第5話 待ち焦がれた出会い
一体どうしてしまったのだろうか。
最近そのことばかり考えてしまい、他のことが手に着かないでいる。
春。新しい教室で、新しいクラスメイトに囲まれて、私はひとり、広がる青空を見上げる。
私自身何に悩んでいるかなんて、正直わかっていない。けれど、確かに私は悩んでいる。
モヤモヤ、もやもや。
空はこんなに澄んでいるのに、私の心ときたら、どこを切り取っても曇天模様。
教室には、教師が黒板に数式を書き込む音と、シャーペンが紙の上を走る音だけがする。
この時ばかりは、静かなこの空間が心地よかった。
私も周りに倣って何に使うかもわからない数式を、ひたすらに写していく。
今は、それだけで、いい。
お昼休み、いつもの教室で私は気の置けない友人と共にお弁当を広げる。
その時の会話は、今日あったこと、雑誌に載ってた洋服やメイクの話に午後の授業のこと。いつも同じではないけれど、どこか似たような話で、けれどはじめて話すことばかりで。
停滞が、私の心のもやもやを晴らしてくれると、そう思ってしまうくらいには、この時間が、愛おしかった。
しかし、私は見つけてしまった。
窓の外、中庭を颯爽と歩く彼女を。
制服を着崩すことなく、腰まである黒髪は手入れが行き届いていて、陽に当たるとまるで光り輝いているように見える。
無言の令嬢。
この一か月はおろか、この学校に入学してから誰一人として彼女の声を聴いた人はいないと言われるほど無口の彼女。成績は優秀、校内でも五本の指に入るほど。言ってしまえば私みたいな普通で普通の同級生じゃ、ほとんど接点のない彼女。
それなのに、私は随分と前から彼女が気になってしかたない。
この春、新しくクラスメイトになった、彼女を。
放課後、いつものメンバーで帰る途中。
他愛ないことを話しながら、どうでもいいことを思って、昨日と変わらない明日に備えて眠るだけだと、そう、思っていた。
ふと、校門の前で教室のある場所を見上げてみた。
そこには、あの黒髪が、見えた。
もやもやの切れ間が、そこにあった気がした。
私は無我夢中で教室をめざす。どうしてそんなに焦っているのかは、わからなかったけれど、でも、ひとつだけわかっていることがあった。
今にも泣きそうな彼女の表情を、私は見ていられなかったんだと。
話すことも、笑うこともしなかった。
なのに、どうして泣くことはできるのだろう。
やっと教室についた私は、その勢いのままに扉を開ける。
そこには、窓辺に立ちながら、私の方を向く彼女がいた。
息が切れていたけど、そんなことは今はどうでもよくて。
何か言いたいけれど、何も言えなくて。
もどかしい時間が、私たちの間に流れていく。
「……っと」
小さく、風にかき消されてしまうほどの小さい声で、彼女が言う。
やっと。と、ただ一言だけ。
そう、やっとだ。
やっと、私たちは再び出会うことができた。
「ごめんね、気付いてあげられなくて」
遠く、はるか昔の記憶。
泣き虫の、黒髪がよく似合う、少女。
成長した姿が、そこにあった。
「迎えに来たよ
近づき、そっと抱きしめる。
長く、永く、その体温を、忘れてしまわないように。
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