俺にとってはこの無骨な木箱こそがそれに当たる。


 恐らく、この木箱の価値がわかる者にとっては涎が垂れる代物だろう。

 特に木箱に印字されている文字と同じ内容の中身入りとなれば、俄然興奮せずにはいられない。


 木箱を開ける前、気持ちを落ち着けるためにまずは深呼吸だ。

 それからオリーブグリーンに塗られた木箱を開ける。


 金具の固いロックを外して蓋を開けると中からは機械油のような匂いが漏れる。この匂いこそ俺にとっては至福の匂いだ。

 何時間だってこの匂いを嗅いでいられる気がする。


 蓋を開けてしまうと箱の中は一面油紙で覆われていた。

 あまりの緊張に震える手で油紙を捲ると夢にまで見たソレが姿を現す。


 数は10丁。

 一見すると5丁しか入っていないように思えるソレはよく見ると同じものが5丁逆さまになり、グリップを上に突き出すように木箱の底に入っている。運搬中にソレがずれ動かないようにするためだろうか?

 

 は木の留め具でしっかりと固定されていた。

 また他にも木箱内の別の仕切りの中には10本の黒色ナイロン製のスリングと油紙で個別に包まれた湾曲した物体が複数入っている。


 俺は木の留め具を外して10丁ある内の1丁を取り出してみる。

 重く冷たいソレは黒色プラスチック製のグリップとハンドガードにオイルとグリスが染み込みヌメッとした艶を放つ黒い塗装と相まって妖しい雰囲気を周囲に放っているが、俺は手にグリスが付くのも御構いなしに触り、構える。


 折り畳まれていたストックを展開し頰をつけると、蓋を開けた時よりはるかに強いオイルの匂いに鉄の匂いが加わって鼻をいっそう刺激する。

 堪らん、堪らなすぎる!


 俺はその時、人生で最高に興奮していたと思う。

 ソレを抱いて幸福に浸り、感謝していた。

 AK-74M3を用意してくれた御神さんに。

 


 AK-74M3は現在のロシア軍に配備されているAK-74Mの中でも最新のモデルにあたる。新型の伸縮式折り畳みストックに、バードケージ鳥籠型のフラッシュハイダー、クリーニングキットを内蔵可能なピストルグリップ、、アクセサリーレールを備えたハンドガードにピカティニータイプのスコープマウントレール。


 これら最新のアクセサリーパーツを装備して近代戦に対応した新型のAK-74M3は既存のモデルと比べてもゴツくてカッコイイ。これらにフラッシュライトやレーザーポインター、ダットサイトを装着した姿はAK独特の泥臭さを残しつつ、力強い雰囲気が漂ってくる。

 

 これに組み合わせるのは残弾確認窓が追加された新型の黒色プラスチック製のバナナ型マガジン弾倉。もともと最新モデルのAK-12用にデザインされたこのマガジンは既存のAK-74シリーズに装着可能なため選択したのだが、既存のマガジンと比べても軽量で扱い易いのが特徴だ。


 これに缶詰めに入って出荷される軍用の5.45mm×39ワルシャワパクト弾を詰めていく。 ロシアの軍用小銃弾は基本、缶詰に入れられて工場から出荷されるのだが、これは缶詰に食品を入れて封をすると長期間、風味を失わず痛まないのと同じで、湿気や錆に弱い銃弾も缶詰に入れた方が管理が楽だからだ。 


 ロシア製小火器に使用されている殆どの弾薬の薬莢は一部を除いて弾薬製造のコストを下げるために薬莢の素材を真鍮ではなく錆び止め用のラッカー塗装を施した鉄で作っているため湿気などで薬莢が痛まないように缶詰めに入れたうえで更に木箱に詰められる。

 


「ふう……やっと切れた」



 掛けることが困難なことで知られる缶詰を指を切らないように注意しつつ缶切りで蓋を開けると、中には沢山の若干黄ばんだような白色の紙箱がぎっしりと入っており、紙箱を取り出して開けてみると中には紙の仕切りがいくつかあるのだが、その仕切りの中に数発ずつ銃弾が入っている。 


 知り合いに見せてもらったダミーの5.56mm弾とは違う、なんとなく禍々しい雰囲気を纏っている細身のライフル弾だ。AK-74が出現したとき、当時の西側軍事関係者が大きく注目したのはAK-74本体ではなく使用弾薬の5.45mm弾の内部構造とその殺傷能力だったと言われているそうだ。


 5.45mm弾はぱっと見はライフル弾特有の先端が尖った円錐形の弾丸なのだが、それは外見だけであって弾丸の内部は殺傷能力を上げるための様々な工夫が施されている。

 

 弾丸は表面を銅メッキされた薄い鉛のジャケットで覆われており、内部構造は先端部から約5mmくらいの位置までエアスペースと呼ばれる空洞があり、その後ろには大体約3mmくらいのサイズのスチールコアと呼ばれる鋼材が配置され、さらにその後ろには長さ約15mmくらいの鉛が充填されているという構造で重心が比較的後方に来るような仕組みになっている。


 もし、仮にこの弾丸が人体に命中すると弾頭部のエアスペースは骨などに当たると簡単に潰れてしまい、弾丸に急激なブレーキが掛かる。その後、ブレーキが掛かった弾丸は充填されている鋼材と鉛、それぞれの重量差で生まれた重心のために弾丸は人体内部で真っ直ぐに進もうとはせず、錐もみ状態となり倒弾または横弾と呼ばれる現象が起きて筋肉組織や血管、神経組織を巻き込み引きちぎる。


 また、7.62mm×39弾と比べて5.45mm×39弾は弾丸の直径と全長の差が大きく、この長さの差と弾丸内部の独特の構造と後方重心の要素が加わることで倒弾したときの面積も大きくなり傷口が汚くなって負傷後の外科治療が難しくなるというえげつなさを持っている。


 しかも、弾芯に鋼材を使用しているこの弾丸は物体に対する貫通能力も高く、薄い鉄板で作られている一般自動車のボディやある程度の防弾能力を持つ防弾ベストなどを容易くぶち抜いてしまう威力を持っている。


 そのため、この弾丸の構造に驚いた当時の西側軍事関係者はこの弾丸を参考にして新型の5.56mm弾を開発するに至っているのだが、この弾丸こそ5.56mm×45 SS109弾であり、陸上自衛隊が使用している89式5.56mm小銃用の89式5.56mm普通弾もこのSS-109弾と同等の構造と性能を持っていると言われているが、使用されている金属素材や構造に若干違いがあるらしい。


 ということで、この凶悪な性能を持つ弾丸をマガジン60本に込めていくとする。まず一本目のマガジンには手で1発ずつ弾を込めていこうと思い、手で込めていくと20発目ほどでマガジン内部のスプリングが硬くなり始めて弾が込めづらくなってきた。


 やはりモデルガンとは違う、バリバリの本物だ。

 1本目のマガジンが終了し2本目以降のマガジンには装弾用のクリップとアダプターを使ってどんどん弾を詰め込んでいく。

 


「よし、終わりっと……!」



 マガジン60本全部に装弾し終わるのに20分近く掛かってしまった。

 やっぱりBB弾と実弾では勝手が全く違う。

 まあ、実銃とは縁の無い平和な日本に生まれ育ったのだから当然といえば当然だ。装弾が終わったマガジンを1本、銃に挿し込む。


 すると、マガジンキャッチのスプリングが固いためかエアガンのようなカチャっというような音ではなくガチッっと力強い音が響いた。


 次にマガジンを外そうとすると、マガジンキャッチが固くて外しにくいのだ。結局、マガジンを前に押し出すようにしながら、マガジンキャッチのロックを解除してマガジンを取り外すことが出来た。


 またセレクターの操作も固く、エアガンのように滑らかに切り替えるのではなく、パチンパチンと区切るようにセレクターが動くことが初めて分かった。


 やっぱり、本物は本物。

 エアガンと違うことがよくわかった。

 本当はこのままチャンバーに弾を装填したいところだが、イーシアさんの自宅だからそれは出来ない。

 


「おっと、そうだったあれも出しておかなくては……」



 新たに別の木箱から取り出したのは、ロシア製オートマチックピストルMP-443。ロシア名ピストレット・ヤリギナ、通称グラッチまたはヤリギンと呼ばれる大型自動拳銃とその予備マガジンだ。 


 これまた缶詰入りの砲弾型スチールコアが内蔵されたロシア製9mmパラべラム弾7H31と予備マガジン10本、グラッチ用ナイロン製サイホルスターとマガジンポーチもストレージから取り出す。



「あとは何だっけ?

 そうだブーツとツールナイフにフラッシュライトとコンバットフォルダーと銃剣を出さないとな。

 それに手榴弾も」



 先に2つある手榴弾の木箱から開けてみる。

 それぞれの蓋を開けると個別に仕切られた木枠の中にF-1破片手榴弾、RGD-5攻撃用手榴弾が20個ずつ入っており、信管が付いていない代わりに茶色いベークライト製のキャップが手榴弾に填められている。


 多分、このキャップは手榴弾内部のTNT炸薬が湿気で駄目にならないようにするための蓋だろう。F-1手榴弾を取り出してキャップを外して中を見ると、信管が入るだけの空洞しかない。


 恐らく信管は、この木箱の中に一緒に入っている缶詰の中だろう。銃弾と同じ要領で缶詰の蓋を切ると案の定信管が入っていたので、それぞれの手榴弾を5個ずつ木箱から取り出して、UZRGM-2信管を填めていくが、銃弾と違いって爆弾なので緊張で手に汗が出てきてしまった。


 しかし、こうやってF-1手榴弾とRGD-5手榴弾を持ち比べてみると、重さが随分と違う。F-1手榴弾がRGD-5手榴弾の2倍近い重さなのだ。手榴弾の用意が終わると最後に銃剣とナイフを装備すれば武器の準備は終了である。



「服はどうしようかなぁ……」



 先ほどイーシアさんと御神さんから迷彩戦闘服で行くなと言われたので私服にしようと思うのだが、これがまた難しい。ず色的に目立たない服にしなければいけないのだが、向こうの人間がどのような服を着ているのかが気になる。


 もし地味な色が多い場合、赤や青、チェック柄のシャツやコートなどは着れないと思う。目立ちすぎると無用のトラブルに巻き込まれかねないからである。かといって黒や灰色、茶一色の方がもっと目立ちそうだし、銃や手榴弾などの装備品との兼ね合いも考慮しないといけない。


 最初は、チェストリグやプレートキャリアなどを上着の上に着込もうと思っていたのだが、革鎧や金属製の胸当てなどなら兎も角、向こうの世界の人間にとって正体不明ナイロンの素材で身を固めた男など怪しい以外の何者でもないだろう。下手したら、向こうの警察組織のような存在から職質をされかねない。


 ならば、綿やウールのような素材の衣服にした方が無難かもしれない。

 それで行くならば、コートは去年ネットで購入した黒のダッフルコートにフリースのジャケット、厚手の綿で出来たシャツに下は温かくする繊維が使われている濃紺のジーンズと同じ素材が使われている下着と靴下をせんたくする。


 本当はタクティカル仕様のデニムパンツでも良いのだが、今から向かう場所の季節は現在の日本と同じ冬と言っていたので寒さ対策を優先しようと思う。後は防刃繊維が編み込まれている黒革製の手袋と鉄板入りのハイカータイプのローカットコンバットブーツで良いだろう。



「そうと決まれば、早速着替えましょうかね」

 



 

――――10分後





「うん。 ……まあ良いんじゃない?」



 姿見が無いからいまひとつ分からないが、右太腿にMP-443が入っているサイホルスター、ジーンズの右尻ポケットにβチタン製の折り畳みナイフ、右前にグラッチのマガジンポーチ、左前にケースに入っているポーランド製WZ69ナイフ、左に銃剣を吊っている。



「まあ……こんなもんでしょう」



 ダッフルコートの右ポケットには警察用のCSガス、左ポケットにはフラッシュライト。後は、拳銃を奪取されないようにワイヤー入りのカールコード型のランヤードでホルスターに繋げれば完璧だ。


 手榴弾とアサルトライフルのマガジンは、アメリカの某メーカーが作っているライフル用ショルダーバッグに入れる。


 このショルダーバッグは、内部にベルクロでAK用のマガジンポーチを取付けることが出来る上に、サイズ的にゆとりがあるから手榴弾も余裕で入れることが出来、AK74のマガジン6本に手榴弾をそれぞれ2個ずつ、計4個入れることが出来た。

 


「そうだ、サブマシンガンも1丁出しておこう」



 スチェッキンAPSやCZ75FAのようなマシンピストルでも良いのだが、まだ実銃初心者なので順当にサブマシンガンを選択しようと思う。と言うわけで、ストレージから新たな木箱を3つ出して、それぞれ中身を改める。


 木箱の中に入っていたのは、とても特徴的な外観を持つサブマシンガンとそのマガジンだ。


 ポーランド製サブマシンガン、Wz63。

 ポーランド国内ではPM-63とも呼ばれている短機関銃である。


 この銃は他のサブマシンガンには無い特徴的な外見を備えている。

 通常、一般的なサブマシンガンと言えば、ドイツのH&K MP-5のようなハンドガードとトリガーグループの間にマガジンフォロアーがあるアサルトライフルのような形状のものやイスラエルのUZIのようなピストルグリップ内にマガジンを挿入する形が一般的だ。


 それで言えばこのWz63もUZIのようなピストルグリップ内にマガジンを挿入する形式ではあるが、UZIであればコッキングハンドルとエジェクションポート排莢口があるアッパー上部部分には自動拳銃のような大型のスライドが剥き出しで存在しているのだ。


 しかもスライド先端、ちょうど銃口の下の部分あたりからスライドの一部が鳥の嘴のように突き出ている。この特徴的な外観を持つWz63はポーランド軍の空挺部隊がパラシュート降下中に片手でスライドをコック引き下げし、オープンボルトで射撃できるようにデザインされているためだ。


 やり方としては嘴のように突き出たスライドを自分の体、例えば太ももなどや木、岩や車両、建物の壁などに当てたまま銃を押し込むようにすると大型のスライドが後退し、そのままオープンボルトで射撃ができる機能を有している。


 さらにフルオート時のコントロールを容易にするためにトリガー前方には、折りたたみ式のバーチカルグリップを備え、引き出し式の金属製ストックも装備していが、これらの装備はドイツH&Kの最新サブマシンガンMP-7と全く同じだ。


 マガジンは25連発と40連発の2種類が用意されており、専用のヒップホルスターやショルダーホルスターも存在している。フルオート、セミオートの切り替えはオーストリアのステアー AUGと同じトリガーセレクター方式で一回だけトリガーを引くと単発、引ききると連発になる。


 スライド内後部にはレートリデューサーとよばれる機構が内蔵してあり、連射速度を意図的に低下させることで連射速度が高くなりがちなサブマシンガンのコントロール性の悪さを解消しているのだが、欧米の9mmパラベラム弾より圧力の低い9mmマカロフ弾を使用していることもコントロール性の向上に寄与している。

 

 この特徴的な形状を持つ本銃はプレスフレームやプラスチック成型フレームが多い昨今のサブマシンガンの中では珍しく、フレーム・スライド共にスチールブロックからの削り出しで作られているため非常に高い耐久性も兼ね備えている。


 冷戦中の共産圏という人件費が安く済んだ時代だったからこそ作ることが出来たのだろうが、現在ではコストの問題で製造が難しい贅沢な作りをしているのもこの銃の特徴の一つだ。


 40連発マガジン31本それぞれに、こちらも缶詰入りだったマッシュルーム状のスチールコアが内蔵されているロシア製の9mmマカロフ弾57-H-181を装弾し、うち1本をWz63に挿入して残りのマガジン30本と銃はマガジンポーチとホルスターに収納、散らかしていた他の装備品や木箱と一緒にストレージに入れて靴と銃とバッグを持って部屋を出た。






 ◇






「イーシアさん、準備が整いました」


「おお。 終わったかえ? 意外に早かったの」


「そうですか?

 しっかりと準備していたので、結構時間が掛かっていたような気がするのですが」


「うむ、大体2時間くらいかの。 

 わしはてっきり一日掛かりの準備をして来るものと思っておったぞ?」


「いや、そこまではしませんよ。

 武器と身に付ける装備品の準備さえできれば充分です」


「お主がそれで良ければ構わんがの。

 そっちが隣で準備している間にわしらはわしらで準備をしておったぞ」


「ん? なんですか、準備って?」


「これじゃよ」



 と言ってイーシアさんがちゃぶ台に置いたのは、大きめのがま口財布が3つとノートパソコンとタブレットPC、それとスマートフォンだ。

 っというか、なぜ財布とモバイル機器があるのだろうか?



「あの……これは?」


「うむ。

 まず財布は先程ここで見せた通貨がそれぞれ3つに分けて入れてある。

 1つは身に付けて残り2つはストレージ内に保管しておけばよかろう。

 パソコンとスマホはわしと御神との連絡手段じゃ。

 お主の役目はあくまで調査じゃからな。

 わしもウルばかりにかまけている暇はないからの。

 定期的に報告を受けんとそれなりの対応が出来ん」


「ああ、そういうことですね。

 ちなみに報告はどれくらいの頻度ですれば良いのですか?」


「まあ忙しくなければ大体週一くらいの頻度でメールで報告してもらえれば構わんがの。

 緊急の場合はスマホの通話機能で呼び出せば大丈夫じゃ。

 後は物品の補充等について御神と連絡すれば良いじゃろうて」


「それで良いんですか? 御神さん」


「ええ、大丈夫ですよ。 

 ただ、ウルの事については私では対応できかねますので、ウル関係についてはイーシア先輩に聞いてくださいね」


「わかりました」


「パソコンとモバイルの使い方は地球のそれと変わらん。

 電源は光を電気に変換して動作するから充電や電池の交換は不要じゃ。

 インターネットは使えんが、地図検索や音声会話にテレビ電話、録音や撮影機能などが使用出来る。

 まあ、使い方は向こうで実際に使って覚えてくれれば良い」


「へえ、地図が検索出来るんですか。 これは助かります」



 確かにこれはありがたい。

 少なくともこれで道に迷って遭難という事態を避けることが可能になった。


 タブレットPCの電源を入れて地図アプリを立ち上げると、衛星のように地上を真上から見る以外に等高線を出す機能や人間や鳥の目線で街中や街の上空を見る機能がある。

 これは、本当に便利だ。



「異世界に行っても地球と同じように地図が見れるって便利ですね~」


「じゃろう?

 しかも地図だけではなく、ウルに転生した者たちの所在もそれを使って検索出来るのじゃ。

 それがあればお主が行き当たりバッタリで国を巡ることをする必要もなかろう?」


(まるで何とかレーダーみたいだな。

 ついでになんでも願いを叶えてくれるという7つのボールでも探してみるか?

 あ、でもそれを超える存在が今、目に前に2柱いるわ)


「でもこれじゃあ転生者達のプライバシーもへったくれもないですね」


「これもウル崩壊の調査のためじゃ。

 大体、ウルには個人情報保護法なんて無いからのう」



 転生者が聞いたらブチ切れそうなセリフである。



「では、コレを使えば転生者の住所や氏名も検索出来るんですね?」


「いや、それは出来ん」


「は? 何故です?

 神様なら転生者の住所や名前なんてすぐ検索出来るんじゃないんですか?」


「勿論可能じゃ。

 しかし、お主が転生した者たちの顔や名前を知っているとストレートで本人の元に行こうとするじゃろう?

 それでは、意味がないではないか。

 転生者がトラブルや騒動に巻き込まれてバグが出ることがあるのは事実じゃが、必ずバグが出るというわけではないぞ?

 むしろ転生した者たちの周囲や環境の中にバグが潜んでいる可能性がある場合も無いとは言えんからの。

 じゃからな?

 お主には居場所だけ分かるようにしておくので、転生した者たちの詳細な情報の特定はお主の方で調べてくれるかえ。

 その方がバグの発見率も上がると思うし、身辺を調べている過程でバグを発見したら即わしに報告するのじゃ」


「なんだか刑事や探偵みたいな感じですね」


「まさにそんな感じじゃな。 だから行ったであろう?

 あくまで『調査』じゃと」


「1つ質問があるのですが。

 もし転生者の誰かが私の存在に気付いて襲って来たりとか、危害を加えられそうになった場合はどう対処すれば良いのですか?」


「お主にはウル崩壊の危機が去るまで調査を続けてもらわんといかんからなのう……対処の仕方はお主に任せる」


「もし万が一の事が起きても責任は取れませんよ?

 って言うか、取りませんよ?」



 そう言って俺はアサルトライフルをこれ見よがしにポンポンと軽く叩く。



「構わんぞ?

 その代わり、お主も死なぬよう気を付けるようにの」


「……本当に良いんですね?」


「勿論」



 よし。

 これで言質は取った。

 もし万が一の事態に陥っても大丈夫だ。



「わかりました。

 ここで長々と話していてもアレなんで、そろそろあちらの世界に行きたいのですが?」


「そうじゃな。 

 ウルに行くにはこの家の玄関を出れば直ぐにあちらの世界に行けるぞえ。

 場所はバレット大陸の中でも有数の規模を誇る大国『シグマ大帝国』じゃ。

 季節は日本と同じ冬。

 気温は現在10℃程度で晴れ。 時間は昼過ぎじゃ」


「わかりました。 では行きます。

 イーシアさん、御神さん色々我儘聞いていただきありがとうございました。

 それとお金とパソコン、あとモバイルの手配もありがとうございました」


「なに、気にするでない。

 元はと言えば、わしらの都合にお主を巻き込んだのじゃ。

 せめて万全な状態で送り出すのが神心というものよ」


「本当にすみません、孝司さん。

 私が先輩にインフルエンザをうつしてしまったばっかりに……」


「そんなのいいですって。 

 もともと死ぬ予定だったのにこうやって生きてる上に本物の銃まで用意していただいて……逆にこちらがお礼を言いたいくらいですよ」


「そうじゃ、孝司。

 その銃の事じゃが、御神が用意した銃弾や爆弾は少なからず神の影響を受けているのでね、魔法や幽霊などの実態のないものにも有効じゃから気をつけるのじゃぞ?」


「はあ? わかりました……」


(なんじゃそりゃ?

 っということは、持っていく武器や兵器そのものがチートってことか?)



 これは絶対に武器を盗まれないように気を付けないといけないな……



「じゃあ、行ってきます」


「うむ。 気をつけるのじゃぞ」


「行ってらっしゃい、孝司さん。

 無理をされないよう、体に気をつけてくださいね」


「はい!」



 そう言って俺は玄関へと移動し、手に持っていたコンバットブーツを履く。ここに来るときに脱いだブーツと壁に立て掛けていた電動ガンを回収してストレージに収納し、玄関の扉に手を掛ける。


 振りかえると2柱の神様が見送りに来ていた。

 俺は最後に神様達に対して深々とお辞儀をして玄関を出た。

 もう地球には居場所がない以上、元の世界には戻れない。


 その代わり、新しい人生が幕を開ける。

 この玄関の先に待っている異世界『ウル』で新しい人生を謳歌しようじゃないか。


 テレビもインターネットも存在せず、知り合いさえも居ない世界だが、ガンマニアとして大好きな銃が常に傍にある状態であればそれで幸せだ



(さて、行くか……異世界へ!)



 俺は一生の記憶に残るであろう一歩を踏み出した。

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