第6日 終末暦6531年 3月6日(日)
終末暦6531年 3月6日(日) 晴れのち曇り カップ麺(注:カレーヌードル)
日記が二日分空いてしまった。というのも、どうやら一昨日と昨日は《空白の日》だったらしい。月に二、三度、唐突に、こうして二日眠り続けてしまう日が私たちにはある。それが空白の日と呼ばれる日だ。この日がいつ来るのか、予測することはできない。唐突に二日間、ぽっかりと空いてしまう。サイハテの町中が、沈黙する日だ。
大家さんによると、「我々の心と体を健全に保つための、所謂防衛手段みたいなものさ」とのことで。正直、よく分からない。今度改めて図書館で調べてみようと思う。
おかげで、トキノに寂しい思いをさせてしまった。(トキノは空白の日でも眠らないそうだ!すごい!)
「寂しくなんかないさ。話し相手が二日くらいいなくても、どうってことないんだ」
「そうなんだ。なら、良いんだけど」
「お前の寝顔をたっぷり見れたのは良かった。今回はちょっとアホ面だった」
そんなことを言われたので、肉球ぷにぷにの刑に処してあげた。悲鳴を上げていた。
空白の日とその翌日は黄昏図書館はお休みなので、ちょっと布団の中でだらだらしてから、お昼過ぎに燃えるごみを出しに外に出た。とっても気持ちの良く晴れていて、遠くにはドラゴンの群れが飛んでいた。そういえば、近々、キサラギさんが遊びに来るとか言っていたけれど、いつ来るのだろう。楽しみだ。
ゴミ捨て場でテレビ男さんとかち合った。テレビ男さんは101号室の住人だ。今日もいつもの上下赤いジャージだった。
彼はいまだに本名を教えてくれない。本名を知られると組織に消されるからだそうだけれど、組織って何の組織なのだろう?テレビ男さんは、ここのテリトリを治めている《風見堂》で働いているから、いざとなれば、その組織とやらからも身を守ってもらえるんじゃないかと思うんだけど。
今朝もテレビ男さんは周囲を気にしながら恐る恐るゴミを捨てているようだったので声をかけてみた。
「こんにちは、テレビ男さん。今日のブラウン管の調子はいかがですか?」
「う、お、お前さんか。ブラウン管の調子はすこぶる良いし、画面も磨いてあるよ、うん。……連れの黒い獣はいないのかね?」
「トキノなら、部屋で爪を研いでいますよ」
テレビ男さんの表情はよく分からない。テレビ男さんの頭はテレビになっていて、その画面にはいつも何も映っていないからだ。けれど、声の調子から、トキノのことを相当気にしているのが分かった。彼は猫が苦手なのだ。
「そうなのか。……それにしても、3日、4日と空白の日だったね。おかげで組織は来なかったようだが」
「それは良かったですね」
「良くない。ちっとも良くないんだ」
テレビ男さんが言うには、この二日間に絶対やらなければならなかった彼の仕事ができなかったので、組織が彼のところを尋ねてくるに違いないと言うのだ。
「私はおしまいだ。おしまいだ。おしまいだよ。組織は私を狩りに来て、このテレビを掻っ攫うに違いないんだ。風見堂に迷惑をかけるわけにもいくまい。いっそ影を呼び込んで、首なしになってしまおうか」
「バカなことを言わないでください!」
彼の言葉があまりにも身勝手だったので私は思わず大きな声で怒鳴ってしまった。今思えば少し恥ずかしい。でも、影が増えれば周囲の人にも迷惑をかけることになる。それになにより、彼が首なしになってしまうのは嫌だった。せっかく、このアパートの住人同士なんだからいなくなってしまったら悲しい。そんなようなことを私は彼に力説した。
「そ、そうか。確かに、お前さんの言う通りか。誰かを悲しませるのは私の本意ではない。首なしになるのも、組織に狩られるのも、やめておくとしよう。少なくとも、今日は生き残る道を選ぶとするよ」
最終的にテレビ男さんはそう言ってくれた。やっぱり表情は分からなかったけれど、優しい声をしていた。
その後、テレビ男さんは「ティッシュのゴミがかなりあるんだ。えっと、風邪をひいていたからね。かなり鼻をかんだんだ、うん。全部捨て終わるまでに回収屋が来ないと良いんだけど」と独り言を言いながら部屋に帰っていった。テレビ男さんの鼻ってどこにあるんだろう?
3月3日の仕事の件を番傘屋に報告に行った。でも、入り口に「本日休業。次回開店は一昨日か三年前」とあって、入ることができなかった。無駄足になってしまった。
その日の夜は、いざというときのために買い置いていた非常食のカップ麺(カレーヌードル)を食べた。トキノには散々栄養とか健康とか小言を言われたけど、ふとしたときにこういうカップ麺を食べたくなるのだ。
残ったスープにご飯、とろけるチーズを入れてレンジでチンして食べた。美味しかった。パセリを入れたかったけど、切らしていたので入れられなかった。残念だ。冷凍のシーフードミックスを入れても良い味が出るらしいから、また今度やってみよう。
※追記:夕食のとき、トキノにテレビ男さんの鼻について話してみたら「他人の事情を深く考えすぎたら負けだ。男に関しては特にだ。男にそんなに入り組んだ事情はないが、その分、知ったら後悔することも多いから」と言われたので、あまり考えないことにした。後悔はできればしたくない。
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