第60日① 終末暦6531年 4月29日(金)

 終末暦6531年 4月29日(金) 晴れ エビピラフ



 とても信じられないことに、私は昨晩落ちながら眠ってしまったらしい。後からバリスターさんが「眠りに落ちたってだけっすよ、たぶん」と肩をすくめていたけど。


 目が覚めたら、空だった。

 空から落ちるのは二回目だったので、起きたときにすぐにそうと分かった。もう落ちるのはお手の物だ。

 ただ、少し違うのは、やっぱり落ちるというより浮かぶように緩やかな感じだったことだ。


 見下ろせば、そこには一面のひまわり畑。昨日私を見下ろしていたひまわりたちは、逆に私を見上げていた。そして、ひまわりたちに埋もれるようにあちこちに黒っぽい塊が落ちているのが見えた。


「あれは何だろう?」

「あれは戦車だな」


 トキノはすぐに答えた。


「戦車って?」

「乗り物だ。戦う車。俺もあまり詳しくないが、しばらく前にサイハテで戦争があって、そのときに戦車を使ったってな。あれは、戦車は戦車でも影になってるみたいだ」

「戦う車が影に……え、それって危ないんじゃ?」

「他の影とは違って、あの戦車たちが害になることはねえよ。乗り物ってのは操縦する奴がいなきゃ動きやしないんだから」


 そうこうしているうちに、私たちはゆっくりと着地した。昨日ひまわり畑から落ちて、今日ひまわり畑に落ちるというのは不思議だった。

 見た目は昨日のひまわり畑と同じだけど、もしかしたら別のひまわり畑なのかな。今日のひまわり畑から落ちたら、明日のひまわり畑に到着するのかな。


 そんなことを考えていると、声がした。昨日の青い鳥裁判所の人の声だ。


「昨日の審議の結果、先に口頭弁論などを行い、判決を下すことになった」

「それが当たり前だっつーの」


 トキノはすごく小さい声で言った。


「では、訴状を読み上げよ」

「はい」


 女の人の声が返事をした。訴状ということは私を訴えた誰かがいるはずなんだけど、誰なのかは訴状じゃ分からなかった。だって、訴状は滅茶苦茶だった。訴状というよりは詩みたいだった。高らかに読み上げられた。


「星にかかずらった夜は

 人形師に月を歌う


 灰色の羽が生えた昨日は

 明後日の方へ飛んで 帰ることはない


 最果てに見た砂上 幾万の破片

 人形師は歌う


“嗚呼、夜は明けた”と」


 何処からともなく拍手が聞こえてきた。

 確かに詩としては面白かったけど、結局、内容はよく分からなかった。


「つまり、」


 最初の偉そうな声が言った。


「このサイハテに存在すること自体が罪ということだな」

「何故、そうなる!!」


 トキノは私が言いたいことを代弁した。

 けど、偉そうな声は無視をした。


「さて、証人をここへ」

「はい。証人、こちらへ」


 女の人の声がまたして、ひまわり畑の一角から「裁判とはヤバみがヤバくない?」という叫び声が聞こえた。ひまわりを掻き分けて私たちの方にやって来たのはアマネさんだった。


「アマネさん!」


 私が呼びかけると、アマネさんは私をきつく睨んだ。アマネさんは目が小さいから、よく見ないと睨んでるって分かりづらい。


「証人、名は?」

「アマネだよ」

「お前はこの少女に関して、証言しに来た。そうだな」

「そだよ。だって、その子さあ、」


 アマネさんは私を指差して、


「アマネの心臓、持ってったんだよ。悪い子だよ。とりま消えた方が良い系だって、アマネ思う」


 あまりのことに声が出ない内にも話が続いた。


「何の心臓を盗まれた? 詳しく話せ」

「先月だったかな。アマネの心臓パクられて。大好きで愛してるアマネの心臓、寝てる間になくなってたの……」


 アマネさんはさめざめと泣いていた。


「ちょうど風見堂のテリトリで怪盗騒ぎがあった時期だったし、怪盗に取られたのかって思ってたらその子が来たの。ほら、犯人は現場にやって来てオレンジペコ飲むって言うじゃん。だから、その子が取ったんだよ」

「そんなことはしてない!」

「指名されるまで発言は控えよ。決まりを破れば、お前の判決にも影響するぞ」


 私は黙った。確かに私はアマネさんを訪ねたし、心臓の話もしたけれど、盗んでなんかいない。


「いらないよ、その子」


 アマネさんの目はあまりに冷たくて、どうしようもなく泣きたくなった。トキノが私の足に寄り添ってくれていたのでどうにか泣かなかった。


「証言、感謝する。では、次の証人を」

「はい」


 それを合図にしてアマネさんの足元にぽっかりと穴が空いた。

 昨日の私たちと同じようにアマネさんもそこに落ちていった。


「こんにちは。本日はこのような場にお招きいただきありがとうございます。こちらつまらないものですが」


 次に丁寧な口調でやって来たのは、ロバパカのカシワギさんだった。カシワギさんは私たちと周りのひまわりに会釈をして、「100分の1スケールフィギュア 魔法機動少年ハマチカズラ 第56回出撃ver」と書かれた箱を配り始めた。箱は空高く、一番上まで見えないくらい積み重なっていた。たぶん、私たちとひまわり全部に配るつもりだっただろうけど、途中で偉そうな声に固辞されていた。

 証言を求められたカシワギさんはしばらく考えた後で、


「彼女は、何もしていませんよ」


 と言って、


「だから、存在価値なんてありません」


 と言った。


「このサイハテで最も消えて良い方だと思います。今すぐにでも」


 トキノが毛を逆立てて怒っているのが分かった。でも何も言わない。偉そうな声が言ったことを気にしていたのだ。


「では、次の証人を、」


 カシワギさんの証言が終わり、彼が落ちた。

 そして、次の証人が呼ばれようとした時だった。


「異議あり!!!!!!」


 空からそんな声が降って来た。そして、少し遅れて、声の主が着地して来た。私のすぐそば、ひまわりをいくつかへし折って地面を少し凹ませた。

 それは頭から足まですっぽりと防護服を着ていた。ので、顔は見えなかった。背中に何か機械を積んでいた。


「えー、こちらバリスター。ベルマン、ショートケーキとブラウニーを発見した。指示を請う。どうぞ」

“ベルマンよりバリスター、了解した。即刻、作戦『マイムマイム』に移行せよ。健闘を祈る”

「了解。オーバー」


 バリスターを名乗り、その人は腰についていた黒電話で誰かとそう話をした。

 そして、それが終わると、


「あれ? イギありのギってどんな字だっけ? イギリスのギと一緒?」


 と首を傾げた。


「貴様、何者だ?」


 偉そうな声が怒っていた。


「ここは神聖なる青い鳥裁判所で、」

「あーそういうのいらないです」


 バリスターさん(注 : 仮にここではそう呼んでおくことにする)は、バッサリとそう言いながら背中の荷物を降ろした。やっぱりとても重いみたいで、また地面が少し凹む。


「さっきから傍聴してたもんなんですが、あまりに微妙な裁判なんで少し盛り上げに来たんすよ。楽しくなきゃ裁判じゃないっすからね〜」


 軽い調子で言いながら、バリスターさんは私の目の前に駆け寄った。防護服はかなり汚れていて土臭かった。


「あの、」


 私は彼に声をかけたけど、次の瞬間遮られ、そして絶句した。


「ってわけで、僕が弁護人やらせていただきますんで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る