第28日 終末暦6531年 3月28日(月)

 終末暦6531年 3月28日(月) 晴れ時々くもり アジフライ


 今日からしばらく仕事に行かなくて良いので、ゆっくり『終わらない話』に没頭しよう。そう計画していたのだが、あいにく予定が変わってしまった。

 今朝手紙が来たのである。内容はこうだ。



 親愛なる黒の少女へ


 お元気ですか?

 わたしはさきイカのクズくらいには元気です。

 黒ねこさんも元気ですか?

 ポテトチップスの残りカスくらい元気なら幸いです。

 今日は大事な用事でお手紙をかきました。


 アナタが昨日持ち帰ったものをいただきにうかがいたいと思います。

 たぶん、明日の夕方4:30までにまいります。

 そうしないと門げんに間にあわないので。

 

 愛を込めて。

 かいとうアズマ



 トキノは朝からどこかへフラッと散歩に出かけていた。午後になって帰って来た時に手紙を見せて尋ねた。

「トキノ、かいとうアズマさんって知ってる?」

 封筒と便箋はウサギ柄で可愛かった。文字も丸っこくて時間をかけて丁寧に書いたのがうかがえた。”かいとうアズマ”という名前の隣には、これまた丸っこくイカのイラストが描いてあった。

「風見堂のテリトリ中心に盗みを働いている奴だ」

 横から手紙を覗いてきたトキノがこう返事をして、私はこの手紙の人が”怪盗アズマ”であることを知ったのだった。回答やら解凍やら色んな字を考えてしまった。

「でも、何を盗むんだろう?書いていないよね?」

「お前が昨日持ち帰ったものなんてはっきりしているだろ。そいつだ」

 トキノの鼻先が部屋の隅に向いた。そこに置いてあったのは『終わらない話』の本だった。オトギリさんのところとは違って、飛ぶ気配は全くなくて本棚の端っこでじっと何かを待っているようにも見えた。

 トキノは、座っていた私の膝に飛び乗って手紙の匂いを嗅いだ。

「でも、変だな」

「何が変?」

 散歩のときトキノがメザキさんからおすそ分けしてもらったというおやつコロッケを食べながら、私は尋ねた。ころもがサクサクで、中がホクホクだった。ひき肉が混じっていて、うま味が増しているのが良かった。

「何が変かと言えば……まあ、色々だな」

 隣で、トキノもサクサクとおやつコロッケを食べ始めた。口の周りの毛にころもがついてしまっていて、ちょっと面白かった。そのくせ、真面目な顔で話すものだから堪らない。

「まず、その本を欲しがるなんて、変だ。こいつはを盗むってのが信条なんだ。例えば、飴の小袋や鉛筆の削りカス、噛んだ後のガムとかな。時々、そのせいで回収屋とも揉めている。それが、新品の本を欲しがるなんてありえない……震えているが、どうした?」

 口の周りについたころもも盗むのだろうか。

「う、ううん……な、何でもないよ、トキノ。他に何が変なの?」

「俺は、結構前にこいつと言葉を交わしたことがある。確かにこの予告状のように物腰や話し方は丁寧なんだが、そもそもこいつは盗みのときに予告状を書かないんだ」

「黙って盗みに来るなんて、ちょっと失礼じゃないかな?まるで、強盗だよ?」

コロッケを食べ終えて、コロッケが入っていた紙袋を丁寧に畳んだ。トキノの袋は床に転がしてあったので、こちらも畳んであげた。

「……予告する奴が失礼じゃなくて、予告しない奴が失礼なんて道理はないだろ。どっちも盗みは盗みだ」

 トキノの顔を見ないようにして、私も真面目に考えた。そうなのだろうか。妙に納得がいかない。予告状で事前に知らせてくれるなんて、親切だと思うのだけれど。

「とにかく他にも色々もやもやするが、変だと思った主なところはこの二つだな。だけど、便箋も封筒も間違いなくアズマの匂いだ。どういうことだ?」

 ちょうど袋は正方形だったので、折り鶴を折ってみた。折り鶴を折るのは得意だ。

「なあ、どう思う?」

「え」

 このとき私は油断してトキノの顔を見てしまった。口の周りで円を作っているころもとトキノの真面目すぎる顔。

「ふふっははっ!!」

 我慢できなくて、とうとう私は噴き出した。

 でも、噴き出したのは私だけじゃなかった。

 トキノもだった。

「トキノ、口の周りすごいことになってるー!!」

「お、お前も他人のこと言えないだろ!口の端が酷すぎる!!ふふっ、我慢するのが辛かったぞ!!」

 そう。私たちはお互いにおやつコロッケのころもをつけて真面目な話をしていたのだった。それにしても、トキノまで我慢していたなんて気づかなかった。

 お互いにすごい絵面だったということを知って笑い、実際に洗面所で顔を確認した時もとても笑った。お腹がよじれて痛かった。頬の筋肉も痛かった。


 夕食もメザキさんからのおすそ分けのアジフライだった。タルタルソースの賞味期限が近かったので、使ってみた。コロッケと同じくサクサクなころも、それにふわふわのアジの身が絶妙に美味しかった。


 今夜は念のため、『終わらない話』を抱いて寝ることにする。明日の夕方までって言っていたから、もしかしたら今夜怪盗アズマさんが来てしまうかもしれない。用心に越したことはないだろう。


 追記1:タルタルソースって何のソースなんだろう?”タルタル”というのは何なのだろう?


 追記2:3月29日(火)…↑結局タルタルが何なのかよく分からなかった!!

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