終わらない話 第六話
暗い暗い闇の中でした。
何も見えず、何も聞こえない。
あのオモチャ箱もベルッタベルッタも、今やどこかへと星屑のように消えてしまったようで。そして、石ころの女の子。彼女自身の存在すら失っていくような。
ただ、彼女は何も感じていないわけでもありませんでした。悲しみと恐れは限界より少し先まで満ちていて、逆にそれが彼女の感覚を鋭くさせてもいたのです。
それはただ濡れていました。
それはただ打ち付けるようで。
それはただ感情のまま。
それはただ突き刺すように。
それはただ揺りかごに揺られるように。
それはただ灯火が燃え盛るように。
それはただ灯火が燃え落ちるように。
たぶん、私はベルッタベルッタに飲み込まれてしまったんだわ。それで、今からベルッタベルッタの中ですっかり溶けて、彼の一部になるんだわ。
もはや掠れ声すら出せないまま、石ころの女の子は思いました。
何故でしょうか。悪い気はしませんでした。それどころか、
“彼はステラが思っているほど、恐くはないんだから”
ああ、確かにフリーダの言う通りだわ。もう何もかもを溶けてしまって、むしろ心地いいくらいだもの。
自分が自分でなくなるような感覚にステラは僅かに身震いしました。
それが彼女の最後でした。
それが彼女の終わりでした。
◼︎
石ころの女の子はハッと目を覚ましました。目覚めた拍子に涙がパッと散って、空に弾けて行きました。
まあるい石ころの女の子が泣いていたのは、暗い暗い夜のこと。
少女が流した涙はハラハラと空へ落ちて行って、闇に少しばかりの光を振りかけています。
女の子がいる河原には他にもたくさんの石ころたちが転がっていて、泣いたり怒ったり喜んだり楽しんだりしています。
「そろそろだね」
「うん、そろそろだね」
「何がそろそろ?」
「やってくるのがだよ」
「何がやってくるの?」
「ベルッタベルッタがやってくるよ」
女の子の頭上をそんな言葉が飛んでは群れて、群れては跳ねていきます。
しばらく女の子は夜空に星を投げていましたが、やがて川の下流から大きな物音が近づいてきました。
ぐちゃぐちゃと水音を立てて近づいてくるそれは紛れもなくベルッタベルッタでした。
「大変だ」
「大変だね」
「やってきたよ」
「やってきたね」
「ベルッタベルッタがやってきた」
「メッチャヌッチャと登って来たのは、」
「白い闇で、のっぺらぼう」
「ベルッタベルッタはやってきて、」
「また誰かを食べちゃうよ」
女の子はただ、その水音を聞いていました。聞くしかありませんでした。星が心配そうに彼女を見下ろしているのにも気づくことができません。
やがて、その水音は女の子の近くで止まりました。女の子は見上げました。
ヌルンヌルンとそれは石ころの女の子に触れます。
ベルッタベルッタは一向に彼女を食べようとはしませんでした。食べてくれようとはしませんでした。
しばらくベルッタベルッタは女の子に触れていましたが、やがて石ころの女の子を持ったまま、川の下流へと再び戻っていきました。
ペタンペタン、と平らな床を這うような音を響かせて川を流れて、下っていきます。
バルバルルル、バルルルルルル……
女の子はそれがベルッタベルッタの声だと分かりました。
「あの子は選ばれた」
「選ばれたんだね」
「食べられないで連れていかれて、」
「一体どこに行くんだろうね」
「どうでも良いな」
「どうでも良いね」
女の子がいなくなってしまった河原で、石ころたちの言葉が跳ねています。
女の子はそれを伴奏にしてベルッタベルッタの腕の中で機嫌良く体を揺らしました。そして、ベルッタベルッタの目を見つめました。
彼女はすっかり暗闇に目が慣れていて、すべてが見えるようになっていました。きっと今ならフリーダたちオモチャ箱の住人たちも見ることができるでしょう。
「ああ、お願い」
ステラは言いました。どこか安らかな様子で。
「また、私を飲み込んで、何もかも溶かしてしまってね」
ベルッタベルッタの鳴き声が夜の帳を揺らしました。
バルルルルル……バルルルルルル……
終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます