終わらない話 第一話
まあるい石ころの女の子が泣いていたのは、暗い暗い夜のこと。
少女が流した涙はハラハラと空へ落ちて行って、闇に少しばかりの光を振りかけています。
女の子がいる河原には他にもたくさんの石ころたちが転がっていて、泣いたり怒ったり喜んだり楽しんだりしています。
「そろそろだね」
「うん、そろそろだね」
「何がそろそろ?」
「やってくるのがだよ」
「何がやってくるの?」
「ベルッタベルッタがやってくるよ」
女の子の頭上をそんな言葉が飛んでは群れて、群れては跳ねていきます。
ああ、そうだ。夜なのだからベルッタベルッタがやってくるのだ。
女の子は涙を流しながら、そう思いました。
ベルッタベルッタとは、この河原に最近やってくるようになった怪物でした。
河原の石ころを無造作につかんでバリバリと食べてしまうのです。
それを喜ぶ子もいれば、怒る子もいます。
いつも泣いている女の子ではありましたが、ベルッタベルッタに関しては正直、よく分からないなあ、と思っていました。
しばらく女の子は夜空に星を投げていましたが、やがて川の下流から大きな物音が近づいてきました。
ぐちゃぐちゃと水音を立てて近づいてくるそれは紛れもなくベルッタベルッタでした。
「大変だ」
「大変だね」
「やってきたよ」
「やってきたね」
「ベルッタベルッタがやってきた」
「メッチャヌッチャと登って来たのは、」
「白い闇で、のっぺらぼう」
「ベルッタベルッタはやってきて、」
「また誰かを食べちゃうよ」
女の子はただ、その水音を聞いていました。聞くしかありませんでした。星が心配そうに彼女を見下ろしているのにも気づくことができません。
やがて、その水音は女の子の近くで止まりました。女の子は見上げました。
彼女がベルッタベルッタの姿をここまで間近に見たのは初めてのことでした。
いや、彼女はベルッタベルッタがそこにいることは分かりましたが、その姿を見ることは叶いませんでした。
女の子は不思議に思いました。
だって、ベルッタベルッタは絶対にそこにいるのに、ましてや透明になっているわけでもないのに、“いる”ということばかりが分かるだけだったからです。
ベルッタベルッタがどんな姿をしていて、どんな存在なのかまで女の子は見ることができなかったのです。
ただ、目の前の怪物が石ころを食べているのは分かりました。もちろん、口がどこにあって胃袋がどこにあるのかさえ、彼女には理解できなかったのですけど。
女の子はベルッタベルッタが近づいてくるのを感じました。そして、それが触れてくるのを感じました。
ヌルンヌルンとそれは石ころの女の子に触れます。苦しくもなく、痛くもありませんでしたが、ただ気味の悪さと軽く締め付けられる感覚がしました。
自分も他の石ころと同じように食べられてしまうのかな。女の子は思いました。けれど、ベルッタベルッタは一向に彼女を食べようとはしませんでした。
しばらくベルッタベルッタは女の子に触れていましたが、やがて石ころの女の子を持ったまま、川の下流へと再び戻っていきました。
ペタンペタン、と平らな床を這うような音を響かせて川を流れて、下っていきます。
バルバルルル、バルルルルルル……
今まで聞いたことがない不思議な音でしたが、女の子はそれがベルッタベルッタの声だと分かりました。
ベルッタベルッタは私を食べずにどこへ連れていくのかしら。
彼女はそう思いました。
今までずっと過ごしてきた河原から連れ出された彼女でしたが、不思議と怖さはありませんでした。
ただ、この川の先には何があるのかしら、と思うばかりだったのでした。
「あの子は選ばれた」
「選ばれたんだね」
「食べられないで連れていかれて、」
「一体どこに行くんだろうね」
「どうでも良いな」
「どうでも良いね」
女の子がいなくなってしまった河原で、石ころたちの言葉が跳ねていました。
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