第2話
「えっと、カルラちゃんは、つい最近できたお友達なの」
「とっても綺麗な黒い羽の
「最初は二ヶ月くらい前? カルラちゃんがお店に来てて、私が注文受けたの。なんでかわからないけど、その時にカルラちゃんが私の対応を見て、吹き出して笑って……それから時々、お仕事中にあの子から話しかけてきてくれる様になって」
「なんだか時々寂しそうなお顔してたから、私がお友達になって一緒に遊ぼうって言ったら、カルラちゃんもうんって言ってくれたの」
「それから何回か、私のお仕事が休みの日に、一緒にご飯食べたり雑貨屋さんや服屋さんに行ったりしたんだ!」
「だけど、ある日なんだか難しい内容の紙をお店に持って来て、お友達にしか頼めない話だって」
「カルラちゃんがお金を借りる時に? この人は良い人ですよーって、相手の人に教えてあげる必要がある? みたいな話で、それがれんたいほしょうにんって言うらしいの」
「カルラちゃんがお金を返さずにどこかへ行っちゃった時は、それを私が代わりに払うんだって」
「でも、カルラちゃんそんな事をわざと自分からする人じゃないのわかってたから、大丈夫だよーって笑いながら、その紙に私の名前を書いたの」
「『でもお金がいるなら、少しくらいなら私が貸すよ?』って言ったんだけど、カルラちゃんは『大丈夫、そんな迷惑かけられない』って……」
「カルラちゃんその後、なんだか私の顔をあんまり見なくなってそわそわしてて、お酒もあんまり飲まないですぐに帰っちゃったの」
「で、そこから一週間くらいお店に来なくて、来ないなーって思って一回カルラちゃんが泊まってた宿屋さんを見に行ったら、もう泊まってなかったの……ヒック、大丈夫なの、ぢゃんど話ぜるの」
「ズッ……うん、ありがど。ラビッドブッドさん、優しいんだね」
「えっど……うん、いなくなる直前のお話はこれくらいなの」
「え? お金を返した人? えーっとね、昨日お仕事上がりお家に帰ってる最中に話しかけられたの。カルラちゃんが居なくなったから、お金を返してくれって言われて……名前? 名前は聞いてなかったけど、頭に二本くるくるってした角が生えた
「お金はお家にしかなかったから、お家の前で待ってもらって払ったの」
「それでもう夜遅かったからひとまず昨日はお休みして、それからミナカタさんに聞いてたここに来たの」
以上が、頭の血管を切りそうになりながら聞き出した、彼女の知っている今回の件の全てだ。恐らく、というかほぼ確実に、その魔人はカルラと裏で繋がっているだろう。聞けば聞くほどフェアリー向け詐欺らしい話だ。胸糞悪くて大変結構、すぐにその魔人も腹掻っ捌いて胸に糞を詰め込んでやろう。
どちらかが酒場で働くアホそうなフェアリーに目を付けて、カルラが仲良くなり連帯保証人となった後に、魔人が出張って金を取る。
もしこれでサルメが金を持っていなかったら……どうなっていただろうか。恐らくだが、これからそれがわかるに違いない。彼女の家が魔人にバレた以上、最早今夜にでも彼らが襲撃してもおかしくない。というか、昨日時点で押し掛けて誘拐されなかったのが妙なくらいだ。借金を抱えた友人についての話でもすれば、彼女はいくらでもホイホイ付いていっただろうに。
この世界における警察機構の代わりは騎士団であるが、彼らは勿論警察程に優秀で勤勉で熱意に溢れてはいない。科学の代替としての魔法があったとしても、多種族共存社会において誘拐や奴隷がどれ程大きな罪であったとしても、騎士団が精力的に働くかはまた別の話だ。
もし今夜大衆酒場で働く一人のフェアリーが姿を消したとしても、彼らは『またか』と思いながら、事務方が作った似顔絵入りのビラでも町中に貼るのが関の山だろう。
あの革命とも言える出来事から、まだ十数年しか経っていないのだ。
社会の歩みは往々にして一歩一歩がクソデカく、その中で暮らす人間自体の変化はいつだって牛歩だ。
人が変わるには、社会なんて外側の変革でなく内側、つまりは当人の意識を変える必要がある。本人の意思で、変わろうと思わねばならない。
お偉いさんの意向で好き勝手に舵を取られる社会体制なんてものは、真実世を生きる人々の思惑と比べれば、あまりに大きく、些細でちっぽけなものだ。
そんなわけで俺は、可及的速やかにこの仕事を片付けなくてはならなくなった。最悪ウチの事務所の二階の自室にでもサルメを泊めればいいが、まぁそこまで手間取る事も無いだろう。ウチの事務所は、「仕事は迅速」をモットーにしているのだ。一日もかけずに見つけ出してやる。
取り敢えずサルメには、今日は事務所で待っているように言っておいた。ウチの店にカチコミかけてくる輩はもうこの町に存在しないし、例えそんな命知らずが今日に限って現れたとしても、そろそろ帰っているだろうアイツがなんとかするはずだ。
俺が彼女の要領を得ない話を聞き終えて次に向かったのは、彼女が働いていると言っていた歌う孔雀亭である。
そこでまずサルメと親しい店の関係者を見つけて話を聞くつもりだ。それが終わればミナカタとかいうクソチビ酒袋を見つけ出して、腹の上でハゲたゴリラと一緒にワルツを踊ってやらねばならない。そいつからもその流れで色々と話が聞ければ儲け物だ。
歌う孔雀亭は、有り体に言えばやっすい大衆酒場である。残念ながら俺は足を運んだ事が無い。これは別に俺が石油王で億万長者番付一桁台だからとかそんな理由ではなく、単にウチの店から結構距離があるので、わざわざこんなとこにまで酒を飲む為に来る必要がないからだ。というかもし行った事のある店だったなら、俺もサルメを端から知っていただろう。
俺が店に入ると、こちらを見た客が軒並み3パターンのリアクションをとる。
一つは顔を青ざめさせて、ガンマンの早抜きもさながらに目を逸らし、自分は無関係ですって顔をする奴ら。もう一つは陽気にジョッキを持ち上げ、ここのテーブルにつけと誘ってくる酔っ払い共。これらは昔からこの街に住んでる奴が多い。
そして最後の一つは……
「ギャハハハ! おいおいいつからこの店は動物小屋になったんだぁ?」
「ボクちゃん、ここに人参はないですよぉ? 巣に帰ってママに添い寝でもしてもらえや、バケモン!」
「「ゲハハハハハハハハハ」」
灰色の鱗の竜人と、身長2.7mくらいの
目敏く俺の頬の痙攣に気づいた奴らは、更に薄汚い罵倒の二の句を次いでいるがこれまた無視。顔が良いと粗野な野郎にまで注目されるから困っちまうね。どうやらつい最近、大きな傭兵団か何かが街にやって来たらしい。こういう態度を取る輩は、大抵ここに来たばかりの流れ者だからだ。
そしてこの街に店を構えるマスターや、店で働く店員達がそのどちらなのかは……言うまでもないだろう。
極めて穏やかな表情(普段使わない表情筋フル稼働でそろそろツリそう)でカウンターに座り、種族:人間雄太り気味のマスターに話しかけた。オッサンは俺の様子を見るからに薄気味悪そうな顔で眺めてくる。俺だって俺がにっこり笑顔で真正面に現れたら、正気を取り戻させるために一発叩く自信があるので致し方ない。
「マスター、どうも賑やかな方が多いようですね。俺にも何か一杯頂けますか?」
「あ、あぁ……すぐに持ってくっからよ、だから、な? ……店の中では、止めろ。な?」
やはり俺の事は知っているらしい。これだけ有名だってのになんでウチの店は繁盛していないのだろうか、実におかしい話だ。
「何を言ってるんです? サッパリわからないなぁ。俺はただちょっと話を聞きにきただけですよ?」
「話ぃ……? おいおい、仕事の話ならなおさら他所でやってくれよ。誰も彼もがお前さんみたいに、自分を守れる程強くは無いんだ……アンタのおかげで塗装屋が大繁盛らしいじゃねぇか、噂には聞いてるからな」
何でも屋と銘打っている通り、実際これまで俺のとこに持ち込まれた依頼は様々だ。今回みたいな人探しもするし、隣町の爺まで孫を送り届けろと言われりゃ届けるし、近所の森から鹿を狩ってきてくれと言われりゃ……まぁ思うところは無いでは無いけど、狩ってくる。兎を狩れと言われたら流石に間違いなく蹴り返していただろう。
そんな幾つもの依頼の中で、とっきどき詐欺が絡んだ仕事が舞い込む事がある。そしてその中でも、今回みたいなとびきり俺の頭をプッツンさせる話が来た時は……因果応報、無残悪党は壁の赤いシミへと姿を変えるワケだ。
「極悪人を減らして市井の塗装職人に仕事を作る鳳凰の如き吉兆の証、幸運の象徴だってもっぱらの評判だろ? それに今回のは仕事の話なんて野暮なもんじゃない、単なる女の話だ」
「女が抱きたいなら酒場じゃなく娼館に行けよ、素人引っ掛けるよりずっと良いだろうが」
「ここで働いてるサルメって子が気になっちまってさぁ、あの子の話が聞きたくてね」
「……アイツが、なんかやらかしたのか」
事情を察したらしいオッサンの目が剣呑な光を帯びる。あんなこの世に悪事があるかどうかも知らなさそうな奴だ、そりゃもう随分と職場でも可愛がられていたんだろう。
無垢な頭足らずに対する世間の人の反応は、大体騙すか可愛がるかの二択だ。そして、可愛がられる方を多く経験してしまえば、恐らくあんな風になっちまって──こうして手痛いしっぺ返しを食らう。
「雲隠れしちまった連帯保証人となっていたご友人の借金を自腹切って肩代わりした上で、ソイツが心配で居ても立ってもいられなくなってウチに捜索を依頼しに来たんだよ……おたくの娘さん、一体どういう教育をされてるんで?」
「……やられたか」
それを聞いて、オッサンはエスプレッソをジョッキ一杯イッキした様な苦い顔で呟く。頭につくのが「遂に」なのか「また」なのかは知らないが、この様子じゃこうなる事も想像はしてたらしい。
こんな詳しい話をしてしまって、もしコイツが犯人でトンズラこいたらどうすると思われるかも知れないが、オッサンが犯人の一味と繋がってるとは考えにくい。店を構えてサルメを雇っている人間が主犯なら、わざわざこんなまどろっこしい詐欺に引っ掛けずとも、いくらでも彼女を金に変える方法はあるからだ。
そもそも依頼の話を他人にするのは守秘義務違反であるけれども、ここは地球じゃあない。プライバシーもクソも、まだお袋の腹の中どころか親父の股の間程度にしか、文化として発展していないのだ。
「カルラっていう奴の連帯保証人になっていたらしい、性別は聞いてなかったがちゃん付けだったし多分女だろうな。取り立て人は巻き角の魔人。この名前やら特徴に覚えはあるか?」
「……知らん。額は聞いているか?」
「依頼内容に含まれてねぇんだ、わざわざ聞いちゃいねぇよ。んな事より先に心当たりだろうぜ。見つかりさえすりゃあ、詐欺師どもから金くらいいくらでも絞れるんだからよ」
額を聞いたのは、もう危ないことに近付いて欲しくない事の表れだろう。金で済む問題なら、多少給金を弾んでやればそれで良い。だからあんな危険な奴らは、犬に噛まれたとでも思って忘れてしまえ……ってとこか。
しかしそうはいかない。俺の仕事は金を取り返す事でもなく、詐欺師のよく回る2枚の長広舌を何人前かのタン塩にする事でもなく、カルラとかいうのを見つけ出す事なのだ。
もし今回詐欺師がこの世に産まれてきた事を後悔する目にあったとしても、単にそのオマケに過ぎない。
「……すまないが、心当たりは無い。ただ、サルメと特別仲が良かったのが居るから、アイツなら何か知っているかも知れん。おいレベッカ! ちょっと来い、大事な話がある」
オッサンがテーブルの間を練り歩いていたウエイトレス(こんな酒場でもウエイトレスで良いんだろうか?)を呼びつけると、小玉スイカ程もある双丘で露出多めの服をパッツンパツンにしている金髪の姉ちゃんがこちらへとやって来る。ソバカスにパツキンにグラマーって80年台の日本人のイメージするアメリカ人そのまんまみたいだな。
しかしそれらを差し置いて最も目を引く部分は、ノースリーブの肩口から覗く羽の生えた彼女の腕だろう。ほっそりとした二の腕から手の甲までにかけて生え揃った、頭髪に近い黄色の羽毛が、彼女が翼人である事を物語っている。
「あら、ラビットフットじゃない。マスターなんか依頼したの?」
「違う。……どうもサルメがちょっとあったらしくてな」
「え!? 嘘あの子に何かあったの!? サルメは大丈夫なんでしょうね!」
彼女が俺と関わっていると知った途端、レベッカは俺に詰め寄ってきた。サルメはかなり周囲の人間に恵まれていたらしい。
「あぁ、心配するな、無事は無事だ。ただ、ちょっと問題があるのは確かでな。お前、アイツの友人でカルラって黒い羽の翼人と巻き角の魔人知ってるか?」
「カルラ、カルラ……そういや、黒羽の翼人は何回かこの店で見た事あるわ。後、サルメがなんかこの前言ってたわね。『カルラと友達の証を結んだんだー』とか、なんとか。それに巻き角の魔人も町中で何度か見た覚えがあるわ! ソイツらがサルメになんかしたのね!?」
「……あぁ、そうだな。なんかしたっちゃしたんだろうよ」
友達の証──なるほど、なるほど。
ホントにどいつもこいつ俺の頭に血を上らせるのが上手い。
どうしようもなく簡ッ単に騙されてくれる彼女は、実に良いお友達だったに違いない。
どこからか木が折れるような音がする。
俺は組んだ腕の下で、我知らずカウンターを握り潰していた。
ラビットフット~兎の何でも屋さん~ ワクワクさん太郎 @motihige
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