3、終末暦6531年 5月

《(5)裁判所、そして天文塔》

第62日 終末暦6531年 5月1日(日)

 終末暦6531年 5月1日(日) ボタンがいっぱいのち暗闇 エビピラフ



 朝、目を覚ました時、鼻がツンとなるような匂いを嗅いだ気がした。数回瞬きしている間にそれは感じなくなったので、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

 実を言うと最近、毎朝同じような匂いを嗅いでいる。毎朝気のせいって訳でもないと思う。何の匂いか考えるけど、よく分からない。悲しいような、寂しいような、懐かしいような。そんな匂いだ。


 数回の瞬きの間に、自分がエレベーターで運ばれていることを思い出した。相変わらずエレベーターは動いているのか止まっているのか、よく分からなくて曖昧だ。

“実は微かに聞こえる音はダミーで、本当は動いてなんていない。ここはエレベーターではない。ただの部屋なのだ。そう、ボタンがたくさんあるだけの、ただの部屋だ”なんて言われたら、そう信じてしまうかもしれない。そんなことをこの時思っていた。


 エレベーターの四方には(注 : 扉の前も含む)、ベッドが置かれていてベルマン、ビーバー、そしてトキノが眠っていた。


 昨日、教わったコマンドで洗面台を出して顔を洗い、更に別のコマンドでエピピラフ(小盛り、パセリ付き)を出して、食べた。

 そうして一通りのことをしてしまうと、暇になってしまったので、他のコマンドをいくつか試した。


 そのうちの一つが“目覚まし時計っぽい音を最大音量で鳴らすコマンド”だった。


 ……うん。つまり、私は暇を持て余していて、ちょっとした出来心といたずら心でそのコマンドを実行した。


 ジリリリリリリリリリリ!!!!!


 つんざくような鋭い音が頭の奥深くに突き刺さって、両耳を塞いだ。ほぼ同時に、隣のベッドから毛を逆立てたトキノが落っこちて(たぶん)何か悪態をついていた。

 そして私に向けて(たぶん)文句らしきことを言うと、その場からピョンと身軽に飛び上がって、私の頭に着地。頭の上でもぞもぞとしてるなあと思っていると、しばらくして頭をタシタシと叩かれた。


「止めたぞ」


 恐る恐る手を耳から外したら、聞こえたトキノの第一声がそれだった。かなり不機嫌だった。確かに目覚まし時計っぽい音は止んでいた。


「なんだって、こんな馬鹿げたもんを鳴らそうなんて考えたんだ?」

「……えっと、ごめんなさい」


 まず、謝った。だって、私が悪い。


「謝ってほしいんじゃなくてだな。理由を聞いてるんだよ」

「……あの、」


 トキノはベッドの縁にヒラリと飛び乗ると私を見下ろした。


「……みんな起きなくて、暇で」

「……」

「あとは、コマンド、せっかくだから使いたくて……」

「ふーん。で?」

「あと、寂しくて……」


 そう言うと、トキノは渋い顔を更に渋くした。梅干しでも食べたみたいに。そうして、しばらく渋い顔を続けていたが、やがて、


「お前の気持ちも分からなくはないがね、普通に起こせば良いんだよ。そうすりゃ、こんな狭いエレベーターん中だが、話し相手ぐらいはしてやれる。それに、コマンドも一緒に使ってやる。ただし、やたらめったら使うのはなしだ。ただでさえ、こいつらの手を煩わせているってのに、更に上乗せするわけにもいかないだろ?」

「うん。ごめんなさい」


 もう一度謝った。とても反省した……。


「……にしても、あの爆音に無反応とはなあ」


 トキノが言ったのはバリスターとビーバーのことだ。二人はピクリとも動かなかった。


「聞こえなかったのかなあ? 防護服を着たままだし」

「いくらなんでもあの音を防げるとは思わないが……」


 トキノは二人の防護服をタシタシと叩いたが、二人は起きなかった。そして結局、それ以上起こそうとするのはやめにした。エレベーターの中は時間が分からなかったからだ。

 もしかしたらまだ朝早い時間なのかもしれない、そもそも夜も明けていないのかも。そう思うと、それ以上の行動は無意味に思えたのである。


 しばらくトキノは私に付き合ってくれた。申し訳なさは残っていたけれど、コマンドを試したりお話したり。お話は主に“エビピラフはうんざり”ってことだった。

 そうしてどれだけ話しただろう。トキノが耳をピクッと動かした。


「ん?」

「どうしたの?」

「音が聞こえる」

「天井だ」


 天井を見上げるが見た目は普通だった。強いて言うなら、ちょっと前にコマンドで出したシャンデリアが下がっているくらいで。

 最初はよく分からなかった(注 : この時、音楽を変えるコマンドでロックが流れていたのも原因だ)が、段々とトキノの言う音が聞こえて来た。

 それは明らかに天井を破壊しようとしている音だった。とにかく金属音がして、しばらくするとシャンデリアを中心として、円形にドリルとノコギリがぐるりと天井をくり抜いた。

 大穴が開いて、外が見えた。暗かった。

 そこにパッとライトが瞬いて、


「救難信号を発するコマンドが第404エレベーターから出ていると聞きましたので助けに来ました。全員無事ですか? 無事でない方は挙手願います」


 防護服が二人覗き込んだ。

 流石の騒ぎにバリスターとビーバーも起きたようで、ビーバーは二人を見上げた。


「無事だよう。おかしいなあ。救難信号なんて出てたあ?」

「ええ、確かに発信されていたわ。、間違えようがないじゃないの」

「んー何かあったんすか、ベイカー」


 バリスターも伸びをしながら、見上げる。


「5時間前から全エレベーターで緊急メンテナンスに入ったの。もう、あちこちで信号出まくり。急遽、救護部隊を編成しているわ」

「何でそんな大ごとに?」


 すると、今度はベイカーとは別のもう一人の方が声をあげた。


「以前から全エレベーターでサスペンション、ガバナーに不具合を確認。軽微であると判断し、次回の定期メンテまでこれを放置することを決定。しかしこの不具合の影響で、三時間前に第34号エレベーターの昇降機能に異常。最上階にて当該籠及び積荷が大破。早急にメンテナンスが必要とベルマンが判断」

「活字拾いも、てんやわんやだわ。罵詈雑言が降りしきっているらしいのよ。緊急メンテナンスで終了予定時刻も未定だから」

「先程まで予定時刻を明示していたが30分ずつ延長をし続けていたため、終了予定時刻を未定と記載。その結果」


 その結果の罵詈雑言らしい。よく分からない部分もあるが、状況は切羽詰まっているらしかった。

 ベイカーは私の方に顔を向けた。やっぱり表情は分からない。


「お客様方、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

「い、いえ、お気になさらず!」

「メンテってことはしばらくここから動けないんだろ?」


 トキノの問いに、ベイカーがハキハキとした様子で答えた。


「先程も申しましたが、我らはあなた方を助けに参りました。いつまでもここに缶詰めというわけにはいきませんから。そこの二人も現場に回ってもらわないといけないんです」

「なるほどな」

「現在、救護活動に塔壁作業用リフトを臨時使用。これで上階に行くことは可能」

「そういうことです。私たちはあなた方四人をリフトに乗せて、上へと行きます」


 それからは思ったよりもスムーズだった。私たちはエレベーターの天井の穴から外へと出た。四方を壁に囲まれた狭い幅で、窮屈そうにしている籠の上に私たちは立つと、ぐらぐらと揺れてちょっと怖かった。明かりはベイカーともう一人が持っているものだけだった。上へと視線を向けても、どこまでも暗かった。

 それよりも一回り小さいリフトも同じように安定感がない。天井がない分、エレベーターよりも危なっかしい。事実、今もリフトで日記を書いているが、かなり字が汚くなってしまっている!


「で、ここからベルマンのところまで、どんだけかかるんだ?」


 私が気にしていたことをトキノが聞いてくれた。すると、ベイカーが説明してくれた。


「四日程ですかね。エレベーターよりは速度が落ちますから」


 私とトキノは顔を見合わせるしかなかった。

 だって何を言っても、リフトの早さも夕飯がエビピラフである事実も変わることはないのだから。


 ※注 : エビピラフはエレベーターのコマンドでたくさん出した。四日間ご飯がない状態を避けるにはそれしかなかったのだ!

 救護部隊には食料も持って来てほしかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る