第14日 終末暦6531年 3月14日(月)

 終末暦6531年 3月14日(月) くもり 豪華すぎて料理名が分からないけど美味しい料理


 日記が一日分空いてしまった理由と一昨日から今日まで続いたゴタゴタを説明するには、まず、御伽草子のテリトリの事情を説明しなければならない。


 このテリトリでは、大きく分けて二つの勢力が長い間争っていた。

一つは、《我らは遠慮なく、このテリトリの文学作品の暴力的表現・性的表現などのいわゆる”不適切な表現”を取り締まって、言葉を弄する不埒者どもを成敗するのだ☆団》、もう一つは《僕らは忌憚なく、このテリトリにおける言論の自由を主張して過去現在未来の文学作品を守り続けることを誓い、”不適切な表現”を理由に言葉を狩る下賤者どもを消し去るぞ★団》。名前が長すぎるので、それぞれ略称を《我ら団》と《僕ら団》と言った(「ふざけた名前だ」とトキノが呆れていた。私は面白い名前だと思う)。

 それぞれの団体は正式名称で示されている通り、互いにそれぞれの目的で活動し、そして、ぶつかり合うことになったのだった。


「初めは、ただの兄弟喧嘩だったのです」


 そう言ったのは、このテリトリを治める御伽草子の付き人、トウドウさん。若葉色の浴衣がとても似合う羊だ。畳の床に正座をして、私たちはトウドウさんの話を聞いた。ついさっきのことだ。


「我ら団の団長は兄のハジ、僕ら団の団長は弟のナカ。この双子の兄弟の些細な言い争いで事は起き、じゃんけん、○×ゲーム、七並べなどと発展し、現在ではテリトリ中を巻き込む大混乱となっています。二人の理念に反するという理由で、殺傷行為が禁止されているのが唯一の幸いです。確かに、このテリトリは物書きが多いですから、彼らの掲げる問題に対して、何かしら解決策を打たねばならないのは道理。しかし、このような状況はテリトリを治める側といたしましては、頭が痛いと言わざるを得ません。同じサイハテに住まう民として、お恥ずかしい話です……」

「そりゃ、大変だな」

「心中お察しします」

「風見堂のテリトリも、特に貴女は、大変な目にあったと聞き及んでおります。テレビ男さんという方……お気の毒でした。うちのテリトリから葬儀屋を派遣させていただきました。微力ではございますが、せめてもの気持ちです」


 御伽草子とは、『終わらない話』を書いている小説家、そしてテリトリの管理者であるオトギリさんという女性を指す言葉だそうだ。お会いしたかったが、執筆作業中で現在は面会謝絶になっている。もう少しで書き終わるはずだから待ってほしいとトウドウさんは言った。そして、彼は丁寧に頭を下げて土下座をしたのだ。


「お待ちいただく間、先の非礼のお詫びをさせていただきます」


 結果、私たちは”豪華すぎて料理名が分からないけど美味しい料理”を大量にいただくことになったのだった。


 トウドウさんが言う”先の非礼”というのが、一昨日、つまり12日から私たちが巻き込まれていた一連の出来事だ。

 一昨日、竜胆駅に到着するや否や、私たちは我ら団の人たちに取り囲まれたのだ。

 竜胆駅で降りた他の乗客も同じように囲まれていた。


「我らは遠慮なく、このテリトリの文学作品の暴力的表現・性的表現などのいわゆる”不適切な表現”を取り締まって、言葉を弄する不埒者どもを成敗するのだ☆団だ!略して我ら団!そして、私は団長のハジ!竜胆駅へようこそ、小さな女の子と小動物!」

「こんにちは、ハジさん」


 彼らは大小様々な大きさの鍋を被っていて、お揃いのTシャツを着ていた。団体名がTシャツの正面と背中側にかけて書いてあるようだった。背格好も似ていて顔が一切見えないので、誰が誰なのか分からない。団長のハジさんも人ごみに紛れてしまえば、見分けがつかないのではないだろうか。


「到着して早々申し訳ないが、テリトリに入る前にあなた方を検査させていただく!」

「こっちは図書館の者だ。館員証もある。御伽草子から『終わらない話』をいただきに来ただけだ。不審なもんなんて持ってないぞ?」

「何だって!?」


 ハジさんが大げさに飛び上がった。周りの鍋もがたがたとなって、騒がしくなる。口々に何か言い合っていたけれど、細かいところまでは聞き取れなかった。


「黙っていただけるか、小動物!今のは使用禁止語だ!」

「は? 使用禁止語? いつからそんなバカげたもんがサイハテにできたんだ?」

「な!? また、禁止語だ!!!」

 ハジさんはまたジャンプした。


「どなたか、この小動物を捕まえてもらえるか!じっくり尋問してさしあげなければ!」

「ちょっと待ってください。彼は私の友人です。連れて行かないで!」


 トキノが連れていかれそうになったので私は叫んだ。

「小さな方、友人だろうが家族だろうが恋人だろうが関係ない!彼は1878237564語の使用禁止語のうちの2語を使用したのだ!よって、然るべき裁きを受けていただくしかない!」

「そんなの……!」


 私は口をつぐんでしまった。脇に控えていたトキノが、私に向けて首を小さく振ったのが見えたのだ。確かに、使用禁止語が何なのか分からない以上、余計な言葉を言って私まで捕まってしまうのは良くないということは分かっていた。


「とにかく貴女も検査を行う!その荷物も没収だ!」


 荷物の中には色んな資料が入っている。黄昏図書館から預かったものや自分で持ってきたもの。それにこの日記。その中にもしも、彼らの言う使用禁止語がつかわれていたら……。

 とっさに私は荷物に覆いかぶさった。我ら団の人たちの手が次々とこちらに伸びてくる、


「待ちやがれ、クソども」


 と思ったところで、別の声が響いた。


「何者だ!?」


「僕らは忌憚なく、このテリトリにおける言論の自由を主張して過去現在未来の文学作品を守り続けることを誓い、”不適切な表現”を理由に言葉を狩る下賤者どもを消し去るぞ★団。略して僕ら団だ。僕は団長のナカ。竜胆駅にようこそ、幼女とクソ猫」


 我ら団に相対するように別の集団が表れていた。その名も僕ら団。

 彼らは大小様々な大きさのバケツを被っていて、お揃いのセーターを着ていた。団体名がセーターの正面と背中側にかけて書いてあるようだった。背格好も似ていて顔が一切見えないので、誰が誰なのか分からない。団長のナカさんも人ごみに紛れてしまえば、見分けがつかないのではないだろうか。

 竜胆駅はそう大きくない。それにも関わらず、このとき駅舎は人でごった返していた。先日行った彼岸花駅と同じでこの駅も無人駅だ。彼らを止めるものはその場にいなかった。

 ナカさんの登場にハジさんはまたその場で飛び上がって驚いた。


「ナカ、我が二親等!また使用禁止語を使っているのか!嘆かわしい!」


 ハジさんがナカさんに詰め寄った。


「ナカ、そんなことをして、このテリトリの、サイハテの未来はどうなる?言葉を無駄に弄すれば、世の中に悪影響が出て破滅を迎えるぞ!」

「ハジ、僕の兄貴……。×××で最高に××××な幼女と××××なクソ猫に対して××××するなんて、××××じゃないか。下半身を××××して、わき腹をペンチで×××して×××××するような××××××だな」

 ハジさんのセリフはほとんど聞こえなかった。何を思ったのか、トキノが凄まじいスピードで私の首の後ろに縋り付いて、耳を塞いできたのだ。ところどころは聞こえたけれど、上に書いたような感じで曖昧だった。ハジさんのセリフで、我ら団の何人かがその場で叫んで失神した。


「ハジ、そんなことをして、このテリトリの、サイハテの未来はどうなる?言葉を無駄に狩れば、世の中に××××が出て破滅を迎えるだろうよ」


 そうして唐突に沈黙がやってきた。空は曇っていて、ごうと風が吹いていた。二人とその周りの人たちは互いに互いを無言で睨み付けていた。空気がピリピリとしていた。

 まだテリトリの地面すら踏んでいない状態で、とんでもないことに巻き込まれたなあと思った。次、沈黙が破られたときのことを思うとちょっと怖かった。そして、


「ハッ……ハックチュン」


 可愛いくしゃみが聞こえた。


「……」

「……」



「ナカぁぁあぁああ!!!!!!!」

「ハジぃいぃいいい!!!!!!!」


 それを皮切りにバケツと鍋がぶつかり合った。二つの団体がもみくちゃになる。バケツを叩いたり、鍋をぶつけたり。

 しばらく、私たちはできるだけ目立たないように荷物を抱きかかえた体勢のままでいた。


「……トキノ、お大事にね?」

「ん」


 心配になって言葉をかけると、トキノがズズッと鼻をすすっていた。


 それから数時間して、駅舎内での騒動は収まった。どさくさに紛れて私とトキノはようやく御伽草子のテリトリへと足を踏み入れたのだ。

 頭上には目いっぱい5色の布がはためき、空を染め上げていた(注:トウドウさんいわく、五色幕というらしい)。

 くもり特有のじめじめとした空気はそのままだが、それだけでも空間を華やかにしていた。

 駅舎からはまっすぐ道が伸びていて、そこにはたくさんの赤い鳥居が並んでいる。道はゆるい上り坂になっていて、その先に大きな瓦屋根の建物がある。これが、今私たちが滞在している建物……御伽草子、オトギリさんの屋敷だ。

 道の両側に薄桃色の花の木が植えられていた。風で枝が揺れて、花が散っていた。思わず「うわあ」と感嘆の声をあげてしまった。まるで雪みたいだ。テリトリ滞在中にまたゆっくり見に行きたい。


 その道(注:たぶんこのテリトリで一番大きい通りなのではないだろうか)を挟んで、我ら団と僕ら団は争っていた。具体的にどう争っていたかといえば、


「ケンパ、ケンパ、ケンケンパ!!」

「ケンパ、ケンパ、ケンケンパ……」


 みんなでケンケンパをしていた。時々、あちこちで歓声があがっていた。


「ねえ、トキノ、ケンケンパって勝ち負けってあるの?」

「さあな。どんなルールでやっているんだか」


 トキノも首を傾げていた。


 そこから坂を上り終えて、屋敷にたどり着くまでに一日と半日かかった。坂を上る途中で、二つの団のケンケンパに巻き込まれたのだ。一日と半日の間、私とトキノはケンケンパをやり続けることになり、最終的に噂を聞きつけてやってきたらしいトウドウさんに救われたのだった。このときのことは思い出すと、目まいがしてくるのでここにも詳しくは書かないことにする。


 とにかくそんなわけで、やっと今ゆっくり休むことができている。トウドウさんが客室をあてがってくれたのだ。トキノも疲れたのかすっかり丸まって寝てしまっている。私も疲れたので、早めに寝ようと思う。明日にはケンケンパが終わっていると良いのだけれど。


 追記:さっき電話を借りて黄昏図書館に電話をした。到着したことを館長に伝えた。館長の声が聞けてちょっとほっとした。

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