第30日 終末暦6531年 3月30日(水)

 終末暦6531年 3月30日(水) 雨のち晴れ 夕飯なし


 夜まで雨が降っていた。とても怖かった。今日はトキノがいなかったから余計に怖かった。風が強く、雷も鳴っていた。壊れたままの窓から、雨が吹き込んでいた。

 布団を頭からかぶって部屋の隅っこに避難した。これはいつも通り。今日はそこに『終わらない話』を抱えていた。雨音も湿った空気も、怖くて怖くて堪らないのにこの本を抱えていると、トキノを抱えているときほどじゃないけど、少しだけほっとしたのである。

 私は雨が止むのと、トキノが帰ってくるのを一日中待っていた。そして、ひたすら色んなことを考えていた。雨が怖くて上手く働かない思考を、無理やり考えるということに向けたのだ。


 最初に考えたのはトキノのことだった。ウサギさんを追ってトキノはいなくなってしまった。御伽草子のテリトリでトキノがいなくなったときのように、また私は一人になっていた。あの書斎会のとき、私はトキノに「いなくならないで」と言った。お願いをした。けれど思い返せば、トキノはあの時、応えてくれなかったのだ。何も言ってくれなかったのだ。だから、もしかしたら今回も前回みたいにいなくなってしまったのかもしれない。

 探しに行きたい。心からそう思っているのに、探しにいけない自分に怒りがわいて涙が出る一方だった。こんな情けない私だから、トキノは帰ってきてくれないのかもしれなかった。


 次に考えたのはウサギさんのことだった。ウサギさんは怪盗アズマではないとトキノは言って、自分は怪盗アズマだとウサギさんは言った。もちろん、私はトキノを信じている。けれど、結局どちらが正しいのか見当がつかない。それに、私はたくさんのウサギを見たのだ。昨日この部屋にやってきたウサギさんが怪盗アズマでなかったとしても、あの夕暮れに向かって跳ねていたウサギたちの中に怪盗アズマはいたのかもしれない。

 どちらにしても、真相を確かめない限り、『終わらない話』を安心して読むこともできない。黄昏図書館に返すのが得策なのかもしれないけれど、図書館に持ち込んで大事になるのが良いこととも思えない。いずれにせよ、誰かに相談しなきゃどう行動すれば良いのか分からなかった。


 そして、私は私について考えた。

 雨が怖くて、トキノに帰ってきてもらえなくて、自分で行動することもできない私のことだ。自分でこうして日記に書いていて、とても悲しくなる。情けなくて、腹立たしくて、悔しくて。そんな感情が渦巻くのに私は布団を被ったまま動かずにいるのだ。ただこうして一日中じっとして、夜になって一人で日記を書いている。


 どうしたら雨が怖くなくなるんだろう。

 どうしたらトキノに帰ってきてもらえるんだろう。

 どうしたら自分で行動できるんだろう。


 そんなことをぐちゃぐちゃと考えて、結局答えは出ない。

 目の周りが腫れてちょっと痛いくらいになっていた。何だか息苦しさもある。

 今日は早めに寝ようと思う。


 追記:私はどうしてこんなに”私”なんだろう。

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