終わらない話 第三話

 こうして女の子の、ステラのオモチャ箱での日々が始まりました。


 箱の中で、ステラたちは他愛のない話をして過ごしました。


 たとえば、それはベルッタベルッタの話。

 たとえば、それは自分たちが名付けられたときの話。

 たとえば、それは暗闇の色の話。


「暗闇に色があるんですか?」

「そう」


 ステラが尋ねると、すぐそばでフリーダの声がしました。彼女の声はとても優しく包み込んでくれているようだとステラは思いました。


「暗闇は黒一色じゃないの。よーく見ると赤だったり緑だったり白だったり。色んな色が集まって、暗闇っていうのができているのよ」

「そうなんですか?」


 ステラは暗闇に目を凝らしましたが、よく分かりません。暗闇はどこまでも暗くて黒くて色などないように思いました。



 バルルルルル……バルルルルル……



「ああ、時間だわ」


 フリーダが言いました。ベルッタベルッタが鳴く声がオモチャ箱の中に響きます。実は夜になるとこうしていつもベルッタベルッタの声が聞こえていたのですが、それが何を意味するのかまではステラには分かっていませんでした。夜を知らせる鳴き声かと思っていたのですが、どうやらそうではなかったようです。


「何の時間なんですか?」

「ベルッタベルッタのところに行く時間。彼はいつもオモチャ箱の中から誰か一人を選んで連れて行くの。大体は一晩でここに戻してくれるのだけど、長い時は数日ベルッタベルッタと過ごすことになるわね」


 ステラは河原からこの場所に連れてこられた日を思い出しました。それまで何ともなかったベルッタベルッタが、今ではとても恐ろしく感じられました。

 あの恐ろしいベルッタベルッタと一緒に一晩、あるいは何日も過ごすなんて!

 固い身体が震えるようでした。


「大丈夫だよ」


 安心させるような囁き声がしました。そして、初めて会った時と同じようにフリーダは石ころの女の子をそっと撫でました。


「ステラは何の心配もしなくて良いんだよ」


 ごうっと風が吹きました。

 オモチャ箱のふたが開いて、


「今日は私の番みたい」

「フリーダ!」


 ステラはフリーダに叫びました。近くにあったフリーダの気配があっという間に遠ざかっていきます。


「大丈夫だよ」


 フリーダはまた言いました。


ベルッタベルッタはステラが思っているほど、恐くはないんだから」



 ■



 それからステラは他のオモチャ箱の住人達と一緒にフリーダの帰りを待っていました。そして、数日経ってフリーダが帰って来た時、みんなで出迎えてあげようと思いました。

 いくらフリーダがベルッタベルッタのことを恐くはないと言っていたとしても、ステラにとってベルッタベルッタは恐ろしい存在に変わりはありません。だから、きっと怖い思いをして帰ってくるだろうフリーダに対して、彼女のように優しく「大丈夫だよ」と言ってあげたいと思ったのです。


 数日を過ごす中で、ステラの目は段々暗闇に慣れていきました。フリーダの言う暗闇の色はよく分かりませんが、暗闇の中を動いているオモチャ箱の住人たちが少しずつ見えてきているように思いました。少なくとも目の前を何者かが通り過ぎる影のようなものを見ることはできるようになっていました。


「へえ、それは良かったじゃねえか、ステラ!」


 そう言ったのはロナルドでした。オモチャ箱の壁際に座っていたステラの隣に大きくて丸い影が座りました。


「そのうち、俺の姿をはっきり見ることもできるようになるんかな? 楽しみで仕方ないぜ!」

「うん、早くロナルドたちを見ることができると良いな」


 それにもちろんフリーダのことも見えるようになりたいとステラは思いました。見えるようになったら、ただ出迎えるだけじゃなくて頭を撫でてあげることもできるかもしれません。


 ステラはオモチャ箱の底から上を見上げます。いつか河原から見ていた空のようにも見えました。


 その遥か先にあるはずのオモチャ箱の蓋は、まだ開きません。

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