第2日 終末暦6531年 3月2日(水)

終末暦6531年 3月2日(水) 晴れたり曇ったり  そばかりんとう


 休日明け、仕事場である《黄昏図書館》に出勤して自分の書架を見てみると、仕事がどっさり溜まっていた。週休三日制なのはとても嬉しいけれど、休みの間にこうして色々溜まってしまうのはやっぱりあまり良い気分ではない。後から聞いた話だけれど、隣のデスクのイノウエさんは、また飲みすぎたらしく朝から昼頃まではトイレの住人と化した後、誤ってそのまま流されてしまい、結果午後に半休を取ることになったそうだ。


 イノウエさんは気の毒だけど、私は私で仕事があったのでいつもの格好(注:黒いフード付きのマント)で外へと出かけた。途中で大鎌を忘れていることに気付いて事務所まで引き返した。仕事道具を忘れるなんて迂闊だった。(トキノには内緒だ。トキノが知ったら茶化すに決まっている。)


 仕事はどっさり溜まっているのだけど、今日中に片づけられそうな仕事はその中に一つしかなかった(注:他は数日かけなければならないものばかりだった)。事務所からの北へ数km先にある空き地に出る《影》を記す仕事だ。厄介なことに、この空き地があるのは《番傘屋》のテリトリなので、まずは彼にテリトリへの入場券をもらってこなければならなかったのだ。


 番傘屋は茅葺屋根の大きなお屋敷に住んでいる。部屋中にありとあらゆる柄の番傘が飾られている。中でも玄関先に飾ってある淡い桃色の花柄を散らした白い番傘は私のお気に入りだ。


「やあやあ、お困りなようだな。小さなお嬢さん」と番傘屋はいつものように私に慇懃無礼に挨拶をしてきたとき、私はやっぱりいつものように苛立ちを覚えた。もちろん、ここで言い返せば仕事に差し障るので、私は色々悪態をつきたいのを我慢するしかなかった。何より、引っ越してきたばかりの頃に今のこの仕事を斡旋してくれたのが番傘屋だったのである。下手に口答えできないのも仕方がなかった。とは言え、本来は数分で済むはずの切符発行に数時間かかったのはいただけなかった。


「ごらん。これは砂時計の中に小さな番傘を合わせてみたんだ。ボクの趣味は砂時計集めだが、番傘屋としての役目もあるからな」

「趣味と仕事は同時に存在できるということでしょうか」

「違う。何を言っているんだ、キミは。バカを言うのも大概にしたまえ。そんな話は昨日済んでしまっている。私が言いたいのは、アルパカとロバの違いはなんだっていうところだ」

「そんなことおっしゃっていなかったじゃないですか」

「アルパカのアルが"在る"を意味するなら、パカは何を意味するんだ。これは是非アルパカに聞いてみなければな。そうだろう、キミ」

「……」


 こんな具合に、話は彼が趣味にしている砂時計収集からアルパカの話、そして、サイハテに最近増えてきた《首なし》の問題など多岐に渡り、「まあ、すべてどうでも良いことであるな。無意味なことなんだ。意味があるのはこのボクだけで十分なのだ」という一言で終わった。彼の話には心底うんざりだ。


 結局今日は切符発行に手間取られて、テリトリに行くことは叶わなかった。重い鎌をわざわざ持ち出したというのに、骨折り損だ。

 明日は木曜日、つまり《雨ノ市》なのであまり外回りはしたくなかったのだが……。それこそ、《雨ノ市》の日は《首なし》をはじめ、色んな《影》が跋扈することになるから気をつけねば。


 疲れ切って家に帰ると、昨日取っておいたそばがすべてかりんとうに変わっていた。「さっきカシワギが来て、レシピを教えてくれた。これなら俺も食べられるからな」とトキノが得意げに喉を鳴らしていた。実際、疲れ切った身に甘いものは美味しかったけれど、食べすぎると太ってしまうなあとも思った。あと、夕飯にはあんまり向いていないなあと思った。


追記:3月17日…アルパカのアルは"在る"という意味ではない。「合金よ。銅と亜鉛とニッケル。別名ニッケルシルバーとも呼ばれているわ」とミナミさんが教えてくれた。

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