第60日② 終末暦6531年 4月29日(金)


「ってわけで、僕が弁護人やらせていただきますんで」

「あの、弁護人って?」

「えっと、“その人物に利するように事情説明及び主張する者”のことっすよ」

「そういう意味で訊いたんじゃなくて、」

「あ、君は知ってるっすかね? 意義ありとイギリスって一緒? キリギリスとかサーターアンダーギーとかと似たような字だと思うんすけど」


 防護服のせいで彼が何を思ってそう言っているのかは分からない。けれど、どうやら、私の味方をしてくれるらしい。そう思ってトキノの方を伺ってみると、かなり渋い顔になっていた。気持ちは分かった。私たち二人じゃ確かにどうしようもない状況ではあったのだけど、彼(注:この時は男か女かも不明だったけど)を信用して良いのかどうか。


「どうして見ず知らずの俺たちを弁護してくれるんだ?」


 トキノが尋ねるとバリスターさんはトキノに目線を合わせるようにかがみ込んだ。


「ブーツを探してるからっすよ。当たり前じゃないっすか。あ、君は知ってるっすか、ブーツ?」


 足元を見れば、確かに彼はブーツを履いていた。が、実は少し変わっていた。左足は雨の日用のような青い長靴で、右足はヒールの付いている女もののピンクのロングブーツだったのだ。あのロングブーツ、とても可愛かったなあ。


「俺は知らない」

「私も。ごめんなさい」

「あーあ、そっか。ま、そのうち見つかるっすよね。大丈夫っすよ」


 それよりも、と彼は言い、正面に向き直った。厳密に言えば、ひまわりに囲まれているせいで正面がどこなのかよく分からなかったけど。とにかく、バリスターさんは私たちと視線を同じくしたのだった。


「とまあ、そういうことっすから、僕が弁護人で文句はないっすよね、青い鳥裁判所的には」

「我らに敬意を表しない、貴様のような存在が裁判に参加する権限などあるものか!!」

「え、これ裁判だったんすか?」


 こりゃ驚きだ。そんな言葉を漏らしながら、バリスターさんは大げさに体を逸らしてみせた。背中に背負った機械が軋む。


「だって、弁護人もいなけりゃ検察もいない。気の利いた茶菓子も、記録用の石板も、胡椒のタルトもなし。おまけに裁判官、陪審員は頭がお花畑。僕はてっきり皆さんが、裁判前のウォーミングアップでお花屋さんごっこをしているのかと思いました。だから、お花も持って来たんすよ」


 バリスターさんは防護服のチャックを少し開けて、中から花束を差し出した。白い花がとても綺麗だったけれど、少ししおれてしまっていた。


「スノードロップって花です。裁判所に持って行けって、うちのボスが言ったんで。どうぞご査収くださいっす」


 花束はひまわり畑に投げ出された。しばらく、誰もしゃべらないで黙っていた。風が吹いてひまわりが揺れる音ばかりが空気を揺らしていた。


「よかろう」


 何の気持ちも籠っていない声がただ重く響いたのは、しばらく経ってから。


「これより裁判を始める」


 そして、その後、あれこれあって(注;すべて説明すると長くなるので簡単に。裁判の準備でお茶菓子やタルトを用意したのだ)、本格的に裁判が開始された。

 途中までは、さっきと同じ証人が呼ばれてバリスターさんが彼らに対していくつか質問をした。「一番好きな心臓は何すか?」とか「『魔法機動少年ハマチカズラ2 翼駆るトビウオたち』DVDBOXのシリアルナンバー付き初回限定版は買ったすか?」といった質問だった。その後も、御伽草子のテリトリで出会ったサカマキアルマジロクラブのメンバーとか、高利貸しのテリトリのカラエダさんとか、色んな人が来て、色んなことを言っていった。

 みんな言っていることを一緒だった。要するに、私という存在は必要がないということだ。


「ありがとうございました、カラエダさん」


 “縄跳びの柄は、白いのと透明なのとどちらがお好みっすかね?”というバリスターさんの質問に、カラエダさんが“透明だな。中にBB弾を入れておくと跳ぶときに綺麗なんだぜ。からからって鳴るしな”と答えた後、カラエダさんはやっぱり地面の穴に落ちて行った。


「弁護人は審議に関係のない質問は控えるように」

「えー関係あるっすよ。証人の皆さんがどういう方々なのか、我々は知っておかないと」

「それは審議に関係はない」

「関係あるっすよ」

「それは審議に関係はない」


 バリスターさんは肩を竦めて、やれやれと首を振った。だけど、私から見ても、バリスターさんの質問はこの裁判には関係がないように見えた。だから心配になって、トキノと顔を見合わせていた。トキノはしばらく思案顔でいたけれど、私のことに気づくとムッと難しい顔をして一度小さく頷いた。それが何を意味しているのか分からなかったけど、たぶんこの時のトキノは、この後起こることをもう予想できていたのかもしれない。

 バリスターさんがひまわり畑に呼びかけた。


「……ところで、これで証人はすべてかと思うんすけど?」

「左様。すべての証人が一様に彼女の存在の不要性を語っていた」


 そう。私は数多くの者たちの、数多くの言葉で、その存在を否定された。

 正直、疲れていた。

 もう嫌だった。

 ここまで否定されたから嫌なんじゃない。否定されているのに存在し続けている自分に、嫌になっていた。


「では、今度は彼女の存在の必要性を証明いたしましょう」


 バリスターさんが私に向き直った。彼が私に視線を合わせて、中腰になる。そんな動きすらも嫌になっていた。


「さて、今度は君が語る番っすよ」


 その優しげな声すらも。


「どうして……」

「どうしてもっすよ」

「私、もう自分がそこまで必要だって思えない」


 ここでトキノが口を挟んだ。


「お前、まさかここで奴らの言い分を認めちまうわけじゃあないよな?」

「……」

「おい、何とか言えよ」


 私は俯いた。トキノの声がひたすら悲し気に聞こえた。


「なあ、」

「だって、みんなにあんな言葉を言われたら、自分なんかいらないって思っちゃうよ」


 思わずそう言ってしまっていた。そうして、私は自分が笑っていることに気づいた。どうしようもない時って、泣いたり怒ったりするんじゃなくて変な笑いになっちゃうんだなって気づいた。


「私は、私の必要性を証明することなんかできないよ……」

「たかが言葉で否定されただけで、諦めるんすか?」


 バリスターさんの少し低い声が降って来た。


「この世界に不要な言葉はない。そして、君は君の言葉を持っている。だから、君は必要なんす。必要な存在のはずなんすよ」

「どうしてそんなこと言えるの」

「そりゃ、こいつが活字拾いだからだ」


 トキノが言った。


「活字拾い……?」

「そうだ。どこが言動が妙だとは思ったが……あの魔女の差し金だったか。天文塔には借りを作りっぱなしだな」

「おや、トキノさんには何もかもお見通しっすね。借りとか気にしなくて良いっすよ。うちのボスはそういうの、あんまし気にしないっすから」


 バリスターは背中の機械を地面に下ろした。そして、ボタンを押したりダイヤルを回したりして操作すると、機械の上部から灰色のホースが出てきた。ホースの先端には水鉄砲のような引き金のある持ち手がついていた。

 それを私は握らされる。初めて握ったもののはずなのに、不思議と手になじんだ。


「貴様ら、神聖な裁判所で一体何を、」

「君は自分の言葉を乗せて引き金を引くだけで良いっす」


 ひまわりが騒がしく揺れていたが、バリスターは無視をした。


「でも、私は」

「お前はどうしたいんだ。存在していたいのか、したくないのか」


 ハッと顔を上げて、トキノの顔を見た。


「誰かに尋ねるんじゃなく、お前はどうしたいんだ?」

「私は……」

「やめろ、娘。それを使うことは青い鳥裁判所として許さない」


 ひまわりがざわざわとうるさかった。言葉がひしめいて、氾濫して、訳の分からない響きが共鳴して。まるで炎のようだと思った。燃え盛って、空気を焦がしていく。世界を言葉が焦がしていくイメージが私の中に広まって。

 私は渡された持ち手を構えた。引き金に指を添えて、正面を睨む。


「さあ、君の言葉で引き金を引け」


 息を吸って、


「私は、存在していたい」


 言葉が自然と出てきた。


「私は、ここにいる」


 そして、叫んだ。


「私は私の存在が必要だから!!!」


 カチッ。勢いの割にはかなり小さな音がした。これが引き金の音だった。

 途端に、空気がぐっと熱くなる。

 ホースの先から出てきたのは灼熱の炎だった。ドラゴンの吐く炎にも似た勢いで、正面のひまわりから焼けていく。炎上していく。


「小娘が!」

「愚か者が!!!」


「こちらバリスター。ベルマン、至急応答せよ」

“こちらベルマン。聞こえている”

「作戦『マイムマイム』は成功。ショートケーキは自分の言葉を述べ、裁判所は炎上中」

“了解。ショートケーキにはそのまま燃やし続けるよう伝えろ。ブラウニーに代わってくれ”


バリスターが黒電話の受話器をトキノの足元に置いた。


“やあ、ブラウニー。元気かな? 私だよ”

「……まさかとは思ったが、本当にお前だったとはな」

“貴方を助けられて嬉しい。それに貴方が大事にしているその少女のこともね”

「色々思うところがあるが……時間は限られているんだろ」

“そうだ。我々には時間はない。貴方たちにはそこから一刻も早く脱出してもらいたい。言葉による炎はよく燃えるから”


 私は指示通り引き金を引き続けていたけれど、大事なことにふと気づいた。だから黒電話に向けて叫ぶ。


「あ、あの、私『終わらない話』を見つけてこないと。たぶん、青い鳥裁判所の方がお持ちなので」

“その声はショートケーキか。それならビリヤードマーカーが回収済みだ。安心すると良い。そろそろブッチャーとビーバーがそっちに到着する頃だ。合流次第、そこから離れるように。では手筈通りに頼むよ、バリスター”

「了解、オーバー」


 それから一分もかからないうちにそれはやって来た。


「え?」


 やってきたのは大きな皿だった。空を飛んでいた。

 皿の淵から縄梯子が垂れて来て、私たちはそれを伝って上まで上がった。トキノを先頭に、私、機械を背負ったバリスターさんという順番だ。


「やっほお、ブラウニーとショートケーキ」

「ようこそ、空飛ぶエビピラフへ」


 登り切ったトキノと私を引っ張り上げたのは、バリスターさんと同じような防護服の人たちだった。どうやらこの二人がブッチャーとビーバーらしかった。

 そして彼らの言う通り、皿の上にはエビピラフが山盛りに盛られていた。


 皿の上から下を見下ろすと、ひまわり畑の大分広い範囲に炎が広がっていた。洗車の合間を縫うように炎が這って行く。私は大変なことをしてしまったのではなかろうか。


「私ねえ、ビーバーって言うの。とりあえずねえ、エビピラフ食べよ」


 ビーバーさんが私の手を引いて、エビピラフの山の麓に連れてきた。ブッチャーさんとバリスターさんは何やら二人で話をしていた。


「このお皿はね、エビピラフを食べた分だけお空を飛べるの。だからねえ、頑張ろ」


 そういえば昨日もエビピラフを食べたなあ、と思いつつも、私は頷いた。

 その前に日記を書くお許しをもらって今に至るんだけど……。


 さて、とにかく思い切り食べるぞ!!!



※4月30日(土)追記:エビピラフはもう食べたくない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る