第68日 終末暦6531年 5月7日(土)


 終末暦6531年 5月7日(土) 晴れ エビピラフ



 今日は活字拾いの仕事を見学させてもらった。ナリタくんが活字拾いの仕事場である“無言の砂漠”を案内してくれたのだ。

 無言の砂漠は、ナリタくんの部屋の備え付けのエレベーターで「b20060715」と番号を入力することで行くことができる。本当はベルマンさんに会いたかったんだけど、ナリタくんが


「どうせ、あの人はまだメンテ作業中だ。かなりの大規模障害だったからな。あと二、三日かかるだろうぜ。その間、施設見学でもしときゃ良い」


 と言うので、せっかくだからお言葉に甘えたのだった。


 エレベーターは相変わらず上がっているのか下がっているのか判然としなかったんだけど、トキノとナリタくんは


「随分と下がるんだな」

「無言の砂漠はデリケートなんだよ。日に当たるとダメだから、地下の方が都合が良いってわけよ」


 と言っていた。


「このエレベーターはメンテナンスしないの?」

「俺のエレベーターとあの人のエレベーターは他と系統が違う。だから、他がダメでも運用できるんだ……っと、着いた着いた。ここが無言の砂漠だ」


 チンッと軽い音が鳴ってドアが開くと、薄暗くて広い空間に出た。地下なので暗いのは当然と言えば当然なんだけど、一面に広がる砂自体がキラキラと光っていて辺りを照らしていた。よく見ると、天井にはパイプが張っていて砂漠の真ん中に砂を降らせていた。

 防護服を着た人たちが、背負った掃除機みたいな機械で砂を集めていた。


「あの砂は一粒一粒が言葉なんだ。だから、それを集めたり加工したりする連中を活字拾いって呼ぶ。つっても、俺もあんまし分かってねえから聞きかじりだけどよ」


 そう言いながらもナリタくんは私たちに無言の砂漠と活字拾いについて説明してくれた。



 この砂漠の砂はサイハテの住人が発した言葉が結晶化したものだということ。

 活字拾いはそれらを拾って精査し、遠心分離機という機械(注 : 砂漠から三階上にあるらしい)にかけるということ。

 機械にかけられた砂は、“粉”に加工されるということ。



 途中、私たちを発見した活字拾いの一人(注 : 後に誰なのか判明する)が、ナリタくんの説明に少し付け足してくれた。


「砂漠の言葉は粉になり、天文塔のレンガに使われたり、キリン虫駆除に使われたり、歯磨き粉に使われたり、エビピラフに使われたり……とにかく我々の生活に必要なものだ」

「キリン虫駆除までできるなんてすごいな」


 トキノが感心して、砂を前脚で軽く掘った。キラキラと散る様子があまりにも綺麗だったので、私も手ですくってみた。透明だったり燻んでいたり色も様々で、サラサラしていた。

 私たちに話しかけた防護服の人が今度はナリタくんに話しかけていた。


「ところで、母さんには会えたのか?」

「実はベルマンさんには会えていないんです」

「そうだったのか。ダメじゃないか。母さんに黙って歩き回るなんて。部屋に案内されただろ」


 防護服の人が頭を振って、咎めた。それに対して、ナリタくんが憤慨した様子で一歩前に出た。相変わらず私の手を握っていたけれど、そこに力が籠った。


「……おい、ブッチャー。別にあの人は関係ないだろ」

「言いつけはちゃんと守らないと。母さんを困らせるのは良くない」


 ナリタくんが言うまで、この防護服の人がブッチャーだと気づかなかった。私たちを助けてくれた時、ブッチャーとはあまり会話をしなかったのだ。

 平坦だがきっぱりと言い切るブッチャーに、ナリタくんはイラついている様子だった。


「あの人が言うことがすべてじゃないだろ。天文塔の管理者でもない、ただの魔法使いだ」

「母さんは俺たちのことを思ってくれている。守ってくれる。だから言いつけは守るべきだ」

「……あのっ」


 私が二人に呼びかけた時には、手が痛いくらいに握りしめられていた。いや、握りしめるというよりは、もう握りつぶすと言った方が良かったかもしれない。

 ナリタくんはハッとしたように振り向いて力を緩めると、困ったような顔で下を向いてしまった。


「勝手に天文塔を歩き回っていることは謝ります。けれど、私たち、悪気はなかったんです。私も、その、皆さんの仕事を見たかったので。活字拾いの仕事を。だからっ」


 だから、そんなに怒らないでほしい。

 そんな思いを口にした。上手く言葉にならなかったけど、ブッチャーにはどうやら伝わったようで、少し考えるように首を傾げた後、


「……分離機部屋を見たら、部屋に戻れ」


 と思いのほか優しい口調で言って、砂を採取する作業に戻っていった。


「案外優しいとこもあんじゃねーか」


 ブッチャーの背中にナリタくんは呟いた。


 

 もう一度エレベーターに乗って、今度は少し階を上がった。ブッチャーが言っていた分離機部屋へ到着すると、よく分からない機械でひしめいていた。ここでも防護服の人たちが作業をしていた。

 無言の砂漠と同じく薄暗く、しかし低い天井。黒い円柱の柱のような機械が整然と立ち並んでいる。機械の間は人ひとりがやっと通れるかという狭さで、機械が発する蒸気で視界が悪く、蒸し暑かった。

 機械にはボタンがたくさんついている。そこに一際大きな白いボタンがあって、防護服の人たちはそれをひたすら押していた。


「あーくっそ。くそすぎ」

「ゴミかよ。いらね」

「確率絞ってんだろ。これ」

「こんだけ回してSSレア出ねえとか。運営頭沸いてるだろ」

「屈伸しながら10連するとSレア出るってマジかな?」


「……連中は何してるんだ? 随分と殺伐としているな」


 トキノが尋ねると、ナリタくんは肩を竦めた。


「実は分離機に関しては、そこまで詳しくなくてな。そこらへんに奴に聞ければ良いんだが、そういう空気じゃねえっつーか……あ、おい。そこのアンタ」


 ナリタくんが声をかけたのは少し小柄な人だった。背伸びしてボタンを押してはしゃがみこみ、またボタンを押しを繰り返していた。かなり集中していたようでナリタくんの呼びかけに全然気づいていなかった。トキノが駆け寄ってその足を軽く叩くと、その人はすごい勢いで飛び上がった。


「う、うわわ。ネコさんだー」

「こ、こんにちは」

「それに可愛い女の子まで。……ということは貴女がつい最近やってきたお客さん? バリスターたちから聞いてるよ」

「は、はい。バリスターにはお世話になりました」


 その人はバンカーと名乗って、私たちに機械のことを教えてくれた。


「無言の砂漠から運ばれた砂は、この機械で粉になるの。このたくさんあるボタンが機械を動かす装置なの。あっちのボタンが一回、こっちのボタンは二回。でも大体、この白いボタンを使うかな」

「白いボタンは特別なんですか?」

「ええ。機械を数回動かすよりも、一気に何回も動かした方が効率が良いの。白いのは最大回数……つまり10連続で機械を稼働できて、ボーナスでAレア以上の粉が確定で手に入るの」


 粉にはいくつか等級があるらしい。一番下がノーマル。その次にAレア、Sレアなどが続く。そして一番上がSSレア。

 バンカーが白いボタンを押すと機械の下部分がパッカリと開き、掌に乗るくらいの正方形の小さな透明の袋が複数出てきた。中には白い粉が入っていた。


「でも、私は一度もSSレアを見たことがないわ。他の子が出したっていうのも聞かないし。それどころか、さっきからノーマルとAレアしか出なくてね」


 そう言ってバンカーは隣に積まれたものを指さした。機械から出てきた小袋だった。袋によって少し粉の色味が違っていた。


「珍しい粉が出なくてみんな怒っているんですか?」

「そうね」


 バンカーは頷いた。


「やっぱり等級が高い粉の方が良いもの」

「なあ、質問しても良いか?」


 トキノが前足で小袋をいじりながら尋ねた。


「等級ごとの違いは何だ? 俺にはみんな同じに見えるんだが」

「えええ。全然違うよ、ネコさん。ほら、こっちがAレアでこっちがノーマル」


 申し訳ない話だけど、バンカーが見せた二つの袋の違いはあまり分からなかった。さっきも書いたが、色味が僅かに違うかもしれないという程度だ。トキノも同じ感想を持ったらしく、私の顔を伺うように見つつ、首を横に振った。


「残念だけど、Aレア以下は塔の建材に回そうかなあ」


 バンカーはそう言うと、脇にある赤いレバーを引いた。白いボタンの時とは別の部分が大きく手前に開いて、そこに積まれていた粉の小袋をすべて入れた。


「等級の高い粉はどうするんだ?」


 トキノは続けて質問をした。


「食べるんだよ。だって私たちには言葉が必要だもの。それに甘くて美味しいよ」


 ノーマルとかAレアも食べられなくないけど試してみる?

 そう尋ねながら、バンカーは新しく10連を回して出た小袋を差し出した。

 少し気になったけれど遠慮した。エビピラフ以外を食べてみたい気持ちもあったけれど、バンカーと話している間中ずっと黙っていたナリタくんのことが気になったのだ。


 バンカーに説明のお礼をして私たちはおいとました。繰り返し10連ボタンを押す防護服の人達、そのイライラとした悪態を背後に聞きながら私たちはエレベーターへと戻ったのだった。




「えっとナリタくん。大丈夫?」


 部屋に帰ってから私はナリタくんに尋ねた。分離機部屋でもそうだったけど、部屋に帰ってからもナリタくんは難しい顔をして黙っていた。私が声をかけると、迷うように私の手をきゅっと握った。


「さっきは悪かった」

「え?」

「無言の砂漠でさ。手、痛くないか?」

「大丈夫。痛くないよ」


 本当は痛かった時の感覚が少し残っていた。


「ごめん」


 ナリタくんの様子が何だかおかしくて、謝られているのに笑ってしまった。


「んだよー! せっかく謝ってんのに、笑いやがってー!」

「ご、ごめん。けど、ナリタくんらしい顔じゃなかったから」

「俺らしい顔ねえ……」


 テーブルの上にある白い花をいじりながらそう呟くナリタくんは何故かどこか嬉しそうで少しホッとした。


 そんなわけで、今日は活字拾いの仕事を見て一日が終わった。

 夕飯は……もう詳細は省きます。

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