第24日 終末暦6531年 3月24日(木)

 終末暦6531年 3月24日(木) 晴れ アップルパイ


 今日は一日中、朝日図書館のお仕事を手伝った。配達とか影を記したりとか、そういう外に出るお仕事はなくて、ひたすら返却された図書の修繕や配架をしていた。トキノも一緒に手伝ってくれた。ハジさんとナカさんは鍋もバケツも被らないで、レファレンス業務やカウンター業務をしていた。二人とも鍋とバケツを被っているときとは、まるで別人だった。どっちが本当の彼らなのだろう。

 図書館に来る人たちは住宅地の各所にある地下通路やエレベータで、この地下まで来ているとのこと。流石、物書きが多いテリトリだけあって調べもので来る人が多い。けれど、ナカさんによると、これでもまだ少ない方だとか。休憩中、二人は色々教えてくれた。


「作品をランキングに登録する期限まであまり日がないから、もう書き終わっているっていうクラブも多いからね。加えて、御伽草子様のこともあってテリトリ全体がゴタゴタしているし。あと、書斎会の後もあまり利用者は多くないな」

「そうなんですか」

「ああ、でも助かっているよ。二人じゃやっぱり限度があるからね。ありがとう」


 ナカさんはカウンターの引き出しをガムテープで直していた。全体的に設備が古くなってしまっているのだと思ったが、ハジさんによるとそうではないらしい。


「ここの設備は、テリトリ住人から寄付されたものがほとんどなんだ。だから、みんな愛着があってね。ぎりぎりまで修繕して使うんだ」

「素敵ですね」

「だろ?」

「だから、大切な住人たちを守るために……。彼らが気持ちよく物を書ける環境を整えるために僕たちはいるんだ」


 誰もが物を書くことを愛して、大切に思って、守ろうとしている。それが、温かくて優しかった。


「昨日の話の続きだが!」

「前置きが長すぎたけど、ぶっちゃけ、ここからが本題……」


 夕方の閉館後、二人は鍋とバケツを被った(注:被った理由は分からない)。


「あ、夜行電車には間に合うように、巻きで行くよ……」

「頼むぜ、マジで」


 トキノがうんざりと言った。


「よし、では、色々端折るぞ!! えーっと、そうだな! とりあえず、結果から言おう! アップルパイだ!!」


 ナカさんが叫んだ。図書館内によく通る声だった。


「……はい?」


 当たり前だが、よく分からなかった。その場にアップルパイはなかった。


「流石に端折りすぎだ。もっと詳しく。要点がはっきりと分かるように」

「クソ猫が編集みたいなこと言ってる……」

「うむ! 分かった!! では、もう少し話そう!! 我々は今回のランキングでアップルパイを食す!!!」

「すみません。もっと分からなくなりました」


 素直にそう言うと、鍋とバケツが首を同じ方向に傾げた。ちょっと可愛かった。


「……あのね、昨日の話を聞いてもらって分かったと思うけど、僕ら兄弟としてはこのテリトリのランキング制度が続く限り、団を存続させたい」

「そう!! であるからにして、団長同士のエッセイで決着をつけてしまうわけにはいかないのだ!!」

「ああ、なるほど。それなら分かります」


 このテリトリの物書きを守る。愛する者として愛する物を守ることを信条にしている二人は、今のこのバランスを保っておきたいのだ。


「しかし、みんなの前でエッセイ対決の話をしてしまったからには勝負を放棄するわけにもいかない。そこで……」

「アップルパイだ!!!!」

「……アップルパイを作って、味の感想を書いて提出することにした」

「というか、もうそれを二人合わせて提出した!!!」

「え、ええええ??」


 驚いた。


「なぜ驚く!?」

「……驚く理由は、ないはず」


 確かに、あの時私は、


「次のランキングに向けて、一つずつエッセイを書いてください。我ら団と僕ら団、それぞれの考えのすべてを書いて世間に公表してください。そして、ランキングが高い方を、テリトリ中から認められた考えとして勝者とします。これで決着です」


 としか言っていない。


 それぞれの団の考えを世間に公表する。。つまり、そのエッセイの内容がアップルパイの味の感想でも、何の問題もない。そして、私は。二つの考えが合わさってしまえば、ランキングの高い方の考えも出ないし、勝者も出ない。よって、決着はつかなくなるということだ。

 愕然とした。


「滅茶苦茶だろ!」とトキノが気持ちを代弁してくれた。本当に滅茶苦茶だ。


「……滅茶苦茶、上等。悪いけど、まだ僕らは終われないんだ」


 終われないという言葉を聞いたとき、どきりとした。『終わらない話』を終わらせようとしたオトギリさんのことを思い出したのだ。あのウソのことを。

 終わらせたいと願う人がいて、終わらせたくないという人もいるのだ。


「じゃあ、何で先日は”争いを終わらせたい”なんて言っていたんですか?」

「終わらせたいのも事実だからだ!! 外から来た図書館の者なら、もしかしたらこのテリトリに蔓延る問題を解決してくれるナイスなアイデアあるいはヒントを提供してくれるんじゃないかと思ったのだ!!!」

「外からの意見、大事だから……。何か突破口があればと思って……」

「他の図書館も朝日図書館に協力する形で意見をくれている!! 団の裏事情を話したのは、これが初めてだがな!」

「くれぐれもご内密に……」


 二人の念押しに、私は決して団の経緯を話さないことを固く約束した。たぶん、ばらしてしまったら、御伽草子のテリトリが大変なことになるに違いない。

 秘密はこの日記にしまっておこう。


 そして、ハジさんとナカさんは、私とトキノを竜胆駅まで送ってくれた。鍋とバケツを被った団長姿ではなく、図書館の館長としてエプロンを身に着けていた。トウドウさんはテリトリ管理のお仕事で来られないとのことで、電話でやりとりをするだけになってしまった。


「お世話になりました。また、来ます」

「ええ、是非いらしてください」


 トウドウさんとの会話は、これだけだった。けれど、トウドウさんの声は不思議と晴れているように思えた。


「お世話になりました、ナカさん、ハジさ……」


 トキノに口を塞がれた。駅には他の乗客もいた。図書館の館長姿の二人を迂闊に団長の方の名前で読んでしまうなんて、うっかりしていた。改めて二人に尋ねた。


「ごめんなさい。お名前を伺ってもよろしいですか?」


 別れ際に尋ねるにはおかしな質問だ。けれど、二人はそっくりな笑顔を浮かべて応じてくれた。


「これは申し遅れました。僕は、イシエ。!」

「僕は、カワエです。!」


 二人のセリフに、私たちはみんなして大きな声で笑った。


「‐‐‐‐本日は運命線、竜胆駅をご利用いただき、誠にありがとうございます。お客様にお知らせいたします。当電車、まもなく当駅を発車いたします。ご利用のお客様はご乗車の上、お待ちください」


 アナウンスが響き、私たちは電車に乗り込み、窓際の席からイシエさんとカワエさんに手を振った。二人もよく似た顔で、でも全く同じというわけではない顔で、こちらに向けて、電車が発車して駅を出るまで手を振り続けていた。

夕食には、二人がくれたアップルパイを食べた。私もアップルパイの感想をエッセイで書こうかな。


 アップルパイも食べて一息ついて、電車に揺られながら日記を書いている。この半月ほどで色んなことがあって、色んな人に出会った。それと同時に、このサイハテの町には私の知らないことがたくさんあることも知った。もちろん、私が見たことは、そのほんの一部でしかないのかもしれない。それでも、私は多くを見てみたいと、そう思ったのだ。


「トキノ、私色んなことが知りたい。できるかな?」


 トキノに尋ねると、


「俺がどうこう言えることじゃない。できるかどうかは自分にしか分からない」と私の膝の上で丸まりながら言っていた。



 追記:次日記を書くのは、『終わらない話』を黄昏図書館に届けて一段落してからにしようと思う。今回は路線を間違えないようにしなくちゃ!!

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