第61日 終末暦6531年 4月30日(土)
終末暦6531年 4月30日(土) 曇りのちボタンがいっぱい エビピラフ
私たちは交代でエビピラフを食べ続けた。
ずっと雲の中を飛んでいた。幸い、雨は降らなかった。
「交代だよお」
ビーバーの緩い声に起こされた時には、もうすっかり日が出ていた。昼間近の時間ではあったはずだけど、お腹は空いていなかった。
「安心して、黒ずきんちゃん」
私の黒マントを見てビーバーはそう述べた(注 : これ以降、天文塔のテリトリではみんなからそう呼ばれるようになる)。
「もうすぐ到着するから。あと三口くらいかな」
もう一口も食べたくなかったけど、どうにかこうにかエビピラフを口に入れた(注 : 誤解のないように書き添えておくけど、エビピラフ自体はバターの風味が良くて美味しかった。ただ、一度にたくさん食べるものじゃないなって思った)。
ゴウッと風が吹いて雲が晴れ、そこから赤茶色の建物が見えた。
それはかなり大きな塔のようだったけど、上の方が崩れてしまっていた。周りにその瓦礫らしき赤茶が散らばって、灰色の大地に色を添えていた。
「ようこそっす。ここが《天文塔》のテリトリっす」
残りの二口をどうにか食べている間にバリスターがやって来て、私とトキノにチケットを渡した。テリトリ来訪の許可証も兼ねているそれは、ベルマンさん(注 : ウミノさん)が発行したものだった。
「とりあえず、ベルマンに会ってもらうからねえ。きっと心配してるだろうから」
「分かりました。私からも助けてもらったお礼を言わせていただければと思います」
「うーん、ベルマンはそういうの別にいらないと思うよお。あの人は助けたいから助けただけだからねえ」
そんな会話をしている間にエビピラフが垂直に高度を下げて、私たちは大地に降り立った。地面ではバリスターたちと同じような防護服を着た人が何人かいて、私とトキノのチケットをチェックしてくれた。
地面から見た塔はやはりとても大きかった。いくら首を反らしても、上の方を視界に入れることは出来なかった。
私とトキノはバリスターたちの案内で塔内へと入った。
大きな鉄の扉がギシギシと軋みながら開くのは、なかなか迫力があった。
塔の中ではたくさんの防護服姿の人たちが忙しく動いていた。外から見た通り、中の壁も赤レンガで出来ていて、薄暗くはあるけれど温かみのあるオレンジ色の街灯が立っていた。塔の一番下のホールから上を見上げれば、吹き抜けのようになっていたが、工事現場のような足場が組まれている。周りにはぐるりと色んな部屋があって、足場と螺旋状の階段がそれらを繋いでいた。
「今、忙しい時期なんす」
先導するバリスターが言った。みんな防護服姿だから、誰が誰なのか分かりづらい。よく見ると、防護服の柄が違ったり、持っているものが違ったり、靴が違ったりするので全く分からないわけじゃないんだけど。あとは声を聞いて判断するしかなかった。
私たちは長い長い螺旋階段を上がって行った。レンガとレンガの継ぎ目につまづいて、うまく歩けなかった。おまけに途中ですれ違いざまに、小さな防護服の人にぶつかってしまった。その人は謝る間も無く、階段を駆け下りて行ってしまった。謝る機会があれば良いんだけど。
ある程度上ったところで、壁際にあったエレベーターに乗った。中は壁一面色んなボタンだらけで何だか少し怖かった。入ってすぐ、扉のすぐ脇には画面があって“M60”と書かれていた。扉が閉じて、ビーバーさんは何の迷いもなくオレンジ色に点滅しているボタンを押した。
エレベーターは小さく音楽が流れていた。どこか懐かしい音楽だった。
「ちょうど天文塔の修繕をしている時期なんす。直しても直しても、すぐどこかしら崩れてきちゃって。さっき外から見てもらった通り、崩れ続けてあのザマっすよ」
「もとはどれくらい大きかったんですか?」
「天に届かんばかりの巨塔だったらしいっすね。実を言うと、僕も大きかった頃の天文塔は知らないんで、センパイたちから聞いただけっすけど。そのセンパイたちも、さらに上のセンパイから又聞きしたって話だったっす」
「じゃあ、実際デカかったかどうかは分からないわけだ」
トキノがそう言うと、バリスターは大げさに体を逸らした。青い鳥裁判所でもやっていた。驚いた時の仕草だ。
「……トキノさん、あんまりそういうこと大声で言わない方が身のためっすよ」
バリスターが屈んでトキノに囁いた。幸いと言うべきか、さっきバリスターが言った通りみんな忙しそうにしていて、この時のトキノの発言(注:ダジャレではない!!)を聞きとがめた者は誰もいなかった。
「僕は違うっすけど、塔が大きかったって信じて疑わない人もここには結構いるんす。中でも“塔過激派”なんて言われている連中は塔のことを馬鹿にされると、手が付けられない状態になるっすよ。他にも色んな派閥があって、母さんはその対応に追われているっすから」
「ん? 母さん?」
「そうっす」
「バリスター、ダメだよう」
私たちの後ろから付いてきていたビーバーがのんびりとした調子で言った。
「お母さんのことは、ちゃんと名前で言わなくちゃ。トキノくんたちに母さんなんて言っても伝わらないよう」
「あ、そっか。うっかりしてたっす」
バリスターが自分の頭を叩いた。やたら乾いた音がした。
「まあ、でもすぐに分かるっすよ。母さんの部屋は、あと二日で着くっすから」
「二日もかかるんですか?!」
私は思わず聞き返してしまった。
「うん、二日間くらいかかるよお。大事にゆっくり、私たちは運ばれるんだあ」
エレベーターは動いているのかいないのか、よく分からなかった。普通の部屋に四人でいるみたいだったのだ。
でも、よーく耳をすますと音楽に混じって何か機械が動いているらしい音が聞こえるのだ。
「いや、大事にしすぎだろ」
「そんなことないっすよ、トキノ。大事に運ばないと、割れるっすから。卵みたいに」
「へえ」
「本当っすよ。簡単に割れるんすから」
「……そんなことよりも本当にここに二日いるとして、生活はどうすんだ。飯とか」
このとき同じことを思っていた。お腹空いちゃうなあって。どうやって寝るんだろうとか、お手洗いはどうしようとか。
けれど、これら全ての問題をバリスターが解決してくれた。
「大丈夫っすよ。コマンド入力で色んなことできるっすから」
「コマンド入力??」
トキノの声が裏返った。
「そうっす。ご飯は、こっちの小さなボタンとあっちの左にあるピンクの奴を同時押ししながら、扉の閉ボタンを5秒間連打っす」
「お手洗いはねえ、個室が出るコマンドがあるんだよお。ここの十字キーで素早く上上下下……」
こんな具合で、私たちは色んなコマンドを教わった。
エレベーター内の温度を上げたり下げたりするコマンド。
音楽をピコピコな音にするコマンド。
ドレッサーとマッサージチェアを出すコマンド(注 : バグ(?)のせいでこの二つはどうしても同時に出てきてしまうらしい)。
マドレーヌの型を出すコマンド。
そして、ベッドを出すコマンドで出てきたベッドで今まさに日記を書いているという状態だ。
「これだけのことができるなら、ここに閉じ籠って暮らせるな」
さっきトキノが言っていたことを思い出す。
「まあ、一生エビピラフで良いならの話だが」
そう考えると、ここで暮らすのはちょっと無理だなあ……。
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