第6話

「最原さんはそのまま亡くなりました。この亡くなるまでの記憶、わたしにはしっかりとあるんです。

 あ、最初から全部あったわけじゃないんです。小さい頃は断片的にしかなくて。でも、今は全部思い出しました。

 田中さんを最初に街中で見かけたあの日、全てを思い出したんです。田中さんを見て、あ、この人がそうなんだって分かったら、それで全部…。

 田中さんのことも昔から少しだけは覚えてたんですよ。その、恋心と一緒に。

 それで、初めて見たとき、あの頃とは変わってたけど、それでも、なぜか分かったんです。この人がそうだって。それで、その、わたしが、というより、最原さんの記憶が溢れて、想いが止められなくて、その、つい、あんなことを…。

 そのあと急に恥ずかしくなって、逃げるように走り去っちゃって、ごめんなさい。

 それから、引越しまでの間、わたし、変になっちゃったのかな、って思ってたんです。自分の中に他人がいるような気がして。

 だって、他人の記憶があるんですよ?今までとは違ってはっきりと。

 でも、きっと、これはわたしは最原さんの生まれ替わりだからなんだってそう思ったんです。でも、記憶があるから、最原さんがすごい可哀想で。もし、また会うことがあったら、その、もう遅いですけど、せめてこの想いだけは伝えたい、そう思ったんです。

 あ、別にわたしが最原さんの代わり、とか、そんなことは思ってないですよ。今まではわたしとして生きてきましたし、これからもわたしとして生きてくと思いますし。

 だから、アパートの前でまた再会できたとき、最原さんのこの想いを届けてあげたい、そう改めて思ったんです。

 でも、今言ってもきっと信じてもらえない。だから、信じてもらうために頑張って仲良くなりたい、そう考えたんです。

 だから、知らない人に話しかけるのは苦手ですけど、頑張って話しかけたんです。

 それに、お母さんにお願いして田中さんと一緒にいられる時間を作ってもらったりもしました。

 その、田中さんがうちに来てくれたとき、実は、わたしの持ってる服の中で最原さんのあの日の服に近いのを選んだんです。完全に同じ、ではないんですけど。

 それで、あの日、最原さんのことを覚えてくれてるって、言いましたよね?はっきりとは言ってなかったと思いますけど、あれ、最原さんのことですよね?

 わたし、それが嬉しくて、涙が溢れてきそうになって、ごめんなさい。追い返すようなことしちゃいましたよね。

 それからは最原さんとは違うかもしれないけど、一緒にいれてわたしもすごい嬉しかったです。

 それで、偶然、最原さんが来れなかったここで、また十五年前と同じようなことをやってるって知って、勇気を出して誘ったんです。あのときと同じに。

 そしたら、また、いいよ、って言ってくれて。今度は遅れないように、って昨日のうちからこの服、準備してたんですよ。その、この服、最原さんがあの日悩んでたもう一つの方のに似せたんです。

 今日は一緒に来れて、本当によかったです。

 えと、長くなっちゃいましたけど、わたしが話さなきゃいけないことはこれで全部です。

 聞いてくれてありがとうございました」


 話し終えた彩華ちゃんは深く頭を下げた。

 俺は、理解が追い付かなかった。彩華ちゃんが最原さんの生まれ替わりで、記憶がある?

 到底信じられるような内容ではない。でも、中学時代のあの話や、最原さんがあの日事故で亡くなったことも本当のことだ。その場にいなければ、いや、本人でなければ分からないことまで話していた。だとすると、本当に?いや、今こんな嘘を言う必要性もないし、おそらくは、本当のことなのだろう。

 しかし、他にも疑問が湧いてくる。

「じゃぁ、彩華ちゃんは最原さんのためにしてた、ってそういうこと?」

「はい、そうです。でも、わたし自身の意志でやってたことでもあるんです。今日だって、ここに来たかった、っていうのは、その、最原さんのことがなくても思ってたと思いますし。それに、わたしの気持ちだって…」

「気持ち?」

「あ、い、いえ。何でもないです」

 彩華ちゃんは下を向いてしまった。

 何かあるのかもしれないが、次の疑問を聞いてみる。

「彩華ちゃんと最原さんは性格とか色々違うけど、最原さんは最原さん、彩華ちゃんは彩華ちゃん、そう考えていいのかな?」

「はい。最原さんとわたしは別人です。記憶と、あと、それに伴う感情も少し共有してる、そんな感じです」

「そっか。じゃぁ、あの頃の最原さんにはやはり、どうしても会えないんだね」

「はい。でも、わたしが頑張れば、その、演技でなら、近いことはできる、かも、しれないです。演技、とか、その、したことないんですけど。それに、外見とか、最原さんみたいにわたしは可愛くないから、やっぱり無理かも、ですね」

「あぁ、大丈夫。ちょっとした確認だから。それに、二度と会えない、そう思ってたから、今さら会えないって分かっても諦めはついてるよ」

「はい。ごめんなさい」

 謝る必要はない、そう言おうと思ったけれど、彩華ちゃんもそれを分かっていて言っているのだろう。彼女の気がすむのなら、それでいいだろう。

 でも、やはり、最大の疑問が残る。

 俺は確かに、彼女、彩華ちゃんに惹かれている。認めよう。でも、これは、彩華ちゃん自身に、なのか?それとも、彼女の中の最原さんに、なのか?いや、その答えならすでに聞いているのではないか?だって、二人は別人であり、二度と最原さんには会えない、そう言われたのだから。

 と言うことは、この感情は、久々に感じているこの感情は、半分くらいの歳の彼女自身に対してのもの、そういうことにならないか?

 俺は腹をくくった。彼女も全てを打ち明けてくれた。だから、俺も自分の気持ちに正直になって、全てを伝えよう。

「分かった。全てをすぐに信じることはできないかもしれない。でも、嘘を言っているようにも見えないし、信じることにするよ」

「ありがとうございます」

「それで、その、俺は当時、最原さんのことが好きだった。いや、あの後もずっとそうだったんだ。忘れることができなかった。それで、十五年前の今日、俺も告白をしようとしてたと思う。叶わないと思ってたけど、淡い期待はあった。だから、今、それを聞けて嬉しかったよ。ありがとう」

「ありがとう、ございます」

 そう言って笑った。テーブルに小さなしずくが一滴落ち、小さな染みになった。

 俺はハンカチを取り出すと彼女に渡した。

「すみ、ません」

 俺は彼女が落ち着くのを目を閉じ、深呼吸して待った。

 ゆっくりと、何度かしたあと、目を開けると、落ち着いているようだったので、俺は話し始めた。

「あの当時から、そう、つい最近まで俺は最原さんのことが好きだった。でも、今は違う。どうしてなのかは分からない。でも、気付いたらもっと大事な人ができてた」

 そう、最近は最原さんのことを思い出すことはほとんどなくなっていた。代わりに思い出すのは、いや、代わりだなんて失礼か、それ以上に思い出すのは、目の前にいる少女のことだ。だから、俺は最後にもう一度深呼吸をして言った。


「それは、望月彩華、君だ。俺は君が好きだ」


 それを聞いた彼女は瞳から大粒の涙を幾つも流していた。それを拭おうともせず、口を開いた。

「でも、わたし、なんて、田中さんから、見たら、まだ、子供、ですよ。それに、さっき、会った、人みたいに、全然、きれい、じゃないし…。きっと、最原、さんの、記憶が、あるから、そう、思う、だけ、です」

「違う。さっき自分で言ったよ。最原さんと彩華ちゃんは別だって。それに、この気持ちは気付かない振りをしてたけど、もっと前、もしかしたら、アパートの前で会ったときからあったのかもしれないんだから」

「でも、でも、わたし……」

 そこで口を閉ざしてしまった。俺はただ黙って話し始めるのを待った。

 しばらくそうして沈黙が流れたあと、恐る恐る彼女は口を開いた。

「でも、最原さんに悪いです。わたしばかりが、そんな…」

 最原さんに悪い?どういうことだ?何か、あるのか?と、考えたあと、頭の中にあり得ない考えがよぎった。


「わたしも田中さんのことが好きになっちゃったんです」


 それは、今俺の頭をよぎったものと同じだった。信じられない。驚きで何も言えなかった。そんなことはない、そう思って俺は告白をした。フラれる覚悟はしていたのに、これは、一体なんだ?

「この気持ちは最原さんの記憶のせいだ、そう思ってたときもあるんです。でも、それだけじゃないって、そう思うようになって、でも、田中さんは大人で、わたしは子供で、絶対に叶わないって思ってたんです。

 それに、もし、万が一、田中さんがわたしを好きになってくれても、最原さんはあんなことになったのに、わたしだけが幸せになってもいいのかな、ってそう考えちゃって……。

 教えてください。わたしだけがこんなに幸せになってもいいんですか?」

 そんなの、答えは簡単だ。だから、俺ははっきりと言ってやった。

「君は最原さんの分まで幸せになる権利がある。それに、最原さんだって恨んだりはしないよ。記憶があるなら分かるだろ?」

 小さく、でも確かに頷いてくれた。俺はそれを確認すると、もう一度、気持ちを伝えた。


「俺は君が好きだ。付き合ってほしい」


「はい」


 彼女はまだ涙で頬を濡らしながらはっきりと頷いた。その表情は今まで見たどんなものより美しかった。

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