《(5)裁判所、そして天文塔》

第59日 終末暦6531年 4月28日(木)

 終末暦6531年 4月28日(月) 晴れ エビピラフ


 とにかく色んなことがあって、頭が追いつかない。ひとまず書きながら整理しようと思う。


 まず、私はオトギリさんの『終わらない話』を読んでいた。それは間違いない。結末まで読んで、その余韻の中で顔を上げると、。……自分でも何を書いているのか分からないけれど、こうとしか書きようがない。


 私はトキノと一緒に文字の海に潜って『終わらない話』を読んでいた。はずなのに何で。そんなことを思って周りを何度もぐるぐる見回した。私の周りを取り囲むように……まるでかごめかごめみたいな感じで、ひまわりが植わっていた。茎の間から遠くを見てみようとするんだけれど、やっぱり茎だらけ。たぶん、あのひまわり畑はどこまでも遠くまで続いているに違いない。

 花は私とトキノを見下ろしていた。ぽっかりと丸く見える空には太陽が照っていた。


 あまりに眩しすぎて目が痛くなってきたから、私は上を向くのを止めてしまって、そしたら上から男の人かも女の人かも分からない声が降って来た。


「では、判決を言い渡す」

「おい、話が見えないぞ。いきなり判決が出てたまるか」


 これに言い返したのはトキノだった。


「何を言う。ここはサイハテでも由緒ある青い鳥裁判所だ。貴殿がそれを知らぬはずはなかろう、トキノ」

「場所は分かるさ。分からないのは状況だ。こんなところで裁かれるようなことはやらかしていないつもりだが?」


 トキノがそう言うと、ひまわりの向こうからひそひそと囁く声とか怒り狂った怒鳴り声とか大げさに笑う声が聞こえた。周りから囲むように一気に聞こえたから、まるで体中を叩かれているようで怖かった。


「やらかしていない? 笑わせる。貴様は何も罪を犯していないというのか」

「それとも、聖人君子を気取るつもりか?」

「すべての存在は裁かれるべきなのだ。今回はお前の順番が回って来ただけのこと」

「我々はすべてに対して、鳥の囀りの如く、空の淵から裁きを下すのだ」

「審議はその後で行えばよい」


 彼らの言うことは滅茶苦茶だった。


「そんなの、おかしいです!」


 だから、思わず大きな声でそんなことを言ってしまった。言ってしまってからトキノをちらっと見てみたら、”あんま余計なこと言うなよ”と言いたげに私を見上げていた。もう手遅れでどうしようもなかったんだけど……。


 急に勢いよく風が吹いて、ひまわり畑の花がこすれ合ってざわざわと鳴った。

 たくさんのひまわりが一斉に揺れているせいで、その音はとてつもなく大きかった。近くのひまわりの刃先が顔を掠って、少し痛かった。


「え、えっと……!」


 声を張り上げると、それに負けじと更に風が強くなった。フードも吹き上げられて、立っているのもやっとだった。


「……だって、どうして裁かれなきゃいけないのか、納得したいです! 悪いことをしていないとは言いませんけど、納得できないまま罰を受けなきゃいけないなんてそんなのおかしいです!!」

「おいおい、あんま言い過ぎるなって」


 風に紛れてトキノがとうとうそう呟くのが聞こえた。


「これだけのことをしておいて抜かしおる。この文字の海にあれだけ潜っておいて……」

「え?」


 ちょうど目の前のひまわりの葉の上に小さい鳥籠が乗っていて中には『終わらない話』が入っていた。何故気付かなかったのだろう。あんなに近くにあったのに。


「その本を返して!」

「これは大事な証拠だ。我々で預かる」

「そもそもこの本は貴女のものではない。貴女こそ、然るべき場所に返還すべきでは?」


 言い返せなかった。本当ならもっと早くに黄昏図書館に返却しなければならなかったはずなのだから。


「しかし、先に娘が言ったことにも一理あるのは確か」

「納得せねば罰は受けられないという話か」

「うむ、否定はできない」


 良かった。そこは分かってもらえたみたい。

 そう思ったのも束の間、


「では、本日は審議をすべきかどうか審議するとしよう。裁判はまた明日改めて」

「それが良いだろう。娘とトキノは明日また出廷するように」


 その言葉が合図だったかのように、辺りが真っ暗になった。って思ったけど、それは正しくはなかった。

 その時はよく分からなかったけど、トキノの話によると私たちが立っていた場所にいきなり大穴が開いて、私たちは落ちたのだと言う。


 そして、日記を書いている今も実は落ち続けているらしい。

 どうしてこうも曖昧なのかと言えば、この前のクジラからの自由落下に比べたらかなり緩やかに、浮かぶような心地だったからである。あの文字の海で泳いだ感じが一番近いように思う。


 そして、私たちの他に周りには色んなものが一緒に落ちていた。


 花柄のピンクのカーテン。

 いちごがいっぱい乗った特大のパフェ。

 耳が千切れたクマのぬいぐるみ。

 空のポット。

 スプーンにフォーク。

 そして、エビピラフ。


 夕飯はこのエビピラフだった。落ちながら食べるのも、日記を書くのもなかなか大変だ。


 ところで明日はどうやって出廷したら良いんだろう。トキノは「逃げても良いだろ」って言ってたけど、どうやって逃げたら良いのか分からないし、『終わらない話』を返してもらわなければならない。日記を書き終わったら、もう少しトキノと相談しよう。



 ※追記:それにしても、“青い鳥裁判所”という名前だったのに、青い鳥はどこにもいなかった。何でだろう?

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