終わらない話 第二話

 長い長い間、石ころの女の子はベルッタベルッタの手の中にいました。


 バルバルルル、バルルルルルル……


 ベルッタベルッタの鳴き声が夜の闇を揺らしています。段々、あの河原から遠のくのが分かって、女の子は悲しくてたまりませんでした。


 でも、泣くことは出来ません。だってもしも泣いてしまったら、ベルッタベルッタの気が変わって女の子を食べてしまうかもしれませんから。


 そんなわけで女の子はずっと黙り込んで、息も潜めていたのでした。



 ベルッタベルッタの動きが止まったのは、それからしばらくした後のこと。気づいた女の子はハッと辺りを見回しました。


 そこには何もありませんでした。


 ……いや、よく見ると、“何もない”の真ん中に一つだけ箱が置いてあります。


 それは、ただのダンボールで出来ていて、色紙が不器用にペタペタ貼ってあって、お世辞にも綺麗とは言い難い、むしろ気味が悪い箱でした。


 ベルッタベルッタはその箱に近づいて、


 バルバルルル、バルルルルルル……


 と鳴きました。そして、


「ああ、止めて」


 ベルッタベルッタがしようとしていることを察して女の子は叫びました。


「こんなところに私を入れないで。嫌だ。入りたくないの」


 しかし、ベルッタベルッタはバルルルと鳴きながら、石ころの女の子を箱の中にそっと落としたのでした。



 ◼︎



「誰だい?」

「何者だい?」

「くせ者かい?」

「よそ者かい?」

「それとも」

「それとも」

「ホンモノかい?」



 暗い暗い箱の底まで落ちてきた女の子は、そんな歌を聞きました。デタラメな言葉が節に乗って、女の子の意識の端を掠めていきます。


 歌は何度か繰り返されていましたが、それとは別に女の子に話しかける声が聞こえました。


「あなたもここまで落ちて来たの?」

「は、はい! そうなんです!」


 声は暗い中に響くばかり。声の主までは目を凝らしても見ることは出来ません。ですが、女の子はどうにかこうにか、声をかけてくれた誰かさんに返事をしようと声を張り上げたのでした。


「うふふ、そんなに大きな声を出さなくっても大丈夫だよ」

「で、でも……」

「ああ、そうか。あなたはオモチャ箱に来たばかりだから、私たちが見えないのね。そのうち、真っ暗闇に目が慣れてきて見えるようになるから安心して。それまでは不便かもしれないけれど」


 声の主の言葉は優しく女の子を撫でました。


 何も見えないけれど、優しい誰かがいて見守ってくれている。

 そのことに女の子は少し安心しました。

 心に少し余裕が出来たようにも思えます。なので、女の子は思い切って、質問を一つしてみることにしました。


「あの、さっきオモチャ箱って言ってましたけど、何ですか?」

「ああ、この箱のことよ。本当は何の箱なのか誰も知らないけど、私たちは便宜上そう呼んでいるの。誰が言い始めたかは誰も知らない。……そういえば、私たち、まだ名前を言っていなかったわね。私の名前は、フリーダよ」

「ジルエッタよ」

「私リサ」

「ロナルドだぜ!」

「アルド。よろしく」


 フリーダの名乗りを皮切りに、オモチャ箱のあちこちから声が上がりました。さっき歌を歌っていた声も混じっていました。相変わらず、石ころの女の子には暗くて彼らの姿は見えません。


「あなたは?」


 フリーダの質問に石ころの女の子は困ってしまいました。

 自分の名前というものをこれまで持ったことはこれまで一度もなかったのです。

 そういえば、あの河原にいたどの石ころも名前を持っていなかったように思います。


「大丈夫よ。みんな貴女と同じようにベルッタベルッタにここまで連れてこられたの。ここに来るまで名前がないっていうことも珍しいことじゃないわ。今までだって、あなたの他にもそういう子はいたわ。名前がない子にはオモチャ箱のみんなで名前をつけてあげることになっているのよ」


 そうして、石ころの女の子の名前について意見が交わされました。

 あちこちから飛び交う言葉を女の子はひたすら黙って聞いていました。自分は名前については何の知識もないので、口出ししても邪魔になってしまうと思ったからでした。


「じゃ、決定ね」


 やがて、フリーダがそう締めました。



「今日からあなたの名前はステラよ」

「よろしくステラ」

「ようこそステラ」

「仲良くしてねステラ」


 こうして石ころの女の子は、ステラという名前を持つことになりました。

 オモチャ箱のみんなの言葉が詰まったその名前は、彼女にとっては少し重く感じられました。


「ステラ……」


 けれど、それと同時に、何かに包まって暖かさの中にいるような心地良さをこの名前から感じました。

 石ころの女の子ステラは、自分の名前をそっと大事に呟いたのでした。

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