悪魔から手品を少し

モンスターなカバハウス

第1話

とある城に女性の騎士様が住んでおりました。

こちらの騎士様、実力は勿論なのですがある理由により、王子直属の騎士様となっています。

その理由というのも


「今入ってきた男は悪魔です。捕まえなさい」

「なんでばれたんだ!?」


騎士様には悪魔を見破る目を持っていたからです。

悪魔は人間に悪さをするため、取り憑くため、人の姿に化けて油断を誘うのです。

もし王宮に悪魔が入りこんでしまったら国が大変なことになってしまいます。

そんな人に化けた悪魔を見ただけで見破ることが出来るという騎士様はとても重要な存在でした。


ですがそんな騎士様にも弱点はあります。

悪魔を見破るというお仕事のせいからかとても疑り深い人間なのです。

周りの我がままな行動がそれに拍車をかけます。


「私のことが好きだから付き合ってください?ではまずあなたと交際している二人のメイドにどうするべきか聞いてからお答えしますね。えっ?ごめんなさい?聞こえませんね」

「王子が悪魔に取り憑かれている?悪魔の退散には私の愛ある看病が必要?ついでにおいしいお菓子が食べたい?私を呼びに来る前にあれをちゃんと叱りなさい」

「王女様が悪魔に取り憑かれている?一緒のお風呂に入ってくれなくなった?いえ、失礼ながら王様それは・・・」


昔はもう少し人の話をちゃんと聞いていたはずなのに。

信じることに疲れてしまったのでしょう。

いつしか騎士様は話をちゃんと聞くことを諦め、すべて疑って仕事をしようと割り切ってしまいました。

ですが割り切ったからと言って仕事が楽になるとは限りません。

とくに彼女が仕える王子はどうしょうもない男でした。


「ねぇねぇ、僕さ、夜一人で寝られないから今度添い寝してよ。え、男の人はって?なんで男なんかと寝なきゃいけないのさ」

「ねぇねぇ、その剣貸してよ。僕が本気を出せばドラゴンも悪魔も一撃さ!ねぇ、聞いてる?聞いてないとパパに言いつけるよ」

「ねぇねぇ、僕のお嫁さんにしてあげるよ。嬉しいでしょ?10番目ぐらいだけどね」

「ねぇねぇ」

「ねぇねぇ」


王子が何か言うたびに騎士様の心は疲弊していきます。

王子が何か言うたびに騎士様の心から余裕が消えます。

王子が何か言うたびに騎士様の顔から表情が無くなります。


このままでは王子をばっさりと切ってしまいそう。

そう思った王様が彼女に休暇を出して、城の外でしばらくゆっくりするように言いました。


「休暇をもらいました。何をしたらいいんでしょう?」


騎士様は始めての休暇のため、何をしたらいいのか分かりません。

しかも今は調度冬の季節です。

普段やっている芸や見世物が一切無く、皆家に閉じこもっています。


どうしましょう。どう過ごせばいいんでしょう。

休暇はしばらくあります。

一人で過ごすにはあまりにも長い時間が。

仕事ばかりしてきた騎士様に暇潰しの方法など思いつきませんでした。


思いつかないなら人に聞こう。

騎士様は今日泊まる宿の女将さんに何かいい休暇の過ごし方が無いか聞いてみました。

すると


「この季節ならあれさね。有名な手品師が町の外にいるからそれを見るのが一番だよ」

「なぜこんな冬の時期に外で手品をしているんですか?」


騎士様は不思議に思います。こんな寒い時になんでわざわざ。


「さぁねぇ? でもこの季節しかいないんだよ。今見とかないとまた次の冬まで見れないかもしれないよ?

冬の妖精みたいなもんさね」


他にやることも無いので女将さんの言うとおり見に行くことに決めました。

町の外まで行くと一人の男が数人の子供に囲まれているのを見つけました。

きっとあれが女将さんの言ってた手品師だ。

そう思い近づいていくと


「可愛い子供達ですね♪食べちゃいたいぐらい♪」


と危ない発言をしている男がいました。

しかもこの男よく見ると人に化けた悪魔ではありませんか?

これは世のため、人のため、切るしかありません。


「とう」

「ギャー!!」


悪魔はすごい弱かった。

軽く剣で突いたら悲鳴を上げて倒れました。


「痛いじゃないか、いきなり切るとは何事だい?」


悪魔は復活も早かったようです。


「あーあ、子供達も逃げちゃった。今日のご飯どうしよう?」

「私がいるかぎり子供達を食べるなんて許しません」

「子供達を食べる?子供を食べてどうするのさ?」

「とぼけないでください。先ほど子供を食べたいと言っていたでしょう」

「君は比喩を覚えたほうがいいと思うよ。僕が殺されないためにも」

「うるさい。悪魔が言い訳をするな」


普通の悪魔は正体がバレたらその瞬間に観念するのにこの悪魔は良く喋ります。


「というか良く分かったね僕が悪魔だってさ」

「あなた達を判別する目を持っているのです。いくらごまかそうとしても無駄ですよ」

「へー、便利だね。で、何で僕を切ろうとするのさ」

「私が騎士でお前が悪魔だからです」

「何で悪魔だから切るのさ」

「悪魔は放っておくとすぐに悪さをします。野放しには出来ません」

「いや、それ間違ってるし、悪魔は別に悪さをするわけじゃなくて人を『騙す』のさ」

「ん?何も違わないでしょう」

「違うよ。だって僕達悪魔は人を騙すことで食事をするのさ。相手が騙されて初めてその事実を食べることが出来るんだよ」


人を騙したらそれが食事になる。

騎士様が初めて聞く悪魔の生態です。


「でも結局人を『騙す』のでしょう?食事がそれなのは同情しますがやっぱり見逃すことは出来ません」

「だから別に『騙す』ことが必ず悪いことではないだろう?他の悪魔は方法を間違えているのさ」


騙すことが悪いことではない?

意味が分かりません。


「他の悪魔は人間に悪さをして騙す。そのほうが簡単だし人間のことが嫌いだし。でも僕は別さ。人間は嫌いじゃない。むしろ好きだね」

「ではどうやって食事をするんです」

「『騙す』んだよ。僕の手品で人間の視覚をね。そうすれば食事も出来るし人間にも迷惑かけないしどっちも得でしょ?」

「それは...そうなのでしょうか?いえ、あなたは悪魔。今も私を騙そうとしているに決まっています」


騎士様は疑り深い人です。

ましてや相手は悪魔。

簡単に信じることなど余計に出来ません。


「じゃあこうしよう。僕はこれから人間と同じ食事を一切しない、元々必要無いしね。手品だけするからそれをしばらく君が見張ればいい」

「私はこの冬が終わるまでしか休暇がありませんね。ずっとは無理です」

「僕も冬の間だけここにいるから後2ヶ月、人間と同じ食事もせず、人を手品以外で騙したりしない。もしそれでも納得がいかないならその時殺せばいい」


騎士様は考えます。

どうせ休暇もやることが無い。

ならばこの悪魔を監視していればいい暇つぶしになるでしょうと。


「分かりました、これから2ヶ月ずっと一緒にいます。もし何か悪さをするようならすぐに切りますから」

「女の人とずっと一緒!?そうか、うんそういうことになるんだよね。どうしよう緊張してきた」

「?」


こうして悪魔との奇妙な2ヶ月が始まりました。

悪魔は宣言したとおり、一切人間の食事をしていません。

ですが、特にお腹を空かす様子もありません。

たまに手品を町の外でするぐらいです。

他にすることも無いのでその手品を一日ずっと眺めるのが騎士様の日課になって行きました。

ずっと一緒にいれば自然と心も緩みます。

何せこの悪魔は今のところ何も悪さをしていないのだから。

次第に二人の間に会話も増え、遠かった距離も近づいていきます。


「その手品はいつもどうやっているんですか?」

「それを話したら僕、騙せなくなるから餓死するんだけど」

「いいではないですか。ちょっとぐらいタネ明かししても」

「いやあのね、あー近い近い近い!分かった!分かったから!」

「分かればいいのです。分かれば。で?で?どうやるんですか?」

「あーはいはい、それはまず花を指の後ろに隠して・・・」


騎士様はいつしか悪魔と過ごす時間を日に日に楽しむようになりました。

城で過ごして来た日々とは比べものにならないぐらい、毎日が楽しくなっていきます。

悪魔さんは冬以外の時期に違う場所に旅に出てはいろんな所で手品をしていると言います。

目新しい話やくだらない話、悪魔さんと話していると時間を忘れていきます。


でも騎士様は彼のことを疑うことをやめません。やめれません。

だって彼は悪魔なのだから。


そんな彼女の疑いをよそに時間は刻々と過ぎて行きます。

約束の2ヶ月が明日までに迫っておりました。

騎士様の休暇が終わる日です。

この奇妙な関係が終わる日です。


「明日で最後になりますが、本当に悪さをしませんでしたね」

「だから言ったでしょうに。僕が人を騙すように見えるかい?」

「見えます」

「そうですかい」

「明日まで私はいますが、それ以降も悪さをするんではありませんよ」

「あれ?それって僕は信じて貰えたのかな」

「ひとまず様子見です。また来年の冬見張りに来ますので」

「来年も見張られるのか、新しい手品考えないとな」

「そうですよ。騙さないと生きていけないんだからしっかり私を騙しきってください、悪魔さん」

「了解です。騎士様」

「ではとりあえずまた明日」

「あっ、ちょっと待って」


悪魔が呼び止めます。


「僕と・・・いや、やっぱりいいや。明日言うよ」

「はい?なんだか分かりませんが待っています」

「約束だよ」

「ええ?約束です」


悪魔は何を言いたかったのでしょう?

明日になればどちらにしても分かるはずです。


そしてその明日になり、騎士様がいつも通り悪魔さんのところに行くと違う人が立っていました。

あの我がままな王子です。


「やぁ、待ってたよ!僕に黙って休暇なんてとるからどこにいるのか探したんだよ!さぁ、お城に帰ろう。迎えに来たんだ!」


王子が引き連れてきたらしい兵士達が騎士様を囲みます。


「私の休暇は確かに今日までですがわざわざ王子に出向いて頂く必要はございません。後ほど一人で城に向いますのでどうぞ先にお帰りください」

「もう僕とキミの中じゃないか。そんな遠慮しなくていいよ」


王子は人の話を聞きません。

王子はどこまでも強引です。

だって彼は王子なのだから。


「はぁ、分かりました。では帰る前に少々友人と別れの挨拶をしますので少しの間だけお待ち頂けますか?すぐに済みますので」


王子と一緒に帰る前にするべきことが、会わなければいけない悪魔がいます。

昨日そう二人で約束したのだし。

すると王子が言いました。


「あの手品師ならもう来ないよ」


騎士様は耳を疑います。

なぜ王子が彼の存在を知っているのだろう。


「知ってるよ。ああ知ってるともさ。キミにちょっかい出してたあの男だろ。悪魔なんだってね。ここに来る間に聞いたよ。駄目じゃないか。悪魔なんかと仲良くしてちゃ」


まるで子供を叱るように王子は言います。


「なぜ彼が悪魔だと知っているんです?」

「同じ悪魔から聞いたからさ。キミを向えに来る途中で捕まえてね。キミを誑かしてる悪い悪魔がいるって聞いたのさ。いや、いいんだよ感謝してくれて。僕はキミを助けたんだからね」


同じ悪魔から聞いた?私を誑かしている?

騎士様は困惑します。だって彼は何も悪さなどしていないのです。

そして王子は続けます。王子が実は違う悪魔に騙されたとも知らずに続けます。


「だからもう来ないよ。安心して。悪い悪魔は僕が退治したからさ!」


言ってはいけない続きを言います。


「手品師の悪魔とか言うから強いのかと思ったけど。すごく弱かったんだよ!いや僕が強すぎたのかもね」


ああ、そういえば悪魔さんは凄い弱かったっけ。


「切ったら逃げ出したから、すぐに弓矢に替えてさ。それで何度も何度も。山の中入ってったけどあれだけやれば死んだでしょ。どう?凄いでしょ!僕がキミを救ったんだよ!」


騎士様は走り出しました。

囲んでいた兵士達をなぎ倒し、山の方へ、悪魔さんが逃げたかもしれない山の中へ。

騎士様は走ります。


「ちょっと何?何で逃げるのさ!おーい!!」


もう王子の声なんか聞こえません。


「お願い、無事でいて!」


だって約束したんだから。

また会えるはずだったんだから。

騎士様は山の中まで入りひたすら叫びます。


「悪魔さん!何処!?返事してください!!」

「怪我は大丈夫なんですか!?もう酷いことさせませんから!!」

「お願いだから返事して!!」


騎士様はひたすら叫びます。

山の中を走りながら何度も何度も叫びます。


「来年もまたあなたの手品を私は見に行くんです!私はあなたを見張る義務があると言ったでしょう!」


違う、こうじゃない。

騎士様は思います。

私が言いたいことはこうじゃなくて。

やっと素直に思えたのはこうじゃなくて。

こんなことにもならないと言えなかったのは


「来年も、その再来年もあなたの手品が見たいんです!」


だって

この2ヶ月間は私にとって一番


「あなたと一緒にいると楽しいんです!」


幸せな時間だったのだから。


「あなたと一緒にいたいんです!!」


騎士様の叫びは山の中に響きます。

返事をするものは誰もいません。

辺りもすっかり夜になってしまいました。


騎士様はひたすら探し続けます。

声が枯れるまで、涙が溢れるのが止むまで。

ずっとずっと探し続けます。



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あれから1年また冬の季節がやってきます。

そしてある町では面白い見世物があるそうです。


「知ってるかい?この町の外で、女の手品師がいるんだってよ」

「なんでも悪魔のような手品を披露するってんで人気があるらしい」


町の外で女の手品師が一人。

「さぁ こちらタネもしかけもございません。何も無いところから花を出して見せましょう」


冬の間、娯楽が少ないこの町では手品が大人気です。


「ふう、今日も疲れましたね。そろそろ教えてもらった手品全部やっちゃったし新しいの考えないとなー」


女の手品師さんはその日一日の手品を終え、帰宅の準備をします。


「騎士辞めて、こんなことして、何やってるんでしょうね」


彼が来るわけないのを分かっているのに。


「あの時の約束、なんて言おうとしてたんでしょう」


そう彼女がぼやくと後ろから男性の声が聞こえてきます。


「駄目な悪魔だけどこんな僕とずっと一緒にいてくれませんか?って言おうとしたんだけどいざ言うと恥ずかしいねこれ」


後ろを振り向きます。


いなくなったはずの彼に文句を言おう。

さんざん泣いてやろう。

一年も遅刻してきたのだから。

だから今は死んだと騙したこの悪魔に


「当然です。あなたをずっと見張っていてあげます」

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