第19日 終末暦6531年 3月19日(土)

 終末暦6531年 3月19日(金) 晴れ チーズリゾット


 さっき屋敷に帰ってくるまで、私もトキノもずっと外にいた。正直、クタクタだけど、頑張って日記を書くことにする。途中で寝ないように頑張る。


 まずは昨日のことだ。

 朝、目が覚めると、屋敷の部屋ではなく竜胆駅の駅舎の前にいた。

 大通りに敷かれた布団の上で私とトキノは空を見上げてしばらく自分が置かれた状況について、眠い頭で考えを巡らせていたのだった。巡らせた結果、私の周りを取り囲んでいたたくさんの鍋とバケツに挨拶をした。


「……どうも、おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます」


 鍋もバケツも礼儀正しく挨拶をした。


「えっと、どうして私はここにいるのでしょうか?屋敷の部屋にいたはずなんですけど……」

「それは、我らが小さな女の子と小動物をここまでお連れしたからだ」

「それは、僕らが幼女とクソ猫をここまで運んだからだ」


 鍋とバケツが交互に言って、鍋の何人かが悲鳴を上げて失神した。鍋とバケツがいがみ合いはじめたので、別の鍋とバケツにも尋ねてみた。


「どうして連れてこられているのでしょうか?」

「それは我らの争いのためだ」

「それは僕らの×××のためだ」


 取っ手が外れていたり、焦げ跡が付いていたり、する鍋とバケツは口々に言った。僕ら団の人たちが何か言うたびに我ら団の人たちが失神していて可哀想だなと思った。トキノはまた私の耳を押さえていた。


「争いのため?」

「そうだ。そもそも、我ら団と僕ら団は、そろそろこの長きに渡る表現の争いを終わりにしたいという点では意見が一致しているのだ。そして、互いに納得がいく決着方法を二つの団で交互に考え、それにのっとり争いをしてきた」

「でも、結局××で××すぎて、×××に××をぶっ刺すような争いになっちゃって毎回決着が着かない」

「だから、我らは」

「だから、僕らは」

「この度、第三者に決着を委ねることにした」


 パフパフパフドンドンドンカンカンヒューヒューとイマイチ盛り上がりに欠ける間抜けな音が沸き起こった。綺麗なキラキラの紙テープが塊になってトキノの頭に落ちた。


「あの、話が見えないので、ハジさんとナカさんとお話させていただけませんか?」

「もちろん、かまわない」

「もちろん、×××××」


 こうして私はハジさんとナカさんに会いに行った。着替えがなかったのでパジャマのままだった。


 ハジさんとナカさんは、”アイスクリームコーンの上に、アイスをいくつ乗せられるか”を争っていた。ハジさんとナカさんがコーンを持っていて、そこに団員の人たちがアイスを乗せるのだ。チョコ、パンプキン、イチゴ、メロンなど色とりどりだ。どちらのアイスの高さも、少なくとも駅舎の屋根の高さは超えている。そして、どちらも下の方は既に溶け始めていて、


「うお!落下する!!落下するぞ!!」

「これは、落ちる……落ちるな……」

「ナカ!それは禁止語だ!!」

「ハジ、うるさい。この×××」


 と二人して叫んでいた。そして、叫びあっている間にも、ドロドロになった色たちは混じり合い、コーンをふやかし、そして、とうとう高すぎる塔はゆっくりとしたスピードで倒れ始めた。ハジさんもナカさんも全身アイスまみれになった。


「おはようございます、ハジさん、ナカさん」

「おお、おはよう、小さな女の子」

「おお、××××、幼女」


 カラフルな二人が手を挙げて挨拶をした。そこにバケツと鍋がやってきて「134対134。引き分けです」とアイスの数を報告した。ハジさんとナカさんは思い思いに悪態をついた。


「……情けない姿を見せて申し訳ない!恐らく、団員から聞いたと思うが、そういうわけだ!協力を頼みたい!」

「第三者の仲立ちがあれば、互いに夜の×××のように××するようなこともなく、自分たちの正しさを見せつけられる」

「でも、私、このテリトリの人間ではありません。あなたたちの争いはこのテリトリにとって、重要なことなんですよね?そこに私がでしゃばるのは違うんじゃ……」


 少し気になって尋ねると、カラフルな二人がそろって首を振った。


「テリトリ内の人間でないから良いのだ! 住宅地にいる連中は、この重大で深刻な問題を避け執筆に明け暮れている! 逃げているのだ!」

「そういう意味でも彼らは第三者だけど、そんな奴らに僕らの争いに関わってほしくない。御伽草子さんに出てきてもらっても良いけれど、彼女は×××で××なのか最近外に出てこないし。それなら、まったくの第三者、つまり幼女に僕らの勝敗を見届けてほしい」

「そう、見届けてくれればいい! 我らは遠慮なく、このテリトリの文学作品の暴力的表現・性的表現などのいわゆる”不適切な表現”を取り締まって、言葉を弄する不埒者どもを成敗するのだ☆団が勝つ様を、その眼で見定めていただきたい!」

「幼女は図書館の人だろ。だから、その公明正大さを信じているよ。僕らは容赦なく、このテリトリにおける言論の自由を主張して過去現在未来の文学作品を守り続けることを誓い、言葉を狩る下賤者どもを消し去るぞ★団が××的にぶっちぎる証人になれ」


 そうして、私は彼らの勝負を見届けることになった(注:その代わりトキノがこの前使用禁止語を使ったことを不問にするよう約束を取り付けた)。

 そして、二人と私とトキノが大通りに輪になって座り、道を挟んで両サイドに鍋とバケツの集団がにらみ合う構図になった。


「では、我々が何で決着をつけるべきか決めていただけるかな!」


 ハジさんが言った。世の中、勝負の手段は星の数ほどあるだろうけれど、パッと思いつくのはテレビゲームとか50m走とかババ抜きとかだった。


「どれもやった。どれも引き分けだった」

「同時に互いをK.O.し、同時にゴールに着き、ババが3.52枚あったな!」

「ちょっと待ってください」


 明らかにおかしな発言があった。


「ババの枚数がおかしいですけど。何で、小数点第二位が出てくるんですか?」

「おかしくないさ。ババっていうのは神出鬼没だからな!」

「3.52だろうが4.99だろうが、×××だ。何もおかしくはないだろ……何言ってんだこいつ」

「そうだったんですか」


 ババ抜きの場合、ババは一つだと思っていたけど、実は違ったらしい。私の勉強不足だったようだ。


「ちなみに今まで他にどんなことをやったんですか?」


 私が再び尋ねると、


「様々やった! 最近やった中で、一番白熱したのは”引きこもりガチョウに言葉を喋らせたら勝ち”だったな」

「結局、引きこもったガチョウが自分に失望して×××しちゃって終わったんだけど……。僕は”ムラクモさんの古典作品『ひぐらし』の読点の数を先に数え終わった方が勝ち”っていうのが良かったと思う」

「読み終えるだけでどんなに急いでも29年かかる計算だからな! 読点数えるだけでも実に半年かかった! 何だかんだで、我らも団員も読むことに夢中になってしまってな! まずもって、数えたとしても正解かどうか確認しようがない!」


 と二人して思い出話に花を咲かせていた。

 やがて、双方の団員から勝敗記録が提供された。見たところ、トランプやチェスなどありきたりなネタの他に、かなりマニアックなところもやっているようだ(注:そして、見たところ、どれもこれもどうしようもない理由で決着がつかないか引き分けになっていた)。


 二人が語らっている間、私は考えていた。

 二人はもちろん、二人を支持している人たちが納得するように決着をつける方法……。そもそも話を聞く限り、勝負と言えないものも少なくない。でも、二人は早く決着をつけたがっている。たぶん、それは我ら団僕ら団だけじゃない。トウドウさんだって頭を悩ませていた。そうだ。この”不適切な表現”の問題。本来なら、テリトリ全体で受け止めなければならない問題のはずだ。物書きの多いテリトリが直面した、物書きにとって重大な問題。そのはずだ。

 であるならば、やるべきことははっきりしている。


 


「お二人とも聞いてください」


 いつの間にか互いの鍋とバケツを打ち付け合っていた兄弟に私は言った。大通り一帯が静まって緊張する。

 私は私の話をするのが苦手だ。むしろ、できないと言って良い。けれど、そうでない話ならきっとできる。あなたたちの話ならきっとできる。そう思って私は提案を口にした。


「次のランキングに向けて、一つずつエッセイを書いてください。我ら団と僕ら団、それぞれの考えのすべてを書いて世間に公表してください。そして、ランキングが高い方を、テリトリ中から認められた考えとして勝者とします。これで決着です」


 一瞬の沈黙の後、二人は言った。


「おお、それはすごい!」

「×××だな。悪くない」


 周囲からも歓声が挙がった。通りの桜が妙にきれいに見えて、私はちょっと嬉しくなった。


 それで18日は終わった。……となれば良かったのだが、この話には微妙に続きがある。

彼らは”どちらが先に執筆用パソコンを使うか”で争いだしたのだ。聞くと、ハジさんとナカさんは一緒の家に暮らしていて、そこにはパソコンが一台しかないらしい。どちらかが原稿用紙で書くとか、団員からパソコンを借りるとか色々と提案したのだが「同じマシンを使わないと不公平だ」とのことで却下された。

 そして、彼らは大通りを挟んでにらめっこを始めた。

「にらめっこしましょ。笑うと負けよ。あっぷっぷー」で始め、笑った団員は帰宅する。そして、最後に残った団員のリーダーが、パソコンを先に使う権利をもらうのだ。


「もちろん、見届けてくれるな!?」

「頼む、幼女……」


 私は大通りで布団の上に座り、笑った人に帰宅するよう言う係をやった。要するに審判だ(注:声に出して笑った人だけカウントした。だって、みんな顔が見えない)。

 これをついさっきまでやっていた。18日夜から19日夜まで(注:この間、双方の帰宅した団員が、自宅から酢飯とルッコラを差し入れしてくれた)。


 結果は、最後まで残っていたハジさんとナカさんがお互いのふくれっ面(注:本当にふくれっ面だったかどうかは自信はない)で同時に噴き出して引き分けだった。すごく疲れた。夜中になってしまったのにトウドウさんが起きて私の帰りを待っていてくれたようで、さっきチーズリゾットを作ってくれた。温かくて、パセリとチーズの香りがとてもよく合っていた。

 可能なら、明日はちゃんと部屋で目覚めたいなあと思う。



 追記:忙しくて、トキノの悩みを聞くのを忘れてしまった!

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