《(4)終わらない話》

第55日 終末暦6531年 4月24日(日)

 終末暦6531年 4月24日(日) 晴れ シュークリーム


 電車のチケットを手配してくれたトウドウさんをはじめ、見送りに来てくれた御伽草子のテリトリの人たちには感謝してもしきれない。彼らの暴動の話はとても気がかりだったけれど、トウドウさんは「大丈夫ですよ。我々のテリトリは我々でどうにかします。彼女のためにもね」と言って私を送り出したのだった。

 先生はどうしているだろう。ウサギを……アズマさんを見つけることはできただろうか。


 そういうわけで、私とトキノは朝一番の電車で風見堂のテリトリまで帰って来た。電車は珍しく機嫌が良くて、すごい勢いで線路を、色んな駅を飛び越えるという走りを見せてくれた。お客さんの中には酔って吐いてしまっている人もいた。可哀想だった。


「黄昏図書館に行かなくちゃ。8日に出勤してねって言われていたのに、こんなに休んじゃったし。『終わらない話』も返さないと」


 電車から降りて私が思ったのはそんなことだった。それをトキノに相談すると、


「今更だな。過ぎたことに関して、そんなに急いだって仕方ないだろ。『終わらない話』に関しちゃ、まだ読めていないわけだし。これだけ長いこと借りていたんだから、もう少しだけ延長したって変わらないだろ」

「そんなことないよ。本当だったら、貸出期間内に延長申請をしなきゃいけなかったでしょ。決まりは守らないといけないよ、トキノ」

「決まり、ねえ……」


 トキノは目を細めた。口を引き結んで難しい顔をしていた。変な表情だったので、思わず呼びかけると「とにかく、だ」と咳払いをした。


「イヌイには、テリトリに帰って来たってだけ連絡入れれば良いだろ。あいつのことだ。事情を説明すれば、分かってくれるさ」

「うん、まあ、そうだけど……」


 黄昏図書館の館長であるイヌイさんは、とても優しい性格で館員の誰も彼が怒っているところを見たことはない。でも、言うべきことははっきり言うし、仕事もしっかりやるので、みんなも私も館長を尊敬している。

 そんな館長に、そしていつも一緒に働いている館員のみんなに迷惑をかけたとなれば、やっぱり気後れする。そういうところ、トキノはたまに分かってくれない。いや、たまにじゃなくて、いつもかもしれない。


 アパートまで帰って、荷物を片付ける前にオオヤさんに電話を借りに行った。その頃には太陽がかなり高い位置まで昇っていたけれど、オオヤさんは私たちが訪ねるまで眠っていたようだった。なので、すごく不機嫌だった。申し訳なかったと思う。


「どこに電話すんの?」

「黄昏図書館です」

「ふーん、あっそ」


 そう言うとオオヤさんは「煙草行ってくるから、勝手にして」と言って出て行ってしまった。

 ダイヤルを回してしばらく待つと、男の人の声が耳に響いた。聞いたことのない、とっても低くて暗い声だ。


「名乗らなくても誰なのかは分かっている。てめえのダメ猫に伝えろ、“この、”」

「もしもしもしもしも! すみませんにゃ! 今のはちょっとした事故で……!!」

 

 そこに割り込んだ声は甲高い声で、高低の差で耳がキーンとなる。けれど、それと同時にそれは懐かしい声でもあった。

 

「ミイケさん?」

「あれ? その声は、貴女にゃの? うわー久しぶりだにゃ!! どこ行ってたにゃ? 心配したにゃ!」


 館長の付き人であるミイケさん。不思議な喋り方をする、黄昏図書館のムードメーカーだ。館長のお仕事をいつも傍らで手伝っている。

 ミイケさんにここ数週間の出来事を手短に説明すると、


「そうだったんにゃ。実は、御伽草子の方から館長に連絡があって、事情は大体伺っているにゃ。大変だったにゃあ」


 しばらく図書館に出勤できなかったこと、そして『終わらない話』を長々と借りてしまったことを詫びると「気にすることないにゃ。カザミさんも“よく休ませてやりなさい”って言ってたからにゃ」と言われた。どうしてここでカザミさんの名前が出てくるのかよく分からなかったけれど、ひとまず先に聞くことがあったので、ここではそっちを優先することにした。


「あの、今のはどなたですか?」

「今のは、うん」


 ミイケさんは少し言葉を濁し、小声でボソボソと話し始めた。


「御伽草子のテリトリから来た葬儀屋さんだにゃ。ちょっと前にここに来てから、自分のテリトリに帰らないでかれこれ一週間居座っているんにゃ。何でも、トキノくんに用があるとかで……ぇええぇちょっと!!」

「トキノがいるのか? 本人がいるなら話は早い。野郎を電話口に出せ。お前みたいな小娘じゃ話にならん」


 どうやら葬儀屋さんはミイケさんから受話器を奪い取ったらしい。なんて乱暴で失礼な人なんだろうと、私は少し不愉快に思いながら男に言った。


「お言葉ですが、かなり失礼じゃないですか? トキノと話したいのなら、それなりの手続きを踏んでください」

「は、手続きだあ? ただ話すだけで、そんな高尚なもん、必要ねえだろ」

「それでも、いきなり電話口に出せだなんて、そんな言い方ないんじゃないですか?」

「知るか。重罪犯したバカ猫に、んな配慮は必要ねえ。良いから、トキノを出せ、小娘」

「え?」


 重罪人。その言葉にドキリとした。

 トキノが重罪人? 違う。

 トキノは何も悪くない。悪いのは……。

 あれ? 悪いのは誰?


「良い。代わってくれ」


 事情を察したらしいトキノが私の足をそっと叩いた。


「でも、」

「大丈夫だ。代わってくれ」


 断固とした口調に私は逆らうことも出来ず、しゃがみこんでトキノの傍に受話器を置いた。

 トキノは難しい顔で葬儀屋さんの言うことに返事をしていた。葬儀屋さんが何を言っているのかまではよく聞き取れなかった(注:しゃがみこんで話を聞こうとしたけれど、トキノが首を横に振るのでやめにした)。

 トキノは数度頷いた後、


「……事情は分かった。恩に着る。そのうち、また」


 と言って、


「ミイケがまたお前と話したいそうだ」


 と告げた。


「いやあ、何かごめんにゃ。一応、葬儀屋の用は済んだみたいで、今出て行ったにゃ」

「いいえ、むしろこちらこそ、トキノと葬儀屋さんの用事に図書館を巻き込んでしまったみたいで」

「気にしないにゃ。それより遅くなっちゃったけど、用件は? たぶん、館長に用なんだろうけど、しばらく留守にしていてにゃあ……」

「何かあったんですか?」

「うん、にゃんでも、町内図書館館長会議が知恵水槽のテリトリで開催されるとかで出かけちゃったにゃ。今は自分が館長代理してる」


 知恵水槽のテリトリと言えば、サイハテで一番大きな図書館である深夜図書館のあるテリトリだ。確かその他でも、最近、どこかで知恵水槽のテリトリに関して聞いたような気がするけれど、どこで聞いたのかまでは思い出せなかった。

 ミイケさんが用事を聞いてくれた時には、もうこちらの事情説明は済んでいたので、改めて仕事のことと『終わらない話』のことを謝罪した。


「だから、そんな気にすることないにゃ。来られるようになったら来てくれれば良いにゃ」

「でも、」

「最近、大変なことばかり続いて、貴女はきっと疲れているにゃ。貴女自身が平気でも周りはそうはいかないにゃ。無理して体や心を壊すようなことがあったら、自分たちもトキノも悲しいよ」


 ああ、なんて親切な人なんだろう。私は申し訳なさと感謝とで胸がいっぱいになった。


「ごめんなさい」

「そこは、ありがとうの方が自分は嬉しいかにゃ。ああ、『終わらない話』もしばらく借りてて大丈夫だから。むしろ、読み終わったら返すくらいの気持ちでいれば良いんにゃよ」


 ごめんなさい。私はまたそう言おうとして、言葉を飲み込んだ。ついちょっと前にミイケさんに言われて胸に留まった言葉を、口から出す。


「ありがとう……ありがとうございます、ミイケさん」

「どういたしましてにゃ。ああ、そうそう。イノウエさんがまた、どこかに流されたんだか飛ばされたんだかでいなくなっちゃってにゃ。もし見つけたらで良いから連絡が欲しいにゃ」

「分かりました」


 黄昏図書館は、館長がいない以外は相変わらずらしい。イノウエさんが心配だけど、この前みたいにすぐ見つかるだろう……たぶん。



 電話を切ったタイミングで、オオヤさんがちょうど帰って来た。苦い香り(注:たぶん煙草?)を身にまとって、手に白くて四角い箱を提げていた。オオヤさんは(外が暑かったのか)顔を赤らめて、


「あー何かね、煙草吸ってたら空からロケットが墜落してきてそこから出てきた謎の知的生命体が置いてったの、これ。邪魔臭かったけどポイ捨てするわけにもいかないし持って帰ったわけ。中調べたらシュークリームで、あたしはクリーム系ダメで。あんたが持って帰って処分して。ああ、勘違いしないでよね。別にあんたのために買ってきたわけじゃないから。勘違いしたらハサミカマキリガザミの素揚げよりも酷い見た目にしてやるから」

 

 と早口で言った。すごいなと思った。私ならハサミカマキリガザミあたりで噛んでいたと思う。


「あーはいはい。お前は優しいな、オオヤ」

「殺すよ」


 オオヤさんの言葉にヒヤッとして、私はトキノとオオヤさんの前に割って入った。


「オオヤさん、やめて! トキノを殺さないで!」

「ああ、ええと……」


 オオヤさんは気まずそうに顔をしかめると、私が持っていたシュークリームの箱をチラッと見てから私の顔をもう一度見た。


「あ、あんたに免じてやめてあげる」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「……まあ、そうね。どういたしまして」


 どういたしまして。同じ言葉をまた聞いた。言っていることは一緒なのに、ミイケさんとオオヤさんで違った風に思えるのは少しおかしかった。


 部屋に戻って、私はトキノとシュークリームを食べた。シュークリームは10個入っていて、今日は夕ご飯もシュークリームだった。甘いものは好きなので嬉しかった。こんなにたくさんのシュークリームを食べたのは初めてかもしれない。オオヤさんと知的生命体さんには感謝だ。



 追記:知恵水槽の話を聞いたのは、確かクジラの中に入る前だったように思うんだけど、記憶が判然としない。ここ最近色々あったし、日記を読み直して出来事を頭の中で整理しようと思う。『終わらない話』も読みたいし、読むものがいっぱいだ!!

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